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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

スマホが脳を乗っ取る?


毎日新聞 1月15日 12面 スマホが脳を乗っ取る? を読んで



東京オリンピックの年に我が家に「テレビ」が入った。 

テレビに脳を乗っ取られた。テレビ依存症となり、勉強しなくなった。

テレビのせいで、頭が悪くなった・・・

テレビは高校を卒業する頃まで「依存症」状態だった。

見飽きたのか、その後はあまり見なくなった。スポーツ以外のテレビをほとんど見なくなったのは40代の末頃から。

小、中、高校時代に、テレビがなかったらよかったのに!




パソコンも依存症と思う。しかし、テレビと違って大変ありがたい機器だと思っている。今のぼくの最大の相棒だ。


ロストジェネレーション

コロナ疎外ジェネレーション

スマホジェネレーション

テレビジェネレーション


ロストジェネレーションと言われる「就職難」の世代は、大きな損をしてきた。日本は新卒でしか、自分の入りたい企業に入れないと思うから。


「青春の門」がコロナ渦中にある人も大きな損と思う。三密がないと友達が作りづらい。コロナによる「人間疎外ジェネレーション」として、将来問題になるだろう。



人は大なり小なり、いろんな依存症を持つ。ブログは依存症というより自己昇華。自分の考えや思いを見に来てくださる人がいるという大きな感動!


これはインターネット空間の人間関係だと思っている。ツイッターとかフェイスブックとかインスタグラム等は何も知らないが、唯一使えるのがブログ。


スマホに比べてパソコンは、画面が大きいのがいい。これなら年がいってもできそう。



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今日のBTS(再5)  3

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澤藤統一郎の憲法日記

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菊池恵楓園  荒谷軟波さん(2)



もろもろの鉢の植木にあけ芽吹き春としなれば癒えたかりけり




干蒲団かい抱きつつ取り入るる片足飛びの伊藤君あはれ





越し方のしじの思ひに眠られぬ霜夜は疵の痛みおぼゆる




白飯を渡さるるとの前ぶれに子供の如く待つ身淋しも




つくづくと吾子のゆくへを思ふときながらへがたき吾身くやしも




遠くそだつ吾子のたよりのありければ病養ふ心動くも




味噌汁に身のあたたまりゆくときし露営つづくる吾子を思ふも




秘めて住む吾に届けるはらからの妻の手紙を受けておびゆる




むしろ二枚持ちて這ひゆく路作り朝顔の種子を蒔きて安らぐ




日に三度飯待つのみの吾がうつつ心がなしも生のたづきの



荒谷軟波(哲六)さんの略歴
明治26年生まれ。大正後期に身延深敬園九州分院から九州療養所入所。『檜の影」所属。昭和18年没。『菴羅樹』(昭和26年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)

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ハクサイとツナ缶の煮物


2021-01-19 002
 2021-01-19 005 2021-01-19 007 

ざく切りしたハクサイを無水鍋に入れ、油をよく切ったツナ缶を入れ、カツオブシを少しふり、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、5分ほどで煮立ったら極弱火にして15分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。



塩サバ


2021-01-19 013





目玉焼き

 
2021-01-19 009  2021-01-19 011

ホウレンソウのおひたしを付け合わせに、醤油で味付け。
     


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それぞれの最終楽章


朝日新聞 1月16日 be  9面 一部抜粋


苦しみ和らげるのは自分だけ

海南病院緩和ケア医 大橋洋平さん

1963年三重県生まれ。88年三重大学医学部卒。2004年から愛知県弥富市のの海南病院緩和ケア病棟に勤務。著書に「緩和ケア医が、がんになって」など。



がん患者になれば、誰しも、あとどれくらい生きられるのかが気になります。私も例外ではありません。ジスト(消化管間質腫瘍)は症例が少なく他のがんのように「余命〇年」という言い方はしませんが、私のジストは飛びきり悪性度が高いと診断されていました。転移や再発の可能性が高いのです。

