昭和13年~15年
病み崩えし身の置処なくふるさとを出でて来にけり老父を置きて
現身にヨブの終りの倖はあらずともよししぬびてゆかな
姉に秘めて吾の写真を持ちながら手紙をくれぬ父の心よ
月没し暁闇に夕顔の花にほふなり露のたりつつ
死に近き或日の母が秋の夜の明るき月を
病む吾の死にたる後に老父の死はやすらかにあれと希ふも
たましひは亡ぶるものと思はねば今のみじめにも生きて悔ゆるなし
美しきわが弟らよわが家の亡ぶるきざしの如く死ににき
夏草の河原につづく竹山にほのぼのとして月登り来ぬ
在り堪へてすぎゆく日日や雨ふりて秋立つ今朝の石菖の青
うら枯れし山峡の野にをりをりは家鳩の来て草の穂をかむ