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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

豪州の気候危機


毎日新聞2月16日 1面 「余禄」一部抜粋


いま、豪州が対峙する敵は「気候危機」である。


1983年に南部ビクトリア州で発生した森林火災は75人の命を奪った。


2009年の火災では173人が犠牲になったとされる。


昨年からの火災はそれを上回る規模で広がった。今月上旬の豪雨で火災は峠を越したとみられるが、油断はできない。


高温 乾燥 火災 洪水は、科学者たちが地球温暖化の影響として予測した通りだ。


今回の火災で死んだ動物は10億匹以上に上る。


試算したシドニー大の研究者は豪州を、迫る危険をいち早く知らせる「炭鉱のカナリア」に例えた。





農業は気候の影響を特に受けやすい。


今までの30年間の農業生活では、大きな被害はなかった。しかし、今後10年のことは予測がつかない。


イノシシが当地に初めて現れたのは13年前だった。自分の場合は、「大きな出費」と「大きな精神的痛手」と「大きな手間と時間のロス」につながった。


イノシシの出現は農業の大きなターニングポイントになった。


今後の10年は気候に関しても、想像を絶することが生じるかも知れない。


それでも農業は誰かが続けていく・・・消滅することはありえない。


自給的な家庭菜園型農業として「生き残りをめざす」ことが王道と思う。



多種類の野菜を作ると、乾燥に強かったり、過湿に強かったりと、いろいろなので、どれもが大きな被害を受けるということはない。


数種類の作付けだと、被害が大きくなることがあるが、少量多種類の作付けだと、被害はそう大きくない。


多種類作ると、特定の農業機械を必要とせず、一般的な農業機械(草刈機、エンジンポンプ、管理機、乗用トラクターの4種類)だけで足りる。


野菜は稲作より災害に強いと思う。そして、稲作のような大型機械や倉庫を必要としない。


ハウスは台風などの災害に弱い。


キュウリやインゲンなどの支柱作物も台風には弱い。


ナス、ピーマン、エダマメ等も、たくさん作らなければ、倒れても、短時間で起こしてまわれる。たくさん作っていると起こすのが大変である。


多種類作ると、動く動作もいろいろなので、一つの作業を長時間して、特定の箇所が痛くなることも少ない。


多種類作ると、他の作物が特定の作物につく害虫を餌にする益虫を呼び寄せることも多い。


多種類作ると次から次にいろんな作業があり、楽しく進めれて、時間の経つのが早い。


多種類作ると料理にも便利。


多種類作ると、見た目が楽しい。


気候危機には、露地栽培で、少量多種類作付けが対応しやすい。



問題は「出荷」だが、少量多種類作付けは、顧客との直接販売に活路を見だすしかない。




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今日のクイーン(再4)  28

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くろねこの短語

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大島青松園  赤沢正美さん(2)

 

相寄りて生きゐる汝の故郷の知らざる山野美しく聞く




我が
うち
に棲みゐる汝も孤独にて寂しきときに相呼びにけり




華やかな音楽もよし茶を入れて妻とふたりのクリスマス・イブ




傷のなき片手にて顔を洗ひをり我は猫よりも不器用にして




警官が実力を示すといふ言葉茫茫と暗き過去につながる




夜の窓を吹きすぎゆける木枯はたちまち咽喉のカニューレに来る




楽しみの或かたちにて草餅を寄りあひて搗く海辺の寮に




深深と巨木のあひをただよへり山恋ひてゐし君の死顔

君の死顔とは「小見山和夫」さんのことだろう。というのは、政石蒙さんの「海」という随筆に『二十年前に亡くなった畏友小見山和夫の遺歌文集の中に「山恋い」という随想がある。石川啄木の<汽車の窓はるかに北にふるさとの山見えくれば襟を正すも>を章前に掲げ、「十年余りも島に住んでいてやっぱり海の風景に馴染めない私である。」と書き出している。「私の住む島の環境の美しさを認めながらなお海や島に親しめず、山が恋しいのである。これは海の中に住んで、いくら憧れても山へ行くことが適わない諦めのために殊更に山を思うというのではなく、私の山恋いは先天的なものであるようだ」と言い、山に生れ山に生活し山で死んだ祖たちの山に対する感情が自分の胸にも伝わっているせいだとしている。私は共感するのだが、私だけでなく似通った環境で生れ育った者なら大方が共感を覚えるのではないだろうか。
小見山さんが亡くなってからも私は海を見ながら生きて二十年を加えたので、彼よりも五年ほど長く島で暮らしたことになり、もう三十年にもなるのだが、それでもなお海に対する親愛感は薄い。・・・・・』