一方で主治医から「抗がん剤の効果が続けば、1年間転移も再発もしない確率は92%」と言われていました。悪性度が低いジストを含んだ数字ですから、自分にそのまま当てはまると思いませんでしたが、低い数値でないことは確かです。

余命は長いほどいいと思っていたのですが、長さに関係なく日ごとに減っていきます。がんを抱え死を意識せざるを得ない患者からすれば、うれしくないのです。

転移後1週間、残された日にちを数えるのはやめ、過ごせた日々を足していこうと意識が変わりました。何かきっかけがあったのではなく、ふと思いついたのです。

「足し算命」の誕生です。毎日一つずつ増えていくのは単純にうれしい。足し算命を思いついて、落ち込みから抜け出せました。

苦しみは、客観的な状況と主観的な思い・価値観のずれから生じます。進行性のがんを患えば、治療法が尽きたという客観状況と、治りたいという主観に大きなずれがあるから、苦しみも大きい。

苦しみを減らすには新薬が開発されるか、自分の考えを変えるしかありません。私が採ったのは、足し算命の考えでした。

転移は「つらい治療に効果がなかった」のか、「治療を続けたから1カ所で済んだ」のか、考え次第で百八十度変わります。それは他人に指摘されるのではなく、自分が変わるしかないのです。

きょう1月16日、私の足し算命は650日になります。




大橋洋平さんはぼくより10歳若い。

足し算命・・・って、この言葉、初めて知りました。

ぼくは50代の中頃から「引き算」が頭に浮かび始めたが、これからは大橋さんのように、足し算命で考えたい。

今はコロナもあって、余命〇年の宣告もなく、ある日突然に感染し、入院を受け入れてくれる所もなく、家で待機を余儀なくされる可能性もある。

妻が養護老人ホームに勤務しているので、リスクは低くない。

昔の家で、部屋数は多く、だだっ広いと言っても、台所や風呂や洗面所を別にするわけにはいかず、どちらかが感染したらうつってしまう。

ニワトリがいるので、ぼくが別のところに住むことは難しい。お互い、コロナに弱い持病もかかえている。

コロナは急に体調が悪化し、死に目にもあえないということが現実のようだ。

志村けんさんや岡江久美子さんの著名人が頭に浮かぶ。

悲しむ人がいる・・・

コロナは自分一人では防げない

感染する、しないは紙一重


大橋洋平さんは「今日の一日を」生きておられる


コロナは予告もなく、ある日突然・・・がありうる

命は・・・わからない




邑久光明園 橋本正樹さん

抜け殻


私のてのひらに

こんなに軽く乗って

お前のいのちはどこへ行ったのであろう

そっと
寄生木やどりぎ
に尋ねてみても

知らないと云った

真白いお前の
亡骸なきがら

こんなに軽く

私の
てのひらに乗って

お前のいのちはどこへ行ったのであろう

かなしい ものの
運命さだめ

今日吹く野づらの風に

私が そっと山に尋ねてみても

お前のいのちはなかったのか





邑久光明園 橋本正樹さん

荒廃の花園
━━故 瀬田洋兄追悼



それはかなしい一つの記憶でもあるが

あなたの
精根いのち が西に傾むく日車草ひまわり に

まみえた時のように

この
荒廃あれはてた花園のなかに

たった一つ見られる

美しい風船かずらが

わたしのあしもとに揺れていた

かそかな日の想いのなかに

かそかに淡い光を湛えながら

あの日のあなたの面影にどっか結びついている
記憶おもいに垂れて

秋風に乱してはならないこの荒れた花園の朝を

ただひとつかそかにも風船かずらが揺れている

(1950年)





邑久光明園 大仏正人さん

田中長一君の急逝を悼む


白百合の花を

昨日君は明日一本くれと言って帰った

今日私はその百合を

君の霊前へ持っていく


白百合の花びらには

まだ露が残っている

今日それは悲しい涙かも知らぬが

昨日は涼しい朝露であった


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今日のBTS (再5)  2

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ちきゅう座

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菊池恵楓園  荒谷軟波さん(1)



