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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

折々のことば


5月26日 朝日新聞

人間学がしてならないことは人間を中心におくこと、このことである。

ヴィクトール・E・フランクル


人間の存在は自立も自足もしていない。人間は「ホモ・パティエンス」(苦しむヒト)、常に外部の影響に晒されてあるものだと、オーストリアの精神科医は言う。

だから人間とは何かと問うとき、自分の側から見たり自分を尺度にしたりしてはいけない。

「人間がすべてとなったとき」こそ、ヒューマニズム(人間主義)は危機に瀕すると。

『苦悩の存在論』(真行寺功訳)から。





確かに人間はその時の社会情勢に翻弄される。


戦前に生きた人は、戦争に向かう重ぐるしい空気と、愛国心の強要、同調圧力、憲兵、隣組などの存在に苦しんだ。


現代人は、今まさに、コロナに苦しめられている。


人間と人間は距離を置いて付き合えと。





ヤギとの「4年4ヶ月(銀ちゃん)」・「6年(ラムちゃん)」は、あの年齢で、あの時しか飼えなかったという期間だった。


ヤギの一挙手一投足が思い出せる


ヤギとぼくは、人間とヤギという会話の成り立ちにしかならなかった。


本を読んだり、人に聞いたりした飼い方も大切だが、もっと、ぼくがヤギ自身になって考えることができなかった。




金網越しではあるが、ヤギとニワトリは種は違うが、友達だったようだ。


ある人に、ヤギが死んでから、飼っていた犬とヤギがとても親しい友達だったと、その時初めて気づいたと聞かされた。


ヤギとヤギ、ニワトリとニワトリは、人間にはわからない方法で意思の疎通ができている。


ヤギはそのことを顔に表し、ニワトリはそのことを声で表す。


1週間ほど前、エサを与えるためにニワトリ小屋の扉を開けた時、1羽のニワトリが外に飛び出した。追い回したが、なかなか捕まらず、あきらめた。


先日、すぐそばの竹やぶの中で啼き声が続いたので、まだ生きていると思った。


今日、田んぼで仕事をしている時、鳥小屋がどうも騒がしい。何かあったと思い、行ってみたら、逃げたニワトリが鳥小屋の中のニワトリから見える位置にいたのだった。


逃げたニワトリと鳥小屋の中のニワトリがどんな意思疎通を図ったのかわからないが、ニワトリには通じる方法で話したのだと思う。


追い回したが、今日も捕まえれなかった。






ぼくはいつの日か、この地を去り、土に還っていく。


時代は移り、誰かがここでまた農業をしているかも知れない。


時代は移り変わっても、人間はそう簡単には変われない。


AIによって農業がどう影響を受けるのかわからないが、ぼくのような農業形態をするなら、影響は「害獣防御」の側面くらいではなかろうか。


子供の砂場遊びと大人の土遊びは似ている。




どこからきて どこへゆくのか










手は汚れていた

けれど

水は

━━澄みきった深さ

しびれるほどの

生命の波紋で美しかった


水は天に投げ、地に叩きつけても砕けなかった

光を透かし

緑を匂わせていた


どこからきて どこへゆくのか

けれど

この胸の渇きのほど

水は生れ

無限に ほほえむかのように流れていた


(長島愛生園 志樹逸馬さん)




2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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