あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

在野のアナリスト

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駿河療養所  鈴木才雄さん




甲虫の髭が夜学の顔に触る




革命歌秋刀魚の骨を味つけ焼く




天皇制廃止のビラに梅薫る




机を並べ汗の平和のレポを績む




蟹のあぶく遺骨収集船帰る




点もせば秋燈暗いというもの発見

(17年間の失明より解放され、物の形と光と闇の判別できる一句)




穴に入る蛇にどんより睨まれる




安保阻止厳冬の辻に人並ぶ



鈴木才雄さんの略歴
大正2年6月2日静岡県天龍市生れ。小学校就学当時から子守、水汲み、蚕室の火の番、牛のまぐさ切りに従事。貧農の苦衷を味わう。小学4年のとき太田雪窓という老人に俳句の才を見出され歳時記二冊をもらう。昭和14年名古屋市の軍需工場で知り合った広山に俳句を勧められ俳句結社で指導を受ける。昭和15年上海で狙撃された広山の名を継ぎ、鈴木は拝名を「広山茂」とする。ハンセン病に罹り駿河療養所へ。療養生活10年余で句作3000句余りに達し、昭和38年『鈴木才雄句集』(窓第5集)を出版。これを期に再び鈴木才雄に戻る。共産党員入党後の作品は、時事問題を扱った政治性の強い句作が主となる。



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駿河療養所  伊藤朋二郎さん(2)



万朶まんだ翌日は失くするくすり指
(手術一句)




病個室暮春の木椅子一つ空く




つばくらや患者犇めくプロミン科




黙々と黒勝つ囲碁や夏旺ん




薔薇紅し八・一五の朝に切る




癩園に夏帽誰も輝やかす




蝉の声眼痛を刺し誕生日




秋の金魚玩具の如し弱視なり




百坪の焼跡となり春の雪
(2月9日、正午出火、30分にて全焼す。一物をも出すことなく寮と共に灰となる。惜しむは書籍200冊余と句帖、日記なり(24年)




火蛾狂う戦争の名の人殺し
(朝鮮動乱、満一年に思う)




伊藤朋二郎さんの略歴
駿河療養所 『窓』作品集(昭和31年)『窓』第二集(昭和34年)に採録。


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駿河療養所  伊藤朋二郎さん(1)



肉親と会いたし月の秋なれば




切餅の厚さよ切に父を恋う




いきいきと練炭燃ゆる穴の底




有名無名なべて詩人よ糸ざくら




海苔焼けばいきなり亡母の恋しくなる




冬紅葉空の紺碧支え立つ




木々は裸
北條民雄いまはなし




人の身を包みて秋の始りぬ




凍港の如く灯して夜の医局




家と離る歳月熱き大根汁




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チャーハン



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熱したフライパンに油を入れ、ニンニク醤油のニンニク2片の粗みじん切り、ベーコン2枚の細切り、タマネギの粗みじん切りの順に炒め、ニンニク醤油で味付けし、火を止めて最後にご飯を入れ、ほぐしながら点火し、茹でたグリンピースを入れ、具材とご飯がなじんだら出来上がり。



エンドウ

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3分ほど茹でて、何もつけずに食べる。



レタスの酢味噌和え

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レタスは洗って食べやすい大きさにちぎる。

ボールに酢、味噌、蜂蜜を入れて混ぜ、レタスの水気をしぼりながら入れ、手で強くもむように和えて出来上がり。

 


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週刊金曜日

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駿河療養所  二宮美穂さん



診察うくる吾子の傍に吾が立ちて罪人の如医師の語を待つ




夫の日記にA子と書きゐし女がわれ離り病めばいま妻となる




うすくなりし眉毛に引けと妹が今日はまゆずみ置きて帰りぬ




夫と子らを送り出したる朝の部屋にシャツのボタンを一つ拾ひぬ




別るるを泣かじと堪ふる吾子の手のこまかく震へ顔をそむけぬ




微熱する真昼の夢に見し夫の手はたくましく肌につたはる




息絶ゆる瞬間にいて我を呼びし「母よ何を言わんとしたの」




亡き母の老眼鏡を用いるにさながらにして合うがさびしき




わがために離婚となりし妹が吾娘を引取り世話してくれぬ




病む我を残して帰国せぬと言う吾子と争う夫を哀れむ




北鮮とはいかなる国ぞ命とも思う吾子らを連れゆくと言う



二宮美穂さんの略歴
『陸の中の島』(1956年)『苔龍胆』(昭和31年)『苔龍胆』第四集(昭和40年)