(出郷の思出)
暗にまぎれ墓場に向ふ母と吾れ父の墓前にひざまづきけり




(帰省の思出)
刻刻に吾が故郷の山近づけり胸とどろきつ駅に着きけり




路を問ふ吾を吾子と気づきます母そはの眼に涙光るも




手の悪しき吾にしあれば母人は握飯して与へ給へり




(句友太田花桜氏を看護りして)
云へざれば空に字を書く友なれやうらがなしくもせんすべもなし




(大阪の育児院にあづけし子供に逢うべく脱柵せしが、目的を果さずして帰り所定の処罰を受け監房に入る)
つむりよりおしつけらるる思ひしてひとやに二夜過しぬるかな




かさこそと幹打ち落つる落ち葉ありまどろみかねし監房の夜半




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ダイコンとニンジンの味噌煮


2021-01-18 011 

熱した鍋に油を入れ、ニンニク1片の粗みじん切り、15秒湯通しした豚肉100g、乱切りしたダイコンとニンジンの順に炒め、ひたひたに水を入れ、醤油と酒を少し入れ、煮立ったら弱火にして15分煮て、味噌をみりんで溶いて入れ、ユズ1個の皮をすりおろして出来上がり。



ホウレンソウのおひたし

2021-01-18 002
 2021-01-18 004 



味噌汁


2021-01-18 006 2021-01-18 008 

具材はサツマイモ、ダイコン、ニンジン、キャベツ。




ホウレンソウのおひたしと卵炒め

2021-01-18 015
  


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そよかぜ  王林起さんの赤とんぼ


1月16日 朝日新聞 8面


 昨年の年始に国際面で掲載した連載「私は〇〇人」で紹介した王林起さんが、昨年11月末、肺がんで85年の生涯を閉じた。

山形県高畠町に「渡部宏一」として生まれ、両親に連れられて旧満州へ渡った。終戦の混乱で家族5人をすべて失い、10歳で残留孤児となった。

中国の養父母の愛情に報い、最期まで北京で「王林起」として生きた。12歳年上の養母も年末、追うように旅立った。

親族から「彼が大切にした『日本』の友人として会いに来てくれないか」と招かれて参列した葬儀場には、日本の歌が流れていた。
夕焼け小焼けの 赤とんぼ

王さんが「山形の家の裏の小道で、僕を背負う母が歌ってくれたのを覚えている」と話していた歌だ。

棺に眠る王さんに、娘の海燕さん(47)が語りかけた。「今度生まれ変わったら、きっと、苦しみのない人生になるよ」。そして涙の奥の目に、強い意志を宿してこう続けた。「お父さんは自由になった。もうどこに行ってもいいんだよ。日本に帰りたければ帰ってもいい。安心して。願いは必ずかなえるから」

海燕さんは昨夏、王さんに願いを託されていた。「自分が死んだら、山形の先祖の墓にこの6人の名を刻んでほしい」。渡された紙には「渡部宏一」のほか、日本に帰れなかった両親と弟2人、妹の名があった。

王さんは死を目の当たりにした母と上の弟だけでなく、軍に現地召集されて連絡が途絶えた父、逃避行の中で行方不明になった妹と下の弟のことも「できることなら、探し出して日本に帰してあげたい」と、ずっと気に掛けていた。

海燕さんは6人の名を刻むことについて「生き抜いた者として、家族の運命にけじめをつけたかったのでしょう」と言う。

王さんは「骨はどうしてくれてもいい」と言っていたが、海燕さんは、一部でも日本に帰してあげたい、と考えている。もし実現が難しければ、海に散骨するかもしれない。海は、日本につながっているから。

葬儀の後、親族の食事に加えてもらい、王林起さんのことを語り合った。実直な性格で「長男」として慕われた彼は、中国のにぎやかで温かい家族の心の中にとどまり続ける。

もう一人の彼は、日本に帰るのだろうか。

いつか山形の小道を訪ね、母の背で眠る宏一少年の面影を探そうと思う。

(平井良和)



山形県高畠町は、ぼくにとっても思い出の深い地名だ。就農準備期間中に、高畠町で有機農業をされている星寛治さんという方を知った。今でも懐かしい名前である。
山形県 東置賜郡 高畠町 有機農業


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今日のBTS(再5)  1

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Everyone says I love you !

