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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  丘 孝道さん



雪深くしばしば傾く柩のあと足萎え吾は手を引かれゆく




酒の害さとしてくれし看護婦がマスクを取ればいたく幼し






身寄なく死にたる友の枕辺に財布の銭を吾は数えぬ




咽喉破れ足を断ちして癩の果の我等は惰民と罵られゐる




五十五歳の吾に賜ひし母の手紙寝冷え飲みすぎの注意こまごま




吾が死を装ひて墓を建てきといふ三十年経て苔むすといふ




不随の身に出来る範囲の我慢して不自由者寮の古顔となる
(プライバシーの保てない雑居部屋だから、言うに言われぬ苦労があったと思う)




善光寺詣でを口実に老父は癩病む吾に逢ひに来ましし




僧なりし父の遺品と送り来し数珠にかすかに香の匂ひす




麻痺しるき身を着ぶくれて日向べにゐつつまつはる蝿を憎まず




送り来し家族の写真に甥姪の見知らぬ顔あり二十五年病みゐつ




監房趾に
よもぎは青く萌えをりて果てにし友の面影顕ちきぬ




丘孝道(孝志)さんの略歴
明治42年5月15日生まれ。昭和14年12月8日栗生楽泉園入園。『陸の中の島』(1956年)『盲導鈴』(昭和32年)『山霧』(昭和41年)


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栗生楽泉園  池上哲夫さん



放送劇きくべく調整する盲目の友はダイヤルを唇もて廻す




参観者らを避けて入りたる裏小路水溜り多く足を滑らす




今更に何を歎くか癩園にわれ偽名して十年になる




世に遺る業は出来ねど癩われは盲人の為に点訳学ぶ




本名の頭字のみ入れ癩われは入園名簿の申告をしき




深谷より吹き上ぐる風に涙流れ紅葉せる谷は溢るる如し




病身を押して割当の木炭を背負ひし谷の紅葉たけなは




元日の朝の水薬を看護婦は乾杯しませうと言ひつつ配る




藤本を救ふ会」をアカと罵しるに反駁せる君の言葉やさしかりき




病友の死亡報ずる放送を無感動に聞きをり注射うけつつ



池上哲夫さんの略歴
大正12年11月14日生まれ。昭和20年2月1日栗生楽泉園入園。『陸の中の島』(1956年)『盲導鈴』(昭和32年)『山霧』(昭和41年)


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タジン鍋



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タジン鍋の下敷きにタマネギのスライスを置き、ピーマンとパプリカを置き、シイタケを置き、ニンジンの薄切りを置き、15秒湯通ししたタラのあらを置き、ニンニク醤油のニンニク2片を薄切りして置き、ニンニク醤油で味付けし、煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で出来上がり。

タラのあらは、なぜか安い。3つに小分けし、1つを使った。タラは淡泊な魚だが、野菜と煮るといいダシが出る。



ピーマンの煮物
      
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農家ならではの料理法かも知れない。

ピーマンを適当に切って鍋に入れ、醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、水を少し入れ、煮立ったら弱火にして5分ほど煮て汁気が少なくなったら削り節を入れ、1~2分煮て出来上がり。

翌朝や昼に食べてもおいしい。
  


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韓国の「ローソク市民革命」




「リベラル21」の10月18日の記事をご紹介いたします。


http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-4135.html



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栗生楽泉園  生駒一弘さん(3)




癩園前にバスの停留所出来てより我等が外出きびしくなりぬ




隠れ病む身にあわあわと菊匂い母の死を知らせぬ兄の心思う




かつてわがバイオリンひきし双の手は箸も使えぬまでに萎えたり




盲導線の切れる処に咲きている山百合の匂いを道しるべとす




偽名にて病み籠る我に会いに来し汝は会社の出張と偽りて




すがすがと木洩日は差しふきの葉にすくいくれたる水を飲みたり




生駒一弘(阿南一弘)さんの略歴
大正7年3月1日京都府生まれ。昭和22年4月13日栗生楽泉園入園。平成15年11月没。『陸の中の島』(1956年)『盲導鈴』(昭和32年)『山霧』(昭和41年)『冬の花』(昭和53年)


