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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

明日に向けて

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栗生楽泉園  白井米子さん(1)



明日の炭箱に満ちをり夕あかね




夜なべの灯届かぬ一と間夫が欲る




女の幸増さな毛糸を抱き編み




毛糸編みただ刻つなぐ生涯か




看護らるる身の家具減らす年の暮




寒菊の枯るるまで白誇りけり




長き夜の灯のもと夫も故郷言はず




百日紅一ト日に送る葬二つ




母失くせし夫に目深き冬帽子




寒の葬赤き献花を手渡され




山繭を振れば音して冬の果




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栗生楽泉園  白井春星子さん(4)




長き夜へまたひらきたる歎異抄




柿を剥き栗剥き余生減るばかり




ヒキガエル鳴くや寝語る妻の里知らず




霜柱踏み出でて足たしかなり




春待ちの補聴器に入る山の音





白井春星子(本名・生一)さんの略歴
栗生楽泉園 大正5年3月愛知県生れ。昭和11年徴兵検査でらい性皮疹が判明、13年8月栗生楽泉園に入園。園内結婚。24年より試用された特効薬プロミンで一命をとり止めるが、らい性結節性紅班や神経痛が発症。さらに続発症や合併症に悩む。25年「濱」に入会し、大野林火に師事。29年4月号で雑詠巻頭を飾り41年同人に推される。39年らい菌陰性化し症状が落ち着く。42年18年間苦しんだ喉の瘻管を除去し体調が回復する。57年より松崎鉄之介に師事。平成3年夫婦で金婚を迎える。俳句協会会員。個人句集に「生の軌跡を一本にまとめた」『喜雨』(昭和60年)『護身』(平成5年)。合同句集に『雪割』(昭和40年)『一代畑』(昭和51年)『花鳥山水譜』(昭和64年)


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栗生楽泉園  白井春星子さん(3)



いたはりを受くごと雪に早寝せり




代筆を終へて目鼻のしぐれけり




雀とて春待つ屁出入りては




水温む思ひや母の文ひらき




待ちくれしごとく蛙の連れ鳴けり




母亡き秋読みかけの書は積みしまま




湧き水のひびきひろがる四温かな




雪なめてまなこ光らす恋の猫




昼通夜のうつろを雪の埋めるかな




喜雨走り桃のせし皿匂ふなり




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野菜の蒸し煮


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IMG_6629_20181025184910760.jpg  

タマネギ、ピーマン、パプリカ、インゲン、ナスビ、オクラ、ニンジン、ヤーコン、初収穫したシイタケを無水鍋に入れ、ニンニク醤油のニンニク2片の薄切りを入れ、生姜1片をすりおろし、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、3分ほどで煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。
 


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ちきゅう座

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栗生楽泉園  白井春星子さん(2)




暮れおそしたたきて見ても遠き耳




七夕や姓をたがへて癩夫婦




目貼して豊かな寝息妻にきかさな




癩の旅はじまりしここまんじゅしゃげ




耳向けて音なき界や冬の果




大寒や天刑の闇ふりかぶり




芭蕉忌や晩学の膝炉火に焼き




大寒や眼底の母藁仕事




沼月夜睡蓮一花寝おくれて




昼顔や夢のつまづく癩日記




炭負ひの両手さびしく枯野越す





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栗生楽泉園  白井春星子さん(1)



すすきの風になびくも護身かな




生き欲も罪の一つか根深汁




雪割りし陽の一刻をえぞはるぜみ




世をせまく生きて夜長のひとりの詩




雪しまき独語にいのちぬくめゐる




しぐれてはならぬいのちの一行詩




ほほづゑの肘も夏痩せ病日記




一と降りの雨を力やかたつむり




しぐれては父似の足裏焙りけり




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栗生楽泉園  金子晃典さん(4)




手引かれて手引かれて花の一日かな




無菌の顔生きてさづかる夏帽子




かなぶんに屈託の顔見られしか




なめこ汁とろりと言葉ほぐれけり




鶯のまだ来ぬに売らるる鶯餅




麦茶飲んで声には年を取らせまじ




療養所も週休二日葱の花





(年来の友逝く)
どんぐり手に共に入園せし一人




亀鳴くよ生き永らふか残されしか




金子晃典(本名・康典)さんの略歴
栗生楽泉園 大正7年3月群馬県生れ。両親ともに教職。大正11年4歳のとき両親が離婚。母方の祖父母に引き取られる。昭和7年小学校高等科卒。昭和10年ハンセン病発症、栗生楽泉園に入園。翌11年母も入園。13年「ホトトギス」同人。本田一杉に師事。14年園内結婚、断種。一時母親と金子夫婦3人で園内暮らしを始めるが20年妻が社会復帰し離別。22年失明。24年プロミン、DDSヒトラジットの使用を開始。25年秋から大野林火に師事。36年母逝去。43年ハンセン病治癒。56年俳人協会主催の福祉施設第2回全国誌上俳句大会で文部大臣賞受賞。合同句集に『火山翳』『雪割』『一代畑』『花鳥山水譜』『群馬の俳人』、個人句集に『望郷独語』(昭和59年)『晩晴集』(平成6年)


