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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

ブログを移行のお知らせ

 
ブログ容量がいっぱいになったので、新しいブログに移行します。

ブログアドレスは以下の通りです。

どうぞよろしくお願い致します。


https://terayama2021.blog.fc2.com/



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「韓国のアマゾン」米上場


毎日新聞 3月13日 7面

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「韓国のアマゾン」とも呼ばれる韓国インターネット通販王手クーパンが11日、ニューヨーク証券取引所に上場した。


新型コロナウイルスに伴う通販利用の拡大が追い風となり、初値は公開価格(35ドル)の8割高以上となる63・50ドルをつけた。終値は49・25ドル。


ソフトバンクグループが傘下ファンドを通じて株式を3割超保有しており、数兆円規模の含み益が生じたとみられる。


クーパンは2010年に設立。独自の配送網を整備し、夜に商品を注文すれば、翌朝までに配送し、朝注文すれば当日中に届くサービスで知られる。


20年12月期の売上高は前期比91%増の119億6733万ドル。


これがどれくらいすごいことなのか、自分にはよくわからないが、2010年に設立して、まだ10年が経過したばかり・・・。





朝日新聞 3月12日 6面

韓国炭酸カリウムに関税方針

財務省は11日、液晶パネルのガラス部分などの原料となる韓国産の炭酸カリウムについて、不当に安い価格で輸出され日本国内の産業に損害を与えたとして、反ダンピング(不当廉売)関税を暫定的に発動する方針を決めた。


税率は韓国の国内価格と輸出価格の差に基づき30.8%とする。暫定措置は4ヶ月間で、近く閣議決定される見通し。


韓国は世界最大の炭酸カリウム輸出国。昨年4月、日本国内の関連業界団体が課税を求める申請書を提出し、政府が調査していた。


この日開かれた財務省の審議会が、不当廉売を認める答申をした。




安倍首相”ネトウヨ脳”が日本の国益を損なう!徴用工報復の対韓国輸出規制で日本経済が打撃、IWC脱退で逆に捕鯨量が減少




まるで戦争前夜!安倍政権「韓国ホワイト国除外」に快哉叫ぶマスコミ、八代弁護士は朝日と韓国2紙を「半日三羽烏」と攻撃



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クイーン&BTS (20)

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毛ば部とる子

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沖縄愛楽園  金城忠正さん



我故に苦労に明け暮れし母なりし写真さえも戦禍になくす





青空に咲き誇る
梯梧取らんとして母に叱られし頃のなつかし





つき初めの心にかかる探り杖つきゆくうちに思いほぐれる





戦時中苦労を分ちし友来る宮古名産の黒糖提げて





沖縄戦終えて三十年未だ尚我らおびやかす魔の不発弾





復帰すればよくなるものと思いしに最悪迎うる園の医師不足





点字毎日のテープに禿の歌があり我は頭をさすりつつ聞く





熊蝉の声もひそまる昼下り盲導鈴のみ威勢よく鳴る





連れ立ちて治療に通ふ杖の友それぞれの性音に出しつつ





病故に馴染のフォークも唇にあてて確む盲ひの我は





杖に頼る我の引越は何時も何時も病む療友らの善意に安らぐ





今日からは盲ひ同志の二人住ひ声かけ合ひて明るき部屋に





父います母もいませる里の墓四十四年墓参もいけず




金城忠正さんの略歴
明治44年生まれ。幼い頃父を失い母の手一つで育てられる。小学校卒業後発病。昭和18年半ば「強制収容」を遁れて沖縄愛楽園入園。昭和40年失明。昭和47年盲人会に入会。六十過ぎて先輩たちのすすめで「樹木」によって短歌を作るようになる。『地の上』(1980年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)

 
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沖縄愛楽園  安里秀男さん

 

開眼後初めて眺む十五夜の月光波にゆらぎて映る





月触の如何になるかと見つめつつ友らと浜に話のはずむ





つぐみの子をとらえし猫より取り返し可愛くなりて籠に飼いおり





干潮の潟一面にあおさ生え女らいそいそバケツさげゆく





療友の庭に植えたるパパイヤの実のすずなりに暫し見つむる





療友と話を終えて帰る時九官鳥我にバイバイと言う





立秋の節ともなれば二期作の田植えの頃の故郷偲ばる




安里秀男さんの略歴
沖縄県生まれ。昭和17年2月兵庫県長洲で日雇労働中に診断を受ける。兵役免除となったが、20年の神戸の大空襲で帰郷。鶏小屋の半分に匿われていたが、昭和22年11月乗ったくり舟を客船に引かせて沖縄愛楽園に入園。昭和48年には盲人会に入会したが、53年3月手術により視力回復。井藤道子らのすすめで作歌を始め52年には短歌会入会。『地の上』(1980年)


