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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  芝山輝夫さん(1)




夜の部屋に釦一つを附け終へて吾の孤独の更にふかまる




洗面器に友の義眼は沈みゆき
すくふ指より洩れて音たつ




三人共義足の者が住みをりて畳は何処の室よりも早く傷みぬ




汝が為吾が現身の一部除り契り結びし彼の日恋しも




つぎつぎとプロミン射ちゐる看護婦よ就業当時の感傷はなく




義足おき松葉杖おくベッドにも朝は朝明けの光さしくる




部屋隅の火なき火鉢が何時よりか盲君等の憩ひ場となる




足断ちし因を互いに語り合ふストーブ赤く燃ゆるかたはら




歌会に集ふ十三人に時計なくラジオの時報鳴るを待ちをり




癩者らを島に移せし政策も医官きたらぬ現実となる




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ハクサイとサケの蒸し煮


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ざく切りしたハクサイを無水鍋に入れ、15秒湯通ししたサケのアラを置き、練り製品1枚を入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、生姜1片をすりおろし、煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で出来上がり。



ダイコンおろし
 
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3群が越冬中


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春の分蜂で7群に増やしていたが、現在は3群のみ。今年の夏の高温等が原因で4群が消滅した。

12月に入った頃から、巣門を少しせばめ、一部は閉鎖した。

12月中旬頃、巣箱の外側の3面をダンボールとポリの「プチプチ」で覆い、寒さ避けをした。

このままつつがなく4月頭の分蜂期まで持ちこたえて欲しい。田んぼの2群は毎日数回、山の1群は2~3日に1回は見回りをしている。

今日は小春日和の1日で、午後からは動きも活発だった。10度以下の時間帯は、外にあまり出ない。

巣箱を置いている底板は、春~秋のように10日に1回というペースではなく、20日に1回ほどのペースで掃除をしている。掃除をしている時に、手鏡で見たりしなくても、巣箱の中の状況がどうなっているか、蜂の様子でわかる。

4月2~3日に始まる第1分蜂に向けて、当地では2月中旬頃から動きが活発になる。


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よらしむべし、知らしむべからず

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長島愛生園  松島朝子さん(3)



視力かへりてふたたびきたる故郷の山脈に春の雲は湧きたつ




花片をころがしてゆく風のあり新しき義肢に歩みゆく道に




またくると中折帽子をふりし父を待ちつづけきぬこの三十年




田を売りて独逸製治らい薬を射ちくれし父の消息絶えて久しき




産めずして結ばれたるを疑はず生きてきて銀婚の日を迎へたり




らい園にも変貌のあり新病棟のエレベーターのスイッチ光る




島に橋を欲りつつやがて果てゆかむいのちに沁みて夕虹はたつ




既にしてわが墓のあるふるさとに何を求めて遠く来りし




死亡通知すべきうからの無きこともわれは記入す今日の調査に




弱き眼を凝らして義肢の紐を締むるわが庭にきて鳴くは何鳥





松島朝子さんの略歴
大正10年岡山県生まれ。昭和14年9月18日長島愛生園に入園し恩賜寮に起居。入園者の女性と看護婦による「萩の花短歌会」に入会し作歌をはじめる。昭和17年「水甕」、一時中断ののち昭和43年「形成」入会。『青磁』(昭和26年)『小島に生きる』(昭和27年)『あらくさ』(昭和30年)『風光』(昭和43年)『三つの門』(昭和45年)『海光』(昭和55年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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長島愛生園  松島朝子さん(2)




死の灰を被りし漁夫の容態のつまびらかならず限りなくさびし




「たけくらべ」読みし少女の日より水仙の花を好みて庭に咲かしむ




吾ら住む島の寮の灯冬の夜の海に華やぐさまも身に沁む




古着など購ひて足る吾が生活つねに消極にあり経し思ふ




嫁ぐ友の白無垢縫ひし杳き日の吾が若き手よまぼろしにみゆ




貧富の差露はになりし療院に己れ失はむとするを恐れる




父の死に帰れず文を書きなづむ夫を見守る一日の長し




父の袴縫ひてまもなく病みしわれ紅き針箱もちて島に来ぬ




後遺症のこり癒えたる現身に乳房はまろく形たもてり




劣等感若さとともになくなりて義肢の現身湯に浸りゐる





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長島愛生園  松島朝子さん(1)