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菊池恵楓園  水野民子さん(2)



病む夫と励まし合うてホ句の秋




木犀の匂ふ窓辺に眼を洗ふ




年を越す病夫の為の冬構へ




ひたすらに夫をみとりて年暮るる




白足袋やかなしきことの次々に




春愁の帯きりりっとしめにけり




向日葵に強く生きんと思ひけり




夫逝きて気弱くなりぬ沈丁花




さびしさの日ましにつのる置炬燵




踊り好きの夫の初盆踊らばや




水野民子さんの略歴
九州療養所 夫水野竹声とともに療養所を最後の安住の地と定め、俳諧に病者の生きる道を見出し句作に精進。「草の花」「ホトトギス」「阿蘇」など俳誌に投句。昭和14年、夫の遺志を継ぎ『句集露草』を夫婦句集として出版。合同句集に『檜の蔭の聖父』(昭和10年)『草の花句集』第二集(昭和26年)


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野菜の天ぷら


2021-01-17 002
 2021-01-17 005 2021-01-17 012 

子持ち高菜とサツマイモを揚げた。

ボールに天ぷら粉を入れ、水を少し入れ、半分に切った子持ち高菜(小さいのは丸ごと)を揚げた。火の通りは早い。

その後、サツマイモを揚げた。ウスターソースで。



ダイコンおろしとニンジンおろし


2021-01-17 022 



ホウレンソウ炒め

2021-01-17 019 

熱したフライパンに油を入れ、ホウレンソウのおひたしを炒め、溶き卵1個を入れ、醤油で味付けして出来上がり。



ダイコン漬け

 
 2021-01-17 014  2021-01-17 017

 ダイコンは3等分して皮をむき、半割または四つ割りにして2キロ(約2本)を漬物樽に入れ、蜂蜜と砂糖(砂糖だけなら400g)を入れ、塩を100g入れ、酢を半カップ入れ、ユズ1個の果汁をしぼり入れ、皮は細切りして入れて混ぜ、5キロほどの重しをして出来上がり。

明日、水が上がっているか確認し、上っていなかったらよく混ぜる。週に1~2回混ぜ、1週間経過したら出来上がり。 


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折々のことば


私に必要なのは、いま目の前でつくられている新しいまちなのか、わからなくなる。
(復興途中にある東北の被災地で )