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ヤーコンの甘酢漬け


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鍋に1カップ余りの水を入れ、煮立ったら弱火にして削り節を入れ、3分ほど煮て火を消し、10分ほどおくと「出し汁」ができる。


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出し汁を茶こしでこしながら180CCの出し汁を他の鍋に入れ、酢120CC、砂糖50gを入れ、火にかけて溶かし、生姜1片をすりおろし、冷めるのを待つ。

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その間に、ヤーコン500g(2~3本)の皮をむき、輪切りにして1~2分茹でて冷水にとり、瓶に入れる。甘酢を注いで出来上がり。明朝には食べれる。




焼きナスビ

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定番です。


キュウリの塩もみ

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ゴーヤの酢の物

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ゴーヤはスライスして塩もみをして1分茹でて冷水にとり、水気をしぼりながらボールに入れる。酢、レモン果汁、蜂蜜を入れ、混ぜて出来上がり。
  


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阿修羅

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栗生楽泉園  金子晃典さん(3)




りんご咲けり仔牛も生れたての白




萩咲くや約束守りて師の来ます




病み果ての無縁の死なり燭寒し




木々芽立つ風入れ指読書舌読書




鰯雲盲も倣ひ見上ぐなり




これからの冬にわれ置き君逝きぬ




春満月なり円満と書いてみる




山々の息吹の胸に朝寝せり




舌読に音もなく雪降る日かな




年新た雪新た踏みしめて出ず




母の忌の母せしごとく大根煮る




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栗生楽泉園  金子晃典さん(2)



癩者千の炊煙雪解かさんなり




断種の冷え青嶺の昼を鳴く鳥




日向見つめて癩女や子守唄もらす




わが癩の嘘にてあれや雪晴れたり




難聴の寡黙へ雪がちらちらす




汝が遺品はがき数葉雪降れり




眼帯に開眼の夢初
ひぐらし




清水ごくと喉管除れて十年や




再会の西瓜ぞ食へり生きるはよし




ほととぎす隠れ帰省のわれに鳴く



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栗生楽泉園  金子晃典さん(1)



舌読や冬をぎっしり人の情




啓蟄の小石ぞ癩の掌にぬくし




昔眼で読み今舌読に枯野抄




佇みて流人に似たり月見草




顔つつむ秋日緻密や見えぬもよし




母の日や西日に二つ目玉焼




梅干せば世にある如し母も居り




盲眼に色刷りの香よ走り梅雨




夜鴨渡るわれを捨てたる父恋へば




向日葵ひまわりに天刑何ぞ哄笑す




行く春の故郷人の老いを聞く





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豆ご飯


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4合の米を洗って炊飯器に入れ、酒50CCと水を入れて4合の目盛りに合わせ、塩をひとつまみ入れて混ぜ、グリンピース200gを入れ、炊けたら混ぜて出来上がり。



ピーマンと豚肉炒め

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今の時期のピーマンは火の通りが遅いので8分ほど蒸した。豚肉100gは15秒湯通しする。

熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の薄切り、豚肉、ピーマンの順に炒め、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。



根菜の蒸し煮
   
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サトイモ、ニンジン、キクイモを乱切りして無水鍋に入れ、ニンニク醤油のニンニク2片の薄切りを置き、生姜1片をすりおろし、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。


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在野のアナリスト

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本田一杉と浅香甲陽


本田一杉は、金沢医専在学中から、ハンセン病患者に接し、大正の末頃にはすでに療養所内に句作の集団のあることを知っていた。昭和9年の「ホトトギス」四月号の「診療閑話」で一杉がハンセン病に触れたことが患者の目に留まりその懇請によって長島愛生園を訪問し、爾来、療養所の俳句の指導にあたった。昭和12年「ホトトギス」が投句箋のついた五十銭の「ホトトギス」の購入を投句の条件として「自由投句制」を廃止し、事実上、患者の投句を制限したことに対し、私財をもって俳誌「鴫野」を創刊し、患者の作品発表の場に公開した。戦時中も、患者の発表の場のなくなることを危惧して雑誌の統廃合に応じず、そのために俳誌仲間との軋轢が生じたと伝えられる。