茫茫と雨に霧笛が鳴りひびき柩守る身を寄せ合ひて寝る




死にたるは君にて我でなきことが思ひ出などを語らせてゐる



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すき焼き


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醤油、砂糖、酒、みりんと水を鍋に入れ、煮立ったら千切りしたダイコンとニンジン、練り製品1枚を入れ、再度煮立ったら弱火にして5分煮て、ざく切りしたハクサイとネギを入れ、15秒湯通しした豚肉100gを入れ、強火で10分ほど煮て混ぜ、少し水を足し、3分ほど煮て出来上がり。


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東京五輪・パラ 内閣府調査


朝日新聞2月15日4面

内閣府が東京五輪・パラリンピックをきっかけにしたボランティア活動への参加意欲を聞いたところ、高まると思わないとする否定的な意見が58.0%で、肯定的な意見の39.2%を上回った。同府が14日発表した。
18歳以上の3千人を対象に昨年12月5~15日、調査し、54.4%の回答を得た。

資料を提示して、大会が被災地復興の姿を世界に伝えることに役立つか尋ねた質問では、75.6%が「役立つと思う」、21.0%が「役立つと思わない」と答えた。




新型肺炎の影響で、オリンピックの開催はかなり微妙になったのではなかろうか。


ぼくは最初から、オリンピックに使うカネがあったら、福島から疎開した人の支援にまわすべきという考えなので、大会が被災地復興の姿を世界に伝えることに役立つとは到底思わない。



ここでいう「資料を提示して」というのがどんな資料か知らないが、福島の復興と、福島以外の東北の復興と、分けた資料だったのだろうか。



どういう形を復興というのか、人それぞれと思うが、ハード面で復興は目に見える形に進んでいても、ソフト面では、あれだけの災害が一代のうちに取り戻せるとは思えない。

ソフト面の精神的な立ち直りには、少なくとも親子二代の年月がかかるだろう。



福島の復興は原発がからんでいるので、「古里を捨てる」選択も多く出るだろう。


故郷を追われた流浪の民・・・


怒りをぶつけようにも、ぶつける先がない。政・官・業の誰もが責任を取らないという無責任体制で原発が進められ、誰も責任を取らされない仕組みの中で構築された。


誘致するために、莫大なカネが地域に落とされた。


何かを誘致する時、日本では必ずこういう構図になる。地域の有力者の根回しから始まって。


悲哀をこうむるのは、底辺の民である。


原発問題がなくても、東北人の心の復旧は難しいと感じるが、


震災に原発も絡まると、もう古里を捨てるしかない。


ぼくがその立場だったら、言葉を発する気力もなくなって、ただ、新天地を歩き続ける・・・・・・・・・歩き回る・・・・・・・・・


歩いて、歩いて、歩きまわって、歩きまわって、天と地と草木の空間をさまよい続ける・・・


今日も・・・明日も・・・




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今日のクイーン(再4)  27

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反戦な家づくり


 鯛は頭から腐る について


後半から・・・とてもいい記事だと思います。どうぞ最後まで読んでみて下さい。



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大島青松園  赤沢正美さん(1)


妻で詩人の塔和子さんの方が有名ですが、夫の赤沢正美さんの短歌もすばらしく、深い感動を覚える。




樹樹の芽の光りの中を歩みきて脈搏つごときいのちに酔へり




腕の皮膚剥ぎてつくりし眼瞼まなぶたに静かなり春の陽光透きつつ




怖れつつ女医学生が触るる指毛虫の如く我が顔を這ふ




交る交る女医学生に触れらるる顔半面が石化してゆく




汗滲む白き額を拭ふとき看護婦が幼き態を見せたり




ことごとく指紋潰えし我の指けふ確めてこころ淋しき




いくらかは夢も残りてゐるごとし真夏の海に身を浸すとき




幾度かしぐれつつ夜に入らむとす療舎は低く屋根を並べて




荒涼として何もなしカニューレに洩れたる我の溜息の音




ホーク掌にくくりて食事とる態も平凡にしてライ園の生





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ハクサイとツナ缶の煮物


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ざく切りしたハクサイを鍋に入れ、醤油、砂糖、酒、みりんを入れ、水を入れずに強火で、ハクサイが3分の1ほどにめたったら(岡山弁?)極弱火にしてツナ缶の油をよく切って、ほぐしながら入れて混ぜる。15分煮て出来上がり。

