瞳の底に
それは
時計の振子の様に
私が大地を探る杖の音の様に
編棒のふれあう音
妻の膝の上には
赤い毛糸玉がころがっているのであろう
このかすかな音は
肉体のバランスを失った
古沼のような私の生活から
支えてくれる妻のささやきでもある
生活の疲れを秘めて
編棒を運んでいる妻の眸が
盲いた私の眼底に
ほほえんでいる
杖
八つ手の葉のように
大きなたくましい
そんな手が今の私にあったら
杖を握ることも箸をもつことも
凡てが凡てでないように
救われていたかも知れない
だが
私を包んでしまった深い闇には
きれめがない
呼んでもわめいても
もう昨日は昨日でしかない
そんな人生の沼底から
最後につかみ得た一本の藁すべのような杖
それに依って凡てがささえられないにしても
枯葉のような両の手で
抱えこむようにしてすがる杖に
私の生命が通う時
そこから新しい天地がひらける
そうなることを信じながら
私はきれめのない闇をみつめる
松本明星(松本明生)さんの略歴
1919年10月20日大阪府に生まれる。1939年邑久光明園に入所。「俳句作家」(大阪)同人。1994年12月6日死去。遺句集『娑羅の花』(1995私家版)。