この言葉にビビッときたので、今回は解説を読まずに考えた。



壊れてしまった故郷

先祖から住み着いていた町

どのような復興の形になるのか

しかし、自分の思いなどほとんど反映されない。

これから先の自分の故郷をどこに作っていいのか、わからない。

どのような住まいにしたいのか、それもよくわからない。


新しく区画整備された家に住むとしても、その費用はどれくらいか。

その費用が捻出できなければ、もう元いた故郷に住むことはできなくなる。



これが人生だったのか。

ふりかえってみれば、出稼ぎに出て帰ってこなかった隣人もいる。

出稼ぎで事故に遭い、亡くなった人もいる。

そして今自分は、災害で家を失っている。

老いに向かう日々の生活が身にこたえる。

こんなことになるなんて、想像もしなかった。



100万円ほどで仮の住まいを建てれないか。

この先、そんなに長くないのだから、雨露がしのげればいいのだが。

それにしてもライフラインが高すぎる。電気、水道、ガス、電話


私に必要なのは、いま目の前でつくられている新しいまちなのか、わからなくなる


私に必要なのは、何なのか

ほんの一握りの、小さな、心のやすらぎさえあったらいいのだが、その小さなやすらぎは、形ある「住まい」とか「必要最低限のお金」によってしか、守られていない。

高齢で働くこともままならない。

今生きていることが不思議だ。

あの時、なぜ津波に流されなかったのか

今、生かされている自分と、路頭に迷う自分がいる


私に必要なのは、いま目の前でつくられている新しいまちなのか、わからなくなる。








鷲田清一さんの解説
震災後、かつて家のあった所に通い、亡き両親の服を広げて並べ、また畳み、段ボールに戻す女性。
いずれ整地され公共のものとなる場所でこんなことしていて何になるんだろうと、身が切られるような思いで呟く。
彼女にとって復興工事の終わりは次の始まりではなく、手がかりの消失以外の何ものでもなかった。
小森はるかと瀬尾夏美の映像作品「波の下、土のうえ」から。


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今日のBTS(再4)  37

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No Nukes 原発ゼロ

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菊池恵楓園  水野民子さん(1)



母ぬぎし田植の蓑の雫かな




来る人も来る人も菊ほめにけり




鈴つけし猫従いて来る萩の径




落葉掃く音のしてゐる濃霧かな




雲雀ひばりの子育てゐるなり子供寮




毛糸編む春の光りや小春緑




席題の紙貼ってある桜かな




離れ住む子を負うてゐし春の夢




筆とればみとり疲れや花の雨




蠅打って眠る病人見守りぬ



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ネギ焼き


2021-01-16 022
 2021-01-16 026 

ネギは小口切りして200gをボールに入れ、ダシの素を入れて混ぜ、5分ほど置き、薄力粉大さじ3、片栗粉大さじ1、水を大さじ3入れて混ぜる。

熱したフライパンに油を入れ、具材を入れ、裏表6分ほどずつ焼いて出来上がり。
「農家のレシピ」ねぎ焼きを参考にした。

失敗だった。油が少なかったことと、薄力粉をこの倍入れた方がよかった。同じお好み焼きならキャベツで作った方がおいしい。ネギと同じく200gを用意する。



サツマイモの煮物

2021-01-16 004 2021-01-16 007 

熱した無水鍋にバターを入れ、乱切りしたサツマイモを炒め、醤油、砂糖、酒、みりんと水を少し入れ、煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。



ホウレンソウのおひたし

2021-01-16 002 2021-01-16 009




バターナッツナンキンのポタージュ

2021-01-16 018 2021-01-16 020 

最後のバターナッツナンキン。常温で7ヵ月ほど保存可能だった。

薄切りしたバターナッツナンキンを無水鍋に入れ、大さじ4の水を入れ、煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で蓋を開け混ぜてつぶす。牛乳を入れながら点火し、塩・胡椒で味付けし、煮立ってきたら出来上がり。



目玉焼き

 
2021-01-16 013 2021-01-16 029 2021-01-16 031

  付け合わせはサラダケールで、サラダケールの葉をちぎり、1分ほど茹でて冷水にとり水気をしぼる。

熱したフライパンに油を入れ、卵2個を入れ、サラダケールを置き、極弱火で4分、火を消して余熱4分で出来上がり。醤油で味付け。

サラダケールは味がとぼしい。今年は子持ち高菜とサラダケールの2種類を新たに作ってみたが、サラダケールは多分もう作らない。 
  


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日本医学会連合 「入院拒否罰則」反対声明


朝日新聞 1月15日 26面


新型コロナウイルス感染症患者が入院を拒んだ場合などに罰則を設けることを盛り込んだ感染症法改正を政府が検討していることについて、日本医学会連合は14日、門田守人会長名で緊急声明を発表した。入院強制や検査・情報提供の義務に罰則を伴う条項を設けることに反対している。

日本医学会連合は、医学系136学会が加盟する学術団体。緊急声明では、かつてハンセン病などで、「科学的根拠が乏しいにもかかわらず患者・感染者の強制収容が法的になされた歴史的反省のうえに成り立つことを深く認識する必要がある」と説明。