ハクサイからたくさん水が出るので、水はいらない。



もらった塩サバ

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ダイコンおろしとニンジンおろし

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目玉焼き
 
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お金の欠乏・時間の欠乏



朝日新聞 2月14日 1面 折々のことば 鷲田清一


時間の「欠乏」はお金である程度解消できますが、お金が「欠乏」していれば、時間の「欠乏」にさらに拍車がかかるのです。(周燕飛)

子育て中は食事の世話から戸外活動、添い寝まで時間は満杯。お金があれば、買い物が楽な地域に住み、ベビーシッターを雇って時間も「節約」できる。お金がないと、食費を抑えようと、特売日を狙ってさらに遠くのスーパーへ走ることになり、一層時間がかかる。その負のスパイラルを労働経済学者は注視する。『貧困専業主婦』から。



カネがない(稼げない)のは「自己責任」か・・・

働いても働いても、最低限の生活しかままならないのは「社会や政治の責任」である。

既にこの国では、普通に働いても、食べていけない・・・

展望も見だせない・・・

逃げ場もない・・・



働けど、働けど、わが暮し楽にならず・・・

ライフラインが自給できた、もしくはわずかの金額だった戦前は「自給自足」も可能だったが、

現代は家計にしめるライフラインの金額が大きすぎる。



野菜を作るにもかなりの費用と時間がかかる。

野菜は作るより買う方が安くつく。

料理も「作る」より「買う」ほうがかなり安くつく。

料理を作る時間も考慮に入れたら、買った方がはるかに経済的である。

そして、何を作るか、何を作っていいかわからないというストレスを考えたら、料理はできない。



30代、40代になってからの新たな就職や転職の道は開かれているだろうか・・・

開かれているのはブラック企業・・・

政治の失敗のつけは、この国では国民に転嫁される。



カネの切れ目が縁の切れ目・・・のごとく、世間は狭くなり、行動範囲も小さくなり、人と会うことも控えるようになる。

それでも生きて行く上で、最低限の費用は必要である。



「自己責任」という言葉が闊歩する。

貧困は表に出にくい。

わかっていても、見えても、訴えがあっても、助け船を出す余裕がない。

「万引き家族」・・・「パラサイト・半地下の家族」・・・

こんな世の中


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今日のクイーン(再4)  26

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毛ば部とる子

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大島青松園  塔 和子さん(26)



口紅のやや濃ゆ過ぎしと思ひつつときの間浮かぶ君の眼差し




でんでん虫が角長く出し憚るなき姿態を晒す八ツ手葉の上




四畳半に机を二つ並べ居り互ひに甘き夢を持ちつつ




陽盛りを車曳き居て噴く汗に吾が肉体の清きを信ずる




吾が留守の今宵を独り寝る
にシーツま白き蒲団のべおく




美容師にカットされたる我の髪やや艶めきて床に散らばる




侵されて畸形に見ゆる鼻の先我の化粧は何の為にする




癩病みて島に来ているだけのこと縹渺として初夏の空澄む




塔和子さんの略歴
1929年、愛媛県に生まれる。1943年発病、大島青松園に入所。詩誌「黄薔薇」「戯」「湖」同人、日本現代詩人会会員。著書に詩集『はだか木』(1961 私家版)、『分身』(1969 私家版)、『エバの裔』(1973 燎原社)、『第一日の孤独』(1976 鍋牛社)、『聖なるものは木』(1978 花神社)、『いちま人形』(1980 花神社)、『いのちの宴』(1983 編集工房ノア)、『愛の詩集』(1986 海風社)、『未知なる知者よ』(1988 海風社)、『不明の花』(1989 海風社)、『時間の外から』(1990 編集工房ノア)、『日常』(1993 日本基督教出版局)、『愛の詩』(1994 編集工房ノア)、『見えてくる』(1996 編集工房ノア)、『記憶の川で』(1999 編集工房ノア)、『私の明日が』(2000 編集工房ノア)、『希望の火を』(2002 編集工房ノア)、『大地』(2002 編集工房ノア)、『今日という日を』(2003 編集工房ノア)、詩選集『いのちの詩』(1999 編集工房ノア)、詩画集『めざめた風景』(小島喜八郎画 1994 三元社)。



塔和子さんは、ハンセン病という病気そのものは、ほとんど詩に託さず、それ以外のテーマを詩にしたためた。吉永小百合さんの朗読でも知られている。



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お好み焼き


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キャベツ200gは太目の千切りにしてボールに入れ、薄力粉100g、溶き卵2個、水150CC、15秒湯通しした豚肉100gを入れて混ぜる。