義足ぬぎて臥床に入れば虚勢なき己がありぬただに寂けく




正月の餅も終りて寂かなる炭火のほのお夫と見てをり




病める眼に光は痛きまで沁みて路の窪みが吾の虚をつく




涙腺にまで癩浸潤し感情のともなはぬ涙をしばしば落す




走りたき衝動がしづまりゆきしのち北風に向きて歩みてゐたり




健かにありける頃に吾が縫ひし着物をいまも父の召します




かつて読みし小説など記憶に辿りつつ眼を病む今の感動となす




病む吾の我儘として黙す夫突放されしよりも侘びしく




夫ありて共に生きつつ明日を待つ祈りにも似て夕映に佇つ




曲りたる指に力をこむる故吾がもつ針はみな曲りをり





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パスタ


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パスタは8分茹でてザルに上げ、昨日の残りのホワイトシチューを温めてかけると出来上がり。冷凍して粉々にしているバジルをのせた。



サツマイモの蒸し煮


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熱した無水鍋にバターを入れ、乱切りしたサツマイモを入れ(混ぜない)、砂糖をふり、薄切りしたキーウイ2個を置き、煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で出来上がり。

サツマイモとりんごの重ね煮」を参考に、リンゴの代わりにキーウイ。



ホウレンソウのおひたし


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味噌汁


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ダイコンとニンジンの千切りを鍋に入れ、練り製品を少し入れ、水とダシの素を入れ、煮立ったら弱火にして5分煮て、千切りしたハクサイを入れ10分煮て、味噌を溶き入れて出来上がり。
    
 


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クリスマスの夜、あなたに クイーン

クイーンという名前を知っていただけで、歌も聞いたことがなく、顔もステージも知らなかった。映画「ボヘミアンラプソディー」が騒がれて、ネットで目にするようになるまで・・・。

音楽にあまり縁がなく、日頃、音楽のない生活をしている自分が、12月12日にネットで検索して初めて耳にしたクイーンの曲とライブが、いつまでも心に残った。あれから、時々聞いている。


https://www.youtube.com/watch?v=AyRpGcXSgvc



佐藤 剛(音楽プロデューサー)
QUEEN特集

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情報収集中&放電中

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長島愛生園  村瀬広志さん(3)




部員らは社会復帰の夢もちて今日も励めり点字製本に




スパナ持て製版機のネジ締めながら旋盤工たりし吾がよみがえる




点字製版つづくる吾を窓ごしに見つめゐるらし看護婦たちは




盲には盲の文字ありと手萎えし友が点字を教へよと来ぬ




盲人の目となり明るく立ち動く君よ三児の母とはみえぬ




下書きの点字原稿を書記君のペン先の音にあわせ読みゆく




美しく粧ふ君にまむかひて陳情書作りの口述はじむ



村瀬広志(ひろし)さんの略歴
大正10年生まれ。昭和22年長島愛生園入園。「形成」「緑風」所属。『陸の中の島』(1956年)『あかつち』(昭和31年)『青芝』(昭和32年)『風光』(昭和43年)『海光』(昭和55年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『潮風の中に』



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長島愛生園  村瀬広志さん(2)




またも雨ならむ窓の辺に点字打つ用紙の音が湿りおびくる




耳鳴りのはげしき今朝は舗装路の吾が杖の音さへ意外にとほく




手さぐりにズボンをたたみ寝敷きする心の皺をのす如くして




探り歩むに懸命らしき杖の音にわが杖ゆるめ歩調を合す




盲人会図書のテープの百余巻いまだ聞かぬは「蟹工船」のみ




決りたるわが部屋の形確かむと納得ゆくまでまさぐりてゐる




朝より点字打ちつぐわれの背に早春の日がはひのぼりくる




眼の見えぬ者は暗しといはれつつ四季をりをりの花を培ふ




両親の墓参かなはねば手を合はす我が家あたりと思ふバスの中




積雪にわれの杖音消されつつ砂漠のなかをゆくごとくゆく





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長島愛生園  村瀬広志さん(1)