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栗生楽泉園  生駒一弘さん(2)



盲目のわれの浴衣を洗ひ居り妻は手術せし片手をつりて




廊下にてすれ違ふ時盲ひわれ妻とは知らず挨拶したり




話し寄る一人一人の声聞きて見分けのつくを盲ひて知りぬ




唇にて探り着たりし半纏は裏返しと言ふ妻帰り来て




襤褸ぼろの焦げる匂ひのすれば犬のごと盲ひのわれはいろりをかぎ廻る




風邪臥しの妻は床より手をのべて盲ひわが膝の飯粒拾ひぬ




転籍の書類に捺さむと取り出せる本名の印鑑にかびつきてゐる




手探りに消したる煙草気遣ひて部屋に引返し灰皿を嗅ぐ




後遺症ありて出られぬ療園の外社会と呼びて憧れやまず



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栗生楽泉園  生駒一弘さん(1)



山ゆりのにおいが家の道しるべ




おにぎりとぼくを預けて妻は留守




舌読の点字ふやけてくる湿り




点字読む限界舌が痛くなり




靴ぬげたままでうかつなまひの足




まひの手の生きてる証拠爪が伸び




しあわせはつえでまさぐるほかになし




あきらめの果てに落ち着く療養所




顔の皮張り替える日を待つ余生




きょうもまた注射うたずに済んだ幸




病んで知る人の心の裏おもて




やどかりのいのち殻から抜けきれず




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グラタン



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一昨日のポテトサラダの残りをグラタン皿に入れ、昨日のクリームシチューの残りを入れ、とろけるチーズ1枚を置き、冷凍して粉々にしたバジルの葉を置き、220度に予熱したオーブンに入れ、15分で出来上がり。

【農家のレシピ】簡単☆ポテトグラタンを参考にした。



味噌汁+ソーメン

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ソーメンを茹でて冷水にとり、お椀に入れ、味噌汁を注いで出来上がり。



 ポリポリキュウリ


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定番です。



塩サバ

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エダマメ

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栗生楽泉園  斎藤アキ代さん




寒菊にスカーフ着せて盲ひ我枕辺に置きぬ冷えしるき夜は




雛飾りつつ我は恋ほしもふる里のたよりは絶えて二十五年経ぬ




明暗をかすかにわかつ我の目に今日の没り日の光かがよふ




食堂の窓辺に立てば山百合の匂ふ朝かも霧は晴れつつ




吾が熱と今日も闘う病室に暑き西日が長長と射す




ベッドより右へ十歩と盲い吾の手を引きトイレを教えくれたり




盲眼にかくも明るく差す月の光よ今宵は満月ならん




千両の赤きつぶら実の枝垂りて新年の吾が個室を飾る




清香無邪気とぞ花ことばのフリージア供え幼く逝きし子の年を数う




凍て雪の下に早くも咲き出でていし福寿草に今朝気付きたり




患者吾らの切なる願いに定年後も治療を続け下さる小林先生




噴煙の句碑に立ちつつ吾が想う目に蘇る火の浅間山




斎藤アキ代(あき代・真江島あき)さんの略歴
明治43年11月生れ。昭和16年11月栗生楽泉園入園。『盲導鈴』(昭和32年)『山霧』(昭和41年)『高原短歌会合同歌集』(平成4年)