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練り製品と野菜の蒸し煮


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スライスしたシイタケを無水鍋に入れ、乱切りしたニンジンを入れ、もらった練り製品を入れ、ショウガ1片をすりおろし、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、大さじ3の水を入れ、煮立ったら極弱火にして15分煮て、蓋を開けて一度混ぜ、ざく切りしたネギを入れ、強火に戻して2分ほど煮て、また極弱火にして5分煮て火を消し、余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。



ナバナのおひたし


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菜飯


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熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片のスライス、ナバナのおひたしの順に炒め、醤油で味付けして火を消し、ご飯を入れ、ほぐしながら点火し、具材となじんだら出来上がり。



目玉焼き

 
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天刑・・・・・



 昨日、広島で桜が開花したらしい。

それで今日、山へ上がった時に山桜を確認したら、当地ではまだまだ先のように思えた。

ただ、サクランボの花が例年より2週間ほど早く満開になった。

花下にたたずむと、ミツバチの羽音がわんわんと騒々しい。

彼らにとって、待ちに待った春の到来なのだ。


去年の1群は例外として、この10年間にまだ3月の分蜂は確認していないが、今年の春はひょっとして3月30日あたりに第一分蜂があるかも知れない。しかし、ミツバチを呼ぶフェロモンを出すキンリョウヘンの花茎はまだ伸び始めていない。


今日、最下段の開閉扉を開けて、底板の掃除をしたら、幼虫の死骸が3群ほどで少し目についたが、これくらいなら多分大丈夫だろう。あと20日ほどになった第一分蜂に向けて8群とも元気に、長い冬を越えてくれた。




今日の澤藤統一郎さんの記事を読んでいるうちに、明石海人さんの白描(歌集)の冒頭が頭に浮かんだ。




癩は天刑である。

加わるしもとの一つ一つに、嗚咽し慟哭しあるひは呻吟しながら、私は苦患の闇をかき捜って一縷の光を渇き求めた。

━━深海に生きる魚族のやうに、自らが燃えなければ何処にも光はない━━さう感じ得たのは病がすでに膏肓に入ってからであった。

齢三十を超えて短歌を学び、あらためて己れを見、人を見、山川草木を見るに及んで、己が棲む大地の如何に美しく、また激しいかを身をもって感じ、積年の苦渋をその一首一首に放射して時には流涕し時には抃舞しながら、肉身に生きる己れを祝福した。

人の世を脱れて人の世を知り、骨肉と離れて愛を信じ、明を失っては内にひらく青山白雲をも見た。

癩はまた天啓でもあった。




が天刑とは宗教者が言った言葉でもある。その後、宗教者としてお詫びの声明が出された。



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クイーン&BTS (19)

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澤藤統一郎の憲法日記

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沖縄愛楽園  平良一成さん



故郷に一人寂しく鶏を飼う妻は鶏肉を送りて呉れぬ





米軍に虫ばまれ行く思いして人も海をも汚染され行く





埋めおきし貝殻今日は取りいだし一つ一つをたんねんに磨く





戸袋に雀のひなのかえりおれば朝戸くるごとに心を配る





夏くれば母が織りたる芭蕉布を着けて涼しき頃のなつかし





癩故に幼く別れし吾子達のたつきを妻に聞きて安らぐ





古里に留守居を守る妻のために受けし年金分けて持ちゆく





盲い我が唇寄せて庭先に咲きいるというバラを嗅ぎたり





教会に傘さして行く盲い我ら方向違いと呼び戻されぬ





幸うすき我と思いしが七十路も生かされて今日は敬老の座に




平良一成さんの略歴
明治42年5月沖縄県山原生まれ。大宜味尋常高等小学校卒業、卒業後母校の用務員(小使い)となる。初任給9円。18歳の時東京の従兄弟の元で大工見習いとなるが、父が急病のため帰郷。死亡した父に代わって沖縄で大工として働く。徴兵検査は甲種合格、久留米十八連隊で短期現役。結婚して二女を得たが、13年召集、軍医の診断を受ける。18年家族と別れ沖縄愛楽園に入園。失明。昭和22年、橘丸で帰還してきた沖縄出身の療友に付き添ってきた井藤道子の指導で短歌を始める。「樹木」所属。『三つの門』(昭和45年)『地の上』(1980年)





