「学校は好き」とアナウンサーに答へる新入児童へ通学拒否など知らせたくない
通学を拒ばまれゐるのも知らぬらしランドセル背おひゆく新入生四人
はるばると七年振りに来るといふ父を夫とつつましく待つ
らいを病む吾がゐることも打明けて婚約したりといふ妹は
夫の先妻が夫おもふ手紙たへがたし青き陸稲畑に向ひゐつ
叫びたき思ひに堪へて雲に向ふかくして病む身守り生き来ぬ
七年振りに逢ひ見し父は言葉なく痲痺せし吾が手労りて泣く
わが夫に先妻よりけふ手紙来れば病み臥す床に心乱るる
癩病むと知られ乗船こばまれし青島の埠頭記憶より去らず
痲痺したる手にてはタオルも絞り得ず雫たるるまま窓辺に干しぬ
産むことは許されぬ園と知りながらクリスチャンの君堕胎をこばむ
日溜りに集れば戦争をなつかしむ声となり夫はひそかに立ちゆく
ニユーギニヤに生き残りし連隊百八名その中の一人ぞ癩病む夫は
北村愛子さんの略歴
10歳で母と死別。父の出征の間、叔母の元でデパートに勤めながら生活。健康診断で病気が判明。復員した父の元で療養するうち病状悪化、昭和19年菊池恵楓園に入園。昭和28年結婚。29年結核発病。作歌を始める。『陸の中の島』(1956年)『海雪』(昭和35年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)