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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

過去記事より 芸術家集団 chim↑pom メンバー


2020年2月18日の記事の再掲です。



(記事追加)

何でも、同じことを繰り返さないと、あまり意味がないと思う。


スポーツなら、毎日同じ練習を繰り返す。


体育系でなく人文系でもその意味するところは同じと思う。


繰り返し、繰り返し を繰り返さないと身につかないし、覚えれないし、役にも立たない。


繰り返していると、他にあまり手を広げることができないし、人生で成し遂げられることは、こんなに少ないと痛感する。


繰り返し読んだり、繰り返し書き写したり、昔の人はこのようにしていた。


料理も同じ料理を繰り返し作らないと覚えれない。


ハンセン病文学に出会うまで、その時まで30年以上、短歌や俳句や詩を全くといっていいほど読んでいない。新聞に載っていても素通りしていた。今も、ハンセン病文学以外は、目にとめない。理由はハンセン病文学だけで手いっぱいでそれ以上に広げる余裕もないし、広げる必要もないと思っている。そんなことをしていたらハンセン病文学自体が身に迫ってこない。


護憲記事も晴天とら日和さんのブログに出てくる15ほどの個人や組織をチェックしているだけで、その他は見ていない。


とにかく、狭い分野にしぼらないと、1日の時間も人生の時間も少ないので、よそ見をすると自分自身が溺れてしまう。


狭くしぼっているが、カテゴリーは広げないと1つだけでは窮屈だ。一つのカテゴリーを小さくしぼっているから、比較的多いカテゴリーを持つ余裕もできる。


そんな感じで今は、料理もハンセン病文学もクイーンも単なる繰り返し。身辺記事も再掲が多くなった。これって、楽で、癒しになる。とにかく、広げないことと思う。人生が残り少なくなってこのことに気づいた。少年老い易く学成り難し




芸術家集団「chim↑pom」メンバー 卯城竜太さん

 
 
朝日新聞2月18日 11面 「公」から消える「個」 一部抜粋

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━━時に悪ふざけ集団と呼ばれ、たたかれ慣れてもいる卯城さんが先日、アーティストに「死」の覚悟が求められる時代が日本に来た、と月刊誌に書きましたね。衝撃を受けました。


「アーティストとして生きる覚悟は持ってきたつもりですが、アーティストとして死ぬイメージは持っていませんでした。今は、そういうことも起きうるのだという予感があります。心のどこかで『死ぬ』ということまで意識していないと、躊躇なく時代を表現することができなくなってしまった。そんな覚悟です」




━━死ぬとは具体的にどういうイメージですか。


「抹殺や弾圧は想像できるようになりました。アーティストを監視する権力の姿もアートを憎む市民の姿も想像できます。もちろん今の段階では『考えすぎだよ』と言う自分もまだいます。ただここ5年間の『公』の変化があまりに早い。非日常だったはずの検閲の話題も日常化していますよね」


「たった数年でこれだけ悪く変わってしまったということは、今から数年後にはさらに想像以上のところまで変化が進んでいる可能性がある、と僕には思えます」




━━先ほど、わずか5年ほどで悪化したと言いましたが、本当にそんなに急だったのですか。


「そう感じさせられる理由がいくつもあります。たとえば14年にバングラデシュで開かれた『アジアン・アート・ビエンナーレ』でのこと。『気合い100連発』に対して国際交流基金の担当者から、放射能や福島はNGワードだと言われました。そういう状況になったのは第2次安倍政権以降だ、とも。基金は従来、表現の自由には理解のある組織でした。みんなのものであるべき『公』が異質なものに変わってしまっているのを感じました」


「安倍さんが首相をやめるまでは我慢しなければ、という趣旨の話もされました。でも愛知トリエンナーレを経験した今から見ると、当時の方がマシだった気がします。ネトウヨの人々は今回、集団的な電話攻撃で展示を中止させる手法を覚えました。彼らなりの『正義の主張』も共有されています。いまや、安倍さんがいなくなっても事態は改善されないのです」




━━約5年前と比べての悪化は権力側にも見られますか。


「ええ。表現を規制する行為は、以前は人目につかない場で行われていました。する側に『憲法違反になるかも』という罪悪感があったからです。でも愛知トリエンナーレでは、展示をやめろとの圧力を名古屋市長は公の場でかけました。もはや罪悪感が見えません」




━━急激な悪化がこの時期に進んだ理由は何でしょうか。


「3・11とそれに続く五輪誘致がきっかけになったと見ています。震災の後、みんなで復興しようという意識が高まりましたよね。それ自体はいい意味での『みんな化』だったと思いますが、次第に変質していったように見えます。目標が『復興という大きなテーマにみんなで従うこと』へと微妙にシフトしたような」


「人間は儚く死ぬけれど、作品や生き方は歴史の中に生きて未来から問われ続ける。正義も常識も変わっていくという前提で生きることが、アーティストとしての僕の原点です」




━━アティストの役割とは?


「アーティストは、社会でどこまで『エクストリーム(極端)な個』の幅を広げられるかを模索する存在です。極端な個が消えたら、次に消えるのは『常識的な個』です」




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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp
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