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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

過去記事より 我慢社会の限界


2020年 8月18日の記事の再掲です。


毎日新聞 8月18日 2面 大治朋子(専門記者)



「日本人の背中には目がついている」。

狭い道を歩いていると、前の人が後ろの私の気配を察知して素早く道を開ける。そんなことがあるたびに心に浮かぶ言葉だ。

先日も若い母親が私の前で道をふさいでいた幼い娘に「邪魔よ、どきなさい」と言ってたしなめた。

日本人の背中には目がある。

いや、背中にも目を持つよう家や学校でしつけられる。360度ぐるり周囲に目配りしなさい、と。

そもそもこれが日本人独特の振る舞いだと感じたのはワシントン特派員だったころ。スーパーの通路で前の人が後ろの私に気づかないことが多くて違和感を覚えた。

イスラエル在住時代も、通路をふさいだままおしゃべりに興じる人々が少なくなかった。

私のことが視界に入っているはずなのに、アピールしない限り動かない。

ここにアメリカやイスラエルに通底する価値観を見いだそうとするならば、自分の道をふさぐ者がいたら自力でどうにかせよということだろう。

待っていても誰も気づいてくれないし、そんたくもしてくれない。「どうぞご自分で」というわけだ。

実は「背中の目」はほんの一例に過ぎない。彼らの社会で暮らして感じたのは、権利を侵害されたり迷惑をこうむったりした人は必ず文句を言うもの、という期待値の存在だ。

だから自分の行動が周囲にどう見られているかを案じる必要はなく、問題があったら言ってくるでしょう、と泰然と構える。

こういう社会は慣れてくると暮らしやすい。




それに比べて日本社会は「人は我慢するもの」という前提で動いているので他者への配慮が大いに期待される。

この我慢社会を某政治家は「民度」と自画自賛し、外国人は「美徳」とほめそやす。

しかし私たちはそれと引き換えに猛烈に病弊していないか。

そして権力者の横暴さえも忍耐強く許容してしまう。

戦時、「背中の目」や我慢体質は相互監視の隣組や「欲しがりません、勝つまでは」精神の高揚に使われた。

コロナ禍においても政府は欧米のように強制力を伴う対策を講じる必要もなかった。私たちに自粛し我慢し周囲を見張る習性があると知っているからだろう。

以前、中東のある独裁的な国の役人から日本の隣組について聞かれた。独裁政権は我慢社会の作り方に興味を抱くようだ。

ネット上での匿名攻撃が過激化するのはこのモノ言わぬ超我慢社会が限界値に達している表れにも見える。

実名で批判や不満を言えない社会は民主主義を体現しているとはいえない。そういう社会には独裁政治が巣くう。




とてもいい論説だった。戦前、戦中の軍事政権や官僚は、自分が育った環境から、そのことを熟知していた。

この日本人の特性をうまく活用し、誰も反対できないように、反対すれば村八分になるように、裏では隣組の組織を使って陰湿な圧力を加え、見せしめにする。

こういう日本人の体質が太平洋戦争に結果的に加担してしまう原動力となり、途中で「おかしい」と気づいても、もうそれは口に出せない雰囲気になっていた。

そして日本人は、個人のときと違って、集団になると「人間が変わってしまう」のも特性で、みんながやるから自分もやる、みんながやっているのに自分も加わらなかったら今度は自分に向かってくるということを育った環境で知っている。

集団になった時の、外地でのすさまじい暴力

船が傾いたら、我先にと傾いた方に向かい

そして逆になったら、ある日突然に立場を変える

「世間体」の構造、「甘え」の構造、という本も一時話題になった。


学校のいじめもこのような空気感ではなかろうか。学校のいじめでも「裏での暴力」が集団を支配してしまう。
 

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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp
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