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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

今日のクイーン

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阿修羅

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長島愛生園  島田等(しまだひとし)さん(2)


神谷先生に捧ぐ


そこに一人の医者がいた

五十年の入院生活を続けている私たちにとって

記憶に残るほどの医者に恵まれてきたわけではないが

めぐみは数ではない


 そこには一人の医師がいた

「なぜ私たちでなくて、あなたが?」とあなたはいう

「私の”初めの愛”」ともあなたはいう

代わることのできない私たちとのへだたりをあなたは

いつもみずから負い目とされた


そこにはたしかに一人の医師がいた

私たちは いまとなっては真実にめぐり会うために痛み


病むことによってあなたにめぐりあい

あなたのはげましを生きることで

こうして

あなたとお別れする日を迎えねばならない


さようなら

神谷美恵子


さようなら



これは入所者の島田ひとしさんが書かれた神谷美恵子さんの弔辞(詩)である。島田さんは独学でフランス語とドイツ語を学んでおり、神谷先生が来られると疑問点を尋ねていました。詩人で理論家、患者運動にも積極的で、愛生園入園者五十年史『隔絶の里程』の中心編集者、執筆者の一人でした。(いつの日にか 帰らん P203)

神谷さんの香典はすべて長島愛生園に寄付され、自治会は「神谷書庫」を建てた。

神谷先生は精神科の先生で、今で言う統合失調症の人だけを対象にしておられましたので、普通の入所者で直接話したことのある人は少ないと思います。(P199)

先生は心臓が悪かったそうで、自分の意思に沿わないまま人生を終わらせるのは気の毒、というご主人の神谷宣朗先生(大阪大学名誉教授)の思いやりから、先生は愛生園の医官に正式に就かれ、宝塚の自宅から通っておられました。(P202)

先年、天皇皇后両陛下が長島愛生園にお見えになったとき、美智子妃殿下が神谷書庫の見学を希望されましたが、コースから外れると宮内庁が言うので行かれなかったということもありました。妃殿下が皇太子妃の頃、精神的に悩まれた時期があり、そのとき神谷先生が面談していろいろ話をされて、美智子様も立ち直られたということがあったそうで、神谷先生の著書は愛読書とのことです。(P206)

神谷先生の息子さんはストロー笛で有名ですが、この方は愛生園にも来られて、今でもご縁が続いています。(P207)


ストロー笛 神谷」と検索してみた。



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長島愛生園  島田等(しまだひとし)さん(1)





朝ごと 怖れなしに

掌をみることができるか

手をのばした新聞紙のうえで

不意に水ぶくれしている指

生きのびたいばっかりに 肉脱して

ぎりぎりに痩せている指


掌に巻かれた繃帯はすぐ汚れる

怠惰な心のように繃帯の中にくるまりたい指

繃帯の中には安堵がある

朝ごと 繃帯は

すばやくとり換えてもらえるから

怖れ

というほどの存在であることもなく

指はきのうと同じ形で

巻き換えられた繃帯の中でゆがんでいる









義足の唄


おれには頭も眼もない


神様は自分に似せて

人間をおつくりになった

人間は自分の切りとられた部分に似せて

おれをつくった


追われてきたという山河

晴れた海のむこうをみとれさせることもある

人間のもつ過去は

おれにはない


人間はもしかしたら神様に

似ているところがあるのかもしれないが

おれは人間の足に似ていると

思ったことはない


人間は自分をつくってくれたもののことを

忘れて生きていけるが

おれはおれをつくったものを離れて

生きていけない


人間にとっておれは

やむをえない部分であるかもしれないが

おれにとっては

すべてだ


だから

二十年同じ土しか踏まない主人に耐えている


ぎっこ

ぎっこ


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長島愛生園  小村義夫(小酒井時則)さん(4)