入院を拒むのには様々な理由があるかもしれず、「抑止対策をせずに感染者個人に責任を負わせることは、倫理的に受け入れがたいと言わざるをえない」とする。



「旧優生保護法に違憲判決、3例目 札幌地裁、賠償請求は棄却」より一部抜粋

「旧優生保護法」は、終戦後まもない昭和23年に施行されました。当時は戦地からの大量の引き揚げ者や出産ブームによる人口の急増が大きな社会問題となっていました。

戦後復興のためには、人口の増加を抑えるとともに優秀な人材が必要だとして、法律では人工妊娠中絶に加えて本人の同意がなくても精神障害や知的障害などを理由に不妊手術を強制することができるとしました。

当時は親の障害や疾患がそのまま子どもに遺伝すると考えられていたことが背景にあり、法律には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と明記されました。

さらに国は、こうした手術を推進するため自治体に通知を出し、手術を拒否した場合、身体的に拘束したり麻酔などを使ったりするほか、偽って手術することも認めていました。

国の統計によりますと強制的な不妊手術は、最も多かった昭和30年ごろには年間1200人余りに行われていました。

法律の施行からおよそ半世紀たった平成8年、国内外からの批判の高まりを受けてようやく法律が改正されましたが、この間、強制的な不妊手術は1万6500人に行われ、本人が同意したケースを含めると不妊手術を受けた人は合わせて2万5000人に上りました。


旧優生保護法が、戦前ではなく、戦後の昭和23年に施行されたという事実に驚愕する。やはり戦前と戦後は地続きで、それは今の政治にも連綿と引き継がれている。

この法律には昭和23年当時の日本医学会連合は「賛同」したと考えられる。政府が独断で進めたとは思えず、日本医学会連合と談合しながら進めないとこの法律は施行できなかったはずで、この点で、日本医学会連合と当時の政府は同一歩調だった。



「旧優生保護法に違憲判決、3例目 札幌地裁、賠償請求は棄却」より一部抜粋

救済法では国が同じ事態を繰り返さないよう旧優生保護法を制定したいきさつなどを調査することも定められていて、去年6月から衆参両院の厚生労働委員会が調査を開始し、3年程度かけて報告書をまとめることになりました。




長島愛生園の加賀田一さんが「いつの日にか帰らん」の中で、

・・・「らい予防法」が廃止されたのはそれから四十年後です。入所者の100パーセント近くが治っていることも知っていたはずです。現状に合わせて、きちんと正式に法律を変えるよう訴えたのですが、これには応えてくれませんでした。

・・・ハンセン病の施策の間違いは、こういうお役人の姿勢にも表れていました。彼らはみな優秀ですから最新情報は把握しています。ハンセン病菌が弱いこと、感染しても発症が極めて稀であること、そして発症しても薬で治癒することをよく知っています。「らい予防法」が医学的にも、国際的にも、社会的にも間違っていることを知っています。しかしそのことは言いません。これまでの政策について批判することはありません。既定の法律に触れないことを前提に、予算で対応することに努めます。
それはなぜなのかといえば、自分の地位名誉の保全のためです。先輩のやってきたことを間違っていたからと、それを翻そうとしたら頭を叩かれます。人事には先輩が関わっていますからエリートコースを外される。役人の担当部署はどんどん代わり、同じ部署にいるのは二年間です。その自分の在任中に患者さんの頭を撫でて、飴を舐めさせて大過なく過ごしていたい。無事であれば、とにかく出世していゆきます。天下りもできます。そういうことが日本の過ちをそのまま続けさせてきた元にあるということです。



日本は、戦前と戦後で変わったものと言えば憲法くらいで、大日本帝国憲法が日本国憲法に変わった、ただそれだけで、内実はほとんど、全くといっていいほど変わっていない。人間がそんなに簡単に変わるとも思えない。昭和23年の旧優生保護法は、戦前にできたものと思ったが・・・