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「世相を斬る あいば達也」さんのブログ




「世相を斬る あいば達也」さんの、昨日の記事は説得力があった。


あいばさんの思考に共鳴するから、更新が楽しみになった。


http://blog.goo.ne.jp/aibatatuya



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選挙結果に落胆しているあなたに



選挙結果に落胆している自分と、あなたにも、信原翠陽さん(邑久光明園)のこの詩を捧げます。



押入の中から


襖をあけて

押入れの中を覗くと

盲になった悲しみが

どっとこみ上げ

思わず咽喉から

逢えぬ我が子の名前が出る

三尺の押入れの中の

誰れにも冒されない安らかさに

口笛鳴らし

胸が弾めば

たまゆらの命は

病苦を超えて

幼い頃の明るさを呼ぶ

さぐり覚えの場所にある

僅かな荷物は

冷たくて

追われ来た日の淋しさが

残っているよ

来る所まで来

墜ちるところまで墜ちて

嘆くのは愚だ

怒るのは笑止だ

所詮くるしみの旅なれば

これっぽちになった荷物でも

盲いたことが終止符でも

いいんだ

私は此処から生き抜こう

別れて生きる子供の為に

湖底のような静かな

押入れの中から

私は新しく出発するんだ



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ホワイトシチュー

  
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熱した鍋に油を入れ、ニンニク1片の粗みじん切り、15秒湯通しした豚肉100g、タマネギのスライスの順に炒め、残りの野菜(ナス、ピーマン、パプリカ、ニンジン)を入れて炒め、全体に油がまわったら火を止めて、大さじ2~3の薄力粉を入れて混ぜ、牛乳を入れて点火し混ぜながら、煮立ってきたら極弱火(弱火だとふきこぼれる)にしてコンソメ2個を入れ、30分ほど煮て、塩・胡椒で味付けして出来上がり。

シチューの素はもういらない‼これでOK」を参考にした。



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野生の修羅



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台風の進路が四国沖から紀伊半島の方面に抜けるコースだったので、そうたいした風は吹かないだろうと思っていたが、夜9時半がまわった頃から、猛烈に吹き始めた。こうなると、巣箱が心配でならなかった。前回の台風の時、PPバンドを十文字に巣箱に渡しているとはいえ、前回はそんなに風が吹かなかった。

何群か倒れているかも知れないと思い、今朝は田んぼに行きたくなかった。行くのが怖かった。

遠くから眼をこらしてみると、PPバンドがピンと張っていて、倒れていないと分かった。近づいて確認しながら、思わず両手を合わせた。2群めも無事で、山の3、4、5群も無事だった。

野菜は大きな被害を受けたが、ミツバチが無事だったので、他の被害は気にならなかった。

ジュース200CC、酢と酒を各50CC入れたペットボトルのスズメバチ捕獲器3つを持って、昼からまた山に上ったら、その中の一群がみょうに騒々しい。よく見たら、底板と置台(黄色のコンテナ)に百匹以上と思えるミツバチが死んでいる。そして取っ組み合いの喧嘩も何ヵ所かでしている。

画像の群はスズメバチに襲われて籠城時間が長くなった最も弱い群だったが、昨日の台風で住居を失ったらしい、どこかよその群が、この弱小群の住居を奪い取る攻撃をしかけているようだった。

