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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

ちきゅう座


公明党が候補を立てた小選挙区では無効票が10%前後に達するという異例な事態が生じた・・・


確か、山尾志桜里さんが当選した小選挙区でも、10%ほどの無効票があり、それがもし自民候補に流れていたら、山尾さんは落選していた。これからの活躍に期待しています。



自公政権「圧勝」の先にあるもの


2017年11月14日の小川洋さんの記事です。とてもわかりやすい内容でした。


2030年 農業の旅→ranking



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菊池恵楓園  森 光丸さん(4)




眼のまへに物の影とも見分かねばきびしく額を打ち傷けぬ




すこやけき日に逢ひたかりし垂乳根に病募りしときに逢ひけり




土屋文明先生御来所

感激の鎮れば思ふ先生に逢はず嘆きし
石川孝がこと




心いちづに吾が先生に会ひまつりその夜の雨に醒めてまた思ふ




おのもおのも訛り言葉の面白し注射待つ間の朝の控所




耐え難く座を離れきぬ
乞食かたゐして銭を儲けたる話の中に




燈の下に涙垂りつつ吾が病に嘆き疲れし父は酔ひゐき



森 光丸さんの略歴
明治41年6月25日、福岡県三井郡に生まれる。昭和元年19歳で九州療養所に入所。昭和6年
島田尺草と共に「水甕」入社。昭和7年「アララギ」に移る。土屋文明に師事。カトリック教徒。昭和13年1月5日肺結核で逝去。享年31。『檜の影』第二集(昭和4年)『檜の陰の聖父』(昭和10年)『九州療養所アララギ故人歌集』(昭和15年)『菴羅樹』(昭和26年)『三つの門』(昭和45年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)



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菊池恵楓園  森 光丸さん(3)




療院を逃亡のがるる人は日を置かず落魄おちぶれはてて帰り来るなり




秋深く庭木に来鳴く法師蝉鳴きをはる間のこゑの寂しさ




育ちゆく子等を憚りて姉上のたより絶えたる心肯ふ




肉むらに日毎刺さるる注射の跡硬ばりたるがいささか痒き




世のつねにあらぬ病を持つからにはらからにさへ頼みすくなき
(はらからとは兄弟姉妹)




あはただしき行き来の人の音絶えて重病室に果つる友あり




世に起たむつひの望はむなしくてわれは盆栽を日日に培ふ




食物のほかに記憶のなきごとき今日のひと日もはかなくて経ぬ




川音をききつつ橋をひとつ越えて学校に行きしこと忘れ得ず




体臭のくさくなりつつ病み居れば五官といふも衰へをらむ





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菊池恵楓園  森 光丸さん(2)




痛かりし右の腕は持ち添へて柩に移しまゐらせにけり




故郷の老いらくの父を思ふとき我がいたつきのくやしかりけり




いまはしき病なるかも人皆の目につくほどを犯されにけり




くににせし遊びを此処にくりかへし育ちゆく児らを見ればかなしき




歌の友数馬と連れて来し野辺は
はぜの紅葉のうつくしきかも
(数馬とは、大島数馬さんで島田尺草さんのこと)




臥床に好む果実のかずかずを思ひてをれば腹のへりたる




席並めて朝餉に就ける病友の音たてて食ふあはれなるかな




うつし身に持てる病は伝はりし家系に
かつてありしことなき




奈良朝に悲田院施薬院を思ふにもかなしきものの世に絶ゆるなき




連立ちて歩む草野に視力弱き我はしばしばものに
つまず




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リメイクしてカレー



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昨日の肉ジャガの残りに少し湯を入れ、ルーを1個入れてカレーにした。

ポトフの残りは汁を少し捨ててルーを入れるが、肉ジャガの場合は湯を少し加えてルーを入れる。

肉ジャガのカレーリメイクは初めてだったが、次回もそうするだろう。



タジン鍋


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熱したタジン鍋にざく切りしたハクサイを入れ、歳暮でもらったハムを細切りして入れ、ニンニク醤油のニンニク2片を薄切りして入れ、ニンニク醤油で味付けし、再度煮立ったら極弱火にして7分、火を消して余熱5分で出来上がり。

ハクサイ以外に、キャベツや水菜やネギでもおいしいと思う。ニンニク醤油の変わりに柚子味噌(味噌をみりんでのばし、砂糖と酒を少し入れ、ユズ1個の皮をすりおろし、果汁も入れる)でもしてみたい。

