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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

梅漬け

 

梅漬けはちょっと手間がかかる。

というか、梅漬けは余裕がないとできない。

余裕がなくても時間をあみ出す。梅漬けは我が家の食生活に欠かせないから。

弁当にも欠かせない一品と思う。




手作りの梅漬けを食べ続けていると、市販の梅は食べる気がしない。

梅漬けは5年以上保存できるが、一度にたくさん漬けるのは手間なので、2年に1回は漬けている。

5月20日、21日と2日間かけて小梅を収穫した。

大梅は1個食べると量が多過ぎるので、小梅が手頃である。

梅の木の根元に巣箱を置いているので、防御ネットをかぶって小梅をちぎった。

2日間の合計で4キロほどあった。

梅は熟すと落下し、落下すると草むらなので拾いづらい。

だから落下する前にちぎるように、例年の収穫日を記憶しておく。




収穫した梅は10時間ほどたっぷりの水に浸してアク抜きし、ザルにあげて重量を測って樽に入れ、重さの20%の塩を入れ、重しをして水が上がるのを待つ。

1日2回ほど攪拌すると3日ほどで梅の上まで水が上がる。

水が上がったら重石をとり、この状態で赤シソが収穫できるのを待つ。

赤シソはこぼれ種から発芽したものを5センチポットに鉢上げした状態であるが、2週間後の6月上旬に定植すると7月中旬頃には収穫できる。




我が家に梅の木はなかったので、農業を始めて5年ほどたった時に購入して植えた。桃栗3年、柿8年、梅は酸ゆうて13年という、生り始めるまでの年月を表す昔からの言葉があるが、4年ほどで生り始める。

その梅の木はかなり大きくなり、8年ほど前から根元に巣箱を置くようになったが、梅の木は蜜蜂の分蜂群の蜂球がよくできる。蜜蜂と同系色で蜂球が目立たないからだろう。




梅の木を植える時は梅漬けのことしか考えなかったが、梅の木はよく茂って日陰ができやすく絶好の巣箱置場となり、その花は寒い時期から長期間咲き続け、冬場の貴重な蜜源となり、春が訪れたことを告げる清楚な花は目と心も潤わせてくれる。

2本の梅の木は15年後に大きな展開を見せたのだった。



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今日のクイーン(再5)  35

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広原盛明のつれづれ日記

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大島青松園  浅野 繁さん



よるべなく風の表情をきざみゐたる水の面よ今朝は凍れり




貧しきは銭のみならずかなしみの階級があるこの小社会




貧しさに思ひ疲れてエープリル・フールの今日の挿話も唇に冷ゆ




目盲ひたる君と腕組みデモ行進の列におくれつつ雨そそぐなか




「私たちは罪人ではない」プラカード軒にたてかけデモ解散す




肋骨の白くみすぼらしきなかに確かなるわが心臓の位置




落葉してあらはになりし樹の瘤に隈なく午後の日の当りゐつ




熱こもる鼻梁を水に冷やしゐて息せんとすれば鳴るよ笛のごと




浅野 繁さんの略歴
大島青松園。下関生まれ。23才頃から「多摩」により作歌。「コスモス」同人。『白砂集』(昭和15年)『稜線』(昭和27年)『澪』(昭和29年)『陸の中の島』(1956年)


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菜飯


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熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の粗みじん切り、1センチほどにざく切りしたコマツナ、1分湯通しして冷水にとった小魚の順に炒め、ニンニク醤油で味付けし、火を止めてご飯を入れ、ほぐしながら点火し、ご飯が具材となじんだら出来上がり。


タマネギのポン酢和え


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スライスしタマネギは2分ほど水にさらしてザルにあげ、水気をしぼりながらボールに入れる。大さじ1と半の醤油、各大さじ1の酢、レモン果汁、みりんを入れて混ぜ、カツオブシ1袋を入れ、混ぜて出来上がり。



目玉焼き


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ハーブティ


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左からアップルミント、セイジ、タイムで、沸騰したら火を止めて入れ、3分蒸らし、ハーブを取り出して出来上がり。


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加藤登紀子のひらり一言


芸能人は身体を使う芸術家である。


平常時には、文学、音楽、美術、映画などの芸術が必要になることも多いが、非常時に追いつめられると、こういうものから切り捨てられる。


文学、音楽、美術は一部の人を除いて、大半の人はそれでは食べれないので、趣味でしている。


だから芸能人も趣味で、とは言わない。コロナによって、芸能人が追い詰められている。




留学生も、オンライン授業では留学の意味がない。人と触れ合えない留学生活ってなんだ!




