
この2ヶ月余り、左足のひざが痛かったり、うずいたりしたが、忙しくて、そのうち治るだろうと思って放っておいたが、今日とうとう病院へ行った。
3年前には右足のひざだった。1ヵ月ほどで治ったので、今回も同じ先生に診てもらった。レントゲンの結果が心配だったが、どこも悪くないと言われた。そして「歳をとりだしたから・・・」と言われた。
年齢が高くなると、ひざや腰の痛みも自然と増える。仕事が農業だし、ひざや腰に負担がかかるのも仕方がない。
「さぼったな」と言われた。というのは、3年前にもこの「まねきねこ体操」を勧められ、1ヵ月ほどで治った後はそれっきりしていなかった。
今回も「まねきねこ体操」をするように言われた。寝る前の背筋運動に加えて、まねきねこ体操は画像にもあるように、朝、昼、晩10回ずつが1セット。
腹をすえて日課にしないと!
父の世代は青春期が戦争だった。その戦争のことは誰もが「一生自分の心だけに秘めて」、墓場まで持ち込んだ。
その後の平和な時代に、自分の心だけに秘めておくことは大きな苦痛だったろう。それでも親にも、兄弟にも、子供にも決して「話せない」ことだった。
上官に殺せと言われてちゅうちょしたなら、上官やその命令を受けた同期の桜に自分が殺されただろう。
外地でそんな殺戮に手を染めなければならなかった軍人たちは、生還後、平和な時代をどんな精神状態で過ごしたのだろうか。
決して、思い出したくない、思い出してはいけないことだった。
これに対して、朝鮮半島から連行された慰安婦の勇気は称賛に価する。「思い出したくない」、「記憶から抹消したい」、「自分を消滅させたい」、出来事であったろうから。
折々のことば 鷲田清一(朝日新聞10月2日)
そしてナチスが私を連行したとき、それに抗議する人はもうどこにもいなかった
(マルティン・ニーメラー)
ナチスが共産主義者を連行した時も、社会民主主義者を監禁した時も、労働組合員を連行した時も、当事者でない自分には関係ないと、とくに声をあげなかった。そして攻撃がついに私に向けられた時、抗議の声をあげてくれる人は誰もいなかったと、ドイツの牧師はふり返る。その語りは平和を希う人びとの間に詩の形で広がった。マルティン・ニーメラー財団のサイトから。
映画監督 是枝裕和さん(朝日新聞10月2日 23面)
・・・2030年の未来はどうなっていると思いますか。
東京五輪がある来年が分水嶺だと思っているんです。問題山積なのに、メディアは一蓮托生で、きちんと批評できない状況になっている。五輪後、誰も失敗の責任を取らずに、万博といった次の祭りに目を向けたり、カジノをつくったりという方向に行く。それは政治と経済の敗北だと僕は思いますが、一回そこまで壊れないと「このままではまずい」と気づいて立て直しに向かえないんじゃない、残念だけど。
個人としては、映画をつくることで今の流れに抵抗したり、新たな作り手を育てていったり。やれることを精いっぱいやります。
私の記念碑 女優 高畑淳子さん(毎日新聞10月2日 19面)
「蟹工船」で知られるプロレタリア作家の小林多喜二が、特高警察の拷問によってなぶり殺されるまでを描いた音楽劇「組曲虐殺」。井上ひさし最後の戯曲が6日から天王洲・銀河劇場(東京都品川区)で、その後福岡や大阪、名古屋などで上演される。高畑淳子は2009年の初演と12年の再演に続き、今回も多喜二(井上芳雄)の姉チマを演じる。「私も64歳になり、一筋縄ではいかない戯曲を栗山(民也)演出でやるのはなかなかハードです」。そう言いつつ、期待で声は弾んでいる。・・・
小林多喜二がプロレタリア作家と呼ばれるなら、石田徹也はプロレタリア画家と言えるだろう。
小林多喜二 1933年2月20日没 29歳
石田徹也 2005年5月23日没 31歳
石田徹也さんの動画