ハンセン病療園で結婚するには「断種」が結婚の条件だった。

加賀田一さん いつの日にか帰らん P13 「断種は傷害罪」

戦時中に「国民優生法」が定められた背景には、当時、国策として「産めよ、殖やせよ」と出産が奨励されていたことがあります。健康な国民を生み増やすことが奨励されていました。にもかかわらず、私たちには断種、堕胎手術が執行されたのです。
当時、国立らい療養所においては園長権限が治外法権のごとく認められていました。それは「懲戒検束権」として「らい予防法施行規則」に明文化されていました。入所者は基本的に患者なわけですが、その病人を秩序維持の名目で園内監獄に何日も閉じ込め、食事制限等の懲罰を加えることができる警察・司法権限を園長に与えていました。
そのような場所だったから医師たちも断種、堕胎、さらには解剖など、思うままにできたのだと思います。しかし旧憲法下であってもそれは違法だったでしょう。堕胎については特に堕胎罪がありましたから、被害者の妊婦は犯罪者となり、処置した医師や看護婦だけでなく指示した園長は幇助罪どころか教唆強要罪の主犯となり、医師法を犯したことになります。



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今日のBTS(再4)  36

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菊池恵楓園  水野竹声さん(2)



療院に育ちて今や入学す




仰向いて歩く盲や花吹雪




さえずりの見えてたのしきベットかな




出来上がり来し銀喉管や春灯




誰か又逝きしもの音こだま返る




往診の所長と語るホ句の春




春惜むいくばくもなき餘命とぞ




話しつつ眠る盲や蚊帳の月




晩涼や明日断つ足をいつくしみ




緬羊のひろごる天を雁渡る




句友らが来ぬ夜はさびし秋蛾舞ふ




水野竹声さんの略歴
九州療養所 九州生まれ。町の造船所で働くなかハンセン病に罹り職を失い天涯孤独の身に。昭和3年、九州療養所入所。民子と結婚。昭和5年、故・河村所長の恩愛に触れ「草の花」俳句会に入会。宮崎草餅の指導のもと夫婦で句作に専念する。昭和9年、病が進み咽喉が冒され、「喉切り3年」と呼ばれる気管切開手術を受ける。病床に呻吟しつつ俳句を続けるが、『句集露草』(水野竹声・民子夫婦句集・昭和14)の発刊を見ることなく昭和12年永眠。民子夫人、夫の遺志を継ぎ同句集を発刊。合同句集『檜の蔭の聖父』(昭和10)。

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初物 子持ち高菜を使った2品


2021-01-15 004 

これが、子持ち高菜。ちょっと変わった姿である。

一個一個分解して薄切りし、ブロッコリーと同じく1分~1分半ほど茹でて湯切りする。


バター醤油とおひたしの2品

2021-01-15 007 2021-01-15 009 

半分はバターで炒めて醤油で味付けし。残りの半分はカツオブシをふり醤油をかけて食べた。

「高菜」だから少し苦みがあるが、独特の食感があっておいしい。レシピとしては「天ぷら」がおすすめらしい。



味噌汁


2021-01-15 002
 2021-01-15 012 




菜飯

 
2021-01-15 014 2021-01-15 016 

熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の粗みじん切り、小さ目にざく切りしたホウレンソウのおひたし、1分ほど湯に浸した小魚の順に炒め、醤油で味付けして火を消し、ご飯を入れ、ほぐしながら点火し、具材となじんだら出来上がり。

ホウレンソウのおひたしがあると菜飯が簡単にできるので重宝している。   


   


