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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

菊池恵楓園  松永 稔さん



両義足のありのままなる吾姿睡蓮の咲く池に写りぬ




神に縋りても癒えたく思ふ面痩せて去りゆく妻を見つつ吾居る




礼拝堂に添ひゆく道の盲導鈴の一つがわけて音色清しき




凍てつきし舗道を義足の吾らゆくそれぞれ異なる音をたてつつ




ふるへふるへ境界濠を越えし夢妻子を恋ひてい寝たる夜に




五人の子らつぎつぎ娶り嫁ぎたり病み離りつつ心安けし




見るかげもなき己が姿の写りゐる池みつめつつ心しづみぬ




人は皆寝しづまりたる夜半にして汗をふきつつ襖張り居り




両義足両手萎えては詮なしと襖張りつつ涙出できつ




片義肢の君は飛べたれど両義肢の吾には越せぬ梅雨のぬかるみ




面会謝絶の札の掛かれる妻の個室に義肢の軋むを気遣ひ入りゆく




病む妻の体拭く湯を汲みてゆく疵の痛める義肢引きづりて




妹らがさげ来し餅と吊し柿惜しみつつ食ひぬ二月がほど




わが生みし五人の子らの結婚式にひとたびもわがつらなることなく




両手萎え両足断ちし醜さのこの生きざまに吾は耐へ居る



松永 稔さんの略歴
明治26年熊本県飽託郡に姉3人妹3人の長男として生まれる。大正2年熊本歩兵第13連隊に入隊。2ヶ年の満期除隊に際し善行証書を授与される。大正6年大分県下の大演習に参加。第1回後備役召集の際診断を受け、即日兵役免除となる。昭和13年九州療養所入所。昭和25年の新春文藝募集に応募したのを機に1月「檜の影」に入会、7月「アララギ」入会。土屋文明に師事。29年度短歌で宮崎賞準賞を受ける。30年熊本市の広深書道会に入会したが昭和32年7月書道三段の時白内障のため退会。昭和48年没。『奄羅樹』(昭和26年)『陸の中の島』(1956年)『海雪』(昭和35年)『三つの門』(昭和45年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)

2030年 農業の旅→ranking 
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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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