熱したフライパンに大さじ1の油を入れ、具材を入れ、裏表10分ずつ焼いて出来上がり。

ウスターソースで。



味噌汁
 
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毎日新聞「ひと」 ジャレド・ダイアモンドさん


高齢でも新聞紙上をにぎわす人がいる。民主党候補指名争いで急進左派を先導するバーニー・サンダースさん(78歳)、きょうの「ひと」欄に出ていた、ブループラネット賞受賞の米研究者ジャレド・ダイアモンドさん(82歳)。先日、来日公演したクイーンの2人も70代。



こんな年まで・・・心技体が備わっているのだろう。



クイーンのギタリストのブライアン・メイさんは天体物理学の博士号を持っているし、ジャレド・ダイアモンドさんは、英ケンブリッジ大で生理学の博士号を取得後、米国で胆のうの研究をしながら、ニューギニア島で鳥類の野外調査を続けていた・・・
進化生物学者、歴史家、作家など多様な肩書を持つ。「最も研究したいことは」と尋ねると、「興味は尽きなくて、どれか一つ、という答えはない。質問する記者はいつも不満だろうけど」と笑った。



心技体とは、こころ、技術、身体を言うが、こころは考えてもどうすることもできないし、技術は続けていれば少しずつでも上達する。問題は身体だと思う。



高齢になると身体にどこかガタが来て、それにともなって全てが崩れていく。


サンダースさんも、クイーンも、ジャレド・ダイアモンドさんも、心・技に関しては、長年の蓄積があって支障はないだろうが、体である身体は、どうやってキープしているのだろう。


みなさん、ぼくがしているような「風呂上りの背筋、腹筋運動」はもちろんのこと、その他にも、速歩したり走ったりしているのかも知れない。


それぞれ、政治の世界、音楽の世界、研究の世界で、体を維持する時間などないと思えるが、これは凡人の思うことで、彼らはそれなりに、日々、体を整える運動が出来ているのだろう。


心技体は体育系でよく使われる言葉と思うが、文科系でこそ大事で、高齢になって崩れていく原因は「体の違和感」が原因だろう。


風呂上りのの20分ほどの背筋・腹筋運動だけでは、70代の「体」は維持できないかも・・・・


なお、一つのことに集中して「これしかない・・・」という進め方は、熱意が途中で途切れそうにならないか。


2ヵ所、3ヵ所に興味の対象が用意できていたら、気分転換になるし、体の没落で一つがだめになっても、体の没落の影響が少ない分は継続できる。


なんやかんやと手を出してみることは「気分散漫」になるというより「他のことが並行してなしとげられる」メリットの方が大きいと思う。


ただぼくは、ラジオを聞きながら・・・とか、音楽を聴きながら・・・という「ながら族」の真似は、気が散ってできない。


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今日のクイーン(再4)  25

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阿修羅

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大島青松園  塔 和子さん(25)

 
幸福


私は汚れているから美しいものを恋う

かわいているからぬれた優しさを恋う

私が汚れているかぎり

美しいものを見ていられる

かわいているかぎり

ぬれた優しさを感じていられる

だから美しくなりたくない

ぬれた優しさになりたくない

そのそばにいるだけでいいのだ

目を細くし

よだれをたらし

それらを見ている

となり合っていて

手のとどかぬ

その距離こそ

崇高な輝きだ

美よ優しさよそれら

私の恋人たちよ

私はあつく恋うものであることによって

誰よりも幸福なのだ














ある怠惰

忘れた 忘れる 忘れよう

忘れられる 忘れられる 忘れられた


通り過ぎた風のように

肌に残る感触は

消え去りはしないのに

みんな

すまして忘れたという

それでいいのかしら

でも忘れたという言葉があるのだから

利用する方が便利だ




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サトイモの味噌煮


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乱切りしたサトイモを鍋に入れ、水を入れ、砂糖、酒、みりんを入れ、醤油を小さじ1入れ、ダシの素を入れ、ショウガ1片をすりおろし、煮立ったら極弱火にして20分煮て蓋を開け、汁を少しお椀にとり、味噌を溶き入れ、2分ほど煮て出来上がり。

汁はサトイモのねばりが出て、味噌が溶けなかった。次回は酒で溶く。



ホワイトシチュー


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昨日の根菜とサケの蒸し煮の残りは、牛乳を入れ、ホワイトシチューにした。