白い行間をみつめて



じっと

白い行間をみつめていると

何か むなしい思いだけが

反転してくる


色彩は悲惨であっても

この行間に又とない生命の記録を

つづって行きたいと思う


久しぶりに丘に登った今日

大きな木のもとに立って

風雪にたえてきた樹齢を考え

きざまれた年輪のことを思う


白い行間をみつめながら

そのむなしさをのり越え

せっかくらいを病んでいることだから

むなしい時間の経過であってはいけない

青いインクで力一ぱい充実した

生活の記録をつづってゆこうと思う









白い手
━━外傷の痛む夜に


鈍感な手のひらに

レプラの哄笑が初まると

戦慄した感情の中に

氷柱のような冷さが突刺さった


主治医の手に握り締められた湾剪

バシバシと表皮をはぐ音がはしる

ナースの繊手が運ぶ消毒綿

つぎつぎに添附される白い軟膏

結集する視線の下に漿液の滴り・・・

帰ってこない風景の頁を閉じると

失われた平行線が上下動する一端に

色彩の無い風車がキリキリ廻っていた

我執へのいらだちが囁く

消灯された病室

霧の深い夜がやってくると

すでに繃帯に巻れた手は

花よりもなお静な時間を捕えようとしている 



小村義夫(小酒井時則)さんの略歴
1919年2月24日愛知県に生まれる。1942年11月11日長島愛生園に強制収容される。1945年頃より永瀬清子に師事し、詩作を始めた。1948年失明、1949年受洗。詩集『花を活ける女』



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ニンジンとキクイモの蒸し煮


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乱切りしたニンジンとキクイモを無水鍋に入れ、グリンピースを入れ、ベーコン一連を半分に切って置き、ニンニク醤油のニンニク1片を薄切りして置き、ニンニク醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、3分ほどで煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。


チリメンのポン酢浸し

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チリメンを1分湯通しして冷水にとり、お椀に入れ、ポン酢を注いで出来上がり。


味噌汁
  
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ニンジンとダイコンの千切りを鍋に入れ、水とダシの素と削り節を入れ、煮立ったら弱火にして細切りしたキャベツを入れ、10分ほど煮て味噌を溶き入れ、ネギをふって出来上がり。


ホウレンソウのおひたし

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ダイコンおろしとニンジンおろし

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ご縁


もし、ネットであの映画が騒がれなかったら・・・

もし、ネットで騒がれた「ライブエイド」を聞かなかったら・・・

クイーンのことは何も知らずに、人生を終えただろう・・・

ライブエイドに癒された・・・

感動はあっても、癒されることはなかなかないと思うが・・・


ハンセン病文学も、「石田雅男さんという入所者」の講演のポスターに使わせてください(ブログに長島の画像を時々載せていた)という「青天のへきれき」のような1本のメールがなかったら、ハンセン病文学には「ご縁のない人生」だったと思う。クイーンの音楽も「ボヘミアンラプソディー」という映画がネットで騒がれた「ご縁」である。

はまるか、はまらないかは、人それぞれだが、

そんなちょっとした出会いで、人生が変わっていく。



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今日のクイーン

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RITERA

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長島愛生園  小村義夫(小酒井時則)さん(3)



足音

━━若いナースの成長を喜びながら



卓上の花瓶の花のように

あなたは

すっくと私の前に立っていた

南の陽を受けた病室

旋回する時間の中で彫り深き映像がある

清潔な白衣は私の眼に痛い朝

帽章のローマ字は若い心の張り

ああ あの日

関心と好奇と未知への瞳をすまし

あなたは白い繃帯を私の手に巻き

下垂した足に松葉杖を持たしてくれた

あれから一年霜雪の過程をふみ越え

新らしい姿勢で私の前に立つ


体温計を脇にはさませ

ストップウオッチの秒針を巧みにとらえ

脈を計りながら次のベッドに移って行く

快活な足音は確信にみちあふれ

コツコツと

静かな病室に遠のきながら伝わる









桟橋


霜雪の過程を閉じている桟橋

風がはたはたと海をめくる音に

季節のない潮騒は

島にやむものの胸をたたき

橋脚はきりきりゆさぶられた

きしみ音に釘づけされる

千数百の自由は

潮さびた影となり

やむものの海へむかう音を

たばねせきとめていた

時にさからうこともなく

内海の海面に姿をうつした

新しい沈黙は

らいの島の縮図となって

弁証の輪をきょうもひろげている



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長島愛生園  小村義夫(小酒井時則)さん(2)