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沖縄愛楽園  深山一夫さん(2)



六名定員のこの部屋に七人も入れられて何時までせまく苦しき生活なのか





義足傷に病み臥す我に知らさずに指の手術を受けたる妻よ





鶏を飼ひ石油焜炉を購ふ妻あればかにかく働かねばならぬ我





福祉年金獲得会つくりし我ら皆気の弱き顔して集る





手術のあと残りし鼻の傷幾度も鏡に写して妻は悲しむ





手術せし妻が浴びる水を炎天の井戸より両義足の我運びをり





朝より両義足の繃帯巻き替える仕草に疲れて昼を眠りぬ





身障者大会参加者の中我ら四人だけがハ氏病者なりき





我が暮し豊かにならず好きな煙草もやめなさいと妻に言はるる





深山一夫さんの略歴
大正10年沖縄県国頭郡生まれ。昭和13年沖縄愛楽園入園。「樹木」「アララギ」所属。『陸の中の島』(1956年)『蘇鉄の実』(1965年)『三つの門』(昭和45年)『地の上』(1980年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)
 



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ニンジンとシイタケのバターポン酢


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熱したフライパンにバターを入れ、7ミリほどに輪切りしたニンジンを置き、シイタケを置き、2分ほどで煮立ったら極弱火にして20分蒸して蓋を開け、裏返して手作りポン酢(酢、レモン果汁、みりんを各大さじ1、醤油大さじ1と半)をまわしかけ、2分ほど蒸して出来上がり。



サツマイモの煮物


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熱した無水鍋にバターを入れ、乱切りしたサツマイモを入れ、醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、大さじ3ほどの水を入れ、煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で出来上がり。



ニンジンおろし、ヤーコンおろし


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ダイコンはス入りが始まって使えなくなった。代わりにヤーコンをすりおろした。冷蔵庫に入れても、すりおろしたヤーコンはすぐ黒色になる。ヤーコンにはアクが多いのでこれが原因である。見た目は悪くなってもおいしい。

水分はダイコンより多いので、すりおろした時に水分を少ししぼってお椀に入れ、喉が渇いた時などに飲む。



ナバナのおひたし

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目玉焼き

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過去記事より 選挙だけでは社会は変えられない


2020年12月4日の記事の再掲です。


朝日新聞 12月4日 28面 気候変動と今後の潮流 九州の豪雨被災地から考えた 一部抜粋
 


資本主義と別の社会めざして

熊本県は11月、今回の水害を機に、球磨川の支流である川辺川に治水専用ダム建設を容認する方針へ転じた。

旧民主党政権で中止となった計画だ。

だが、堀尾さんはダムの治水効果は怪しく、清流を守れないと、建設反対を訴える。「球磨川を恨まない。川に罪はない。昔から、人間は雨や川と共存して生きてきた。



自然災害などの大惨事に襲われ、人々がショック状態に陥ることを機に、大企業に有利な経済改革を強行することは「ショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)」と呼ばれる。


西日本を中心に、毎年のように起こるようになった激甚災害は、しかし、「逆ショック・ドクトリン」になり得るのではないか━━。


「目に見えて分かりやすい大水害は、気候変動という地味な話題に目を向ける契機になる」と話すのは、斎藤幸平大阪市立大准教授(33)だ。

最新刊『人新世の「資本論」』が6万部のベストセラーになった。


気候変動と激甚災害について、米大統領選では①因果関係を疑問視し、かえって化石燃料ブームを起こす ②地球温暖化対策をとりつつ経済成長も狙う、という対立軸で争われてきた。


斎藤さんは、第三の対立軸として「脱成長コミュニズム」を掲げる。国連で採択された「SDGS(持続可能な開発目標)」も、米国で新たな政治潮流となりつつある「グリーン・ニューディール」も、成長を志向する点でむしろ有害で、「資本主義を終わらせることが最終的な目標だと考える。


目指すのは経済成長ではなく、スローダウン。それも、かつての脱成長論で語られた「清貧」ではない。大多数の生活が豊かになる「潤沢」なコミュニズムが可能だという。


水や電力、森林、住居などは営利企業に経営を任せず、市民が管理するコモンズ(公共財)を増やす。

大災害での危機感をてこに、地球を破壊し尽くすまで前進をやめない資本主義の営利企業から、「公富」を市民の手に平和的に取り戻す。



斎藤さんは言う。「僕を含めたミレニアル世代(1981~96年生まれ)、環境活動家グレタ・トゥンベリさんらZ世代(97年以降生まれ)を中心に、資本主義とは別の社会を目指そうというビジョンは確実に出てきている」。発想の革命的な転換だが、「旧ソ連のような一党独裁や暴力革命をイメージされては困る」。いわば「とろ火で焼き上げる革命」だ。