点字器に向ひし吾を友は嘲ひ又穴あけを始めるのかと言ふ




すでに汝の署名終りし離婚状に人の手借りて印おしもらふ




製本を終へし点字愛生三十部の量感を吾は手に抱へみつ




探りつつ裏を確め吾が貼りし切手は逆さになりゐしと言ふ




英単語学ぶ友あり日本語を学ぶ友あり点字学ぶ吾




治療室に待ちつつ居れば声低く離婚せし吾を話題としをり




盲ひてより常に通りし道の辺に芹の匂ふを初めて知りぬ




嫁ぎてより便り絶ちゐし妹が夏衣送り来母の家より




訴へてゐるにかあらむ壁へだてて盲ひの友の荒き異国語




ながく咲く香のしるき沈丁花しるしとなして道まがりゆく



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ホワイトシチュー


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熱した無水鍋に大さじ1の油を入れ、ニンニク1片の粗みじん切り、15秒湯通しした豚肉、タマネギの順に炒め、タマネギがしんなりしたら残りの野菜(ジャガイモ、ニンジン、カブ、冬至に使った残りのナンキン)を入れて炒め、火を止めて大さじ3の薄力粉を入れてよく混ぜ、1カップの水とコンソメ2個を入れて点火し、少しして牛乳を入れ、煮立ったら極弱火にして30分ほど煮て出来上がり。

普通の鍋より、無水鍋を使った方が、通常の煮物でもおいしいと思う。

シチューの素はもういらない!これでOK」を参考にした。



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しあわせの青い鳥

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長島愛生園  高見美雪さん(3)




チチホシーとしきりに鳴ける鳥がありわれは幼くて父と別れし




働きづくめの弟にしては珍らしく啄木の心境などとけふはいふ




おぼつかなき視力なれども心得し包丁感覚に韮刻みゆく




手術前には栄養を摂れよとたまひたる
うずらの卵三つ四つ五つ




療園に長く生き得てめぐまれてわれに四度目の新居をたまふ




移り来し庭に新種の百日草育ててわれのゆめはふくらむ




橙色の百日草を好きといひこよひは夫が水をやりゐる



高見みゆき(美雪・田沢さかゑ)さんの略歴
大正4年生まれ。昭和6年7月12日長島愛生園入園。「形成」所属。『楓陰集』(昭和12年)『萩の島里』(昭和14年)『青磁』(昭和26年)『風光』(昭和43年)『海光』(昭和55年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)



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長島愛生園  高見美雪さん(2)




二十年貰ひつづけし賀状なき今日君の死が実感となる




いたはりて育てし小鳥よ吾の掌に奇形の体あづけて眠る




解け合へぬ席逃れきて蓑虫の冬木の枝にゆれゐるを見つ




労りて労りてきて菜の花の咲く頃にまた病み臥す吾は




病む娘われを励まして五十年耐へましし母よ米寿を迎ふ




椿のかげに面おほはれて癩われに訴ふるごと座す石仏




倖になれよと妹を嫁がせてそれより会はず病めりわが夫




先生も老いまししかなわが背に当つる聴診器かすかに震ふ




病むわれを残しては死ねぬと口癖にいひましし母もわれも老いたり




母を安堵させたく嘘も混へたる電話をきりて切なくなりぬ



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長島愛生園  高見美雪さん(1)




手を触るれば落ち重なれる寒椿その紅の花のいとほし




咳き上ぐる痰のからみもはきがてぬ君の衰への深まりにけり




今日の日もひそけき部屋に吾一人母想ひつつ文書きにけり




焚つけの松葉を籠に拾ひつつ小さき小さき吾の生活




つきつめて己一人と決めしときいままで暗き部屋に灯ともす




網の上に餅焼きながら妹に打明けられぬ心支へゐる




ポケットの紙屑の如く忘られて吾は癩院に生きてゆくべし




人間に保身のための美しき言葉ありこの虫も擬態す




幾日か障子を去らぬ
蟷螂カマキリは産卵近きおとろへならむ




コスモスの散るばかりなる花にきてすがる蝶あり去りがたく見る





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サトイモの煮物



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乱切りしたサトイモを鍋に入れ、醤油、砂糖、酒、みりんを入れ、水とダシの素と削り節を入れ、煮立ったら弱火にして20分煮て出来上がり。

冷めていく時に味がしみるので、蓋を開けずにこのまま10分以上放置する。



味噌汁

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ダイコンとニンジンの千切り、サツマイモの乱切りを鍋に入れ、練り製品を少し入れ、水とダシの素を入れ、煮立ったら弱火にして、ざく切りしたハクサイを入れ、15分ほど煮て味噌を溶き入れ、ネギをふって出来上がり。