   
 


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在野のアナリスト


字が小さいというだけでスルーしていたが、150%に拡大して読み始めたら、内容の深さに感銘している。


毎日、鋭い論考を短い文章で書かれている。


最新は29日の「仮想通過を推奨する国」ですが、27日の雑感。黒田日銀総裁の発言を紹介させて頂きます。

(150%に拡大すると読みやすいです)




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菊池恵楓園  森 光丸さん(1)



秋冷えのしるけき朝や丸丸と肥えたる芋の洗はれてあり




草深き田舎の村に豆を打つ調子揃ひて昼静かなり




逢ふたびに手紙来ずやと聞く我に笑顔してゆく文くばり人




六十路にて文字習ふとふ母そはの仮名書きの文見れば淋しも




稲作の今年はよしとちちのみの力こもりし文とどきけり




久久の姉の便りは長長と罫の外まで書き続けあり




昼ふけの庭に干したるさや豆の時折りはじく音のひそけさ




こしかたの話など聞き日の縁に翁と二人糸まきて居り




離り来し故郷恋ひつ母恋ひつ泣く子ほとほとすかしあぐみぬ




すこやけき人は仕事に就くならむ汽笛寂しく聞く朝かな






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菊池恵楓園  木村美村さん(3)



故郷くにをいでて二十年来捨て去りし吾が本名を時折り思ふ




声たたぬわがさし迫る用事には火鉢の縁をまづ叩きけり




盲なる友とわれとが相寄りて肩ゆすぶりつ声の立たねば




この国の訛り言葉もいつとなく一つ二つは口にしにけり




ラジオてふいみじき物の出来し世に我には更に薬あらなく




人並にラジオ聞かるる我はもよこの世に全く幸なしとせず




折詰の珍らしければその箸を袋の侭にしまひ置きけり




箸箱をま探り居ればうら悲し蝿取紙の手につきにけり




着馴れたる浴衣なれども時折は裏かへし着て笑はれにけり




村人のあやしむならん朝まだき雪に残せし門の足跡




門の辺の雪に残りし足跡を母は見守り立ちつくしけん



木村美村さんの略歴
生年不詳。昭和2年九州療養所入所。「檜の影」「歌話会古城」所属。昭和11年没。『檜の影』第二集(昭和4年)『檜の影の聖夫』(昭和10年)『菴羅樹』(昭和26年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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菊池恵楓園  木村美村さん(2)



たまさかの貧しき母の便りにも生計のことはしるし給はず







まざまざと悲しき夢の母そはや覚めての後も涙流れぬ




不眠症に悩める友の寝返へれば胸の十字架音を立つるも




はろばろとわれを尋ねて来し人のあらはに語る国訛かも




読み呉るる声も自づと低かりし吾に悲しき手紙なりける




電報を握りたるまますべもなし母は死ねども行かれざりけり




ひそやけきわが明け暮れや仮の名に姿かくして離り住みつつ




幾年のけ長き床も耐へにけむ只十字架を握りしめつつ




桜花見ん術もなし仰向けばたまたま花の顔に散り来も




火葬場のほとりに来てはかにかくにとがる心を葬りにけり




逢ふ毎に泣かせ給へば母にはや泣かせまじとし我は泣くなり




住みなれて此処を我が家と定めつも背戸に厨に母はいまさず




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肉ジャガ


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熱した無水鍋にバターを入れ、ニンニク1片の薄切り、タマネギの順に炒め、乱切りしたジャガイモとニンジンを入れ、全体に油がまわったら、50CCほどの水を入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、15秒湯通しした豚肉100gを置き(水を入れてからは混ぜない)、煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。

農家のレシピ「我が家の無水肉じゃが」を参考にした。





ブロッコリー

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1分半ほど茹でて冷水にとり、マヨネーズで。



ゆで卵

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リベラル21


今日の「リベラル21」で、盛田常夫さんが書かれた、

「オペレーションZ」が問いかけているもの

は、非常に読み応えがあった。


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菊池恵楓園  木村美村さん(1)