市民電力やワーカーズコープ、市民議会など、小規模でも、新しい運動は世界各地にすでにある。


「個別に生じたそれらの運動を『コモン』という共通理念で結べば、大きな潮流になる。大企業や政党も動かせる。選挙だけでは社会は変えられない」というのが、斎藤さんの『人新世の「資本論」』の基本的なアイデアだ。


「社会運動というとまじめでお堅いイメージだが、チャーミングでクールな小さな運動がつながれば力になる」。大企業や超富裕層が相手の厳しい戦いになるだろうが、斎藤さんは「『その他大勢』の方が圧倒的に数は多い。確かな希望はあります」と話す。


「デモのように激しく目立たなくていい。同じ危機意識を持つ人の頭数を増やすのが大事」

個々の運動の流れは、か細い。しかし楽しければ、長く続く。流れと流れがつながれば、奔流になる。

いつか氾濫する、かもしれない。




「水系」という概念を心に持つ人がいる。川の流域で暮らす人にとって川は命。川の状況が少し変わるだけで、喪失感が生まれる。


上流にダムができて、川の生態系が変わらないはずがない。以前によく取り上げられた「土建国家日本」。大水害は「ハコ物」では防げない。


ショックドクトリン(惨事便乗型資本主義)で、三陸のリアス式海岸がそびえたつ高い堤防でうめつくされ、海が見えなくなった時、海岸沿いで生きてきた人々は、福島の人と同じ「故郷を追われる」気持ちに襲われたのではないか。


今まで見慣れた風景が変わってしまうと、故郷であって、故郷でないような「疎外感」にとらわれる。海が見えることは海岸沿いの人にとって命だったのだ。




水や電力、森林、住居などは営利企業に経営を任せず、市民が管理するコモンズ(公共財)を増やす」・・・住居を含むライフラインが、80年前のように「自給」できたなら・・・

 

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クイーン&BTS (18)

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沖縄愛楽園  深山一夫さん(1)



きしみ鳴る義足の吾に驚きし仔猫を見ればわびしかりけり





つはぶきの花咲き盛る丘隅にああ堕胎児の墓並びあり





仏桑華の花さえざえとして静まれりもの音絶えし夏の真昼間





芭蕉葉の下にうひうひしく咲きそめし月桃の花を暫し見て居り





両義足脱ぎて砂の上に足伸ばし現身を今は嘆かずなりぬ





午後の陽のやはらかく照る浜にゐて義足枕にしばしねころぶ





今宵また雨となるらむ全身の神経痛は針射すごとし





見下せば沈む破船に寄る波の静かなるかな秋の光りに





冬枯れし故郷の川の水澄みてさむざむ白き雲の浮かべり


 

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沖縄愛楽園  南 真砂子さん



癒ゆる日に履かむと云いし短靴も納められたり君の柩に





「下車してはならぬ」条件にH氏病児等の見学旅行はついに許可されし





母となるを許されぬうつそ身をうべなひて醜き病の吾は

(うべなひては、肯定する、うなずくという意味)




吹く風にしきりに鳴れる盲導鈴の寂けき音に秋も更けゆく





木麻黄の秀の上の淡き暁の月炊事部員集合の鐘を吾が打つ





炊事夫におし唖者も交りて賑へる昼ひとときの仕事たのしも





掬ひたる砂利を掌に朝明けの静けき浜を歩みかへしぬ





南 真砂子さんの略歴
沖縄愛楽園。『陸の中の島』(1956年)『蘇鉄の実』(1965年)


 

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タイあらを使った2品


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 012_202103111927292e2.jpg 014_20210311192729aaa.jpg

乱切りしたサトイモとシイタケを鍋に入れ、水を少し入れ、醤油、砂糖、酒、みりんを入れ、15秒湯通ししたタイあらを置き、落し蓋をして、煮立ったら極弱火にして25分煮て出来上がり。



タイのあら汁


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千切りしたニンジンとダイコンを鍋に入れ、スライスしたジャガイモとシイタケを入れ、ネギの白い部分を小口切りして入れ、水と出汁の素を入れ、15秒湯通ししたタイあらを入れ、煮立ったら極弱火にして15分煮て味噌を溶き入れ、ネギをふって出来上がり。