恵那に雪三度来たれば里は雪


秋の蛇岩を濡らして隠れけり


合掌に柄杓を組めり岩清水


雲海の果の一碧わだつみか


み吉野は馬の背の町花吹雪


稚児の袖口に咥へて放生会


一杉は、昭和二十二年栗生を訪れた際、浅香甲陽の句帳に「肉眼はものを見る。心眼は仏を見る。俳句は心眼あるところに生ず」と書いて励ました。

昭和二十四年一杉が没した後、七月二日長島愛生園の四十余名の俳人たちは「追悼句会」を催した。一杉がハンセン病の俳人たちとの交わりを開始してから十五年がたっていた。


耳にある亡き師の言葉走馬燈        愛子


ただ頼む灯のはたと消へ大雷雨      東月


露の玉心に受けていたりしが        孤石


露草の強き陽射を失へり          光波


一杉忌胸に抱いて百合を剪る       新月


花桐やその足跡の尊とけれ        美智子


魂ぬけて花ほほづきに佇めり       月歩


五月雨の夜半に目覚めて師を慕ふ   あきら


師を悼む窓を蛍の飛び交へる      青柳


張り上げて泣く声欲しや五月闇    梵字


(俳句のあとがきより抜粋しました)



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栗生楽泉園  浅香甲陽さん(2)



子規は目を失はざりき火取虫
(火取虫とは夏の夜、灯火にあつまってくる虫)




寒燈や妻のまなこは吾が眼






子規まつり癩文学を負ふわれら




喉管にリンゴの匂ふあさぼらけ




かるがると妻に負はれて春衣




隣り合ふベッド空きたる夜の時雨




冴ゆる夜の喉管
ふえのごとく鳴る




寒雀抱き起されて白衣着る



辞世
干柿を食うべてさびし春吹雪



浅香甲陽さんの略歴
明治40年1月13日兵庫県の農家の長男として生まれる。神戸育英中学中退、大阪の某農業学校に転校。3年生でハンセン病に罹り退学、明石の病院に4年間入院治療。この間水彩画を学ぶ。昭和2年草津・湯ノ沢部落に転地療養。翌3年、結婚。昭和11年栗生楽泉園に入園。療園で俳句と出会い光明を見るが13年失明。「鴫野」誌に拠り句作に専念。翌年、鴫野光明同人となり、仲間と「栗の花会」を結成。22年気管切開手術を受ける。以後、病臥の人となり昭和24年、43歳で逝去。愛妻も月ならずして後を追うように他界。「甲陽逝く」(本田一杉)「・・・昨年8月5日付けの手紙が最後のものになった。「御懇切なるお見舞い状に接し、御温情に対し御礼の言葉もなくただ感涙にむせんで居ります。入室後、妻とベッドを並べて一進一退の日日を送って居りますが、極度の癩衰にて手の付けようもない有様です。思ひますれば昭和13年以来1ト月の鴫野投稿を休むことなく私の今日に至りましたことは私の後生に只一つの誇りとなるものであります。昨秋、先生御来園の折、俳句御講話の末「甲陽疲れたか」といたはって戴いた時、すでに父を失ってゐる私にとり、慈父の如きお言葉肝に銘じて今なほ病つのる折々、この一言をくりかへして力として居ります。草津の暑さもやうやう峠を越して病室の窓にきちきちの翅音がきこえます。先生のご健康をお祈り申し上げます」とあった。(鴫野終刊号)


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栗生楽泉園  浅香甲陽さん(1)



吾が杖のこだまがえしや月の方




咽喉さいて身のゆるみけり菊枕




時雨るると妻へうべなふこえ
もなし




甘酒に萎えし愚鈍の舌垂らす




そり過ぎて煙草の匂ひふと親し




霧深し白樺の皮はぎて焚く




春眠の夢の中なる吾も癩




暖かや話せば同じ郷の人




妻が割る薪屑とべり菊日和




杖さきに紫蘇の実鳴りぬ十三夜




病咽喉に及びて声を失ふ




大声にもの言ふ夢の明易き




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ゴーヤを使った2品



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ゴーヤはスライスして塩もみをし、1分茹でて冷水にとり、水気をしぼる。この下処理をすれば固くなく、苦みはほとんどなく、いろんな料理に使える。

ゴーヤチャンプル→熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の粗みじん切り、魚ソーセージ、ゴーヤの順に炒め、溶き卵1個を入れ、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。