朝日新聞で重用されていた「櫻井よしこさん」が出なくなったと思ったら、その二代目のような」「三浦瑠麗さん」が昨日の6面「原発と関電マネー」に関して「問題の本質はボス政治」という論考で、かなり目立つ扱いだった。


櫻井よしこさんもある意味で有名人だが、三浦瑠麗さんもしばしば「RITERA」をにぎわせる人である。


もちろん朝日新聞は当然、そのことを知って載せている。


原発と関電マネーのような問題にこういう人物を登場させるのは不適切と思う。


以前にも「私もいじめられた」という記事で学校のいじめ問題に登場していたが、ぼくは思わず「逆だろう」と突っ込みを入れてしまった。


他にも朝日新聞のお気に入りらしい「田原総一郎さん」や「池上彰さん」が定番の人として登場する。


韓国を貶める記事も多いと思う。昨日も5面に「韓国・元慰安婦支援団体の関係者」脱北者に帰国勧める、という記事が載っていたが、以前にも「韓国法相の親族の不正疑惑捜査」のことを繰り返し報道し続けていた。

昨日の慰安婦記事に関しては、「本来の慰安婦問題」とは別の話なので、こういう記事は何の目的だろうかと考えてしまった。



今日のようなブログ記事はあまり前向きの話ではないが、「誰が書いた記事」かに注意しながら、自分の意に反する人の記事は表題だけ見て内容は読まない。




加藤登紀子のひらり一言  朝日新聞 5月24日 15面


誰でも自宅から発信できるリモート時代。プロとアマの違いが、どんどん消えていくわね。

自粛時代の思わぬ収穫? みんなどんどん発信すればいい。知名度やキャリアに関係なく、ほんとの自分をまっすぐ伝える決意があれば。




黒川検事長を辞職に追い込んだツイッターデモに、大きな勇気をもらった。街頭に出なくてもネットで意思表示できる!


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今日のクイーン(再5)  34

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週刊金曜日

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大島青松園  吉田章平さん



海鳴のはげしき夜をろうそくのゆらぐ焔に書読まむとす




しづかなる春の潮の満満と張りたる中に吾が島はあり




水槽の中の藻草によりあひて目高は何かささやく如し




歌つくる友ら次次なまけをり吾も刺激のとぼしくなりぬ




視力失せし瞳にのこる高松のネオンを友は云ふ渚にたちて




打上げの花火の音におびえたる小鳥は群れて闇に飛び立つ




読書後の眼薬さして夜の床に暫く庭の虫の音を聞く




吉田章平さんの略歴
昭和10年愛媛県生まれ。大島青松園入園。昭和27年4月から創作に入社、長谷川銀作に師事。『稜線』(昭和27年)。『澪』(昭和29年)



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塩サバ


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スナップエンドウの塩ゆで


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レタス

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市販のドレッシングで。




味噌汁

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サツマイモ、シイタケ、タマネギを鍋に入れ、水と出汁の素を入れ、煮立ったら弱火にしてエンドウを入れ、10分ほど煮て味噌を溶き入れ、タマネギの葉をふって出来上がり。




目玉焼き


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昨日の残りの茹でたエンドウを置いた。ニンニク醤油で味付け。



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リボンの罪 



黒川弘務東京高検検事長のマージャン辞職・・・

毎日新聞15面に載っていた、女の気持ち「30年後の報告」・・・

等が、頭の中をいったりきたりしていたら、突如「リボンの罪」が頭に浮かんだ。



「リボンの罪」・・・ご存じですか。

小学校の国語の教科書に載っていた・・・

すぐにグーグルで「リボンの罪 ルソー」と検索したら、やっぱり間違いなかった。

リボンの罪で40年間苦しんだ・・・


すでに55年以上前の国語の本のこの話を思い出しのがとてもうれしかったが、この話をぼくは人生の途上で、折に触れ、思い出していたような気がする。


その時、小学生だったぼくは、「40年間」という年月に、長い、夢のような遠い先のことと思ったが、実際に67才になって思うことは、40年はたいして長くないということ。