目玉焼き

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ニンジン入りお焼き

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ボールにホットケーキミックス1袋(150g)を入れ、もらった豆乳を半カップ入れ、ニンジン70gほどをすりおろして入れ、溶き卵1個を入れ、水加減を見て、水を少し入れて混ぜる。

熱したフライパンにバターを入れ、ボールの材料を流し入れ、表面が乾いたら裏返して3分、余熱2分ほどで出来上がり。




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今日の気になったニュース



 メーガン妃の言葉が今日の新聞に大きく取り上げられていた。

エリザベス女王への侮辱ではなく、ほんとうに勇気ある行動と思う。

誰が言ったかは問題ではなく、英王室は変わらなければならない。





朝日新聞 3月10日 3面


「福島、がん増える可能性低い」・・・国連科学委員会が報告書

どういう根拠でこういう記事を朝日新聞が載せたのかわからないが、ぼくはまともに、とりあう気がしなかった。

広島の原爆で被災した黒い雨訴訟は75年後の今も続いている。




朝日・毎日 両紙 3月10日

元検事の郷原氏、立候補しない意向表明・・・そういう選択を願っていた。郷原氏にはずっと在野で発言を続けて欲しい。年齢も66歳だから、政治家になるにはちょっと年齢が行き過ぎているように思う。




朝日新聞 3月10日 8面

「賠償のためにも原発必要」・・・福島事故10年・東電社長に聞く
・・・驚くような発言だ。




朝日新聞 3月10日 8面


西日本経済団体・・・原発推進求める。関西経済連合会で担当委員長を務める古川実・日立造船相談役は、大阪市内で開いた記者会見で「ぜひ原子力の再稼働を加速していただきたい」と語った。
・・・もういちど福島第一原発のような事故が起きないと懲りないように見える。その時には、日本が終わりの時。地震大国で原発大国なら、女性は子供を産まない。





毎日新聞 3月10日 1面 余禄


「本当にここだけは一番思い出したくないところです。・・・・死んだと思ったんです」。津波襲来から3日後の夜と翌朝、福島第一原発2号機の絶体絶命の危機に直面した吉田昌郎所長の証言である。


放射性物質が全部出て、まき散らしてしまう。我々のイメージは東日本壊滅ですよ」。


だが2号機の格納容器はなぜか爆発を免れ、続く4号機の燃料プールの冷却水喪失の危機も偶然流入した工事用の水が破局を防いでくれたのだ。


事故収束に奮闘したリーダーも絶望したこの時、原発の連鎖メルトダウンによる東日本壊滅が避けられたのは、ほんの偶然でしかない。


「イフ」を考えれば、まったく異形の「10年後」になっても不思議ではなかった原子力災害だった。


イフといえば、さかのぼって福島第一原発で事前に警告された津波への対策がとられていた「10年後」も頭をよぎる。


当時の追加津波対策で全電源喪失を免れた東海第二原発の例もある。


人の意思と知力で選べたはずの別の10年後である。


今も約3万6000人の住民が避難生活を送り、原発周辺には帰還困難区域が広がる現実の「10年後」となった。


福島県内の震災関連死者数は現在も増え続け、絶えず人々をさいなむ放射線災害の「被災」が続いたこの10年間である。


今後20~30年との目標が語られる廃炉作業も、溶けた核燃料(デブリ)取り出しの成算はまだない。


「被災」を子や孫へ引き継がざるを得ない罪深さを改めてかみしめる原子力災害の「10年後」である。



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クイーン&BTS (17)

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沖縄愛楽園  平山壮一さん



真心に看取りてくれし看護婦は免許なきゆえに解任されぬ





吾がいのち洗わる如し癩園を出で来て那覇にバスを待つ時





みにくくなりし子の現身を知らずして逝きにし母は仕合わせならんか





職員対入園者の激論を録音に聞きつつ老人がおろおろといる





胸の中に煮えたぎるなり吾が怒り瀬長追放の弁務官布令





平山壮一さんの略歴
沖縄愛楽園『蘇鉄の実』(1965年)
 


