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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

囚人(学校)


学校の校舎から首だけ出た「囚人」という題名の石田徹也さんの絵。

この画像と「囚人」という言葉が新聞に載っていなかったら、インターネットで検索しようと思わなかっただろう。

この一歩を踏み出したから、石田徹也さんという画家を始めて知ることになった。


学校時代にあまりいい記憶は残っていないが、「行かなければならないところ」であり、そこに疑問を挟む余地は自分には一寸もなかった。


しかし石田さんの囚人という絵の題名に深く共感し、ああ、居心地が悪かったのは「集団生活という囚人」だったからと理解できた。


授業はそんなに苦痛ではなかったが、休憩時間とか給食の時間とか登下校の時とか運動会とか、その練習の時とか・・・特に小学校の時が苦痛だった。友達もいなかったし。中学校になって3小学校が一緒になり、人数が3倍になり、クラスも3クラスになって初めて、気の合う友だちもできた。


学校=囚人と感じるようでは、社会に出てもサラリーマン生活は適さない。



今日の朝日新聞の「ひと」欄に、「こども六法」を書いた山崎総一郎さんという方が出ていた。

「こども六法」を出版した慶応義塾大SFC研究所員
山崎総一郎さん(25歳)

以下原文のまま書き写しました。

「その一言が罪になる」というページでは、ライオンとワニが「あいつキモイよな」「ウザイよな」と言い合っている。その下に刑法の侮辱罪の説明がある。

「刑法やいじめ防止対策推進法などを動物のイラスト入りで解説した「こども六法」を8月に出した。15万部のベストセラーだ。

小5の時、いじめられる友達をかばって標的に。卒業までぶたれたりけられたりし、手首を骨折した。だが先生は加害者に「ごめんなさい」、自分には「いいよ」と言わせる「仲直りの儀式」をさせて終わりだった。「ごめんですめば警察はいらん」と思い続けた。

逃げるために進学した私立中の図書館で六法全書に出会った。傷害罪、暴行罪。受けた行為が法律違反だと気づいた。慶応大に進み法教育を知る。「法律は全ての人のためのものなのに子どもが読めないのはおかしい」と作った副教材が、出版社の目にとまった。

「頼れる大人はいっぱいいる。SOSを出せなくても自分は間違っていないとわかってほしい」

慶応大湘南藤沢キャンパス(SFC)で研究しながら、劇団四季のミュージカルに出演し、声楽家としても活動する。目標は、全国の小中学校の教室に本を一冊ずつ置いてもらうことだ。「聖域になっている学校の場に法を入れるのは時間がかかるだろうが、出張授業や講演を重ねていきたい」



今日の石田徹也さんの動画


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今日のクイーン(再2)  74

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RITERA

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邑久光明園  大西伊佐緒さん

 

コスモス


秋雨に濡れてかたぶきながら庭隅に

コスモスが咲いている

夕べからの雨に打たれた為か

色も幾分か変色している

そのしおらしい姿その色があまりにも哀れに見える

現在の私のように身も心も疲れ果て

総てのものより見離され魂だけの人間のように

コスモスは私のように哀に見えるのだ



大西伊佐緒さんの略歴
邑久光明園に在籍。大西伊佐緒はペンネームと見られ、詳細は不明である。1954年刊行の「光の杖」には故人とある。


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邑久光明園  岸 曙山さん


夕鳥


今日たどって逝く道も

昨日辿って来た其道の続きなんだ

かくして際限なき旅路を

辿り

永遠の彼方に消えて逝く

しばらくの現実なんだ

何処と云うあてもなく

流浪さまよう夕鳥

無我夢中に

悲しみの声を

腹のどん底から

ふり絞る喘ぐごと

ただ

ひとくだりの

挽歌を星のない夕空に木魂させ

死の闇に呑まれ逝く



岸 曙山さんの略歴
邑久光明園に在籍。岸曙山はペンネームと見られ、詳細は不明である。1954年刊行の『光の杖』には故人とある。


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小魚のポン酢浸し


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小魚は15秒湯通しして冷水にとり、手作りポン酢に浸して出来上がり。