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駿河療養所  館 寿樹さん




入所決めし吾を駐車場まで送り来し夜の舗道に父が靴音




あざみの雨に打たれて咲く様を哀しと思ひ別れ来りき




噛みしめる粥に故なく涙流る今日優しく介助され居て




小包に添へて母の写真来ぬ盲ひし吾を未だ知らぬらし




指翳し今朝も視力を試し見る寂しき仕草と吾が思ひつつ




吾の癩告げられし日に死んで呉れといひたりし父の涙も悲し




不肖の吾うみしを責めて
くしけずる油断ちましし母を淋しむ




社会復帰の目処なき
ままに我のあり庭の朽木に冷雨しみゆく




何時の日か失せゆく眼思いおり萌ゆる芝生の陽のあたたかし




眼裏にともるうらら日いとしみつつそよぎの中を衿たててゆく




これよりは癩者が住めり道標夜気をうつしてひっそりと立つ


館 寿樹さんの略歴
大正11年生まれ。昭和34年駿河療養所入所。「アララギ」所属。短歌会代表を長く務める。白島玲子の夫。『苔龍胆』第五集(昭和48年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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駿河療養所  深山道夫さん



陽をすいて滝壺に落つる紅しぶき眺め見あかぬ白糸の滝




幾十羽
つぐみの群れの騒ぎいて硬き桜の蕾ついばむ




三味線の師匠と別れて十六年今この丘の墓にぬかづく




満てば逃げ退けば追いゆき鶺鴒せきれいのたわむれに見ゆ伊豆の白浜




畔道で妻と二人でむすび食う指に残りし芹の香匂う




山の畑腰を下して休む間を鍬の柄先に
蜻蛉とんぼ動かず




老い母が鍬をかついで鎌を手に歩き来ましき明け方の夢




吾病むを言わず嫁ぎし妹の三十幾年声を聞かざり




秋の陽は背に暖かく廊下に出て
さじにて囲碁打つ手萎えし君はも



深山道夫さんの略歴
昭和6年生まれ。昭和22年駿河療養所入所。所属なし。『苔龍胆』第六集(昭和55年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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昨日の猪煮汁を使った3品



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初収穫した春ダイコンは乱切りして鍋に入れ、猪肉の煮汁を入れ、煮立ったら弱火にして15分煮て出来上がり。



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ジャガイモは乱切りして鍋に入れ、猪肉の煮汁を入れ、煮立ったら弱火にして20分煮て出来上がり。





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タケノコは柔らかそうなところだけスライスして鍋に入れ、猪肉の煮汁を入れ、煮立ったら極弱火にして30分煮て出来上がり。

ハチクなので、エグミは少なく、下処理はせずに煮た。



  
 
スナップエンドウの取り遅れ
   
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4分ほど塩茹でし、1個食べてみて、柔らかくなっていたらザルにあげ、湯切りして出来上がり。



目玉焼き

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リュウマの遺言

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駿河療養所  原 仁子さん



髪作り何に生き行く己がと鏡の中にゆがみゆく顔




春くれば芽吹く草木のいとなみを奇蹟の如く思いいる朝




陽の差せば忽ち崩るる霜柱ひそかに寒き夜夜を育ちて




誰にでも優しく声かく総婦長さん今日は椿片手に微笑みて過ぐ




雨に濡れ冷たき吾が手ににこやかに握手し給う志伸先生




癩園の又その片隅でひっそりと生きゆく媼に水仙匂う




いくばくの倖あらん眉植えし顔を写して冬に入る川




吾が痛みし侭に別れて三十年兄は三人の父となりいつ




三ヶ月で癒えるとさとされ来し癩院はや四十年を過ぎてしまいぬ




はらからは訪いくるるなき癩園に見知らぬ人等のいたく優しき
(はらからとは兄弟姉妹)