目玉焼き

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ニンジンおろしとダイコンおろし

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ホウレンソウのおひたし

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もらったホウレンソウは今回で終わった。



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スマホ再開すべきか否か


毎日新聞の「みんなの広場」に出ていた投稿です。

スマホがないだけで社会から疎外されている感じを覚え始めた
・・・あなたはまだ若いし、都会在住だから、そういう気持ちになるのかも知れません。


ぼくの周囲では、ガラケーもスマホも持っていない人が意外といる。いずれも還暦を過ぎた人たちだが。


ぼくも持っていないし、今のところ、持つ必要性に迫られていない。


ぼくが持っていないことは、相手がちょっと不便なだけ。


いつでも、どこにいても、電話がかかってくるという状況は拒否したい。




ガラケーに比べて、スマホは費用もかさむのではないか。


そういうものを小学生から持つ時代になったら、「格差社会」の下にいる人は子供に買い与えることは大変である。


それぞれの家庭の経済面に配慮して、スマホは高校生以上で解禁ということにしてはどうか・・・。



投稿者は、職場や所属する職能団体、子どもの保育園の保護者がLINEのグループで連絡を取り合っているのだ。また、どこの店でもアプリの提示を求められる。スマホがないだけで社会から疎外されている感じを覚え始めた。・・・と書かれている。


属する社会が異なると、そういう感じ(思い)も、また違ったものになる気がするが。


LINEのグループからはずされる・・・それはきわめて日本的な無視(持っていないという異質を排除)という多数派の流れでもある。


例えば欧米では、1人でも持っていない人があれば、誰かが夜にでも、固定電話やパソコンにメールを入れてくれるという方法(配慮)を、「当然のこと」として問題提起する人が出てくると思うが、日本では逆に、仲間外れにして、知らん顔という方向になるだろう。


職場勤めをしていたら、スマホを持っていなかったら、職場におれなくなってしまうのではなかろうか。


ぼくはとっくに還暦を過ぎたし、組織に属していないので、持たない自由を享受できている。


ただ、子どもがスマホの保持を促されるような暗黙の空気があるとするなら、経済的な側面からも問題である。



ラインでつながる・・・なんか属したくないなあ。



スマホは「格差社会」の中で、安易な持ち物とは思えない。


そういう社会からドロップアウトできれば、気楽なのだが。



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今日のクイーン(再4)  24

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澤藤統一郎の憲法日記

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大島青松園  塔 和子さん(24)


触手


あの夜もしあなたが一錠の避妊薬を飲んでいたら

私は産まれなかった

この明るみにいるものは

あなたの受胎ののっぴきならない結果

母よ

あなたの夜の満干は

私の生のよろこび私の生の不安

受胎の前の混沌につるされて

ゆれる不安とよろこびは

巻付く高さをさがす朝顔のふるえる触手そっくり

あの夜もし

あなたの夫が不在だったら

私は産まれなかった

父の精液の中を浮遊して流れたであろう私が

いまここにいる

肉体として形になったばかりに

あなたを母と呼び父を父と呼ぶ

いじらしい関係ははじまって

皿に盛られた赤いトマトを美味しいと思い

服を着るとき似合うか似合わないかなど

気をもみ

ペンを持って考えにふける私

このすべてのありなれた日常が私で

手足や顔をさすってまぎれもない存在の実体に

改めて会う

そしていまは

遠いふるさと土にかえったあなた達に

まきつくすべのない片方の触手を伸ばすのです












夏の夕暮れ


私は

何回言ったことだろう

お母さん私はあなたを誰よりも好きよ

お父さんあなたを誰よりも尊敬しているわと

それは何回言ってもたりなかった

でも夫よ

大人になった私が

あなたを誰よりも好きというのは大へんなことだった

それは

あなた以外のすべての男性を外に置くことだったから

あなたを選んだとき

いくらかの人の安心といくらかの人の失望がつきささった

でもひとりを選んだよろこびが

どんなにたくさんの痛みにも堪えられるものだということを

知る日があった

いま

夏の夕暮れの庭に向かって

こんなにもおだやかに

互いに

互いの中に存在している私達

もう誰よりもあなたが好きなどと

むずがゆく

不遜な言葉は

いらなくなって



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根菜とサケの蒸し煮


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無水鍋の下敷きにタマネギのスライスを入れ、乱切りしたダイコンとニンジンを入れ、乱切りしたヤーコンともらったゴボウを入れ、15秒湯通ししたサケを置き、ショウガ1片をすりおろし、ニンニク1片の粗みじん切りを入れ、醤油、酒、みりんで味付し、5分ほどで煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で出来上がり。