遺言を口うつしして書く友の筆の運びのすすまざりけり




夢にこそ友の面貌も見るべけれ覚めてはくやし盲なりけり




笑ひつつ児ら近づけり我が口におしこみたりしこれの飴玉




人の世のなやみなきがに吾はもよ子が云ふままに馬となりたり




一枚の賀状すら来ぬ吾れなれやしみじみ仰ぐ初日の光り




二三行書きしばかりの弟の手紙の中ゆ為替いづるも




わが萎えし手にてしめたる兵古帯のかたはし長く垂れ下りけり




親子連れ逃走せしは孤児院へ子を送らるる前の夜なりし




役員選挙
受け取りし投票用紙掌に代書を待てり卓に寄りつつ




仕送りの絶えし故郷を思ひつつ火桶に寄れば火のなかりけり



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菊池恵楓園  水原 隆さん(6)



弟の送りし銭の大半は食ふことのみに使ひはたしつ




そのかみの母と居し日は茄子焼きて秋はたのしき夕餉なりしか




眼のうとき我は術なし繕ひし障子の引手又も破りつ




久しかる病とは知れ仕送りの絶えては我のなす術もなし




独り身の心安さやそこばくの小銭を持ちてこの月をへつ




子の我に貧しき中ゆ銭送る母の心はすべなかるらむ




まさぐれど麻痺したる手のすべなさに下駄の鼻緒に鈴つけにけり



水原 隆さんの略歴
宮崎県の人。元税関吏。大正11年8月九州療養所入所。「水甕」から「アララギ」に移り土屋文明に師事。カトリック教徒。昭和9年9月18日没。享年36。『檜の影』第二集(昭和4年)『檜の陰の聖父』(昭和10年)『九州療養所アララギ故人歌集』(昭和15年)『菴羅樹』(昭和26年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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菊池恵楓園  水原 隆さん(5)




隣人の死したる騒ぎ病む友に聞かせじと吾が部屋の戸をさす




喉を病む身はかなしけれ子らがする花火にむせて咳き入りにけり




仕送りのありにし頃は人並に社友となりて歌を学びき




下駄の緒に鈴つけたれば友等皆猫のあだ名を我れにつけたり




心して杖ふりにけり朝顔の蔓伸びしてふ庭の垣根に




手を触れて通ふ廊下の窓硝子のしみて冷たき冬となりにし




眼をぬきて痛みは去りぬ物忘れせし心地にて今朝は寝て居り




病み籠る身には親しも小夜更けて餅引くらしき鼠の音も




母そはに一度会ひて死にたしと願ひしことも遂にむなしき




現身の胸に注射をさされつつ病篤きを今朝知りにけり




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カラスガレイを使った2品



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鯛アラを買うつもりだったが、なく、初めてだったがカラスガレイが安かったので買った。クックパッドで料理法は検索しようと思いつつ・・・。

カラスガレイは15秒湯通しする。



カラスガレイのバター醤油

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熱したフライパンにバターを入れ、片栗粉をまぶしたカラスガレイを置き、弱火で10分、裏返して5分、火を消して余熱5分で蓋を開け、醤油をまわしかけて出来上がり。

カラスガレイのバター醤油」を参考にした。






カラスガレイの煮付け


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鍋に醤油、砂糖、酒、みりん、水を入れて煮立たせ、カラスガレイを入れ、生姜1片をすりおろし、落し蓋をして弱火で10分煮て出来上がり。

カラスガレイの煮付け」を参考にした。

どちらもおいしかった。まるで「ブリ」。次に行った時にあったら必ず買うだろう。





ホウレンソウの白和え

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ニンジンは千切りにして水から茹で、やわらかくなったらザルに上げ湯切りする。ホウレンソウは茹でて冷水にとり、ざく切りして水気をしぼる。

お椀に味噌、醤油、砂糖、みりんを入れて溶く。キッチンペーパーで水切りした豆腐は最初半丁にしたが、具が多かったので残りの半丁も入れてつぶし、お椀のタレを入れて混ぜ、野菜を入れて混ぜると出来上がり。

すぐできる☆ホウレンソウの白和え」を参考にした。

 


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ちきゅう座

今日はこの記事を紹介致します。


「受信契約と受信料を強制できる放送か?~12.6最高裁判決を読んで~」


テレビはスポーツ番組以外はほとんど見ていない。NHKで見るのは全国高校駅伝や都道府県対抗駅伝くらい。

ちきゅう座は転載記事が中心だが、この記事は醍醐聡(東京大学名誉教授)さんのブログ記事です。


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菊池恵楓園  水原 隆さん(4)