ミツバチ同士が喧嘩(戦争)をしているのをいいことに、スズメバチが頻繁に襲いに来ていたので、20分ほどその場にいて、ラケットで応戦した。

いったん田んぼに下りて倒れた野菜を起こしたりしながら、2時間ほどして再度上がって見たら、まだ同じような状態が続いていた。

様子から、この群が他所の群と入れ替わったような気がする。

近くに空き箱(待受け箱)も数個設置していたが、10月下旬というこの時期だから、ゼロから巣作りする余裕はなく、よその巣を奪って住むという行動に出たのだろう。

昨晩の台風で住居を失ったことが原因と思う。強群が弱小群にとってかわったと思うが、これがいいことだったのか、悪いことだったのか、よくわからない。

それにしても、同類なのに、野生のすさまじい「修羅場」に出くわした。



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栗生楽泉園  古谷 弘さん




公園の暗きに父と会ひたりきマッチすりて吾を見つめたまひき




ははそはの母知らぬ世の寂しさに耐へて三十年まこと生き来し




痲痺の指温め揉みつつなほ読み得ぬ点字書の上に涙落ちたり




舌の尖に点字読む人ありと聞けどわが舌の麻痺も遠からじと思ふ




手間どりてやうやく読み得し点訳の一つを声あげて頒む




夕時雨あられまじりて降る聞けば心たひらかに冬を越したき




襤褸ぼろ毛布敷き寝て思ふ幼きより母に甘えしことなくて過ぎき




見覚えで訣れし母よ命あらば髪も白くなりていまさむ




貧しさをかこちつつ老ひし父上を歎かせて吾が病む日のながき




神を否定せざれどこの吾が五体にて感ずるものにすがりたし今は




意地も張りもなくなりて心淡淡と冬日の昏るる窓に向ひをり




血を吐きて友の幾人過ぎにけむベッドに吾の移されて来ぬ




高き熱に恋ひ思ふかな草津の峡に飲みしかの岩清水



古谷 弘さんの略歴
草津の聖バルナバ医院の閉鎖に伴い昭和16年4月23日長島愛生園入園。21年5月26日没。享年44。『高原歌集』(昭和12年)『青磁』(昭和26年)



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栗生楽泉園  高原邦吉さん(2)




息絶えし友の枕べに寄りあひて残しし銭をかぞへ居るかも




この友は若く盲ひて吾よりもいたく徹底せる人生観を持ち居り




単調なる日日をかこてば病む友が旋回的向上といふ語を教へてくれぬ




廊下ゆく足音にも夫夫の病状性格感情の起伏等知らるるあはれ




麻痺したるわが左手のつめたさを添寝せし児に言はれけるかも




病み病みて二年ぶりに来し山の路かっこうが鳴くよ筒鳥が鳴くよ




吾の名を知れるが有りて見るめなきわがうつせみの面上げ難し




療養所の優劣を論じ居たりしが一様に断種を恐れはじめぬ




高原邦吉さんの略歴
明治39年1月16日埼玉県生まれ。若くして発病、草津のバルナバ医院に入院。アララギによって作歌。園内学園の教師として児童を教育。点字の普及にも尽す。秩父明水の実兄。昭和16年4月24日栗生楽泉園に移る。昭和18年1月16日逝去。『高原歌集』(昭和12年)『盲導鈴』(昭和32年)『三つの門』(昭和45年)



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栗生楽泉園  高原邦吉さん(1)




手の萎えし児が書きしかば拙なけど清書の点はゆるくつけたり




癩児らの卒業写真はかなしかり手のわろき児は手をかくしをり




部屋ふかく朝日さし入三階に児等とすみつつ七年を経ぬ




腐れたるわれの指骨に金属の触るるかそけき音を聞きゐつ




汗いでぬ麻痺部の多き現身はつづく暑熱にとみに弱りぬ




うとましき眼科閃発にも慣れにつつ眼を病みつぎて十年経にけり




昼寝さめて視力ととのはぬしまらくを窓近き朴の葉ゆれ見てをり
(しまらく=しばらく)



こほろぎの声すみとほる山原に盲目の友と来て坐りけり




みよりなき癩院の児等が交際に心用ふるをあはれと思ふ




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ポテトサラダ



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無水鍋に薄切りしたジャガイモを入れ、大さじ2の水を入れ、煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で蓋を開け、胡椒をして混ぜ、ボールに移す。

薄切りしたタマネギ半個を入れ、薄切りして塩もみをして20分ほど置いたキュウリの水気をしぼりながら入れ、マヨネーズ、各大さじ1の酢とレモン果汁、少し砂糖を入れ、混ぜて出来上がり。





落花生茹で

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沸騰したら塩をひとつまみ入れて混ぜ、落花生を入れ、再度沸騰したら弱火にして20分茹で、火を消して5分放置し、湯切りして出来上がり。




オクラの薄切り

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定番です。




ポリポリキュウリ

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定番です。




ピーマンとナスの味噌炒め

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細めに切ったピーマン、パプリカ、ナスを、ゴマ油を入れて強火で炒め、弱火にして蓋をしてじっくり火を通し、時々蓋を開けて混ぜながら、火が通ったら味噌をみりんと酒で溶いて入れ、少量の醤油と砂糖を入れ、混ぜて出来上がり。