麻痺の手をすべりし針が指を射す痛みもなきに声あげていつ




セーラー服着て入院せし吾なれどはや五十路の半ばを過ぎて



原 仁子さんの略歴
昭和5年生まれ。昭和21年駿河療養所入所。所属なし。『苔龍胆』第四集(昭和40年)『苔龍胆』第五集(昭和48年)『苔龍胆』第六集(昭和55年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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駿河療養所  西野 実さん




生がいを此処で送ると云ふ友は西瓜の種を日に乾しており




入学の近きこの子は「カルタ」読むひと文字ひと文字ひろふが如く




送り来し肌着はチャックやゴムつけてあり吾が手萎しを母知り給ふ




唇をなかば尖らせ探り読む我の打ちたる点字五十音




文盲の母の一生はかなしけれ点で打ちつつ吾が思ひをり




帰省する友は鏡に向ひをり植毛をせし眉をなぜつつ




ところどころに張りし氷を踏み砕き踏み砕きつつ少年のゆく




手術終えし吾が眼を静かにとじくれし女医の指頭のあたたかかりき




寝苦しき夜は枕に耳つけてかすかな脈の音を聞きおり




星空が見えるよ視力の出で来しと夢の中にわが喜びいたり




故里くにに来て吾は恋いしみ作りもらう母の握り飯オコゲの重湯



西野実さんの略歴
駿河療養所。『苔龍胆』第二集(昭和29年)『陸の中の島』(1956年)『苔龍胆』第三集(昭和31年)『苔龍胆』第四集(昭和40年)


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駿河療養所  石井加代子さん




義足の型とってもらうと看護婦さんに背負われてゆく長き廊下を




手の関節痛まぬ今日はうれしさに母への便り久久に書く




二枚づつ塵紙をたたみ小箱におく目しいの夫の取り安きように




ベッドより紙を敷きつついざりゆき今日も火鉢に手をあたためる




足断ちて紙敷きいざる吾を見てゴム袋くれる総婦長さん




ライ病めど二人で住まう部屋なれば茶箪笥が欲しいどうしても欲しい




両足を断ちて小さき吾なれば妹の形見の四ツ身着てねる




手の指の感覚戻れよと祈りつつ臥しいる夫の手をもみており




開けて見よと吾が枕辺に夫は置く日頃思いいし鏡台なりき




割瓦集めて庭のぬかるみに吾は敷き置く目しい夫のため



石井加代子さんの略歴
大正2年生まれ。昭和21年駿河療養所入所。所属なし。昭和41年没。『苔龍胆』(昭和31年)『苔龍胆』第四集(昭和40年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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圧力鍋で猪肉



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冷凍の猪肉をもらった。5時間ほどかけて解凍し、厚めに切り、15秒湯通しする。

圧力鍋に水とダシの素と削り節を入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、煮立ったらスライスしたタマネギを3個入れ、イノシシ肉を入れ、シイタケとニラを入れ、生姜1片をすりおろし、おもりが勢いよく回り出したら極弱火にして25分、火を消して圧が抜けるまで放置して出来上がり。

とても柔かく、おいしいイノシシ肉だった。



レタスの酢味噌和え


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レタスは洗って食べやすい大きさにちぎる。ボールに酢、味噌、蜂蜜を入れて混ぜる。

レタスの水気をしぼりながらボールに入れ、手で強くもんで出来上がり。



エンドウ

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3分ほど茹でて湯切りし、何もつけずに食べる。



ハーブティ
  
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左からレモンバーベナ、セイジ、タイムで、沸騰したら火を止めて入れ、3分蒸らし、ハーブを取り出して出来上がり。麦茶がわりに。
   
 