ゴーヤの酢の物→残りのゴーヤはボールに入れ、酢、レモン果汁、蜂蜜を入れ、混ぜて出来上がり。



オクラの薄切り

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1分茹でて冷水にとり、薄切りしてカツオブシをふり醤油で。



インゲンの蒸し煮
  
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食べやすい大きさに切ったインゲンを無水鍋に入れ、ニンニク醤油のニンニク1片の薄切りを置き、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、3分ほどで煮立ったら極弱火にして12分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。



キュウリの塩もみ

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今日も小魚のポン酢浸し

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賞味期限がとっくに過ぎていたので、早く使い切る必要があった。

沸騰したら火を止めて、小魚を入れ、1分湯通しして冷水にとり、容器に入れ、ポン酢に浸す。


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しあわせの青い鳥

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「高原」俳句と師の大野林火さん


大野林火

 栗生楽泉園では本多一杉の死後、昭和25年10月まで中村汀女が、25年10月以降、大野林火が選に当たる。林火は26年4月初めて栗生を訪問するが、このとき当時の矢嶋園長に、「魂と魂のぶつかり合いでいきます」と語ったと伝えられる。


タンポポに癩者と影を同じうす

雀色時雪は光輪持ちて降る

命惜しむ顔々に映え青山河

交りを雨月ともにし深めけり

妄導鈴降誕祭へ道つなぐ




 「高原」昭和26年早春号の選評では「病苦に甘えた悲劇の押し売りはやめて貰いたい」と書いている。29年6月の「文芸特集号」の「選後に」の一文では、作句態度を次のように求めている。
 「俳句を抒情詩と認識することは、俳句を<私>に即くものと認識することと同じである。したがって、それは<私>の在り方にかかわるのだ。その点まだまだ<私>から離れて遊んでいる句の意外に多かったことは残念である。俳句を高尚なる?遊びごとに終わらしたくない。もっと、自分に引きつけて今の自分を冷厳に見つけて欲しい。自分をとくに意識し、生の証といえる一作一作を示して欲しい」。
 大野林火もまた、昭和57年8月21日没するまで、32年間「高原」俳句蘭の選を勤めた。享年78。
 高原俳句会は、「高原」12月号に「追悼句」を掲載した。


師の遺墨掛け秋の暮座してをり      化石

雁聞いて師の四七日の泊りかな     文次郎

師を慕う一人一人に秋日差        草人(※)

日に風に枯向日葵の光けり        春星子

師とありし歳月黄落月夜かな       武雄

亡師供養の旅なり萩の日和なる     晃典

師の言葉泉と共にありにけり       母杖

白萩の白きはまりし忌日かな      賀子

奥山の奥まで澄めり七七忌       房枝

師に遂にお会ひせぬ悔い夜長なる   すなほ

(※)小林草人=小林茂信(栗生楽泉園園長)


 すぐれた俳人を輩出した療養所俳壇を支えた、多くの有名無名の俳人の存在と生きようもまた我々の財産として語りつがれていかなければならない。(以上は俳句のあとがきに書かれていた)。


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栗生楽泉園  村越化石さん(11)

村越化石さんの俳句は意味がよくわからない句も含めて紹介させて頂きます。

村越化石自選八十句より

追補二十句(編集部)
「石と杖」


 

行雲を音なく送り障子貼




杖を突き立ちて冬日の浄土なり




そばに居る妻の眼を借る冷奴




日向ぼこ誰かに似たる石一つ




山に向きくさめ一つの冬こだま




噴水にしばらく居りて石と化す




村越化石さんの略歴
大正11年静岡県岡部の代々庄屋である旧家の長男として生れる。昭和13年ハンセン病に罹り旧制中学を中退。家族から「もがれて」離郷。昭和16年入園。同年2歳年上の奈美と結婚、「自由地区」に家を建て45年間住む(後に夫婦寮に転居)。昭和18年「鴨野」の本多一杉に指導を受ける。昭和21年大野林火の句集「冬雁」に傾倒し「濱」に入会。昭和33年角川俳句賞受賞。37年第一句集『獨眼』刊行。49年第二句集『山國抄』で第14回俳人協会賞受賞。54年「自註句集・村越化石集」(俳人協会刊)を刊行。58年第三句集『端坐』(57年刊)で第17回蛇笏賞受賞。平成元年、『筒鳥』(昭和63年刊)で第4回詩歌文学館受賞。平成2年第27回点字毎日文化賞受賞。平成3年紫綬褒章受章。林火に師事すること30年。師の教えは「単なる風景ではだめ。自分が俳句の中心にいること」