味噌汁
   
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鍋にシイタケ、ナス、タマネギ、ニンジンを薄切りして入れ、水とダシの素と削り節を入れ、煮立ったら弱火にして5分ほど煮て、豆腐を入れ、味噌を溶き入れ、ネギの小口切りを入れ、1~2分煮て出来上がり。


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憲法九条を護りたい



選挙の結果はどうあれ、今日からまた、自分なりの方法でスタートします。





http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-4141.html



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栗生楽泉園  福島まさ子さん(7)



唇に探り触れみるくちなしの花びらは厚く八重咲きにして




秋雨の止みたる朝の裏山に晴れ晴れとして雉鳩鳴けり




立春の過ぎていち早くひよどりの声する庭に林檎置きやる




春雨音して降れり久久に火山灰地の土に浸むべし





福島まさ子(マサ子)さんの略歴
大正5年東京生まれ。父は運送業。4歳の時母がなくなり、群馬の叔母の手で養育される。昭和14年父が運送業を止め帰郷。昭和16年6月隣村の養蚕指導員と結婚。17年女児出産。病気の兆候が現れ12月乳飲み子を連れ栗生楽泉園に受診。そのまま乳飲み子と別れて入所。19年、前夫と正式離婚し園内結婚。昭和29年夫と別れ不自由舎に移る。浅井あいの勧めで短歌を作るようになる。41年「潮汐」入会。『山霧』(昭和41年)『冬の花』(昭和53年)『凍雪』(昭和63年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『高原短歌会合同歌集』(平成4年)『花の香ありて』(平成6年)


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栗生楽泉園  福島まさ子さん(6)



白妙のジャスミンの花盲いわが唇に触るれば花弁の甘し




杖つきて行きなずむわれをおりふしに手をひきくれし人は今朝逝く




島木赤彦全歌集テープ十六巻読みくれし介護員君は今亡し




子育てに勤しむ燕の賑やかさ朝の食堂に聞きつつ楽し




診療所の窓より望める桜紅葉ひとの愛でるを聞きつつ楽し




寒に入りて花咲き初めし沈丁花夕べの部屋に香り放てり




畠より仕事着のまま友は来て南瓜を二つ呉れて逝きたり




頭髪の無き吾は顔を晒しつつ病状写真写されており




巡り来し我が入園の日師走十九日四十二年目の今日も雪降る




頑なに曲りし麻痺の右の手の一指二指が僅かな支えとなる



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栗生楽泉園  福島まさ子さん(5)



杖供養の杖燃ゆる音しきりなりテントの中に憩いつつ聴く




翁草に水注ぎつつ想い悲し幼くて故郷の野に摘みし花




寝ね難き一夜は過ぎてまどろみの夢の中に母はただ笑まいおりぬ




漸くに姉の居所知りたれど既に連れ合い亡くししという




この三十五年高原短歌の選者として御指導たまいきああ荒垣先生




わが部屋の掃除しにくるる介護員庭の銀杏の若萌えをいう




梅雨寒の昼を炬燵にまどろめばわが名を呼びて父夢に顕つ




われ故に心労多かりき父逝きて一人の戸籍となりていしなり




浅間山の噴煙詠みし先生の句碑の文字撫ず麻痺の指もて




年年に不自由度進み老ゆるとも今日在るわれに花の香やさし




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ネギの酢味噌



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昨日のおかずが残ったので、1品だけ作った。

ネギはざく切りして、熱湯で4~5分茹でて冷水にとり、水気をしぼりながらボールに入れる。各大さじ1の酢とレモン果汁に、味噌とみりんと蜂蜜を入れて混ぜ、ボールに入れ、混ぜると出来上がり。





エダマメ
   
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沸騰した湯に塩をひとつまみ入れ、エダマメを入れ5~6分茹でて出来上がり。