そして、ついこないだ農業を始めたような気がするが30年が過ぎた。その当時のことを今でもくっきり思い出せるし、30年前と現在の時の経過はあっという間だった。


だから今は、30年、40年という期間の長さでも、さほど驚かない。



女の気持ち「30年後の報告」


前略・・・・思えばあの頃、30年先どころか、10年先、いえ1年先すらも見通せていませんでした。うれしいことも、悲しいことも、その知らせはいつも突然やってくるのです。

私はその度に右往左往し、周りの人たちに助けられながら、なんとか前に進んできたのです。

この30年の月日は、私に二つのことを教えてくれました。悲しみは決して消え去るものではなく、いつまでも心に残っているものだということ。

けれども、それを心の奥深くに閉じ込めて、毎日誠実に暮らしていれば、いつか幸せの種になって、目の前に現れるのだということです。

それはあたかも、海の底の貝が、異物を核に、長い時をかけて美しい真珠を育むようなものかもしれません。
(大阪府 67才 女性)



「悲しみ」と「罪の意識」は違うし、状況もそれぞれ異なるので、30年の歳月が「心のそれ」を溶かしてくれるかどうかわからない・・・と思う。

それを生涯抱えるようになっても、死ぬ直前になって、ここまでしかできなかった、と懺悔の気持ちが生じても、死とともに終わる・・・それでいいと思う。




黒川さんのマージャン・・・若い時、賭けマージャンの経験は多いと思うが、学校卒業と同時にマージャンからも卒業という人も多い。


黒川さんは今でもしていたわけだから、学生時代以降、社会人になってからも、毎月、定期的にしていたのだろう。

マージャン自体をそんなに咎める気はないし、逆にそういうこともこなせる人の方が出世も早いと思う。

ただ、東京高検検事長と言う肩書からはふさわしくない。

同じ趣味でも例えば週末は別荘で家庭菜園とか聞くとふさわしい気がする。


マージャン自体は悪いと思わないが、知らず知らずのうちに、そういう世界の人(例えばマスコミ関係)と通じてしまうことになるのではなかろうか。


知らず知らずのうちにマージャンの趣味が仕事にも出てしまう・・・


ラジオを聞きながら農作業をしている優秀な農業者を数人知っているが、ぼくはそういう「ながら族」の真似はとうていできず、気が散ってしまう。

 


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今日のクイーン(再5)  33

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ちきゅう座

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大島青松園  内海静波さん



育ちよし振分髪も乙女さぶ吾が子の前に迷ひてゐたり




そのかみの妻の面影君に見て安き心のみだれ初めしか




秋宵の浜に肩組み保育所の子らは唄へりふる里の歌




みどり葉の繁れる中に寝ころびし吾れには淋しい浜昼顔は




行ずりに写真撮らるる癩盲の友は哀しく身がまへもなく




古里を遠く癩病む少女らが療舎に雛をつつましく飾る




沖に出て見る吾が島の目にあらた流れのままにボート浮べて




土工らが去りし工事場こほろぎのはや鳴き初め宵星の見え


内海静波さんの略歴
明治37年香川県生まれ。昭和18年大島青松園に入所。22年頃から歌作をはじめ「山脈」をへて「龍」に投稿。『稜線』(昭和27年)『澪』(昭和29年)



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ニンニクの芽とベーコン炒め


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熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の粗みじん切り、ベーコン3枚の細切り、食べやすい大きさに切り3分ほど茹でて湯切りしたニンニクの芽の順に入れて炒め、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。



タマネギのポン酢和え


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スライスして2分ほど水にならしたタマネギをザルにあげ、水気をしぼりながらボールに入れる。醤油大さじ1強、酢とレモン果汁大さじ1、みりん大さじ1を入れて混ぜ、かつおぶし1袋をふり、混ぜて出来上がり。




エンドウの塩ゆで

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目玉焼き


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茹でたエンドウを置き、ニンニク醤油で味付け。



ハーブティ

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左からアップルミント、セイジ、タイムで、沸騰したら火を消して入れ、3分蒸らし、ハーブを取り出して出来上がり。



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折々のことば


朝日新聞 5月22日 1面 折々のことば 鷲田清一

 私たちは、上手な引き算ができていないのだと思うのです。

(小山田徹)