日毎訪ふ盲の友の来る頃となれば待たるるその杖の音




弟に八年ぶりに会ひにつつただ泣きにけり目の見えぬ身は




(七月二十七日杖立温泉にて所長死去さる)
亡き慈父の通夜にもゆかで病み臥る今宵をしばし鳴く鳥のあり




天地の物のなべての影をだに見えがたき目となりはてにけり




手にふれし桐の一葉は露けかり落しし杖を探ぐる夜の道




鉄瓶に水さしにつつよき月と看護の人のつぶやくきこゆ




やるせなきなみだの頬をつたふときわれにいのちの歌生れくる




片端を口にくはえて我が結ぶ帯はもとなまた解けにけり




故郷のなまりあらはに妹の仮名書き文はしたしきろかも




はらからの写真焼きつつかすがに眼の見えし日を羨しみにけり





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菊池恵楓園  水原 隆さん(3)




板の間に落せし箸はまひしたる我が手に遂に探りあへずも




海苔巻きのすしはもうまし現身の眼見えなば尚うまからむ




たらちねの貧しきを我が思ひつつ折詰のすしいただきにけり




戸をたてて大雪の朝を籠り居れ心は痛し友の訃報に




手折り来し桜の花の一枝を友は持たせぬ盲の我に




歌人の多くが肺をわづらへり血吐きし歌を聞けばかなしも




友の柩一夜守りて疲れたる耳には響け朝
もずの声




我が心やわらぐ如しかそかにも歌てふものの分り来る時




盲のみ残りてラヂオ聴きにけりたまにキネマのあるてふ宵は




初日さへ我には見えね心には明るく広き年を迎へむ





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菊池恵楓園  水原 隆さん(2)



秋雨にこもりて一日暮れにけり母のたよりの今日も来たらず







ついにかも母に逢ふべき時なくに我が眼の病極まらむとす




朝朝はつとめて床を上げにけり病に勝ちて生きなむ我は





死にゆきて来む世は知らずうつそ身の生くべき道は歌にしありけり





すこやけき人は踊らむこの夜らのあまねき月の光めでつつ




盆踊りゆ夜更けて帰る若者か吾が井戸の水飲みてい行くは




音聞きてのみ詠みし吾が歌しみじみと読みかへしつつ涙いでたり




たまに来し女の友ゆ首にさぐる十字架の紐をなひて貰ひぬ




老いらくの母を思へばいま一度うつそ身の病癒えたかりけり




臨終の吾を取りまく人中に母もいませりきぞの夜の夢




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ダイズの煮豆



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緑ダイズは一晩、水に浸す。

戻し水を少し捨てながら、ダイズを圧力鍋に入れ、ニンジン、ヤーコン、シイタケの角切りを入れる。醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、ダシの素と削り節を少し入れ、強火で、おもりが勢いよく回り出したら極弱火にして25分、火を消してそのまま圧が抜けるまで放置して出来上がり。




シュンギクの卵とじ


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水とダシの素と削り節を鍋に入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、煮立ったらシュンギクのざく切りを入れ、シュンギクが少ししんなりしたら弱火にして溶き卵2個を入れ、5分ほど煮て出来上がり。ご飯にかけて食べる。



ヤーコン炒め

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ダイズの煮豆に入れた残りのヤーコンは、拍子木切りして炒め、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。
 


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澤藤統一郎の憲法日記



澤藤統一郎さんは1943年生れだから、ぼくより10歳年上である。


毎日、内容の濃い時事問題をブログに書かれている。

もし、字が小さいと思われたら、右上のページ(P)を押すと「拡大」が出てきますので、125%もしくは150%でお読みください。読み終わったら100%に戻してください。



今日の「澤藤統一郎の憲法日記
」は、スラップ訴訟に関してです。



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菊池恵楓園  水原 隆さん(1)



雨のまま夜となる窓の花明り庭の桜は今盛りなり




かやつりて灯影小暗き部屋隅の障子ほのぼの月明りすも




月は今登るとすらし遠山の山のふくらみさやに見え来も




臥りつつ見ればさびしも枕辺の十字架の像に埃して居り




外つ国の若き尼僧が語りますやまと言葉のしたしきろかも




塀外の石ころ道を此の夜ふけ馬車はわだちの音立てて行く




歌を作り心和みし此の頃や我に生きたる験ありけり




電燈の紐を伸ばして春の夜を読書にふける友のありけり




ふくろふの鳴く声真似て裏道を子等帰るなり夜学果てけむ




野を広み子等が遊びし草の中にぬぎ忘れたる小さき下駄かも



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菊池恵楓園  石川 孝さん(4)