手作りポン酢は醤油大さじ1強、酢とレモン果汁を各大さじ1、みりん大さじ1弱。




焼きナスビ

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目玉焼き、オクラ、パプリカ

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コンクリートより人だ


今日の毎日新聞の2面に、藻谷浩介(日本総合研究所主席研究員)さんが、「東日本大震災からの復興」と題して「コンクリートより人だ」という論説を書かれている。

すばらしいので、あなたにも読んでほしいと思い、書き写しました。長いので、一部を省略させて頂きましたが、全て原文のままです。


時代の風 藻谷浩介(日本総合研究所主席研究員)

東日本大震災からの復興 コンクリートより人だ


三陸の釜石鵜住居うのすまい復興スタジアムで開催された、ラグビー・ワールドカップのフィジー対ウルグアイ戦の帰路に、この原稿を書いている・・・


東日本大震災の大津波は、試合会場となった鵜住居地区だけでも、約600人の命を奪った。だが、このスタジアムの場所にあった小中学校では、津波来襲までの40分少々の間に、児童生徒が助け合って1キロ以上離れた「恋の峠」近くまで避難し、生き延びた。いわゆる「釜石の奇跡」である。


他方で、学校近くの「防災センター」は、標高が低く津波発生時の避難所には指定されていなかったのだが、多くの住民が「安全だろう」と考えて避難し、命を失った。



現在、驚くほどの規模で三陸地方の海岸を埋め尽くしつつある防潮堤は、「恋の峠」か、それとも「防災センター」なのだろうか。数十年に1度クラスの津波が来襲した場合には、多くが想定通り機能することだろう。しかし、コンクリート建造物、なかんづく塩害にさらされる海岸の構造物は、数十年の間に腐蝕する。将来の津波来襲の前に残骸となってしまうケースも出てこようし、今世紀末あたりには、莫大な費用のかかるその更新を、断念することになるかもしれない。


他方で近々にも懸念される弊害は、養殖漁業への悪影響だ。地下深く打ちこまれた基礎部分が豊富な地下水をせき止め、山の広葉樹林が育んだ栄養分の、海への還流が滞るものと懸念される。「人命に勝るものなし」と防潮堤を設けておいて、そのことが三陸の住民の生命線である魚介養殖業に与える長期的な打撃を軽視するのは、奇異としかいいようがない。だが諫早湾の締め切り堤防を頑として開放しない国の姿勢を考えれば、その発想は令和と昭和で何も変わっていないのだろう。日本の豊かな自然は、山で育まれた栄養分が川を介して海に還流する中で育まれているのだが、そのような環境の保守を不可能にしているのが、生態学の基礎知識に背を向けた旧態依然の土建行政だ。


経済面でも日本は「防災センター」頼みだ。膨大な震災復興予算は、結局のところは日銀に国債を買わせることで捻出されている。つまりは日本の信用秩序を崩壊させる巨大なリスクの上に、地元民も疑問視する過剰な土木投資が強行されているのではないか。


だが、釜石の復興スタジアム自体は、過剰投資ではないと信じる。大会後は仮設の観客席を取り払ってよりコンパクトになり、三陸鉄道の駅に近いラグビー専用施設として、合宿や大小の大会に使われる。継続的な利用促進には不断の努力が必要だが、地元の子どもたちがラグビー文化を受け継いでいく中であれば、それは頑張って歩き続ければ着ける「恋の峠」だろう。結局は「コンクリートよりも人」が、人間社会の継続を支える基盤なのだ。