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土の上に返してあげてください



 朝日新聞 1月11日 22面


千葉県は10日、いすみ市の採卵鶏飼育農場で、鳥インフルエンザに感染した疑いがある鶏が見つかったと発表した。

近隣の養鶏場では、昨年12月24日に鳥インフルの感染を確認しており、約114万羽が殺処分された。今回の農場では約114万羽が飼育されているという。

県によると、1例目の発生直後の検査では、この農場での感染は確認されていなかった。




朝日新聞 1月14日 27面


簡易検査で鳥インフルエンザの陽性反応が出た鹿児島県さつま町の養鶏場の鶏について、鹿児島県は13日、遺伝子検査でH5亜型のウイルスと確認したと発表した。

国内の養鶏場での発生は今季15県目。この養鶏場の肉用鶏(ブロイラー)約3万2600羽の殺処分を始めた。

また、この養鶏場から半径3キロ以内を鶏や卵の移動を禁じる「移動制限区域」に、半径3~10キロ以内を区域外への持ち出しを禁じる「搬出制限区域」に、それぞれ設定した。

今回の養鶏場を除き、移動制限区域では8戸で約31万7600羽が、搬出制限区域では33戸で約163万7300羽が飼育されている。

鹿児島県内の養鶏場での感染確認は2011年以来10年ぶり。



農林水産省



新聞の記事の扱いがだんだん小さくなっている。上記2例とも毎日新聞には載っていなかった。


数羽でも鳥インフルエンザが確認されたら、全羽が淘汰されるというリスクから考えて、この大羽数飼いは誤っている。一箇所の最大飼育数を5千羽ほどに制限を設けないと、あまりにも鶏がかわいそうである。


20羽ほどなら楽しく飼える。60年ほど前までは、田舎のどこの家でもこれくらいの羽数を飼っていた。そして卵と肉を自給していた。


人間のコロナは、早くもワクチンができつつあるのに、国内で初めて発生してすでに15年がくる鳥インフルエンザに効果のあるワクチンはまだできていない。


これは狭いゲージの中で、ほとんど身動きできない鶏の大きなストレスに起因するのではないか。


どうか鶏を「土の上に」返してあげてください。



土の上の餌を拾って食べること

土浴びして、羽についた虫を追い払うこと

土の上で飼うことが最高のニワトリ福祉

土の上で飼われている鶏に鳥インフルエンザの感染例は「未だない」はず!




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今日のBTS(再4)  35

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澤藤統一郎の憲法日記

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菊池恵楓園  水野竹声さん(1)

 

水しぶきたててこがらし渡りけり




入学の子に新しき義足かな




そこここに豚が寝てゐる木陰かな




風荒き萩野の原や野辺送り




台風に襲はれし大阪外島保養院の病友を迎えて
寝待月疲れし面照しけり




病に侵され旅に出る
餅搗きをききつつ旅に立ちにけり

(古里に居場所がなく四国遍路へ出向いたのだろう。
行き倒れで亡くなる人も多かった。)





吾故に嫁がぬ姉と墓詣




長病みて畳恋ひしき雑煮かな




義足より盲がかなし羽子をつく




干してある小さき義足や花ゆすら



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イワシの梅煮


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今日のイワシは鮮度がよい方だった。鮮度がよくなかったら、洗っている時に頭が取れかかったり、はらわたが破れたりするが、それがなかったから。

鍋に醤油、砂糖、酒、みりんを入れ、水と出汁の素と削り節を入れ、煮立ったら弱火にしてイワシを入れ、小梅5個をつぶしながら入れ、強火で再度煮立ったら極弱火にして40分ほど煮て出来上がり。

途中で落し蓋を置き、何回か鍋をゆすりながら水加減を確認し、水気が少なくなったら出来上がり。



カブの甘酢漬け


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カブはスライスして塩をふってもみ、何回かもみながら、しんなりするまで1時間以上置く。

その間に甘酢を作る。1カップの水を煮立てて火を消し、削り節を入れ、15分ほど置いて、出し殻を濾してまた鍋に戻す。
酢を120CC入れ、蜂蜜(砂糖なら50g)を入れ、煮たてて溶かす。

カブの水気をしぼりながら瓶に入れ、ユズ1個の皮をすりおろし、冷めた甘酢を注いで出来上がり。1晩経過したら食べれる。



ニンジンおろし、ダイコンおろし


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卵とホウレンソウのおひたし
   
 
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卵の付け合わせにホウレンソウのおひたしを置いた。醤油で味付け。



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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