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栗生楽泉園  福島まさ子さん(4)




知覚鈍き足に歩めばこそばゆし表替えせし青畳の上




光田氏反応注射今年も受けんとす陽転せんをひたに願いて




寒菊の豊かなる香に浸りつつ今宵のわれの眠り深かれ




朝床に顔ほてりおり春一番吹く頃いつもわれは苦しむ




粟粒の花かたまれる母子草眼に知らぬわれ唇にまさぐる




白根山の麓に長きわれなれど灰降る音を聞くは初めて




雀らの声に向き立つ今日の午後腐骨除去すとわが告げられて




四度目の腐骨除去手術その度に骨を断つ音胸に響くよ




戸口より食堂へ五十歩中央廊下へ百歩と記憶す盲いのわれは




朝朝に声かけて巡る看護婦さん沈丁花の香りいいわねと言う




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栗生楽泉園  福島まさ子さん(3)



雨の日に花開きたるライラックその香は淡しただに待ちしに




朗らかに友の年賀の声聞こゆ受話器を支えもらいいる間を




左足いつしかややに下垂して廊下ゆくときちぐはぐに響く




薬の香常に籠れるわが部屋に沈丁の花綻び初めぬ




朝まだき玻瑠戸あくれば山霧の流るる中に薔薇の香のする




浅間嶺に夏雲湧けば麦畠を父母は急ぎき夕立恐れて




両足を断ちいし嫗の亡骸よ小さくなってと担当医の言う




丁寧にわが耳の垢掘りくるる介護員の手温かにして




立春の今朝綻べる沈丁花一人の部屋に香りを放つ




この谷より汗あえながら日日の薪背負いし日ありわれ若かりき



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栗生楽泉園  福島まさ子さん(2)



上州弁あらき調子の看護婦のてきぱきとせる動作親しき




菌検査去年より無菌と言われたり眉の辺りにメス受けながら




手を病みて杖の持てねば友の杖の音を頼りにわれは歩みぬ




高熱に喘げる友の枕辺に梅の蕾はふふみ初めけり




浅間山近くあらんか車窓より吹き入る風が兎眼にしみぬ




故郷を病みて逃れし山の果ここにもわれを知る人がいる




新しき狭き個室に盲いわがようやく馴れて額の傷も癒えぬ




巡り来し母の命日の今日も暑く和毛にこげたつ桃を購いて来る




盲い三人秋草の上に善光寺の本堂の方を聞きて拝する




通夜のあと凍雪の上踏みゆけば十六夜の月輝くと言う




亡き友の遺品の中より出できしとわが縫いやりし羽織もちきぬ




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肉じゃが



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無水鍋の下敷きにタマネギのスライスを置き、乱切りしたジャガイモとニンジンを置き、シイタケを置き、バターを置き、ニンニク醤油のニンニク2片の薄切りを置き、ニンニク醤油で味付けし(置くだけで混ぜない)、煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。




味噌汁

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タマネギ、ナス、ニンジン、シイタケを切って鍋に入れ、水と削り節とダシの素を入れ、煮立ったら弱火にして10分ほど煮て、味噌を溶き入れ、ネギの小口切りを入れ、2分ほど煮て出来上がり。



落花生茹で

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旬!生落花生のゆで方!」を参考にした。
   
   


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なぜか、レタスを大変好むミツバチ



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ミツバチはレタスを好む。多分、「水汲み」に来ているのだと思うが、それにしても曇天、雨天続きでも、雨がちょっと止めば来ている。

その他に何の目的があるのか、ちっともわからないが、レタスの3割ほどの被害(芯止まり)を考え、時期的には既に遅いが、今日、追加定植をした。



スズメバチの来襲

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10月20日というこの時期でも、スズメバチがよく来る。セキュリティの意味で、縦穴を3ヵ所ほど半分にせばめた。

この春に設置した「最新バージョンの待受け箱」は、分蜂群が一つも選んでくれなかったが、この原因は0.5ミリ~1ミリほど巣門が広くなり、巣門の長さも2~3センチ長くしたことが原因かも知れないと、巣門入口でスズメバチに対して威嚇行動をする様子から思った。