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今日のクイーン(再2)  73

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阿修羅

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邑久光明園  金森正美さん


春の午後


冬は衣をぬぎすてたのか

風につめたさはなかった

並ぶ松 青く煙り 潮の香 草にゆれて

草木の角芽はあすのことをささやいていた

空には羊毛のように雲漂い

海はあくまでも静かだった

中天に舞う夫婦とび 高く低く

昔の歌を繰返し

入江にはやわらかな西日が赤く

波は静かに渚を洗っていた

呆けた鳥が棒杭の上で誰かにおじぎをくりかえした

ああその午後

母のふしをまねて

私は子守唄をくちずさんでいた









落葉


ひとつ またひとつ

薄暗い窓玻璃に あたる落葉

微かなひびきが

私のこころをふるわす


空は 病み疲れし

わが心にも似て

灰色に曇り

私の生命を占う


曇り空の落葉よ

新しく芽生えるもののために

お前は朽ちていくのか



金森正美さんの略歴
邑久光明園に在籍。金森正美はペンネームと見られ、詳細は不明である。1954年刊行の『光の杖(邑久光明園合同詩集)』には故人とある。


風景の描写が印象的である。こんな言葉で表現できる感性・・・。

冬は衣をぬぎすてたのか

風につめたさはなかった

並ぶ松 青く煙り 潮の香 草にゆれて

草木の角芽はあすのことをささやいていた

空には羊毛のように雲漂い

海はあくまでも静かだった 



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ソウメン

 
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薬味はミョウガの粗みじん切りと穂ジソ。メンツユで。
繰越のおかずが残っていたので、他には作らなかった。


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国語から文学作品が消える?



国語の教科書から「文学」がなくなるとか。
国語の教科書で思い出せるものは文学しかないのに!
あなたは何か覚えられていますか。ぼくは3つ記憶に残っている。
確か、小学校高学年~中学校の国語の教科書に載っていた。
(1)ジュールおじさん 著者 モーパッサン
(2)清兵衛とひょうたん 著者 志賀直哉
(3)リボンの罪 著者 ルソーだったと思う



 
ヒガンバナばが今ごろ満開になっている。今年は今も暑い日が続いている。



タマネギは台風の前の9月20日に蒔いたが、強い雨にたたかれ発芽が不良だったので、26日の夕方、蒔きなおした。初回失敗したら、
(1)まだ蒔きなおせる時期の範囲なら、可能な限り蒔きなおす
(2)それでもだめだったら、定植期の11月中旬頃、市販の苗を買う。農業仲間に苗が残っていないか声かけしてみる。
(3)最後の手段は、収穫期の5月末に農業仲間から売ってもらう。タマネギの入らないワンパックは考えられない。



ちょっとした時間の合間に、背中をバランスボールにのせて、頭を畳につける姿勢を取っているが、もっと簡単な方法で、顔を天に向けるだけで、背中が伸ばせる。



今年はスズメバチがやたらと多い。ミツバチとの激しい攻防が続く。ミツバチも集団の力で防戦しているが、10月末頃まで、あと1ヵ月ほど続く。見回るとたいていスズメバチが来襲しているので、ぼくも百均のバドミントンラケットで参戦する。



ガソリンスタンドで給油する時、石田徹也さんの「燃料補給のような食事」を思い出すという人がいたが、ぼくは中田久美さん(バレーボールプロ監督)が出ている寝具の広告で「堕胎」という作品が目に浮かぶ。「
動画


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今日のクイーン(再2)  72

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郷原信郎が斬る

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邑久光明園  味地日出男さん(2)




奉公のつらさは言はず弟のやさしきことを言ひて寄しぬ




癩病みて廿五の今日しみじみと母の肩こそ揉みたく思ふ




夕飯のおかずつくると牡蠣わりてすこやかに今日をわが生きてあり




世に絶ゆる癩者と思へば後の世に生けるしるしの歌ぞ残さむ




むらぎものこころさみしも世に生きて
かなしと女の手にふるるなく




現身のあしたは知らずあらしむる大き力に
随順したがひて生きむ



味地日出男さんの略歴
1913年8月5日兵庫県に生まれる。1933年2月14日、外島保養院に入院。1934年の風水害後、栗生楽泉園に委託。詩のほかに短歌もある。1945年3月17日死去。


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ゴーヤとパプリカ炒め


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熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の粗みじん切り、魚ソーセージ、パプリカの順に炒め、最後に、塩もみをして15秒湯通しして冷水にとり、水気をしぼったゴーヤを入れて2分ほど炒め、溶き卵1個を入れ、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。