アートの世界に”コミュニケーションの可能性”みないな「ポジティブワード」が並ぶのを、美術家は訝しむ。

それよりも、わからない、かなわないといった「不可能性」を体験することのほうがうんと大事だと。

多様性とはそういうこと。それに打ちのめされつつ、それを楽しむ。そういう「嬉しい敗北」から出発してこそ人は前に進める。
「TURN JOURNAL」春号から。



何度繰り返し読んでも、最初の一行の意味が理解できなかった。その次に書かれている意味はだいたいわかる。


石田徹也さんの絵のように好き嫌いが分かれる絵もある。


ぼくは「抽象画」というものが、見てもさっぱり理解できない。しかし、部屋に飾るには、こういう全くわからない絵の方が、インパクトが強い思う。

通るたびに、何だろうこの絵などと、思いながら。

ただ、家族がいたら、自分はわからなくても、家族の中の誰かがわかるのかも知れない。



例えば、愛知トリエンナーレ2019は、嫌がらせや脅迫等によりすぐに展示中止に追い込まれたが、アートの世界では、ちょっとびっくりしたり、瞬間立ち止まってしまうものだったり、見た目が気持ち悪かったりする方が、後で記憶に残ると思う。


ただ、ぼく自身はそういう芸術展に足を運んだことがない。そういうものが無くても生きていけるタイプである。もちろん音楽も。


しかし世の中には、いちいち、そういう芸術がもつ本来のものに、ケチをつけたり、いちゃもんをつけたりする人がいるようだ。


それだけならまだしも、エスカレートして脅迫などをするのは言語道断であり、それらは往々にして、時の権力に迎合して、それをバックに意識しながらやってくる。


そして、時の権力に行政も忖度しながら、特定の作品の展示に圧力をかけてくる。


よくよくのものでない限り、芸術表現は自由と思う。


美術作品は人に「大きな違和感」を与えるものほど「よい作品」と思う。



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今日のクイーン(再5)  32

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在野のアナリスト

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大島青松園  政石 蒙さん(17)

 
寮父の手帖 「はるかなる希い」


 ずいぶん多くの方から「可哀そうなお子さんたち」という言葉をきく。子供たちに対する愛情から発せられる言葉であることは解るのであるが、「可哀そう」という言葉に接するたびに私の心は蒼ざめてしまう。何気なく使われた言葉であるから口を尖らして抗議するほどのことではないかも知れないが、蒼ざめた私の心が納得しない。
 子供たちはライという病気になったばかりに親のもとでの生活を奪われ、このような小さい島の療養所で、一般社会と隔絶された淋しい生活を余儀なくされているのであるから、不幸せであるには違いないが、可哀そうだと言えるであろうか。
 能力がありながら働く意欲を喪失して乞食になり果てた人間や、生きる希望を失って自殺する人間や、苦難に圧しつぶされて骨抜きになった人間たちに対して「可哀そうな」という言葉が適切であるかも知れないが、現に逆境の中に生きており、肉体の苦痛にも負けず、或いは疼くような郷愁にもよく耐え、いろいろな形で迫ってくる死の恐怖と闘いながら、希望を見失うことなく生きつづけようとしている子供たちに「可哀そうな」という言葉を冠してよいであろうか。


せまい花びんの中

畠のすみに

なにげなく

すくすく伸びてきた

すいせん

粉をふいたようなくき

雪が降りかかったような花びら

彼女は満開になっても

つかのまだろう

あの悪魔の

短刀のようなはさみが

いきりたって

彼女をたおすだろう

短刀の親方人間は

せまい花びんの中に

彼女をしめつけるだろう

あゝ━━

そうだ

私もライという病気に

せまい花びんの中に

しめつけられている

出来るなら

ふるさとの畠のすみに

帰ってゆきたい

 