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星の金貨 new

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駿河療養所  三浦伸一さん



会ひに来て一と月も居る人妻と忙しく日帰りをする吾が妻と




舗装路にくれば盲ひの天下にて鼻唄も出る足も早まる




初孫の生れし事を聞きしよりしきりにこひし故郷の家




体重九貫余の妻が吾が留守の
まぐろ延縄漁業つづける
(注)1貫は3.75キロ






木船も鋼船も商いて来し我の夜夜見る夢は光る海原




ハンドル握る息子と嫁に挟まれて逞しき嫁の体も知りぬ




子を叱る女の声の張りありて忙しく鶏のさわぎいる家




おとうさん元気ですかと云う手紙吾がポケットに今日も入れおく




吾が義歯に沢庵潰すひとところありて安けし朝朝の飯




三浦伸一さんの略歴
駿河療養所。『陸の中の島』(1956年)『苔龍胆』第三集(昭和31年)『苔龍胆』第四集(昭和40年)


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駿河療養所  永井鉄山さん(2)



消毒の匂ひを強く感じつつ看護婦生徒に爪切りてもらふ




倖を遠くにもちて子供らに五月五日の小包を送る




便りのたび強く生きよと書く吾子に強く生きると約束をしぬ




別れ来し妻の手鏡持ち続く崩るる面は映しみぬまま




三人の子を養ふにひたすらの師走の妻に小為替をくむ




待ち待ちし傷病恩給つきしかど吾子の学費と妻は言ひ張る




人並みにかわす言葉も少なくて院に住みつく野良にほえらる




再びは見ることもなし地平線低き濃尾に秋の夕やけ



永井鉄山さんの略歴
大正2年愛知県西加茂郡生まれ。5人兄弟の長男。父は公務員、祖父母は陶器の原料となる長硅石の粉末を製造。実業学校卒業後瀬戸市の商事会社に住み込みで働く傍ら、窯業を学ぶ。昭和12年商事会社の主人の紹介で、N陶器に入社。資材部から生産部に転じ、昭和15年土岐市の分工場を受け持ち、結婚。翌年長女が誕生。生後8ヵ月の子供を残し応召。ガダルカナル作戦に参加。マラリヤに罹り19年内地送還。名古屋陸軍病院を退院復職。戦後の苦難の中で発病。離職、離婚、昭和27年傷病恩給の改正を知り駿河療養所に入所。昭和29年「一路」に入会。『苔龍胆』第一集(昭和28年)『苔龍胆』第二集(昭和29年)『陸の中の島』(1956年)『灌木地帯』(昭和31年)『苔龍胆』第四集(昭和40年)『苔龍胆』第五集(昭和48年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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駿河療養所  永井鉄山さん(1)




かたむきし命まもりて山に住み出る日入る日の光をみつむ




吾が院に育ちし看護婦明るくて廊下に会へば挙手の礼する




半盲と記されてある吾がカルテ眼が一つ書かれてありぬ




面会の友の童に連れられて花の咲きたる蕗のとう摘む




眼おとろへて重不自由舎に下りし宵天井走る鼠に目覚めぬ




蟋蟀の声がするよと立ちどまる全盲の友は吾より鋭どし




フラスコに菜の花の咲きかたはらにプロミン注射の順を待ちをり




予防法改正運動

座り込みの声明文を吾が室の埃り覆りしスピーカーが告ぐ




七人の名を繰り返しつつ自治会に点字投票の申告にゆく




点訳の歌百二十首を読みあげし君は傍に上衣脱ぎたり




点訳の歌を読みつつ司会する
田村史朗の底ごもる声




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初物ズッキーニを使った2品


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ズッキーニ1本は乱切りする。

熱したフライパンにオリーブ油を入れ、ニンニク1片の薄切り、ベーコン1連の細切り、タマネギの順に炒め、タマネギがしんなりしたらズッキーニとグリンピースを入れ、全体に油が回ったら白ワインとトマト缶を入れ、煮立ったら弱火にしてコンソメを1個入れ15分煮て、胡椒で味付けして出来上がり。



ズッキーニのおひたし

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先にボールに醤油、蜂蜜、生姜1片をすりおろして混ぜる。

熱したフライパンに油を入れ、拍子木切りしたズッキーニを強火~弱火で4分ほど火を通し、ボールに入れ、混ぜて出来上がり。「ズッキーニのおひたし」を参考にした。



エンドウ
     
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3分ほど茹でて湯切りし、何もつけずに食べる。



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ちきゅう座

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駿河療養所  田村史朗さん(8)