午後の凝視



萎えた手の 歪められた指が動いて

赤い鉛筆は 今日も山脈を描いた

その細い腕に 乱れ打つ呼吸

谷深き私のいのち


感覚の断層  赤いラインを挟んで対峙する

生きなければならない命の欲求

避けられない苦悩


人間は生命の赤線上をのたうちまわっているのか

ひそひそと秋風は 落葉の歌を唄い

午後の日射しは

薬壜の目盛りをじっと
凝視みつめている









花を活ける女


大晦日の午後の病室では

どちらを向いても

色彩はむなしい風景をなげだし

病んでいる


今年も冬を病み

大晦日の午後を熱っぽくしている病室


花を活ける女よ

快活な白衣のあなたは

空間にかわいた
はさみの音をはじけさせ

水盤に向うときシンとして

妙に真剣な表情をつくる


ひたひたと水盤に水をひたし

梅 松 葉牡丹に調和を与え

病室にかわった風景を置き

花を活ける看護婦よ


活けられた花はむなしさを断ち

ここまで生き・・・生かされてきた時間のなかの旋回で

細くなった腕を感情にまかすごとく

ふたたび生きようとする新しい年へ!


むなしさを鋏できり

むなしさにふるえをのこし

花を活けている女よ



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長島愛生園  小村義夫(小酒井時則)さん(1)


斜陽のゆれる部屋で



何事もなかったように

壁にゆれている光を凝視ていると

二十三年振りに面会に来た

姉と妹の顔が浮かぶ

それは

呟くように

古里の変貌を語る姉

その向うに

帰ってゆけない

風景の広がりを見る

工場の進出

煙突の煙は

吹き上げる胎動のなんだろう

田園にも土の匂いがないという

二十三年の空間に刻まれた歴程か

容赦なく反転しながら

耐性をもった病菌の

染みこんだ惰性の悲しみのあけくれ

窓の外に鉛色の風景があり

滔滔としてつきることを知らない

隔絶の流れに

雲のかげりを

深い淵に沈めようとしながら

重症棟の一室で

斜陽を背にして

貧しい営みの中で

祈りを忘れた人間のように

今日から明日への位置を

確認する








海景


たれこめた雲

風速が加わると海は ばんばんと鳴りはじめた


白い馬が駆けて来る

激しい衝動が岩盤に追突すると

ぱっと 波の花々が散った





私は海のように強い男になろうと思った

杳い傷心の日

今日 はたはためくるもの


惜しみない太陽の饒舌を浴び

砂金をまきちらした広い海


流れるともなく

悠々と流れる潮流

青く

深く

この海底ふかく海藻のうたが聞えてくる


誰れかのささやきのように





海のような静かな男になりたいと思う


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ネギと真タラの煮物


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鍋に醤油、砂糖、酒、みりんと水を入れ、煮立ったら15秒湯通しした真タラのアラを入れ、生姜1片をすりおろし、5分ほど煮て、ざく切りしたネギを入れ、5分ほど煮て出来上がり。




味噌汁

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千切りしたダイコンとニンジンを鍋に入れ、水とダシの素と削り節を入れ、煮立ったらざく切りしたハクサイを入れ、10分ほど煮て味噌を溶き入れ、ネギをふって出来上がり。



目玉焼きとホウレンソウ

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定番です。





ダイコンおろし
     
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今日のクイーン

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しあわせの青い鳥  

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長島愛生園  樹島雅治さん(2)