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沖縄愛楽園  原田道雄さん



革靴の清しき人等行く傍を探り行く杖の音定まらず





節子ですと優しく告ぐる妻の声に唯おろおろと我は寄り行く





盲しい我を知り居る如く小鳥等は窓によりきて親しく遊ぶ





祭壇のもとに一人し祈る今朝ゆえなく涙こぼれ落つるなり





面会の母に別れし幼児は泣きわめきつつ門へかけ行く





盲いたる宿命沁みて思う夜半盲導鈴の音も冴えゆく





盲い我が盲いらのボタンかけている唯それのみに心がはずむ
(この短歌から、原田さんの手は萎えていないことがうかがえる)





癩癒えて帰りし少年の入学を拒否せし記事がでかでかと出る





幾十年三味線一筋に来し我の静座の姿勢癖づきて来ぬ





治療室の壁に塗られし白ペンキ朝の陽ざしの盲ひ目にまぶし





プロミンの効果賛へる癩園に今にして尚断種が続く





命とも頼みし過去の大風子油箱詰めのまま浜に捨てらる





貧しきは吾のみならずと思ひつつ月六十五円の慰安金受く




原田道雄さんの略歴
明治45年沖縄県国頭群生まれ。昭和13年発病。昭和17年沖縄愛楽園入園。失明。「樹木」「アララギ」所属。『陸の中の島』(1956年)『蘇鉄の実』(1965年)『三つの門』(昭和45年)『地の上』(1980年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)
 


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炊き込みご飯


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3合の白米に水を合わせ、具材のニンジン、シイタケ、キクイモ、サトイモを同じくらいの大きさに切って次々に入れ、各40ccの醤油と酒を入れ、だしの素を入れ、炊飯器のスイッチを入れ、炊けたら混ぜ、青ネギの小口切りを入れて混ぜ、10分ほど蒸らして出来上がり。



ナバナのおひたし

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目玉焼き

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過去記事より  説得力のある内容だった


2020年 8月13日の記事の再掲です。


毎日新聞 8月13日 11面



 2020-08-13 011 2020-08-13 013

日本のポツダム宣言受諾は、米国の原爆投下とソ連の対日参戦のどちらが”決定打”だったのかという議論については「単純に比較できないが、中立条約があり仲介を頼んだソ連に裏切られたという心理的な打撃の方が大きかったのではないか」とみる。



ソ連にも敗れた日本

戦後75年 表現者たちの夏


日露戦争と異なり、太平洋戦争末期の1945年8月9日に日本の関東軍とソ連軍の間で始まった戦闘は「日ソ戦争」と呼ばれることがない。



「それは日本が先の大戦は米国に負けたのであり、ソ連に敗れたと認めたくないから。

多くの犠牲者と捕虜を出し、短期間であれ明らかな戦争だった。

日本は中立条約を破って参戦したソ連を非難するが、真珠湾を奇襲しておきながら偉そうなことを言う資格はない」。



「触れたくない」敗戦ゆえに分析が立ちおくれていた日ソ戦争の全体像に迫る『日ソ戦争1945年8月 棄てられた兵士と居留民』(みすず書房)を先月中旬に出版した富田武・成蹊大学名誉教授(74)はこう語る。

開戦75年に間に合わせようと、構想からわずか半年で原稿を書き上げた。

シベリア抑留研究の第一人者である富田さんにとって、抑留の原因となった日ソ戦争を書くことは「長年の宿題だった」。



10年前に戦間期(17~37年)の日ソ関係に関する本を出し、次は本丸の日ソ戦争に踏み込もうとしたが、当時はロシア側の関連文書が公開されておらず断念した。


状況が変わったのは昨年6月だった。ロシア国防省が独ソ・日ソ戦争の作戦文書を機密解除すると発表。同9月にモスクワに飛んで調査を開始し、「これでようやく日ソ戦争を正面から書けると確信した」。



追加調査で今年3月に予定していたモスクワ行きはコロナ禍で取りやめたが、5月にロシア外務省の公文書館からウェブサイトで文書が閲覧できると連絡があり、原稿を補強できた。

「戦後75年でロシアも戦争関連の文書を公開するようになり、いいタイミングだった」と振り返る。

ソ連崩壊で抑留関連を含む公文書が原則公開された92年から数十回ロシアを訪れていた実績もプラスに働いたという。




新著は、日ソ双方の公文書と兵士の回想録を駆使するマルチアーカイバル手法で戦争の詳細を描き出した。

「お互い都合の悪いことは文書に残さないので、両方を照らし合わせる必要がある。

また参謀の視点からでは味気ない戦闘記録になる。実際に戦う兵士が出てこないと血の通った戦史にならない」という。



このほか、米国がソ連軍の南樺太や千島の上陸作戦に必要な兵士の訓練と艦艇の提供を行ったことや、満州(現中国東北部)で洪水に阻まれたソ連軍戦車が盛り土した鉄道道床の上を走行したことなど、初めて明らかになるエピソードが盛り込まれている。