(田村史朗さんをしのんだ歌)


田村史朗
のアカハタ配る杖音は今も残れり吾が窓外に
(駿河療養所 田中一郎さん)




短歌会も盲人会も育てたる君をし思う我は臥床に

(駿河療養所 田中一郎さん)




骨箱に田村史朗と書き記し礼拝堂にひとり座しおり
(駿河療養所 田河春之さん)




季季の富士を点字に打ちて是非来いと言ひ来し田村史朗なし
(菊池恵楓園 青木伸一さん)




菜種咲く筑紫平野を告げやらむに田村史朗は嗚呼すでに亡し
(同上 青木伸一さん)田村史郎さんは福岡県大川市生まれ





障害年金制度にかぎりなくつくしきて死にゆきぬああ田村史朗
(菊池恵楓園 内海俊夫さん)




富士に射ちし米軍を自衛隊をののしりき田村史朗を想う沼津通れば
(栗生楽泉園 沢田五郎さん)




キリストを信ずる吾を気違いと田村史朗が文よこしたり
(星塚敬愛園 川野順さん)




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駿河療養所  田村史朗さん(7)



盲いわれが出来得ることの一つとも「アカハタ」配りて三度目の夏




支給されし白杖つきつつ半世紀遅れし社会保障を憎むは無理か




十二時に起きて点字読む夜明けまでのラジオの鳴らぬ時間を愛す




雨が降ってもこん畜生空が晴れてこん畜生壁につぶやく盲いわが日日




膝の上の飯粒もだまって拾いくるるこの付添は今日でやめゆく




髪が抜け頑固さぬけぬ盲い故嫌われながら終る一生か




田村史朗さんの略歴
1918年10月5日福岡県大川市生まれ。旧制佐賀高校、京都帝大経済学部を繰り上げ卒業し陸軍燃料廠本部勤務主計軍曹で敗戦を迎える。1947年駿河療養所入所。1949年駿河療養所所歌作詞。失明。1950年駿河会会長。1951年復生病院に「追放」12月再入所。1952年作歌をはじめ「アララギ」入会。1953年点字を習得。「檜の影」「静岡アララギ」入会。らい予防法闘争に参加。1954年新日本歌人協会入会。1955年駿河会評議員議長、所内留置場設置反対闘争、ハンセン病盲人に身体障害者手帳交付の運動を起こし成功。1956年日本共産党入党。1957年藤本松夫救援活動に全力を尽くす。1959年身障者福祉年金獲得のため点字投書を提唱し獲得に成功。1959年12月22日肝臓がんのため逝去。享年42。駿河会最初の自治会葬をもって葬られた。『苔龍胆』第一集(昭和28年)『苔龍胆』第二集(昭和29年)『苔龍胆』第三集(昭和31年)『三つの門』(昭和45年)『陸の中の島』(1956年)『田村史朗遺歌集』(1961年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)



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駿河療養所  田村史朗さん(6)



戦いはさもあらばあれ朝鮮にプロミン送るを我ら歎願す




点筆を義手に植えつけ探り書きし手紙よ我も唇で読む




本買えばそれを点字とせねばならず人より数倍の本代が要る




歌の本買いたくなれば熱心に按摩して廻るおかしくば笑え




私服刑事張り込めるなか二代議士は監房設置反対のストを励ます




夕べ夕べ吾が寮に来て餌をひろう鳩よお前は眼が見えるのだ




寝返りする友が枕の籾殻の音する聞きて点字読むつぐ




死ぬまでの療養いかに生きぬかむ感淡き手に点字覚ゆる




療養は遠きをよしと此処に来しが盲い果つれば流人のごとし




坂上り坂下りつつ「アカハタ」の園内配達は盲い我がする




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野菜炒め


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豚肉100gは15秒湯通しする。

熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の薄切り、豚肉、タマネギ、茹でたエンドウの順に炒め、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。

皿にとってズッキーニの雄花を散らした。



エンドウ

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3分ほど茹でて、何もつけずに食べる。



味噌汁

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タマネギを鍋に入れ、水とダシの素と削り節を入れ、煮立ったら弱火にしてコマツナとエンドウを入れ、5分ほど煮て、味噌を溶き入れて出来上がり。