季節風に耐えて
 

だれも通らない

草原に

鈍い光が枯草にそそぎ

過ぎし日の追憶をゆさぶる

季節風が空に鳴っている中で


木枯しは

枯草の上を波のようなうねりをたて

からみあい傷つけあう日々が

せつなげ


白い飢えた土地に

まかれたぼくらの種子

遠い痛みを内包し

その硬い生命には

とじた習性が稔る


北風に吹かれて落る憎悪の花

吹雪の下で成長を続ける毒

かつて記された

どのような傷跡も

けっして消されることはできない


振り向いてはいけない

心の痛みをぬりこめて

過ぎて行く時間の中で

耕やすための舌と手はいてつき

耕やす場所も見あたらない


枯葉が風に鳴っている

その根は氷の季節を耐えているのだ

そうして私は

いつも身内に骨の軋る音をきく

しかしその泥沼の風景にも

鈍い光と影がうごきだす

きまぐれな風が逆浪を立てる










鎮魂歌


友よ 地下に眠る友よ

おまえの再燃の傷口は今も痛むか

あの時はかさかさに乾いていたが

血はもはや流れすぎて

おまえがたえてきた

夜を知るものはいない

あー 苦しいよう! と

骨にひびく声が

 だが

もうききかえすことはできない

無言でおまえの影が通りすぎていった

祈りのように眠りについた

煤煙けた薄ぎたないこの部屋で

あの苦しげな顔が

うすれては浮きあがってくる印画


闇をいっそう重くした中で

自分の白骨とかたりあうおまえ

冬の夜のひえるこの骨部屋の中で

みずからの骨をあたため

自分の白骨の会話を闇の中で

きいているのであろう


おまえがここにのこしたのは

悲痛な叫びの遺産

それは

灰色に洗われた部厚いカルテ

もう救いの叫び声をあげたりできない暗闇

闘い疲れたろう

深く眠りたまえ



樹島雅治(文甲作、小島治行)さんの略歴
1930年山口県生まれ。1945年5月長島愛生園入所。2002年11月死去。



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長島愛生園  樹島雅治さん(1)


時間


なめらかに

水は

過去を投影し

はかない追憶の風は

きびしい季節のうたを流す


この部屋にも戦争の傷が宙ぶらりんにかかっている

いや、それは

煤けた戦闘帽かもしれない

窓の黒いカアテンをあけ

青空は希望に疲れをみせ

その青空に

だんだん影の部分がはいって行く


弧を描き

たわむれる影

その空間を浸す

日没

日々のねがいと日没との隔り

ぼくらの飢え









下駄ばきでぶらり


何でも見てやろうと

無精髭に下駄ばきのまま

ぶらりと秋の島に到着した

島は夕焼が真赤に海をこがしていた

静かな路上は

緑の氷山のように

ひえびえとして

突然風が止んだような

谷底の出口のない沈黙に閉じこめられる

烈しく寒気にふるいあがった

その時

飢えた細菌の呻きをきいていたような


薄暮の部屋は

ガランとした光線がうす暗くよどんでいる

その光線の中で

ぼくたちは出合った

そうしてぼくは「らい」を知った

ぼくが誰れで

あなたたちは誰れか

会話のいかに困難かも知った

ぼくの意識の薄皮が

崩れていくのがわかった

しずかに小きざみに震えている自分

ぼくは動けない

あなたたちの応答を待つ

なかなか答えてくれない

夜の長い時間

タバコの赤い火が

あなたたちの顔を闇の中に浮かびあがらせる

ぼくはこの人達の味方なのか

それとも敵なのか

あなたたちの心に触れてみたい

だが手応えがない

こんな時間の夜があり

こんな会話の一日があろうとは想像もしなかった

その耐えた夜の時間は

夜明けにむかってくずれはじめた

小雨のなじみのない風景が窓にうつる

  朝

ゆがんだ鏡の中の無精髭の自分の顔を

ぼくの人生においてかつてなかったほど

やつれているのをみつめた




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長島愛生園  北浜志郎さん



空腹



「お食事ですよ」

運ばれるお膳には

どれも同じ食器

同じ献立が

同じようにつがれているのに

むかえる顔と眼は

どれも同じではない


生きるための食事か

死を恐れた食事なのか

時間と時間の間だけが

食事の唯一つの理由なのか

食事のときだけ

ぼくはライを意識する


ハシが持てない手にも

お祈りはでき・・・

熱っぽい傷口が唾液をねばらせ

乾いたパンを吸いとり・・・

ひと口ひと口こごとをはさみながら

ナースの介助を受け・・・

みんななにを失ってしまったのか

なにが必要なのか


「お食事ですよ」

三度 三度

運ばれる食事をもてあましながら

ぼくは満たされない









ダルマ


小さな手のひらから

地上にころがり落ちた

ダルマは

なぜ

手や足がないのと聞く

遠い日の幼児の言葉に

窓辺に傾く夕陽の影は

黒く揺れ動いて

僕の足を立止まらせる

古ぼけた部屋の片隅で

幼児の見たダルマを

僕も見る

深い傷跡

メスのきらめきにも似た

母親の視線

その瞳の中でダルマは

立上がって語る


楽園の仲間達の

手や足を奪ったのは



ダルマの瞳に怒りへの血流が走る

社会の片隅に追いやり

今もなお

手足を奪い去ろうとする悪魔

ダルマのライ者に

その苦悩と不安


誰もが知らないであろう

幼児以外に知ろうとしない怒り

病魔 隔離 偏見 惰性

この角ばった島

厚い座布団はダルマの楽園

こけては起き

ころんでは立上がろうとする

固くぬい合わされた座布団の

四面の一針一針の糸目も

新しい脱皮への流れの中で

苦悩と渇望にすりきれながら

その生甲斐を求めて

ころがっては

明日に立上がろうとする



北浜志郎さんの略歴
1932年6月19日兵庫県に生まれる。1959年5月21日長島愛生園に入所。1984年2月21日、多摩全生園に治療のため移る。「愛生」などに詩を投稿。