キュウリの酢の物

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スライスして塩もみをして30分ほど置いたキュウリを水洗いして水気をしぼりながらボールに入れる。秋ミョウガの粗みじん切りを入れ、醤油大さじ1弱、酢大さじ2、レモン果汁大さじ1、酒とみりんを各大さじ1弱入れ、砂糖と蜂蜜を各大さじ1入れ、混ぜて出来上がり。






ナスとピーマンの味噌煮

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熱した鍋にごま油を入れ、ナスとピーマンを炒め、ひたひたに水を入れ、醤油と酒を少し入れ、ダシの素を入れ、煮立ったら弱火にして8分煮て、味噌をみりんで溶いて入れ、2分煮て出来上がり。
 


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25年以上、ワンパックを買い続けてくれる顧客



農業をやめたら、自分の時間がもっと増え、終活も進むかも知れないが、

その農業をやめる決断がつかない。 

いつかは、やめる時期が来るのだろうが。



やめたら、今、食べているような野菜は口に入らない。

近所の人がくれるわけではないし、近所から買うという選択もできない。

近所でぼくより若い人で野菜を作っている人はいないから。

農業仲間から買うという方法もありそうだが、自分のようなワンパックをしている人は少ない。

止めたら、今作っているような料理ができなくなる。

今食べているような野菜は臨終の間際まで口にしたい。

作付け量を減らしたらと、思われるかも知れませんが、すでにかなり減っている。



農業をしているから、野菜を作っている田んぼ周辺の維持管理ができている。1年でもブランクがあると、軽四も通れなくなるし、田んぼは1メートルほどの草でおおわれてしまう。

農業における「継続性の原則」は最も大切である。



農業後継者はまだ決まらない。

決まらなかったら田んぼは放置するようになると思う。

いつまで元気で農業が続けれるかどうかわからない。



25年以上にわたってワンパックを買い続けてくれた顧客がまだ数軒残っているので、その方たちが「止める」という意思表示をされない限り、ワンパックは続けるだろう。月に10パック内の送付なら、まだ10年はできると思っている・・・。



後継者問題は難しい。

ぼくの農業形態では配偶者にも収入がないと厳しい。

地球温暖化で、雨の降り方などが過激になった。

イノシシやシカなどの害獣も出没する。



この国の5年先の政治経済状況は、全く想像できない。



そして15年後の農業は、自分の行く末と共にイメージができない。



農業は経済の枠外にあると思う。周辺の環境維持、風景、昆虫や鳥、里山、癒し、疎外感からの逃げ場、最低限は自分で作って自分で料理をする生き方、



農業の規模は小さいほどいい。



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今日のクイーン(再2)  71

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週刊金曜日

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邑久光明園  味地日出男さん(1)


一つの喜び



おずおずと治療待合室に入り来し一人の盲

杖にたずねて行きあたりの隅を

そっとさぐりて腰を降ろしぬ


親しみを画に見つつ歩み寄り

並びてかけし顔丸き男

言葉出さずそっと盲の手を取りき



眼球は痩せて小さき眼をしばたたき

腫みたる指に神経あって

盲は不意の友を読まんとせる


互に手を取り合えば

二人の呼吸のひそかに通う

盲はその体臭を聞きて名を云いしが

男は尚も黙をつづくる

一ずなる盲の心今は迷いて

腕ひき寄せてもの云いねと云う

ああ吾も男の名を知らず

囁きて告ぐる術なし


ひらめきし盲の六感は

男の名を遂にあやまたず

云いあてられて明るく笑えば

耳に響きし其の声を懐しみ

盲はそもそも満足気に笑を浮べぬ

ああ今は

見守りていし吾の心も軽く何か楽しき




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鯛アラとサトイモの煮物


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鯛アラは15秒湯通しする。

乱切りしたサトイモを鍋に入れ、ひたひたに水を入れ、砂糖とみりんを入れ、鯛アラを置き、生姜1片をすりおろし、醤油と酒をかけ、煮立ったら弱火にして20分煮て出来上がり。




オクラとパプリカのボンズ浸し

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熱したフライパンに油を入れ、オクラとパプリカを1分炒め、極弱火にして2分蒸し煮して火を消し、余熱3分で蓋を開け、ポン酢に浸して出来上がり。ポン酢は大さじ1の醤油、大さじ1と半の酢、大さじ1のレモン果汁、大さじ1弱のみりんを入れて混ぜる。