ダイコンおろし


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ちきゅう座

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長島愛生園  葉山 学さん




熊笹の小径かけ下り日向路を友と吾との呼吸そろふなり




月あびて町の雪路をさむざむと合唱隊の児等灯を振りぬ




筒袖の着物そぐはず日の暮は心みじめになりて坐りぬ




ホルマリン消毒うけていまだ温かき本を丁寧に並べて干しぬ

どこの療園でも、昭和40年頃まで、本や紙幣も消毒の対象だった。近藤宏一さんの著作「闇を光に」のあとがきで佐々木松雄さんという方が『昭和36年当時、私たちが入学できる高等学校は、日本で唯一長島愛生園にしかありませんでした。私は、その県立邑久高等学校新良田教室を受験して合格したので、愛生園に転園(東北新生園から)することになりました。「伝染病患者輸送」と書かれた紙の貼られた列車に乗って岡山駅まで行ったのです。本土と長島の距離は、最も近い瀬溝から約30メートルほどしか離れていないのですが、橋は架かっていませんでした。高校の校舎、職員室、寄宿舎は同じ敷地内に建っていました。教師に用事があるときは、職員室に入れないので、外の壁に取り付けてある教師の符号が記してある表示を見て、ブザーを押すのです。モールス信号みたいなものでした。園内の売店にない品物を教師にお願いするのですが、出入口の所にクレゾール消毒液の入った洗面器が置いてあり、その中にお札を浸して、窓ガラスに張り付け乾かしていました。15歳の私にはショックでした。以下略』

昭和36年と言えば、治癩薬のプロミンで、大半の人が無菌となっていたはずである。
ぼくの記憶にも、岡山駅で、貨物列車に「伝染病患者輸送」の貼り紙を見た記憶が確かに残っている。昭和40年(12歳)頃だったと思う。こんな時代にまだ伝染病・・・と不思議に思った記憶がある。このことを思いだしたのは還暦が過ぎて長島愛生園の石田雅男さんと不思議なご縁ができて「闇を光に(近藤宏一さん著作)」の本を頂き、佐々木松雄さんの書かれたあとがきを読んだ時だった。




送りきし為替に添へし便りには返事は要らぬとのみ記したり




虫眼鏡あてがひて読む文字の上を拡大されし蟻がよぎりぬ




わが病癒ゆる日なしも姉上よ心はげまし嫁ぎたまへよ




葉山学さんの略歴
聖バルナバ医院。昭和16年5月18日長島愛生園入園。19年9月4日没。享年27。『高原歌集』(昭和12年)『青滋』(昭和26年)


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長島愛生園  松丘映二さん



吾が手もて作りなかばに残し来しふるさとの麦よくぞ実れよ




浜道の松の梢にひびかへる潮騒かなし夕さりにけり




癒えぬ眼と知れる儚さたらちねの母に盾つく日もありにけり




秋山の日ざし温とき昼さがり炭焼人は汗たらしゐぬ




さみどりの海にゆるがぬ鉱石船の沈みふかきは頼もしくあり




幼なくてかたゐを病めばふるさとに親しき友もなくてすぎにき




世の果ての癩院暮しひさしくて祖母に邂ひつつ夢の如しも




見送るに又も見返りゆく祖母の磯路にし見えず鳴るは夕潮



松丘映二さんの略歴
昭和11年3月30日長島愛生園入園。愛生園からはじめて「水甕」入社。18年5月2日没。享年29。『楓陰集』(昭和12年)


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長島愛生園  長野節雄さん



いつの日かまなこにて読まばやとため置きし手紙一束となりぬ




昼潮は凪ぎてひそけく浜石に折折あたる我が杖の音




この手癒えねば盲の我はいかにせむ杖さへ今は持ち得ざるなり




我の眼に顔の見えねば病み妻の息づく息が気にかかるなり




自が眼にて読み書くことはかなはねど机の位置を定めてうれし




人来れば人にぞ頼み人来ねば妻に読ましめ歌学ぶ吾は




沖べゆく船のとよみのほとほとに心したしき春たちにけり




吾が生命ささふる糸もほとほとに切れむとすらし歌詠まぬ日は



長野節雄さんの略歴
昭和7年11月16日長島愛生園入園。19年2月21日没。享年38。10年から17年「愛生」に出詠。松丘映二と共に最初に「水甕」入社。『楓陰集』(昭和12年)



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ナンキンの煮物


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冬至だから、もらったナンキンを煮た。

醤油、砂糖、酒、みりんと大さじ2の水を無水鍋に入れ、煮立ったら乱切りしたナンキンを入れ、再度煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で出来上がり。



シュンギクの卵とじ

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醤油、砂糖、酒、みりんと1カップたらずの水を鍋に入れ、煮立ったらざく切りしたシュンギクを入れ、2分ほど煮てシュンギクがしんなりしたら弱火にして溶き卵1個を入れ、3分ほど煮て火を消し、余熱5分で出来上がり。



