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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

福島県双葉町出身の琴奏者 大川義秋さん(25)


朝日新聞 2月27日 2面


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あれは中学の卒業式の日に起きた。式の数時間後、突き上げるような衝撃を感じた。

制服姿のまま母校に避難した。10年前の3月11日。すぐに元に戻ると信じていた日常は、消えてしまった。

進学予定だった高校の校舎は損壊した。全町避難の対象とされた福島県双葉町の自宅に帰ることもできなくなった。

「福島から来ました」。避難先の埼玉県の高校で自己紹介したときは緊張で汗が止まらなかった。

方言や原発のことに触れられるのが嫌で、選んだ部活が部員の少ない廃部寸前の邦楽部だった。

琴に触れると、すっと染みいるような音色が心地よかった。琴の素材となるきりは、多くがふるさとの会津のもの。その不思議な巡り合わせに支えられるように、練習に打ち込んだ。

数年後、避難者の集いで音色を披露したとき。「私も頑張らなきゃね」。涙ながらに演奏を聴いていた女性が漏らした。琴の存在に救われてきた自分が、同じようにふるさとを失った人々の力になれると感じた瞬間だった。

昨年、全国コンクールで最優秀賞に輝き、メジャーデビューした。

年末、取り壊すことになった旧宅へ。10年の重みを感じたが、不思議と「帰りたい」という思いは強くはなかった。

「あの頃に戻りたい」と口にする同級生も多いが「新しい地で夢を追う」と決めている。

文・写真 中井なつみ


大川義秋━You-Tube


同じようにレベルの高い部活の仲間、そしてすぐれた指導者がその部活にいたのではないだろうか。

高校の部活で始めて、全国コンクールで最優秀に輝いたのだから。

不思議な巡り合わせに支えられるように、練習に打ち込んだ・・・ぼくも、ハンセン病文学と不思議な巡り合わせだった。

長島愛生園と邑久光明園はどちらも虫明沖の長島にあり、自分も同じ瀬戸内市に住んでいるといっても、還暦の頃まで、その実態は全くといっていいほど知らなかった。

長島大橋ができてから、たまにドライブに行っていたくらいで、ハンセン病に「文学」があることさえ知らなかった。

長島の風景をデジカメでとってブログに載せたことが大きな運命の展開になった。その画像がたまたま兵庫県明石市人権推進課の人の目に留まり、その画像をポスターに使わせてというメールがあった。長島愛生園の石田雅男さんが明石市で講演された「2010人権の集い」のポスターだった。

これは何か「大きな縁」だと感じた。愛生園がぼくを呼んでいる・・・しかし生活もかかっていたので、その後3年間は長島に足を踏み入れず、還暦を過ぎてから石田雅男さんの講演を始めて聞きに行った。

それは「歴史館」の見学から一歩踏み出し、自治会事務所の存在や神谷書庫を知り、石田さんから3冊の本を頂くきっかけになった。ハンセン病文学全集(1)~(10)を知ったのは、その後のことだった。

琴の存在に救われてきた自分が・・・ぼくもハンセン病文学の存在に癒されている。




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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp
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