夏の暑さ対策から改造してもらった最新バージョンの巣箱だったが、セキュリティの面で嫌われたようだ。

週に1回、最下段の開閉扉を開けて底板の掃除をしているが、籠城時間の長い1群が特に巣くず(蜜の食べかす)をたくさん落としている。しかし、開閉扉を開けた時の「騒ぎの音」から判断して、スズメバチがいなくなる11月20日頃まで、後1ヶ月間、踏ん張ってくれると思う。そこを越えれば、今年は5群が越冬に向かう。



おごるキンリョウヘン

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梅雨の雨はもちろんのこと、今回の長雨も露天に放置している。キンリョウヘンに関しては「水のやり過ぎ」の害はないように思う。
 


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栗生楽泉園  福島まさ子さん(1)



癩の宣告うなずくわれに医師立ちて乳飲ませよと吾子見やりにき





わが乳首吸っては離す幼子もただならぬ気配感じたるらし




くすくすの鼻吸いやればふと笑みて乳首含みし吾子を忘れず




柔らかき舌に包みて乳首吸うこの子を連れて入り難き園




授乳すめば奪うがに夫吾子をとる幼児期の伝染率高しを言われ




義妹に負われて帰る幼子をただに見送るわれの術なさ




わが肩
に夫の手あたたかくおかれあれど地に沈むばかり吾子との別れ




漲りて痛む乳房を抱きつつ吾子いる彼方爪立ちて見き




帰途の車中泣き通しに泣きし吾子とかや義妹の文は今も泣かしむ



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栗生楽泉園  浅井哲也さん




歩行すでに困難となり来し吾が視力に覚えおくべし妻の面わを




顔面神経侵されし盲ひのわが笑ひ声のみにして表情ともなわず




知覚なき指よりもろく取れし爪掃きすてられぬ庭のたたきに




眼病む吾はいつしか日差しをば背にして坐る癖がつきたり




親が子を思ふ心を吾知らず子のなきままに癩に果つるか



浅井哲也さんの略歴
大正4年3月生まれ。昭和10年10月栗生楽泉園入園。昭和11年
浅井あいと結婚。昭和27年失明。『盲導鈴』(昭和32年)


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栗生楽泉園  浅井あい さん(8)



「浅井さんですね」と麻痺の手取り給う中村浩さんの甥という君




み病いに果つる際まで癩我らを忘れずに菓子を贈り給いき




潮汐会高原短歌会浅井あい様と書かれし宛名も終の思い出




七十歳の今の体力たのみつつ我が配る新婦人しんぶん六十部




署名とりに白杖つきつつ行く廊下小春日和の今日も暖か




消費税なくそうと署名用紙出すに皆待ちおりしごと書きくるる



浅井あいさんの略歴
1919年(大正8年)5月21日金沢の商家に生まれる。旧石川県立女子師範付属尋常高等小学校に在学していた14歳で発病。1935年草津湯之沢で点灸治療。患者が家族にいるというだけで嫁いだ姉が実家に戻されたため、自ら決断して1936年(昭和11年)9月5日栗生楽泉園に入園。同年12月14日浅井哲也と結婚。1949年(昭和24年)6月両眼失明。1960年短歌を「高原」に投稿。1951年「潮汐」に入会し、鹿児島寿蔵の選をうける。52年夫哲也も失明。53年点字舌読を始める。1967年1月新日本婦人の会草津シャクナゲ班結成に参加。1986年結婚50年。2005年8月3日逝去。『盲導鈴』(昭和32年)『陸の中の島』(1956年)『山霧』(昭和41年)『三つの門』(昭和45年)『白い視界』(1972年)『冬の花』(昭和53年)『五十年』(昭和62年)『凍雪』(昭和63年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『高原短歌会合同歌集』(平成4年)歌集とエッセイ『心ひたすら』(2002晧星社)


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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