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ハクサイとツナ缶の蒸し煮



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無水鍋にざく切りしたハクサイを入れ、オイル無しのツナ缶を入れ、ニンニク1片をすりおろし、ニンニク醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、3分ほどで煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。



チリメンのポン酢浸し

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1分湯通ししたチリメンを冷水にとり、お椀に入れ、ポン酢に浸して出来上がり。



サツマイモとキーウイの蒸し煮

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熱した無水鍋にバターを入れ、乱切りしたサツマイモを入れ、砂糖をふり、薄切りしたキーウイ2個を入れ、3分ほどで煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。
    
 


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今日のクイーン

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情報収集中&放電中

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長島愛生園  河口杳一さん





軒端を打つ

氷雨の音

吐息が
  
 
仄白く消えて

更けゆく夜。


じり、じり、じり・・・


痩軀に喰ひ入る

病魔の鋭刀

堪えがたき
神経痛いたみ

じーと

郷愁を噛んでいる。









残葉

はげしい木枯に

散りも得ず

樹梢に散り残った木の葉

軀をうちヽヽ軀をさくヽヽ

現実の苦痛に

病葉よ お前の夢は

なほも覚めやうとはしない


何といふ、さびしさだろう

ひょうひょうと吹く樹梢に

ふるへつつ瞬く星光を

見つづけている。



河口杳一さんの略歴
『俱会一処』によると昭和初期に全生病院に在籍していたようである。その後長島愛生園に転園したと思われるが、河口杳一はペンネームと見られ、詳細は不明である。


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長島愛生園  吉成 稔さん





盲になったばかりの僕は、憐憫、侮蔑、好奇、冷笑の眼差しを痛く意識し、

呪詛と憎悪に尖った肩を怒らし杖を振った。

君等に人生の苦労が解るか、

と精神的優越を、痩せた胸に抱き、僕は過去のちっぽけな経歴を過大に想起し自負した。

哀れな自意識、悲しい虚栄。

それは卑屈の裏返しの虚勢。

三年間、杖をつき僕は知った。

静かに在らねばならぬということを。


肉体の下水の流れ

精神は泉の湧出。

僕は泉の鏡になりたい。

侮蔑 好奇 冷笑も映るだろう。

映っても泉は濁らないし、

汚れもしない。

滾々と湧出る泉は渇いた人々の心もうるおす。

清浄で透徹した深い深い泉に、僕はなりたい。


吉成稔(山田稔)さんの略歴
1920年3月27日、神戸市生まれ。県立中学校中退。1937年3月23日、長島愛生園に入所。戦後、失明。キリスト教に入信。『見える』(1963 キリスト新聞社)、『きもの』(1969 日本MTL)、『たたかいの記録』(1971 私家版)、『杖の音』(1977 新教出版社)。1967年1月5日死去。



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長島愛生園  森 春樹さん(4)


私の窓におきたい花


雨の日

五月の枝に

たったいまうまれたばかりの

はだいろをみせる

小さな萌芽をみていた


わたしは

これから咲こうとする蕾より

雨に うたれ いろあせ

おちてゆきそうな

花を探しもとめ

その花に

最もふさわしい 真実の言葉を

用意して

ひそかに私の窓におこう

とおもった。











いつの日から か

指は

秋の木の葉のように

むぞうさに

おちていく。


せめて

指よ

芽ばえよ。


一本 二本 多くてもよい。


少なくてもよい。


乳房をまさぐった

彼の日の触感よ。


かえれ

この手に。



森春樹さんの略歴
1915年2月23日、名古屋市に生まれる。板前職人として働いていたが発病、1940年12月20日長島愛生園入所。独学で勉強。1991年11月25日死去。詩集『巨大なる石』(1955年 炉書房)、創作集『微笑まなかった男』(1983年 近代文藝社)。
 

森春樹さんは小説も「ハンセン病文学全集2」に6編載っている。


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ヤーコンのバターポン酢


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熱したタジン鍋にバターを入れ、7ミリほどに切ったヤーコンと魚ソーセージを入れ、煮立ったら極弱火にして15分、火を消して余熱5分で蓋を開け、ポン酢で味付けして出来上がり。