ハーブティ

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左からアップルミント、ひからびたレモンバーベナ、レモングラス。

うっかり15分ほど蒸らしたら、色が濃くなった。


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週刊誌の韓国記事に、この国の劣化を見る

(朝日新聞広告記事)
 
週刊文春・・・文在寅と玉ネギ法相 虚飾の履歴書

週刊新潮・・・「韓国」に利用される「小泉進次郎」
        汚染水カードを贈って文在寅と連携
        プレー
        風評被害の広め方もクールでセク
        シー
        韓国は毎日原発汚染水を海洋投棄し
        ている!



毎日新聞にも同じ広告が載っていたが、それ以外に毎日には、

Hanada・・・玉ねぎ男 曺国の正体
       文在寅の末路は「亡命」か「暗殺」か
       嘘に嘘を重ねる嘘まみれの大統領

WiLL・・・「韓国人は嘘つき」
       韓国は昔も今も古代脳
       国際会議で韓国がみせた醜状のすべて



よりにもよって、こんな文言が書けるわと思えるほど愚劣な言葉が並んでいる。HanadaやWiLLは右翼系の雑誌だが、このような雑誌でも成り立つのは相応の読者がいるのだろう。著者は一流大学の教授だったりする。


ちょっと前、週刊ポストの記事が批判されたが、どこの出版社も似たり寄ったりである。週刊誌の著者はいわゆる高学歴の人たちだが、こういう歴史認識は生活のあらゆる場面で顔を出し、付き合っている友人や仲間もそういう人が多いのかなあと思う。


人は歴史認識や生活様式やものの考え方が大きく違う人とは、長くは付き合えないと思う。



朝日新聞も毎日新聞も、韓国法相に関して「ほとんど毎日」のように記事にしている。自国の閣僚に関して、これほどしつこく報道しているのを見たことがない。


毎日新聞は朝日新聞よりもっとしつこい。何か「・・・誘導」のように感じるが、新聞読者はそうそう騙されない。


新聞だけ読んでいたら「知らず知らずのうちに騙されてしまう(誘導されてしまう)」が、20ほどの政治ブログの記事をチェックしていると、今何が問題になっており(問われており)、それぞれのブロガーと新聞記事のどこがが違っているか・・・自然と頭に残る。新聞記事は広告主や時の権力に忖度せざるをえない。