レタス

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市販のドレッシングで。



卵焼き

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卵3個をボールに溶き、醤油と砂糖で味付けする。

熱したフライパンに油をひいて流し入れ、細かく切ったニラを入れ、卵の表面が乾いたら巻いて火を消し、余熱1分で出来上がり。



ハーブティ

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左からレモンバーベナ、アップルミント、タイムで、沸騰したら火を消して入れ、3分蒸らし、ハーブを引き上げて出来上がり。麦茶がわりに。  
 


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私のエッジから観ている風景

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駿河療養所  田村史朗さん(5)




赤紙にこき使われしかの四年黒き眉返せ見ゆる眼返せ




この夏を盲いら集め点字読みゆく旅人と憶良を中心として






映画あれば寮はひとりの天下にて思いきり声あげ万葉を読む




大寒もようやく過ぎぬ盲杖に感づる土のやわらかくして




盲い果ててまだ死なずおり戦争を呪いつつ我はまだ死なずおり




イリコ噛めば唐津思ほゆわが姉の生きいて十七年ぶりに送りくれたる




隔たりし思想といえど肺病める姉の手紙は率直に読みぬ




山霧は今朝も深深たてるらし松の滴の落つる音する




吾が探す人死してなきを聞きしときの悲痛は今につながりており




たかな漬けに蟹漬けをまぜ湯気のたつ白飯食いき母と居し頃




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駿河療養所  田村史朗さん(4)



兄二人を殺されし盲いのこの我に天皇を罵らずに居れというのか





冬ぬくき部屋に点字書読みていぬ幾度我のまどろみたらむ





自治会の解散企らむ陰謀にも挑発にも乗らずいまはもの言う




「アカハタ」を聞きつつ描く空想が癩に盲いし今を支うる





盲い果てて流人の如き寂しさを党にまぎらすを人知るや否や





点筆を拾いてくれし君が指のやわらかくあたたかき吾は忘れず




点字タイプ打つ手冷えんと指先きなき手袋を編み送り下されぬ




録音機のスイッチ捻れば幾年も恋いきし津田さんの声あらわれぬ




おだやかな声は確かに津田治子さん再び三たび録音聞かん






藤本松夫の死刑は止めよと大臣に打電し止めどなく涙こぼれつ



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駿河療養所  田村史朗さん(3)



眼球剔出言い渡したる医師の前我は心を整えんとす




ただひとり山の深きに我は来ておのずから湧く涙を拭う





今日も来て教えらるるがに我はありただ黙黙と毛糸編む汝に




点字ペンの鉄に冷えつつ我は書くつれづれの歌碑建立反対論




盲い果てて能なき我は「アカハタ」を配り働く人におくれじと思う




目に見えぬ圧迫なれば監房設置に案外呑気で患者らはいる




アララギの歌きけば又歌詠まむ新しき力我に湧き来る




点字読む手は神経痛に死ぬるともまだまだ我には唇がある




盲いてはいよいよ思うよ吉田山の麓の学舎に自由なりし日を
(吉田山(よしだやま)は、京都府京都市左京区吉田神楽岡町に所在する孤立丘)




日に幾度汗する寝巻洗いくるる高山章子は吾が歌の友





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パスタ


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熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の薄切り、魚ソーセージ、タマネギの順に炒め、最後に茹でたエンドウを入れ、ウスターソースとケチャップで味付けし、8分茹でたパスタを入れ、具材となじんだら出来上がり。

皿にとり、ズッキーニの花の細切りとバジルの葉の細切りをのせた。



コマツナの煮物

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水とダシの素と削り節を入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、練り製品1枚を入れ、煮立ったらざく切りしたコマツナを入れ、コマツナがしんなりしたら弱火にして8分ほど煮て出来上がり。



エンドウ

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エンドウを3分ほど茹でて湯切りし、何もつけずに食べる。



レタスの酢味噌和え

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レタスは洗って食べやすい大きさにちぎり、水気をしぼる。

ボールに酢、味噌、蜂蜜を入れて混ぜ、レタスを入れ、手で強くもんで出来上がり。

  


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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