 この詩は子供の中でも病気の重いマスオ君の詩であるが、ここに絶望があるとは思われない。せまい花びんの中にしめつけられているように、枠の中で生きなければならない虐げられたものの抵抗ではあっても、生きようとする意欲を失ったものの心の表白ではない。不幸な運命を持つ彼であっても「可哀そうな」では決してない。
 最近、プロミン療法に加えて、ストレプトマイシン、パス、チビオンなどの結核の新薬がライ治療に用いられ、更に最新薬イソニコチン酸ヒドラジッドも試用され効果をあげてきている。完全に治癒するまでにはまだまだ長い年月と、科学者の努力を必要とするであろうが、治癒への希望が持てるようになっている。
 子供たちは、まだ人生の何分の一かの過去しか持たない。幼いということは大人たちよりも長く生きられる可能性があるのだから、大人たちに比して強みがある。子供たちの一生のうちに狭い枠の中から解放されることも希めなくはない。苦悩を耐えて生きつづけてゆけば、そのとき子供たちは過去の苦悩の深さに比例するだけの「生きるよろこび」を深く味わうことができ得るであろう。
 島に病む子供たちは決して「可哀そうな」子供たちではない。この子たちのために心から希うのは世の健康な人たちが、「可哀そうな」というような憐みや同情を越えた愛情を寄せていただくことなのである。「一つの贈物」「慰めのお便り」も嬉しくありがたいのではあるが、それよりも「子供たちのひたむきな生」を知り、更に暖かい眼で見守っていただくだけでよろこびなのである。たとえそれは無形のものであろうと、多くの人たちの深い愛情が子供たちの心に響かぬはずはないであろう。そのような人たちが日本に満ちあふれる日を、私は希い夢みている。



政石 蒙(本名・政石道男)さんの略歴
大正12年6月愛媛県生まれ。昭和14年上京し東京鉄道学校卒。昭和19年西部36部隊に入隊、直ちに満州へ派遣。敗戦後ソ連軍捕虜となり、昭和22年モンゴル人民共和国抑留中の昭和22年4月に発病。病院外の隔離小屋における生活中に作歌をはじめる。昭和22年11月復員。23年7月大島青松園に入園。昭和24年~33年少年療寮父。23年「青松歌人会」「龍」「短歌山脈」に入会。25年「創作」に転じ長谷川銀作に師事。昭和43年9月第5回牧水賞受賞。昭和47年8月「長流」創立に参加、編集委員。『稜線』(昭和27年)『澪』(昭和29年)『三つの門』。処女歌集『乱泥流』(昭和39年)(歌文集『花までの距離』(昭和54年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)歌集『遙かなれども(平成2年)』



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レタスとベーコン炒め


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熱したフライパンに油を入れ、ニンニク2片の粗みじん切り、ベーコン2枚の細切り、手でちぎったレタスの順に炒め、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。



スナップエンドウの塩ゆで

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目玉焼き

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スナップエンドウを置き、醤油で味付け。



ちしゃもみ
 
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ボールに酢、レモン果汁、味噌、砂糖、みりんを入れて混ぜ、ざく切りして水気をしぼったチシャ(サニーレタス)を入れ、手でよくもんで出来上がり。



山菜の天ぷらとくるみ飯


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今日、遊びに行かせてもらった先で、山菜の天ぷらと胡桃飯をご馳走になった。

歩きながら、話しながら、6~7種類の山菜を手でとり、何のてらいもなく、天ぷらを揚げるという構えもなく、天ぷら粉を水で溶き、山菜の片面だけにつけ、次々と揚げていった。画像は食べ残りを頂いて帰ったので、少しべたついていたが、揚げたてはパリッパリッだった。コゴミ、ウド、柿の葉の新芽、他に山菜の名前が思い出せないテンプラをもらった。右はくるみ飯。

普通に日常的に食べられている。



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崩れ行く日本という国



学力(学歴)と道徳は比例しない。


この国の政権中枢や官僚の道徳レベルは小学生以下。


学力(学歴)は、人間の能力を10として捉えるなら1の割合である。


学力の大半は、恵まれた経済環境だったこと。


変わらないこの国、変わる方法もわからないこの国、誰も変えることができないこの国。



江草乗の言いたい放題 なんのために官僚になったのか?




植草一秀の『知られざる真実』麻雀賭博罪文春砲が検察庁法先送り主因だった




長島愛生園 加賀田一さん 「ローマ会議」の国際決議と日本




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今日のクイーン(再5)  31

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澤藤統一郎の憲法日記

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大島青松園  政石 蒙さん(16)