ニンジンおろしとダイコンおろし

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ヤーコンおろし

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ヤーコンおろしは、ダイコンおろしより簡単で、出る水分もダイコンおろしより多い。

出たヤーコンの水分はフラクトオリゴ糖を多く含み、飲むと甘い。



ホウレンソウのおひたし


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目玉焼き
      
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熱したフライパンに油を入れ、卵を2個落とし、ホウレンソウのおひたしを置き、弱火で3分、火を消して余熱3分で蓋を開け、醤油と胡椒で味付けして出来上がり。


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今日のクイーン

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しあわせの青い鳥

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長島愛生園  森 春樹さん(3)


朝顔の花


すべては夜 準備されていた


見よこの

忍従の堆積。


せつなの生命のかぎり

ひらいている

朝顔の花。

ただ一途に。


音もなく

呼吸づき

光りをうけ

天にふるえている。

朱の衣。紫の衣。青の衣。


花は

光の滝をうけ

悔恨のかげなく

天に向って

祈っている。

(1952・11・20)









我が影

腹が立たぬ、と

言えば信じられないのだ。

悲しくない、と

言えば嘘になる。

人様の為に、と

言えば誇張になる。

どうにかなる、と

言えば不甲斐ない。

もうこんな世の中が嫌になった、と

言えばなさけない。

ああ 人の住まぬ原始の土地へ、と

言えばひねくれている。

だから

今日も島で静かに

炎をたき、

背負いきれぬ

もろもろの重荷を負い

カマキリのような忍耐で

道傍に立ってみる。










夏の日


底深い青い天に水が涸れ

地上からは火の粉を噴きあげる日

坂道を

女が洋傘さして

あえぎながら

上っていった。


坂の上から見ると

海にガラスの花が散っていた。


三日の生命の蝉は

ますます殺意を感じながら啼いていた。



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長島愛生園  森 春樹さん(2)







病が深まり指は蝕まれ

掌に 鎌を握らせるのに

幾度も 繰り返し 繰り返し

繃帯で やっと結えつけるのである。


庭で咲きおえ枯死した

ダリヤの花を

見ている と

むしょうに 耐えられなくなってきたから

主幹をぶった切った。


するとその主幹から

夢想もしなかった音が とびだした。


神を信じない私だが

その音が とび出したので

いつ死んでもよい と思っていたが

死ぬことが ふと厭になった。









ペンダコ


曲折した指に

ペンダコが出来た。


この頃

つとめて倖であることを

書きとめようと努力するのだが

文字になると

━━ライ者が倖である訳がない━━

と 他人が云うように

空々しく真実私の遺書とはならなかった。


たった一つの真実の倖を

詩うために

今日もペンを持つが

さまざまの欲望が浮び

思いかなわぬ思いがかけめぐり

世の中で 一番不倖な者のように

私はユーウツになる。


私のどこかに

他人の知らない倖がある筈だのに

その倖をペンでまさぐりあてるために

いびつな指に

人並のペンダコができた。


カチン と化石したような音がする

なんの神経も血もかよわぬ

ペンダコである。


このペンダコの中に

私のみいだせない倖が

いまにもとび出して来そうである。



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長島愛生園  森 春樹さん(1)


微笑まなかった男


あの宗教家は

神を信じなさい

と 云った、が。


ある政治家は

もっと皆様の幸福のために

努力しましょう

と 云った、が。


ある慈善家は

あなた方は こんな風光明媚な所に

住んでいて 倖ですよ

と 云った、が。


いつかの慰問団は

いつの日か 機会が

ありましたら またきましょう

と 云った、が。


ある医師は

きっと いつかは

なおる時代もきましょう

と 云った、が。


あの男は微笑まなかった。


  つれづれの 友ともなりて

     慰めよ ゆくことかたき

        我れにかわりて

あの御下賜の歌にも

男は 微笑まなかった。


すべてが信じられないように

あの男は

固く口を閉ざし

ただ空間の一点を

見詰めていた が

とうとう蝕まれて

死んでいった。


あの男は

そのとき火葬場の煙突から

天に

  一羽の小さい鳥となって

  舞あがり

  はじめて微笑んだのだ。


私は

あの男の微笑を

見逃さなかった。



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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