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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  古川時夫さん(その一)


プロミン


らいに侵され傷ついた指先の

厚いかさぶたがとれた

と そこには

赤ん坊の肌みたいな

柔かい皮が張っていた


指紋のない皮膚だけど

ふたたび失った知覚がよみがえってくれば

この指先で点字のあの小さな点をとおし

人いきれと埃立つ街

時の往来も見えるかもしれない


だが

プロミンで傷は治り

新しい皮膚が生まれたというのに

知覚は戻って来なかった


プロミン
戦後の1946年、すでにアメリカで開発をみていたスルフォン剤によるハンセン病(らい)治療薬プロミンがわが国でも合成に成功。直ちに一部患者に試用の結果その特効性が認められ、ようやく1949年全国のハンセン病療養所でいっせいにプロミン治療が開始された。しかし私の場合、この時もはや眼をうばわれ、また咽喉にできたらい性結節のため呼吸困難におちいって気管切開するなどの障害を身に刻んでいた。





カニューレ


私は大きな声で喋ってみたい

思いきり声立てて笑ってみたい

けれど私の声帯は

いちど私が息絶こときれてまた生きかえった時から

動かなくなってしまった

胸が痛くなるほど力を入れて動かそうとしても

こわばった声帯は動かない


あれからずいぶんと

プロミンを射ってきたのに

声帯はちっとも動いてくれない

固く冷たいカニューレに押しやられ

とうとう声帯はつぶれてしまったのか

窮屈なカニューレを引抜き

私はじぶんの声帯を心ゆくまで躍動させたい

だがカニューレをはずせば

たちまち呼吸は止ってしまう

カニューレは私を削る風穴

同時にまた私といのちをつなぐ管

いくら邪魔になっても

私はやっぱり

重くかなしいカニューレを

首にきつく結わえつけなければならないのだ


カニューレ
気管切開は<のど切り>とよばれ、本病の病巣の一種=結節によって塞がれた気管をのどぼとけ下辺りで切開し、そこから呼吸できるようにする。「カニューレ」とは、その気管切開孔を維持するために挿入された金属管のこと。 
 





春は遠いのに


私の白い瞳に

陽炎かげろう

夜も昼もゆらいでいる

こんなに寒い冬だというのに

まだ春はずーっと遠いのに

陽炎は訪れ

固く閉ざした

私の心を開こうとしている








耳鳴りしか聞こえなかった耳に

看護婦の足音がしてきた

寝返りのベッドの軋みを聞いた

松の枝を風がゆさぶっていた

いきなりトンネルから飛び出てきたような

友の声


口いっぱいお茶を含んで

まっしろい視界に

わたしは音をたしかめていた







高原は四月


高原は四月

永すぎた冬が

ふんぎり悪い終止符をうった

葉を巻いて寒さに耐えた石楠花しゃくなげ

すっかり葉を広げ


高原は四月

防寒の手袋を脱ぐ

白杖を握る手

麻痺して冷たいけど

母の形見の温かい血潮が

毛細管にまで流れる


高原は四月

残雪をはねのけ

熊笹ははね起きる

たくましいおののきをおこす

鶯が

つっかえながら歌い出した






消えた指


温泉場の崖下の川原を

学生たちが歩いている

先生に連れられて

ガヤガヤと学生たちが行く

堤の上のおれを見て

先生も学生たちも

歓声をあげながら

手をふっている

「おーい」と呼びかけてくる

おれも手をふって応える

すると歓声が止み

しーんとなった

先生の視線が

学生たちの視線が

おれの手にみな集ってしまった

手を見ると

あれ?

さっきまでポケットの中で

十円玉をもてあそんでいた指が

一本もついていなかった


2030年 農業の旅→
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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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