開戦前の日本について富田さんは「ソ連が45年4月5日に中立条約の不延長を通告した時、ソ連の参戦意図に気付くべきだった。ソ連に終戦の仲介を依頼したのも愚かだった。
『溺れる者はわらをもつかむ』呪縛にとらわれたのだろう」と指摘する。



日本のポツダム宣言受諾は米国の原爆投下とソ連の対日参戦のどちらが”決定打”だったのかという議論については「単純に比較できないが、中立条約があり仲介を頼んだソ連に裏切られたという心理的打撃のほうが大きかったのではないか」とみる。



来月で75歳。戦後の日本の歩みと重なる。5年前に軽度のがんが見つかり投薬・通院治療を続けるが、毎朝のジョギングを欠かさず、1日12時間を研究と執筆に充てている。『日ソ戦争』の要約版をロシア語で出版する構想もある。


ライフワークとして主宰する「シベリア抑留研究会」は今年12月で設立10年を迎える。先月あった研究会では中高生2人が初めて参加し、95歳の抑留体験者の話に聴き入った。


富田さんは「体験者が減っている代わりに次の世代や、その下の世代の人が来ている。僕も年だし、いつまで研究会をリードできるか分からないが、抑留のことを知りたいという人がいる限り続けたい」と話す。





ウェブサイトで文書が閲覧できると連絡があり・・・ロシア語も堪能なんだ

若い頃、まったく勉強をしなかったから、今ごろ、少し勉強をしている。と言っても、ぶ厚い本は読む気がせず、もっぱら、晴天とら日和さんのブログに出てくる政治ブロガーの中で、その日に関心を持った記事を3つ~4つほど読むだけ。それと新聞は文化欄を中心に読んでいる。

これだけでも、随分と勉強になる。

今頃になって学んで何するの・・・と問われても、別に目的などはない。

興味や関心がある自分がいるというだけ。


誰もが富田武教授のようになれるわけではない。ぼくは単純に、この記事がおもしろかったので、あなたに紹介しようと思った。


ブログで紹介ができるという「自分なりの役割」も、小さな生きがいに通じる。


 

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クイーン&BTS (16)

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リベラル21

          韓国通信NO662
            
小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 土のなかの虫も目を醒ます三月。
 ミャンマーの軍事政権に抗う民衆の姿が胸を打つ。102年前の朝鮮独立運動と重なる。タイ、香港の民主化闘争にも世界中から熱い視線が注がれる。コロナと出合った世界中の人たちが生命と幸福について真剣に考え始めた。

<戦争どころではない 金儲けよりもっと大切なものがある>
 「国民のための政治」「生活と暮らしを守る」などとは、たわごとにしか聞こえない。政府への信頼は地に堕ち、日本中、コロナに対する不安と政治不信が渦巻いている。
 「春が来た 桜が降って 風が吹く」。先週、地元の日本語教室で、ある外国人生徒が作った初めての俳句。桜が降るという表現はユニーク。季語が二つという危うい俳句だが、私には今の日本を風刺しているように思えて可笑しかった。

 桜の開花も間近、そろそろ日本も目覚めて、風が吹いてもいい頃ではないのか。
 神の国が民主主義の仮面をつけた旧態依然とした社会との決別! 
 多くの人を死に追いやった無謀な戦争と敗戦、ヒロシマ・ナガサキの被爆。アメリカの属国となり果てた悲劇。天皇の戦争責任と政治利用。経済優先、金儲け主義に染まった「今だけ、自分だけ」の風潮。原発に固執する人たち。政治の私物化と腐敗した官僚たちの「ウソ」の合唱はもうウンザリだ。
 桜が降っても、風も吹かないのなら「蟄虫」は土の中で死に絶えるほかない。
 疑うことをしない迎合と時代錯誤と自己陶酔の時代は過ぎた。

