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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

選択肢がほとんどない社会


朝日新聞 3月29日 1面 折々のことば 鷲田清一


人生にはたったひとつのレイヤーしかないと思い込んでいる人のなんと多いことか。
(安田登)

能楽師は学生の頃、ちょっとやばい副業をしていて、池袋の駅前に立つと行政区画の上に当時の「シマ」が二十写しに見えるという。

故郷の千葉の漁師町でも、物売りや奇態な人、寺の境内で見世物をする人など人生の幾層ものレイヤー(層)を見てきた。だからただ一つの未来に賭けるという愚をおかさずにすんだと。

地域文芸誌「隣町珈琲の本 mal"(マル)」創刊号から。





大多数の人がそうではないかなあ・・・、生きる道は一つしかないと思い、それ以外の道は考えられないし、自信もないし、能力もない。ぼくもそうだった。


サラリーマンになるしか、生きる道は考えられなかった。


だから30代半ば頃まで、サラリーマンとして生きる道にしがみつき、その中で探そうと思った。


転職を重ねているうちに、履歴が不利となり、希望する職場がなかなか見つからなくなった。


「どうしよう」と考え込んでいた時に、ふと「農業」がひらめいた。


「農業では食えない」という潜在意識があり、職業としての農業は考えたこともなかったが、追い詰められていた。




イメージできたのは、もともとの農家であり、子供の頃に家では「葉タバコ栽培」をしており、稲作(田植えや稲刈り、脱穀)の経験も、12歳の頃まであった。


農業をするとしたら「野菜」しかないと思ったが、あの場所なら野菜作りができるとすぐにイメージしたのが「今、作っている田んぼ」である。


手取り150万にはなるだろう、それくらいは稼ぎたい、それくらいにはしたいと、32年ほど前に考えた。


現実にはそれは届かなかったが、農業を始める1年前に、妻に定職が見つかったことが大きかった。




30年ほど前にそういう状況だったから、その後、選択肢はますます狭くなっているだろう。


社会に用意ができているなら、「手に職をつける方向」に10歳の頃から進めれるのがいいと思う。それに向かなくなったり、おもしろくなくなっても、30代後半くらいまで「何度でも」やり直しができると思う。


第2の人生として農業に参入するのは「30代後半」が最も多い年齢層である。


一口に農業といっても、百人百様の形態である。




それでも、大多数の人にとっては、サラリーマンしか選択肢がないと思い、他にイメージはできないのではなかろうか。


だから、正社員になれなくても、現状に我慢してそこに留まるようになる。


ぼくには、たまたま農業がイメージでき、「生活」の面でもパラサイトに恵まれた。




2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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