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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

折々のことば


朝日新聞 10月30日 1面 鷲田清一


真夜中、携帯で話しながら通り過ぎてゆく声を見送りながら、彼もしくは彼女は孤独なのか、孤独でないのか、判らなくなる。
(神崎繁)


とてつもなく寂しいのだと思う。都会の空間で一人でいることは。

人の多い中で、たわいない会話ができる人もいないと孤独に感じる。

アパートの自分の部屋に帰っても寒々とする。

それでもまだ20代なら、そのさみしさはなんとでもなるような気がするが。



逆に田舎は1人でも寂しくない。

日中、田んぼでは1人だが、まわりは自然に囲まれている。

いろんな生き物がいて、1人という気がしない。



都会は自然が少ない

地面には土もなく、アスファルトの道

佇立するビル

にぎやかな地下街

目的のない一人はさみしい

何か目的があれば、それに心が向くので孤独を感じる暇もない



晩年に向かう今は、田舎住まいができることがありがたい。


人ごみの中では孤独を感じやすいが、誰もいない自然の中での一人は、それは孤独とは言わず、自然にいだかれていると感じる。


ちょっと出るにも財布が欠かせない都会と、田んぼへ出るのに財布などいらない田舎。


しかし田んぼへ出るのに携帯を所持するなら、自然を楽しむ心になっていない。



だいたいにおいて自分は、1人で過ごす時間が大半である。

でも夜になれば、ブログを訪れてくれる1人1人と会話している気持ちになる。

また、亡くなった人が1日のうちで何回も頭に浮かぶなら、その人と常に会話をしていることになる。

会話は現世の人とだけ成り立つわけではない。



会社組織という第一線を退いたら、携帯を手放すことも、自分を取り戻す手段となるかもしれない。

とにかく、人とのつながりから「一度離れる」ことによって、本来の自分を取り戻すきっかけができると思う。



人との接点が少ないことを、孤独とは言わない。

日中は、人と会話をすることがほとんどないが、夜、ブログの中でしゃべりまくっている。



鷲田清一さんは冒頭の一文の続き(説明)に、

高度情報化の時代は「隠棲」もまた難しい。「隠者」として身を潜める場所はもはや地上のどこにもない。引きこもるべき所は田舎や山奥ではなく、おのが魂の内だとも言えようが、そこさえ「不安と焦りが渦巻」いている。
引きこもること自体が困難な時代に、古代ギリシャ哲学研究者(神崎繁)は心を震わせる。随筆集『人生のレシピ』から。




「引きこもるべき所は田舎や山奥ではなく、おのが魂の内だとも言えようが、そこさえ不安と焦りが渦巻いている」・・・そんなことはない。大地は不安や焦りを吸収してくれるし、やわらげてくれる。

自然の中にいだかれている時、人の心はやすらぐ。




2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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