 
うるおい

こんな先生に教えてほしい・・・



 一時帰省をする一夫君を見送っての帰り道で、マスオ君が後ろから足早に来て「先生、コレ」と、私のシャツのポケットに小箱を押込んで、はにかんだ顔をしている。不思議に思いながらポケットを覗くと、煙草の「ピース」だった。「どうしたんだ、くれるの?」「うん」マスオ君はうなずいて、いっそうはにかんだ。
 昨日、お盆の特別募集、ラジオ文芸の詩の発表があって、マスオ君の詩が佳作の末席に出ていた。末席ではあっても大人たちに伍してのことなので余程うれしかったらしく、その賞金で「ピース」を買い、よろこびを頒ってくれたのだった。私の煙草好きを子供たちはよく知っており、ピースなど買って喫うことのない私が、何かの拍子に、ピースを喫いたいなァ、なんて漏らしたのを気にとめていたらしい。うっかりしたことは言えない。
 マスオ君ばかりでなく他の子供たちも、私が曲った指でぎこちなく刻み煙草をキセルに詰めていると、「巻煙草買ってあげようかなあ」などと言う。いつも煙草銭にきゅうきゅうとしているのを知っているのである。また、せっせと原稿用紙の桝を埋めていると背後に来て「原稿用紙買ったげようか」と、つぶやくような話しかけるような言いかたをすることがある。私は心が熱くなるのだが、「いらないよ」とにべもなく答える。「なーんだ、いつもピイピイしてるくせに」なんてこまっしゃくれた悪態をつく。私の収入が殆ど煙草代と原稿用紙代、通信費に化けることを覗い知っているのだから始末がわるい。「冗談言うな、これでも牛に喰わせるほどあるんだから━━」と言い返す。多くの子供を預かっているのだから、そんなことを決してさせてはならない。
 マスオ君のプレゼントに私は当惑した。このまま貰ってしまうと、「先生に可愛がってもらおうと思ってあんなことしやがった」と他の子供たちが思っても困るし、ぼくもぼくもとプレゼントされても困る。子供たちも小使銭が充分あるのではないのだから、だからといって今更マスオ君につき返すことも出来ない。マスオ君の詩の入選を祝してご馳走になるほかはない。寮父は、すべての子供たちの共有なのだから、すべての子供たちに公平でなければならない。愛情を片寄らせてはならない。好き嫌いがあってはならない。愛情の公平な分配? そんな言葉が頭の中に整列する。
「先生、ピースってうまいの」「先生、ピースは何ぼするの」と、他の子供たちも私を囲んでやかましい。誰も気にしていないようなのでほっとしてピースを喫った。いい香り、いい味だ。自分一人で喫うのは勿体ないので、寮へ帰る途中、私の友人Y君、A君、S君、M君たちに一本ずつ頒ち、愛情の香りを嗅がせてやった。
 いま、空っぽになった「ピース」の空箱が、腹の中から銀紙をはみ出して机の上にひっくりかえっている。再びこんなことをさせてはならないと心に言いきかせながらも、私は心にうるおいを覚えている。


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豚肉とタマネギ炒め


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JAの懸賞で当たった豚肉を使った。

熱したフライパンに油を入れ、ニンニク2片の粗みじん切り、解凍して15秒湯通しした豚肉、タマネギの順に炒め、生姜醤油で味付けして出来上がり。



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命を縮めるかも知れない



もう少し早くブログを切り上げて、寝るようにしたい。もう若くはないのだから。


若くない証拠に、遅く寝ても、目が覚めるのは5時半頃で、睡眠時間は5時間ほど。


これではやっぱり睡眠時間が足りないのか、昼間に、倒れるように眠たくなるし、ブログの更新中にうとうとする。


若い頃は、朝はぎりぎりにならないと起きれなかった。学校が好きでなかったし、会社へ行くのも命を削るような感じだった。


結局、どこへ行ってもサラリーマンが長続きせず、それが結果的に農業につながった。


しかし、サラリーマンが続かなかったことで自分を卑下するような気持ちにはならなかった。


サラリーマンが続かなかったから農業に出会えて幸運だったと今は思える。





農業はサラリーマンと違って「ブログのネタ」に困らない職業と思う。


そして農業本体ではあまり稼げなかったから、農業関連で稼げるものを見出そうと試みた。たとえばスイートバジルでイタリア料理店への電話営業とか百姓塾とか・・・あまり補助収入にはつながらなかった。


ブログのネタに困るようになって、ヤギを導入し、ヤギの見学先で趣味で蜜蜂を飼っている人に出会ってミツバチを教えてもらい、同じくヤギの見学先で直売所出荷を勧められて3年間続けた。


