亡骸に縋りて訴へ給ふ母責めらるるごと吾は聞きをり
極りしかなしみに手もおののきて臨終の妻に水を与へぬ
亡き妻の遺品つぎつぎ金に替へて三年忌まではつとめ来にけり
亡き妻とむつべる夢を三夜見きかなしく楽ししかもはかなし
日中をしづかに籠りゐる友の従軍徽章もてあそび居り
ワゼクトミー受けて一年を過ぎしいま再び吾は娶らむとする
雨降りて弱き吾等のおのもおのも三十六畳にこもり暮しぬ
病古りし吾にいまなほ残るもの眼と歯は宝の如くに思ふ
引き伸ばしをすると云ひつつわが妻は亡夫の写真はじめて見せぬ
飯食めばばらばらと口よりこぼすなり隣の友よ許して呉れよ
藤井清さんの略歴
大正元年生まれ。下関の和傘職人。昭和9年老母と弟を残し九州療養所に入所。日ならず作歌を始め、「檜の影」、昭和13年「アララギ」に入会し土屋文明に師事。「檜の影短歌会」幹事も務めた。人柄、誠実・清純と評された。昭和31年11月逝去。享年44。『菴羅樹』(昭和26年)『陸の中の島』(1956年)『海雪』(昭和35年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)