新聞記事とブログ記事を並行して読む(見る)ようになって初めて、一つの政治問題に関して自分としての判断ができるようになった。


収入には全く結びつかず、新聞2紙と20ほどのブログ記事に目を通すのは時間も取られるが、政治に対する興味を失ったら、自分の場合、生きている意義も見失ってしまう。



時々は安易になりやすい夕飯作りも「ブログに載せる」には最低限きちんと作る必要があり、ブログが側面支援の役割になっている。


つぶやき(身辺)も、話題はあちこちにころがってはおらず、新聞2紙を自分なりにていねいに読んで「今日のテーマにする題」のインスピレーションをもらう。


20ほどの政治ブログは、「新聞との見解の相違」を把握するために役立つ。


ブログを書くには、日々の生活もきちんとせざるをえなくなるが、でも現実は、飛び込むような感じで(なだれ込むような感じで)やっている。
       


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今日のクイーン(再2)  70

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RITERA

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邑久光明園  朝田 稔さん


面会


キットン キットン

松葉杖でいく

老父が 来たから 面会にいく

衰えた体を乗せて

私の松葉杖が哀しい唄うたう

「お前は みのるじゃないんかい」

おろおろ声の それはまさしく

老父の声

それはまさしく六年振りにみる

老いた老父の顔

「ビョウキが重って 
     お父つゝあん」

私の目頭 あつかった









鉄道地図


ふと手にとった 鉄道地図

見つめていると

捨てて十年になる 古里の姿が

瞼に 熱く 浮んでくる

そして赤く引かれてある鉄道線路が

懐郷となって 炎のように

私の胸を 焦すのだ


停車場の 木柵に 凭れて 汽笛の音に

そぞろに胸を高鳴らせ 見知らぬ旅の空を

たのしく夢見ていた あの少年の日の感傷が

いま 若草のように

ほのぼのと 匂うて来るのだ


ああ古ぼけた歳月と 涙に 汚染れた 青春を

こころの底深く 秘めて

じっと 鉄道地図を 見つめている



朝田稔さんの略歴
1916年3月28日福井県に生まれる。1930年3月3日外島保養院(現・国立療養所 邑久光明園)に入院。戦時中、園の機関紙「楓」に詩や評論を発表している。1944年12月3日死去。

 
朝田稔さんは戦時中に28才の若さで亡くなっている。


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キュウリの酢の物


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キュウリ4本はスライサーで薄切りしてボールに入れ、塩をふってもみ、30分ほど置いて、水で洗い流し、水気をしぼりながらボールに入れる。ミョウガとラッキョの甘酢漬けの粗みじん切りを入れ、カニ風味カマボコを入れ、大さじ1の醤油、大さじ2の酢、大さじ1のレモン果汁、大さじ1の砂糖と蜂蜜を入れて混ぜ、みりんと酒を少し入れ、混ぜて出来上がり。



アユ

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先日もらったアユを3時間ほど自然解凍して洗い、塩を多めにふり、魚焼きグリルで裏表10分ずつ焼いて出来上がり。



目玉焼き、オクラ、パプリカ

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今は「昭和3年と酷似」 内田博文(九州大名誉教授)


毎日新聞9月25日(特集ワイド)
長い論説なので、前半部分を省略致しました。


 戦後74年を迎えた今の日本は、昭和3年とそんなに似ているのか。内田さんは表情を引き締め、こう語る。「まるで同じです。現政権は日本を新たな『戦前』にしようと企てています。その証拠に、戦時体制の構築に向けてさまざまな下準備を進めてきました。改憲はその総仕上げ。私たちは今、戦争に向かう一歩手前、つまりルビコン川の岸辺に立っているのです」


 改造内閣には安倍氏に近しい人たちが並んだ。内田さんは「最後の仕上げとの印象を受けました。この内閣の最大のテーマは憲法改正。戦前の場合、『満州事変』が戦争に向かう決定打となりましたが、現在の日本にとってはそれが『憲法改正』ということになります」。


 第2次安倍政権が発足(2012年)してからの流れを振り返ってみると、国の安全保障に関する情報漏れを防ぐ特定秘密保護法(13年)制定に始まり、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定(14年)、自衛隊の海外での武力行使を可能にする安全保障関連法(15年)などが矢継ぎ早に整備された。さらに17年には、過去に3度も廃案となった共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が成立した。内田さんは「戦後、日本の在り方を揺るがす決断が毎年のように行われています。一連の法整備で、国は都合の悪い情報を国民に隠し、国民を監視することができるようになりました。これこそが『戦前回帰の企て』です。現行憲法と明らかに矛盾する決定が、戦前よりスピーディに行われているのです」と危機感をあらわにする。


「違憲訴訟」で対抗を

 戦前の教訓を今生かす手立てはあるのか。内田さんは「法律が憲法に適合しているか否かを審査できる裁判所の『違憲立法審査権』を国民の『最大の武器』にすべきだ」と語る。


 「国民主権、平和主義、基本的人権の尊重(憲法の3原則)をないがしろにする国家の暴走が生じた時、食い止める武器となるのがこの制度です。戦前、悪法は法律の外皮をまとい、制定されました。そうした負の歴史への反省から戦後、憲法が保障したのが違憲立法審査権です。裁判所は『憲法の番人』とされながら役割を果たしていないとの批判もあります。違憲訴訟の取り組みを根気強く行い、法の問題点をあぶり出す戦いを続けていく必要があるのではないでしょうか。


 この間、政府が取った手法にも「戦前との共通性がある」と内田さんは指摘する。「戦前の政府は治安維持法の制定により、大日本帝国憲法の事実上の改正をはかりました。現政府も集団的自衛権の行使を認める閣議決定や安全保障関連法などの制定によって憲法9条を骨抜きにしました。過去のあしき手法に学び、踏襲したかの印象です」


