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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

菊池恵楓園  藤本松夫さん(9)



神の道知らざるままに掌を合わすこのひとときの心はなぎぬ




此の膝に吾子の甘えし記憶あり獄の寒さにひたに堪えいて




吾が歌の活字となりて世に出るをよろこびくれる母の文来る





囚友の寝つき早きを羨みつつ虫の鳴く音に吾娘想いいる




最後にもう一度、藤本松夫さんの略歴を紹介しておきます。

藤本松夫さんの略歴
1922年7月18日、熊本県菊池郡水源村生まれ。1950年自覚症状のないまま、ハンセン病の宣告を受ける。1951年同村F宅にダイナマイトが投げ込まれ、Fが熊本県衛生課のハンセン病調査に際し藤本を患者として報告したことを逆恨みしての犯行として逮捕された。懲役10年の判決を受け菊池恵楓園内の拘置所に収容されたが脱走。脱走中にFの刺殺体が発見され53年死刑判決。57年8月最高裁で死刑確定。この事件は、裁判官は調書や証拠を扱うのにゴム手袋に長い箸を使うなど偏見と、はじめから藤本を犯人とする警察・マスコミなどの予断に満ちたものであった。58年「藤本松夫を救う会」(会長 中野菊夫)が発足し、全患協とともに松夫の救援を行う。62年には「救う会」による現地調査が始まり、運動が次第に盛り上がり再審が請求されたが、1962年9月14日福岡刑務所で処刑。藤本は、はじめ文字も読めなかったといわれるが獄中で文字を学び、短歌や詩を作り全国の支援者に書簡を送り無実を訴え続けた。

2030年 農業の旅→ranking 
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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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