人の世に生れてかなしうつしみのなまなかにして生れざりせば




十中の六人までが死して出るこの病室にうつされにけり




暑き日は肌もあらはに臥り居りすこやけき人等訪ひくるなかれ




童に蜜柑あたへし下心日毎遊びに来て貰ひたき




痛かりし胸の注射の針あとに手を置きしまま今朝めざめたり




目も覚むる林檎の色や皮むきて食むには惜しきこの贈りもの




庭の木の紅葉の散るを見てあれば一葉は蜘蛛の巣にかかりけり




伸ばす手は薬の瓶に届かざり伸べたるままに吾が眠りけり




手の萎えて久しくなりし此の頃はシャツのボタンをはづしなれたり




夏かけて友は幾人逝きにけむ隣りの寝台またあきにけり




金あれば眼鏡を買ひて労りしこの眼ほとほと今は見えざる




石川 孝さんの略歴
明治39年熊本県人吉町生まれ。小学校卒業頃から兆候が現れ大正12年10月28日九州療養所入所。大正13年4月頃から内田守人に師事。失明、気管切開。昭和4年5月アララギ入会。土屋文明に師事。カトリック教徒。昭和5年4月9日没。享年25。『檜の影』第一集(大正15年)『檜の影』第二集(昭和4年)『檜の陰の聖父』(昭和10年)『九州療養所アララギ故人歌集』(昭和15年)『三つの門』(昭和45年)『ハンセン病療養所歌人全集』(昭和63年)


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菊池恵楓園  石川 孝さん(3)



吾が胸に打ち込む如し今朝逝きし友の柩に打つ釘の音




秋の風病みの身に泌む夜のくだち山の向ふに汽車の音すも




故郷の籾種蒔きは今ならむ我が窓遠く蛙鳴くなり




(在満州幼児の思ひ出)
瓦斯の火の淡く映れる夜の街鞭音高く走る支那馬車




満州の冬はたぬしも夜となればペチカの前に話にぎはふ




手さぐりに通ふ眼科の長廊下盲の域に我れ入らむとす




病床に薬紙もて折るものか母ゆ習ひし此の紙の鶴




適齢の兵事郵便受取りし病の床に胸はつぶれつ




兵役の免除願に筆とりて病み臥す床に吾が名署るせり




兵役の免除願に要すとて初めてほりし認印かも




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タジン鍋

  
IMG_0034_20180127185014f29.jpg IMG_0040_201801271849392c1.jpg

熱したタジン鍋の下敷きにタマネギを置き、ジャガイモの薄切りを置き、歳暮でもらったハムを置き、ニンニク醤油のニンニク2片の薄切りを置き、ニンニク醤油で味付けし、再度煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で出来上がり。



野菜の蒸し煮

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熱した無水鍋にざく切りしたキャベツ、紫ミズナ、シュンギクを入れ、生姜1片をすりおろし、再度煮立ったら極弱火にして7分、火を消して余熱5分で蓋を開け、ユズ味噌(味噌をみりんでのばし、砂糖を少し入れ、ユズ1個の皮をすりおろし、果汁も入れる)で味付けして出来上がり。





クン炭びより

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1年に1度だけする農作業である。籾殻を焼いて焼きすくも(クン炭)にする。

風のできるだけないだ(弱い)低温の時期(冬の間)に時間をかけて焼くと歩留まりがよい。朝10時頃から3時頃まで5時間ほどかかった。

焼けたら煙突をとってひろげ、水を1荷、ひしゃくでかけて、あらかたを消し、もとの山にもどし、今度は表面だけジョロで消し、大急ぎでポリをかぶせ、ポリの裾に土を被せて空気を遮断して消火する。この状態で7~10日ほど放置して完全に火が消えているのを確認してから納屋に収納する。


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クマのプーさんブログ



「晴天とら日和」さんのブログで知った「クマのプーさんブログ」だが、その中の一つを紹介します。



井上俊夫さんの詩━『詩集 八十六歳の戦争論』を読む その1


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菊池恵楓園  石川 孝さん(2)



霜の夜の厠の廊下ゐざりつついゆきかへらひかなしくなりぬ




たらちねの懐ぞ恋ししみじみと湯たんぽだきて我れは臥しをり






隠すべき処も隠す気力失せて病む身けだるく起き臥すあはれ




しびれたる我の腕に昼の蚊はみるみるうちに腹を太めし




今日も亦空灰色にくれむすと聖主のみ名を幾度となへし




とりどりの国なまりにて語りけり落葉音する療院の宵




自らの力のみには行き難し神のみ国は遠くあらねど




うつむきし女患者の書き眉をかなしく見たり朝の控所に




湯あみすとたらひに汲みし湯はにほひたのしく小夜の庭に帯とく




おおどかに流るるものか天の川吾が仰ぎつつ湯あみして居り




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菊池恵楓園  石川 孝さん(1)