 この発言を聞きながら、麻布太郎副総理兼財務相の「ナチス発言」が頭をかすめた。13年の講演での「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変った。あの手口に学んだらどうか」という発言で、国際社会の批判を受けて撤回した。だが、その後の政府の法整備を振り返ると、政府の本音だったのではないかという疑念が湧く。


 では、憲法を守ることが「戦前回帰の企て」を阻止することにつながるのか。内田さんはこう語る。「今の憲法は戦前の反省に鑑みてつくられました。日本は国際社会への復帰に際し、『過ちを再び犯さない。戦争はしない』と誓いました。つまり憲法を改めることは国際社会との約束をほごにすることなのです。国内はもとより海外、とりわけ近隣諸国に与える影響は大きく、日本の信頼の失墜にもつながる大きな問題です」


 憲法9条だけに注目が集まりがちだが、内田さんは「改憲の狙いはそこにとどまらない」と指摘する。「家族や民間組織を戦争遂行のための組織に変えようとしている。具体的には自助や共助が求められる日本型家族制度を復活させ、公助の概念は後退する。改憲と併せ、基本的人権を大幅に制限する緊急事態法の制定や家族法の改正への動きのほか、公教育や地方自治体の変質などが今後、強まるのではないかと懸念しています」


 改憲の是非を問う国民投票が正念場になると内田さんは言う。


 「どんなに主体的に選び取ろうとしても、国は虚偽の情報を流し、国民間の分断工作に出てくるでしょう。常に『これは本当ですか』と押し返していく力が国民一人一人に求められます」。そして、最後にこう熱く問いかけた。「憲法改正でこの国の戦時法制は完成してしまいます。しかし、それでよいのでしょうか。平和も人権も受け身のままでは守ることはできません。今こそ傍観をやめ、参加型民主主義を始める時ではないでしょうか」



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今日のクイーン(再2)  69

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植草一秀の『知られざる真実』

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邑久光明園  高沢道雄さん

 

そよ風に想う 


そよ風はどこからともなくやってくる

油壺のような島の入江をたゆらし

山の中腹の果樹園の葉なみをゆるがし

静寂と沈黙にあぐむ赤屋根にやってきて

柳 松 楓 無花果

そよ風は緑にすいた葉うらをかえす

いま入園間もなき若者が装いなく

病棟の窓辺にもたれっていた

故郷からする揶揄と軽蔑

身の内の熱と癩菌

その為に若者の心魂はそこね

疫されて無感覚な膚を湿して

そよ風のまにまにおのれの想いをゆだねていた


彼がまだ少年であった頃

そよ風の拠ってくる源泉を

彼は不可思議の心で誰れ彼れなしにきいてみた

「えゝなあ」「えゝなあ・・・」と頷いて

けれども大人達は ただ

陽焼した膚をそよ風にしめすだけだった


また或酷暑の午後

彼は遊泳の黒潮につかれ

「黒いぞ」「俺の方が本焼だ・・・」と

友と膏ぎる腕をなべて見遣った

さてもその時ふいと浮ぶ小判型の白斑紋

彼は狼狽してシャツで秘密を包んだ

それから幾度暑が逝ったろう・・・

彼は決して人の前で膚を顕わさなかった


あてどもなく どこからともなく

夏の万物に渡って行く

そよ風よ

お前は孔夫子の

「周して比せず」という得を兼ねもち

そしてお前のさざめきは

ジュール・ロマンの「善意の人々」の情ある

世界意志のいぶきとも言えるであろう

かさんだ病者の膚をうるおし

悩むもの苦しむものの

心 こゝろをなごませ

宇宙の造化主の真心をそのまゝ

夏の酷暑の地表に

そよいで行く



高沢道雄さんの略歴
1931年2月1日香川県に生まれる。観音寺商業学校卒業後、天理教教会にて布教活動をしていたが発病。1954年5月5日邑久光明園に入所。「楓」に毎号投稿していた。1968年12月14日死去。


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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