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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

50年前の草刈



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時間があれば、畔草を刈って与えることもある。急ぐときはハクサイなどを丸ごと与える。通常は収獲時に出たダイコンやニンジンの葉を与える。

畔草を一度刈ると、冬の草はあまり伸びない。50年前、多くの家が1頭の使役牛を飼っていた時代に、冬の牛の餌はどう調達したのだろうか。牛はヤギと違って硬い雑木の葉は食べない。あまり記憶に残っていないが、冬の牛の餌は大半が「稲わら」ではなかっただろうか。二毛作で麦も作っていた時代なので、稲わらが終わる頃には麦わらを与えることができ、麦わらが終わる頃には、雑草の伸びが著しくなる。

そんな春夏秋冬の営みの中で、やっと1頭の牛の餌が自給できていた。

時間は現在の10分の1以下のスピードで流れていた。

手作業で刈る草刈は、マムシ等の危険性はあっただろうが、牧歌的な農作業だったに違いない。

そして草は、家畜の貴重な飼料になった。今は、草を除草剤で枯らす時代である。まさに価値が180度転換したのである。50年前はカネを出してでも、草を刈らせてもらっていた。


人糞尿も50年前は貴重な肥料だった。50年後はその処理のために、下水道という巨大な「ハコモノ」が導入され、その維持管理費のために、多くの地方公共団体は巨大な債務を背負うことになった。

そしてこの巨大な「ハコモノ」は30~40年という耐用年数の経過とともに、また新たな巨大債務を背負わせる。

この巨大なハコモノは自然に敵対しながら居座っている。大都市ならともかく、過疎の田舎にこんなハコモノはいらないのに、いったん据えつけられると原発と同じように、なくすることができない。

人糞尿はいずれまた、自然の循環のサイクルの中に取り込まなければならない時代が来る。たった50年前まで、そのような自然のサイクルの中に人糞尿は位置していた。もちろん家畜の糞尿も同じである。


自然に反するものは、いつか自然から大きなしっぺ返しをくらう。原発災害のように。


時代は大規模農業から、小規模リサイクル農業へと大きな転換期に位置している。


自分の農業の中で反自然的なものは、やはり「黒マルチ」が断トツである。これに変わるものがまだ見えてこない。

他のものは大半が自然に則している。ごく少量の農薬やごく少量の化学肥料は、自然に反しているとは思っていない。逆に、完全無農薬や完全無化学肥料には、自然はそこまで要求はしていないと感じる。

少数の家畜もいて、田んぼから出た売り物にならない野菜は全て、家畜の飼料として有益に使っている。

時々、経済という壁に打ちひしがれる時はあっても、農業を止める選択まで追い込まれることはなかった。

時代は変わり、世の中も変わる。

50年前の人から見たら、空前絶後に見えるだろう、おびただしい数のイノシシやシカの進出。

我が家を含め、集落の次の代はどういう選択をしていくだろうか。 

ボクはただ、この田んぼ風景を維持し続けていきたい。


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朝のヤギ、朝のニワトリ。

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コメント

釣り吉三平の作者 東北出身の方の家では
クズの葉を夏に集めて 富農の牛の餌に
売っていたそうです。
うちでは ウサギの主食ですが、飽きもせず、
よく食べます。イモヅルも好きですね。大根の
葉も。ヤギ飼ってた頃 よくもらいに行きました

  • 2011/12/05(月) 12:41:06 |
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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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