その後またブログのネタに困るようになって夕飯作りを毎日するようになった。


ブログのネタに時々ドライブをしていて、長島愛生園の風景画像が「人権の集い」のポスターに採用されるという奇蹟があって(この時、愛生園がぼくを呼んでいると心の底から思った。しかし現実に愛生園の事務所の門戸をたたいたのは3年余りが過ぎてからだった。少しでも多く農業で稼ぐ必要があり、その時はまだ余裕がなかった)、愛生園の石田雅男さんに出会い、石田さんがくださった2冊の本(加賀田一さんの「いつの日にか帰らん」と近藤宏一さんの「闇を光に」)に感動し、神谷書庫(愛生園の医官・神谷美恵子さんの香典の寄付で、自治会が建てた)でハンセン病文学全集を知り、詩や短歌がブログのネタに好適だと感じた)。



また、ブログランキングで時々見ていた「きっこのブログ」で、いつもその下の方にあった「晴天とら日和」を知った。ここに登場する政治ブロガーの記事を時々見ているうちに大いに共感し、「9条守る1人1人の挑戦」として彼らをブログで紹介しようと思った。



ブログが始めれたのはネタに困らなかった農業という職業のおかげであり、その後は、ブログを続かそうと思って、ネタ目的で、あえていろんなことに目を向けるようになった。


5つ目の「身辺」記事に時間がかかりすぎており、この時間短縮が当面のポイントになっている。


ニコチン中毒、パチンコ依存症が、今はブログ依存症になった感があるが、いいことか、悪いことかわからない。命を縮めるかも知れない。



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今日のクイーン(再5)  30

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大島青松園  政石 蒙さん(15)


枯野の駱駝


(1ページ半です)

 枯れ尽くした曠野の一角に佇む駱駝の姿は、最も自然であり立派である。もうそこには、真紅の衣を着た乙女を背にして色褪せて見えた駱駝のみすぼらしさはない。動物園の柵の中で鬱屈している駱駝の惨めさなど無論ない。
 自然は駱駝のために存在しているようにすら思われるのだ。冬の到来に備えて脂肪の充実をみせ、背の双つこぶはエネルギッシュにふくらみ、夏の始めに毛を刈りとられて薄ぎたない紫斑を浮かせていた肌には柔毛がふっくらと生えて、陽光にふれると金色に輝く。風に向って立つと金色のさざ波がたつのだ。自然と駱駝は混然と溶け合って、ただもう美しい。常にはみすぼらしい駱駝にも生の尊厳を感じさせるときが存在するのだ。
 ”こんな私にも、何処かに、生の尊厳を意識でき得る場があるかも知れない”
 と私の心を動かせるのだった。らいを患い、人の生活から遠ざけられて、生きようとする意志を喪いかけていた私に、希望のようなものを与えてくれたのは、秋深まった枯野に立つ駱駝だった。

 動物園の柵越しに、私は駱駝の鼻面を撫でていた。あの外蒙古の駱駝たちは、茫々と果て霞む曠野で駱駝らしい生を続けているに違いない。この虜れた一つこぶの駱駝の眼底には、暑い砂漠や緑のオアシスがいまだに残っているのではないかと心が熱くなるのだった。
 異国の病院で隔離生活を余儀なくされたことも遠い日の出来事になり、いま私は一日の行楽を許されて、島の療養所から出てきて動物園の駱駝の傍らにいる。そして、かつて私を慰め力づけてくれた駱駝たちを偲んでいる。いまになお私の足下には曠漠たる原野がひろがっている。あのころの孤独とは異質の孤独も味わっている。苦しみもある。しかし、私の心の中にあの日の駱駝たちが棲んでいる限り、私は自分の生を忠実に生きられるような気がするのだ。

(おわり)


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タマネギとエンドウの卵とじ


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タマネギ、エンドウ、シイタケを鍋に入れ、醤油、砂糖、酒、みりんを入れ、水と出汁の素を入れ、煮立ったら弱火にして7分ほど煮て、溶き卵1個を入れ、3分ほど煮て出来上がり。



タマネギのサラダ

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スライスしたタマネギを1~2分水にさらしてザルにあげ、水気をしぼりながらボールに入れる。醤油大さじ1強、酢とレモン果汁各大さじ1、みりん大さじ1を入れて混ぜ、カツオブシ1パックを入れ、混ぜて出来上がり。



ハーブティ

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左からアップルミント、セイジ、タイムで、沸騰したら火を消して入れ、3分蒸らし、ハーブを取り出して出来上がり。



スナップエンドウの塩ゆで

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3分茹でてザルにあげ、湯切りして出来上がり。



目玉焼き

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エンドウを置き、ニンニク醤油で味付け。

 


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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