ダイコンおろし

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ホウレンソウのおひたし

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週刊金曜日

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長島愛生園  黒川 眸さん(3)




口つけて飲めば冷たし山の背の青葉がくりに湧くる真清水




この午後も暑さ増すらし小豆島島の南ゆ雲湧き立ちぬ




(園内売店に働きて)

新しき帳簿に向ひていささかは気おくれやせむ手先ふるふも




濡れし砂握る手足の冷さをしみじみ思ふ秋たちぬ今朝




更けし夜の空に流れし星一つ見つつ淋しき暗き海辺に




夜毎にし熱でる我が顔の色おもんばかりて人の言ひ出づ




秋めける風たつ頃ゆ熱さらぬこのうつそ身のおとろへおもゆ




日に日にと衰ふる右の目の視力瞳孔はただにまろく小さし



黒川眸(ひとみ)さんの略歴
母子家庭に育ち母を養うため幼にして働いたが母の最期を看取った後、昭和3年秋21歳で全生病院に入院。キリスト教に入信。エスぺラントを学びシエロ・シェブスキーの『悲惨のどん底』(昭和5年長崎書店)を翻訳。昭和6年3月27日いわゆる開拓患者として新設の長島愛生園に移る。「国民文学」に投稿。昭和7年11月22日没。享年25。『林文雄遺稿集』(昭和34年)に「黒川君召さる」の一文あり。『東雲のまぶた』(昭和5年)『新しき住家』(昭和8年)『島の角笛』(昭和8年)『楓陰集』(昭和12年)


黒川眸さんは開拓患者として長島愛生園に移った翌年に亡くなっている。若干25才。その若さで、エスペラント(国際共通語)の翻訳を残した。
以前、黒川眸さんの短歌をブログで公開した時、「黒川眸さんとエスペラントの翻訳」に関してメールをくださった方がいたが、そのメールがどんな内容だったか思い出せない。




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長島愛生園  黒川 眸さん(2)



(エスペラント教室にて)
思ひ出せぬ単語の訳に言つまり黙してあれば湧き出る汗かも




見当のつかぬ片眼をかこちつつ此の月の歌稿書き終へにけり




(突然病床につきし友・に付添ひて一夜を明かす)
茶呑碗もたせてやりつつ神経の麻痺せし手先あやぶみ見守る



(畏友 数吉兄)
行くわれに歌は負けじといきまきて言ふを嬉しみ聞き居り我は




徒歩にて村山駅へ(長島移住)
町中の大き時計が午前四時示すあたりの家のひそけさ




今日よりは住まむ家ぞと這入り来て水道の水うましと飲めり




頂に登ればそよぐ風ありぬ直下に蒼き海ひかへつつ




純朴なる子等が絵みれば笑ましかも我にもかかる日のありにけり





日の出待つと貝ほりのら火を焚けりあした霜おく暗き浜辺に




漁り火の一つ見え来しひそけさや月なき浜に独りかがみつ



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長島愛生園  黒川 眸さん(1)




ささいなる事にも心いらだてていさかふ我は悲しかりけり




鉄筆の音冴え冴えて図書室のもの静かなる春の宵かな




萌え出でし
クヌギの新芽つばらかに朝日をうけて光りをれるも




じりじりとあぶらの燃ゆる音きこゆ友は昼餉に鰯やきをり




胸ふかくおもてをうづめて否と言ふ妹おしなだめ別れけるかも




吾が病いまだよからぬを知り給ふ師は吾が前に多く語らず




よすがらを虫鳴きあかすこの家に住みて三度の秋迎へけり




永病みにほとほと痩せしそのみ骸拭き清めつつ涙落しぬ




温室に咲きたる草花の日毎わが病む枕べに配られてきつ




夜毎来て眼やめる我に国文の歌よみ聞かす鈴木数吉


黒川眸さんは昭和6年3月27日、開拓患者として多摩全生園から新設の長島愛生園に移った。



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ラーメンライス


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うっかり、ご飯が少なかったのでラーメンにした。日清ラ王。薬味はシュンギク。

こんな時のためにラーメンを買い置きしている。



食パン

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ハチミツで。



焼き芋

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もらった安納芋。銀紙に包んでストーブの上に置き40分ほどで、芯まで柔らかくなる。昨日焼いていたのをレンジで温めた。



目玉焼きとホウレンソウ
      
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朝は目玉焼きのそばにホウレンソウを置く。

たくさん「ホウレンソウのおひたし」を作っておき、最近は毎朝こうやって食べている。醤油と胡椒で味付け。



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営業せきやんの憂鬱

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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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