木枯の音にまじりて聞え来る夕の友のともらひの鐘





湯たんぼを抱きたるままにはかなくも昨夜の寒さに友逝きにけり




硝子戸に雪まひかかるこの夕べ粥をすすりてぬくもりにけり






つつましくマスクかけたる看護婦を寂しく思ふ朝もありけり




金送る父を思へばほそぼそと我れ何時までも生きるべからず




いくらかの金のほしさに故郷の叔母に書きたる手紙の長さ




今宵また我が病院の裏山に人焼く煙たちのぼるなり




秋の日の窓に向ひて臥しながら昨日とおなじ思にふける




さすたけの君が見舞の文がらは枕の下にしきて臥し居り




病み臥して寝台に五年あらがねの土をふまざる我が足あはれ




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菊池恵楓園  島田尺草さん(10)




たはやすくもの言ふこともなくなりて吾の心はいよよ澄むなり




我がために血潮ゆづると四五人の友ら来りけり朝の寒きに




(若き歌友
伊藤保君病む)
君病みては手紙のこと誌のこと歌のこと誰に頼まむ吾また迷ふ




(以下、順序が逆になりましたが残りの短歌を紹介させて頂きます)
別れては何時また逢はむ人と居て庭の桜の散るを見て居り




(内田先生に)
永らへる命思へば世を頼み君を頼みて歌を学べり




(末妹逝く)
ゆらゆらとゆらぐ舟の上に立ちも得ずはしゃぎし妹を今日も偲べり




げんげ花摘む子にまじる妹の姿はついに見るべくもなし




久しきを語らざりけり国言葉あらはに言ひて見たき日のあり





そのかみの家に居し日は淋しけれ人にかくれて眉書きにける




梅の香をしづめて降れる雨脚のほそぼそと今朝は春めくをおぼゆ




島田尺草(大島数馬)さんの略歴
明治37年9月16日福岡県嘉穂郡に生まれる。16歳で発病し、薬を求めて各地を放浪。大正13年九州療養所入所。入所後、作歌を始め、昭和3年より歌誌「水嚢」に参加。昭和12年「水嚢」同人。長年「檜の影」編集に従事し自ら印刷工となって発行に尽くす。昭和8年失明。9年に気管切開。歌集『一握の藁』(昭和8年)『檪の花』(12年ともに水甕社)。昭和13年2月23日没。享年35。『檜の影』第2集(昭和4年)『檜の影の聖父』(昭和10年)『島田尺草全集』(昭和14年)『菴羅樹』(昭和26年)『三つの門』(昭和45年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)



島田尺草さんの晩年の作品が多く掲載されていた。老成を感じたが35才の若さで亡くなっている。プロミンが日本に広まるまで、まだ10年の歳月を待たなければならなかった昭和13年没。それでも、
言ひ残すべきこともほとほとあらざれば心は澄めりいまの現に

吾が意識つひにかそかになりしとき心にかかるものはなかりき

たはやすくもの言ふこともなくなりて吾の心はいよよ澄むなり

のように、自分の中で何かを成就した、崇高な精神性がうかがえる。


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ダイコンの味噌煮



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乱切りしたダイコンを鍋に入れ、ひたひたに水を入れ、ダシの素を入れ、煮立ったら弱火にして10分ほど煮て、15秒湯通しした豚肉100gを入れ、10分ほど煮て、味噌をみりんで溶いて入れ、砂糖を少し入れ、ユズ1個の皮をすりおろし、2~3分煮て出来上がり。



卵焼き

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ボールに卵3個を割り、醤油と砂糖で味付けして混ぜる。

熱したフライパンに油を引いて流し入れ、シュンギクの粗みじん切りをふり、卵の表面がかわいたら巻いて火を消し、余熱2分で出来上がり。



ホウレンソウのゴマ和え

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ボールに醤油と砂糖を入れる。

ホウレンソウを1分半ほど茹でて冷水にとり、ざく切りして水気をしぼりながらボールに入れ、すりゴマをふり、混ぜて出来上がり。
   


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在65才、農業歴29年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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