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風景の中のヤギ

 
農業をふりかえって、一番よく思い出すのは、ヤギがいた時代。

それは50代後半だった。

ヤギは農業とは直接関係のない動物だったが、ヤギがきっかけで大きな出会いが生まれた。


ヤギ小屋やヤギの放牧場を作ってくれたUさんとのご縁。


ヤギを飼っている現場を見に行った時に出会ったKさんとの再会→直売所出荷を始めるきっかけとなった。


ヤギを飼っている畜産農家を見に行った時に出会い、ミツバチを勧めてくれたスロー人さん。



2頭のヤギがいた頃は、ヤギにふりまわされて、その他のことは何もできなかった。田んぼと家の往復だけで、たまの農家民宿へも、棚田ドライブにも、農業仲間の訪問も、ほとんどできなかった。


費用はかなりかかった。小屋を作る資材、3アールの放牧場のための鉄柵、種付け料、去勢費用、動物病院等の医療費、その他に首輪、鎖、草場につなぐ杭代。合計で20万円以上になったと思う。


そして、費やした時間は厖大なものがある・・・。


ヤギを導入した以上は、それは仕方がなく、当然のこと(義務)のように思った。


導入したのは単に「ブログのネタ」が目的だった。


費やした時間の多くは「どんぐりの葉」などの木を切ることだった。ヤギは柔らかい草より、固い木の葉の方を好んだ。食糧の調達と食糧のある草場への連れ出し。


どこにいても、ヤギのことが気になった。


そして田んぼに着くと、2頭のヤギが鉄柵(ワイヤーメッシュ)に足をのせて、食い入るようにこっちを見て、今にも、鉄柵を飛び越えてぼくの方へ一目散に来るような気配だった。


銀ちゃんは4年4ヶ月、ラムちゃんは6年の寿命だったが、この間の思い出が農業人生の中で特に多い。


もう繰り返すことはできない。


思い出だけが頭の中でかけまわる。


人の死も同じ。


亡くなった人は、思い出の中によみがえる。


家畜の死も、ペットの死も、親しい人の死も、血縁の死も、あまり変わらない。


死んだら、思い出の風景の中にしか出てこない。


そしてぼくも、いつか、思い出の風景の中に閉じ込められる。



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今日のクイーン(再4)  23

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毛ば部とる子

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大島青松園  塔 和子さん(23)




手のひらをひらくとなんにもない

無いことは無限に所有する可能性をもつことだ

幸も

不幸もこの手がつかむ

いつも

無にしていよう

無にしている手の中へは宇宙の翼

もっとも大きな喜びが乗る

私は無から生まれた

だから無はふるさと

いつもはじまるところ

朝の光よ瞬間瞬間の生の切り口よ天に吊るした希いよ

私が

手のひらをいつまでも無にしているのは

あなた達のため

ああそして

私の手のひらは生きるよろこびでひとときふるえ

すべてを無にして

また差し出すのだ










記憶


呼びおこそうとすれば

いつでも新しく浮かび上がってくる記憶よ

鼻や目や手が覚えている

古い一枚の画を

再び描き出すのにはなんの苦労もいらない

人に記憶という

こんなすばらしいものを与え給うたものよ

私はその神聖な鏡を

日毎夜毎磨いてくもりないものにする

だからいつでも

目の前に起こっていることのように

鮮明に私の記憶は描き出される

そして

春の日溜まりに

思い出を飼いならしてうずくまっている老人のように

うっとりと

それを眺めて暮らす日の多いこの日頃を

ふっと

考える




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野菜のかき揚げ・芋天


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材料はヤーコン、もらったゴボウ、ニンジン、ネギで、ボールに入れ、まず天ぷら粉をまぶし、また天ぷら粉を入れ、水を入れて混ぜ、天ぷら粉を入れ、水を入れて混ぜを繰り返し、衣が濃いか薄いかを目で確認するようにしておくと、衣に無駄がない。

かき揚げが終ってから芋天を揚げるが、芋は5~7ミリの厚さだと早く揚がる。温度は180度に設定した。

いつもウスターソースで食べる。

油は1度使ったら捨てているが、あまり残らないように油を入れる時に注意する。かき揚げは油の量が多いとばらけやすい。逆に少なすぎると、芋天の終わりごろ、焦げやすい。

野菜を切り始めてから、揚げ終わるまでちょうど1時間、その後の片づけに10分かかった。



味噌汁

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ニンジンおろしとダイコンおろし

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2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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