<日本は何処へ行く>
 韓国の学者イ・ミョンチャンが著した『韓日逆転』については通信NO659で紹介した。韓国の友人に送ってもらった原書を早速読み始めた。日本の学者、ジャーナリストの著書からの引用が多いためオリジナリティに欠けているように思われたが、隣国から見える日本分析は体系的で説得力を持っているという印象だ。
 まず、日本が敗戦を終戦と言い換えているという著者の指摘に注目した。
 ポツダム宣言受諾は「無条件降伏」だったが終戦と表現することが多い。わが国でも終戦か敗戦かという表現をめぐって、論争が無かったわけではない。しかし、終戦という言い換えに敗戦の事実を曖昧にする日本人の意識が感じられるという。外国人から指摘されると本当に耳が痛い。
 これは、白井聡が『永続敗戦論』で述べたことでもある。イ・ミョンチャンも、日本はアメリカに敗北は認めても、侵略されたアジア諸国には敗戦を認めていないと指摘する。かつて日本の植民地だった韓半島との関係を理解するうえで日本敗北の否認は決定的だと述べる。
 戦勝国アメリカには基地を提供し、卑屈で過剰なまでの従属をしながら、アメリカを後ろ盾にして経済発展を遂げ、アジアの盟主としての地位を築いてきたという主張だ。

 超大国アメリカは中国の追い上げによって苦境に立たされている。アメリカにとって日本は対等なパートナーではありえず、武器購入の「お得意先」とみなされ、アメリカ発の新自由主義経済の弊害にあえいでいる。著者は明言しないが、韓国も日本と相似形の問題を抱えているはず。しかし韓国は自力で発展をとげた民主主義体制によって、政治も経済も日本に優越する条件を備えているという主張には自信が溢れる。
 日韓の葛藤と軋轢が深まるなか、具体的に問題点を指摘しながら日本を理解しようとする努力に学ぶことは多い。常に「正しい」というナルシズムに陥らないためにも著者の視点はむしろ貴重だ。
 「嫌韓」「反日」などと感情的なレベルでやりあっている場合ではない。世界中のどこに日本の実像に迫ろうとする努力する国があるだろうか。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』などと持ち上げられ気分を良くした時代は終わった。隣国の批判に耳を傾けることに謙虚でありたい。コロナとオリンピックを控えた2021年春。日本が正気を取り戻す春にしたい。

 3月3日。駅頭で「憲法を守れ」「東海第二原発再稼働反対」と「お雛様も怒る! 嘘つき議員はヤメロ!」のステッカーを掲げアピール活動をした。春のせいか声をかけてくる通行人が多かった。

<朝鮮銀行生みの親、渋沢栄一> 
 NHKの大河ドラマ『青天を衝け』が始まった。新一万円札に登場する渋沢栄一の活躍と足跡は金融・産業・教育・福祉と幅広く、とらえどころがないほど多岐にわたる。
 ATMがたびたび故障することで有名な日本一のメガバンクであるみずほ銀行の創始者とは畏れ入る話だが、「日本の資本主義の父」をどのように描くのか興味はつきない。
 私が渋沢栄一を知ったのは朝鮮銀行の歴史の勉強をとおしてである。日朝修好条規(1876)にもとづき、渋沢が頭取だった国立第一銀行が釜山を初めとして15支店を開設し、これが朝鮮への経済侵略の足掛かりとなった。日韓併合による植民地銀行の設立に尽力して経済侵略の基礎を築いた。栄光に陰あり。脱亜入欧を主張した福沢諭吉は「嫌韓」の元祖と言われ、1万円札は韓国では不評である。私が知っているのはほんの一部に過ぎないが、ドラマとは言え渋沢栄一を鵜呑みにしないことだ。

渋沢栄一写真
 

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沖縄愛楽園  平良栄輝さん




めしい我が使い古せし竹杖を菊のささえに君が使いぬ





ベトナムに危機迫りしか夕闇の空に激しく飛行機のとぶ





暫くの命と思いて始めたる聖書を読むも二十年経ぬ





近づきがたく思い居りたるシスターも逢う度ごとに親しみの湧く





階段を盲杖でさぐり登り来て奥の慰霊塔に君とぬかずく




平良栄輝さんの略歴
『蘇鉄の実』(1965年)

 

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沖縄愛楽園  島袋 一さん



沖縄に聖火迎うる騒音よ吾はラジオに耳寄せ聞けり





十本の指がなくとも生き甲斐はあるのよと言いて髪を巻く妻





まっすぐに言いたきことを言い終えしわれをうれしとひとり微笑む





にがうりのなますきざめる音きこゆ亡き母のことしきりに恋うしむ





誘われて兄上の家にゆきにしも語るすべなく帰りきにけり




島袋 一さんの略歴
沖縄愛楽園。『蘇鉄の実』(1965年)
 



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp
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