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栗生楽泉園  村越化石さん(10)

村越化石さんの俳句は意味がよくわからない句も含めて紹介させて頂きます。

村越化石自選八十句より

追補二十句(編集部)

「筒鳥」




立冬の山がすぐそこ独語せり




豆植ゑてゐる声二人ほかは山




かにかくに吾れ在り目深冬帽子




懐に双拳あり寒極む




白湯を呑む冬の深みの喉仏




見えぬ眼の奥の真昼の芝火かな





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煮卵


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夏から2ヶ月ほど卵を産まなかったが、またぽろぽろ産み始めた。

昨日のピーマンの煮物の残り汁に醤油と砂糖を少し足し、煮立ったら卵2個を入れ、弱火で5分煮て出来上がり。



小魚のポン酢浸し

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小魚は1分湯通しして冷水にとり、容器に入れ、ポン酢に浸して出来上がり。



茹で落花生

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沸騰したら落花生と大さじ2の塩を入れ、弱火で30分ほど煮て、冷水にとって出来上がり。



根菜のユズ味噌

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サトイモ、ニンジン、キクイモを無水鍋に入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、大さじ1の水を入れ、削り節をふり、3分ほどで煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で蓋をあけ、ユズ味噌(ユズ1個の皮をすりおろし、味噌をみりんで溶く)を入れ、混ぜて出来上がり。
   
  


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在野のアナリスト

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栗生楽泉園  村越化石さん(9)

村越化石さんの俳句は意味がよくわからない句も含めて紹介させて頂きます。

村越化石自選八十句より

追補二十句(編集部)

「端坐」



わらび飯母の願ひの中の吾




うしろに日のあたる山あり木の実降る




郭公や山畑一枚妻のもの




鰯雲声とはならぬ願ひ事




蓑虫に一朶の雲の光りしか




雪深むふかし饅頭二つかな




今朝秋と云ふべし杖を一振りす




もの枯れて手に一杖のありにけり




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栗生楽泉園  村越化石さん(8)

村越化石さんの俳句は意味がよくわからない句も含めて紹介させて頂きます。

村越化石自選八十句より

「蛍袋」以後



八十の大台に乗り大旦




桜餅吾に晴眼の日のありし




百歳まで生きよと吹くよ春の風




句作りに虚と実ありぬ白牡丹




おのが突く杖音に涼新たなり




病む者に身寄り得しごと百合咲きぬ




ともに生きともに八十路や初笑ひ




訪ねたき朧月夜の水車小屋




人の世の端に居座る
ひきがえる






郭公かっこうに目覚めて今日の生命置く




毛の国の兎跳ね来よ青嵐




天の川仰ぐかたちに寝てゐたり




橋あらば渡りて行かむ銀河の夜




見えぬ眼の目の前に置く柿一つ





裸木の側にしばらく居てやりぬ




残り物なども食べて春を待つ




音のなきくらしの真昼桃冷す




両膝に幸せ集め日向ぼこ




秋惜しみ一つの道を一人行く




冬ごもり見えざるものを見て暮らす




石の如凍てても命ありにけり




日脚やや伸びしを居間の畳知る




涅槃餅食べたる身を横たへる




ぽかぽかと至福そのもの春障子




生き生きて生きて今あり手に団扇





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栗生楽泉園  村越化石さん(7)

村越化石さんの俳句は意味がよくわからない句も含めて紹介させて頂きます。

村越化石自選八十句より


蛍袋


わが前をわが杖ゆきて春の道




見ゆるごと蛍袋に来てかがむ




山国に冬が乗っかり動かざる




生い立ちは誰も健やか龍の玉




玉虫とふたたび会ふはまたの世か




見えぬ眼の闇を涼しと涼みをり





菜の花を心に灯し帰郷せり




冬ぬくし背を撫でくるる姉の居て




手に蜜柑故郷日和授かれり




童居て十一月の日和かな




ひざまずきたきふるさとの冬菜畑




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焼きナスビ


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熱したフライパンに大さじ1の油を入れ、蓋をして弱火で、裏表5分ずつ焼いて皿にとり、醤油をまわしかけて出来上がり。

ナスビのシーズンもそろそろ終わる。



オクラの薄切り

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定番です。オクラの食べ方はもっぱらこれ。



塩サバ

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ピーマンの煮物

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醤油、砂糖、酒、みりんを鍋に入れ、水とダシの素と削り節を入れ、煮立ったらピーマンを入れ、再度煮立ったら弱火にして5~7分煮て出来上がり。
   


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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