あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  玉木愛子さん(3)



夕顔にきいてもらひぬ今日のこと




生ひたちも性もそれぞれ千草の穂




冬椿めぐりきし日をしかと抱き




冬ばらや日本の土に五十年




喜雨の猫もんどりうって戻りけり




乳母車棚の糸瓜を叩き訪ふ




目をささげ手足をささげ降誕祭




死の影に癩の一喝初笑




身不自由の一大行事更衣





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長島愛生園  玉木愛子さん(2)



むしの夜飽かなくさめてゐる盲




病名のかなしやがたと秋日落つ




初夢や母恋ふ齢にあらねども




萎し手をかさねいただく草の餅




年豆を夜空に投げて泣く娘かな




病み古りてめでたくうけし年の豆




ならはしの遺書をしたため年あらた




相寄りて句座はじまらず花の宵




枯草をつけて戻りぬ小春猫




片足に穿かせる足袋や紅葉冷え




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長島愛生園  玉木愛子さん(1)



あきらめの言葉がきらひちゃんちゃんこ




目覚めてはもとの盲よ山笑ふ




手さぐりの手と手とふれて年賀かな




夜濯よすすぎも炊事も知らず寮に老ゆ




盲導鈴まへにうしろに道
長閑のどか






賜りて抱く力なき西瓜かな




春眠のさめて用なき身なりけり




揚雲雀あげひばりめしひに架かる天のはし



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今日ははずれ



昨日の状況から、今日は2群とれるかも知れないと思ったが、はずれだった。

今日は朝から出かける用があり、分蜂時間帯の9時半~2時半の状況はどうだったかわからない。帰って来て4時半頃に田んぼに行ったら、どれにも入っていなかった。

4時半過ぎの時間帯でも、探索蜂はどの待受けにも飛来していたので、明日もまた期待を持たせる状況ではあるが・・・。

分蜂期の1か月間はあえて、どこにも行かずに、ミツバチ中心の生活にして、待受け箱をしばしば見回る。この期間にしか学べないことが多いから。

分蜂期が終ると、あとは毎日の見回り(これが楽しみ)と、7~10日に1度の、最下段の開閉扉を開けてする底板の掃除だけである。

今年はまだ最新バージョンの箱(7つの待受け箱)に1つも入っていない。状況を見ていて、どうも巣門(幅と長さ)が大き過ぎるようだ。だから捕獲した時の3群は全て内径24センチの箱に入れた。

ミツバチから見て「セキュリティ」に問題があるようだ。

探索蜂が頻繁に飛来しているので、分蜂はまだまだ続く。


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アジの塩焼き


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出かけていて遅くなり、家人が作った。
塩をふって焼いただけ。



タマネギの葉の酢みそ和え

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アゲが入っていた。




ヒジキとヤーコン炒め

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ヒジキは市販の惣菜。



茹でたキャベツ
 
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ポン酢で。


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ニンジンの酢醤油



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ニンジンは拍子木切りして水から茹で、煮立ったら弱火にして5~7分ほど煮て、やわらかくなったらザルに上げ湯切りする。

ボールに醤油大さじ2、酢大さじ1と半、みりん大さじ1、砂糖少々を入れて混ぜ、ニンジンを入れ、すりゴマをふって混ぜて出来上がり。

ハンバーグ等の付け合わせの「ニンジンのグラッセ」より「ニンジンの酢醤油」の方がおいしい。





豆腐とタマネギの煮物

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タジン鍋にタマネギのスライスと葉のざく切りを入れ、豆腐を入れ、ニンニク2片を薄切りして入れ、大さじ1と半のニンニク醤油で味付けし、煮立ったら極弱火にして15分、火を消して余熱5分で出来上がり。



豚肉とタマネギ炒め

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豚肉100gは15秒湯通しする。熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の薄切り、豚肉、タマネギのスライスの順に炒め、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。
   


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第3弾 捕獲   第4弾 入居


連日の分蜂(第3分蜂)だった。今日は朝のうちは時おり小雨がぱらつくような天気だったが、昼前から好天になった。

いつもの時間帯に分蜂がなかったので、今日はないだろうと思い買物に出かけたが、やはり気になって、昼食をすますとすぐに田んぼへ行った。ちょうどその時、分蜂が始まった。今回は12時45分頃だった。

いつもの木の幹に止まるだろうと思っていたが、今日は近くの待受けのキンリョウヘンに蜂球ができて、箱に入ろうとしない。だから、キンリョウヘンを被っているネット(ミツバチの受粉を防ぐための網)をハサミで切って持ち上げ、箱の中にふるい落とした。しばらく様子を見ていたら、残りの蜂も15分ほどで箱の中に治まったので、女王蜂が取り込めたのだろう。

この第3分蜂は、片道1時間半ほどの予約客が持ち帰られた。


その後、山に上ったら、どうも入居しているような動きをしている巣箱があった。そばに置いているキンリョウヘンを除けてみても、出入りは活発だったので、現場は見ていないが入居を確信した。この第4弾がことのほかうれしかったのは、当方の元巣からではなく、半径2キロ内のどこかで飼われている、もしくは野生の自然巣からの分蜂だから。

この第4弾は明日以降につながっていく・・・。


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タマネギとシイタケの煮物


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鍋にタマネギとシイタケのスライスを入れ、練り製品を入れ、水を少し入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、煮立ったら弱火にして5分煮て、タマネギの葉の部分を入れ5分煮て出来上がり。



タケノコの佃煮

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前回下処理していたタケノコの残りは、同じく佃煮にした。

下処理した竹の子をスライスして鍋に入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、水を少し入れ、煮立ったら弱火にして3分ほど煮て、カツオブシを半袋入れ、さらに2分ほど煮て出来上がり。



ハーブティ

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左からタイム、アップルミント、セイジで、沸騰したら火を止めて入れ、3分蒸らし、ハーブを取り出して出来上がり。



卵焼き
   
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ハミ(マムシ)を仕留めた


定植した苗物の水やりをするために井戸の蓋を開け、つるべで水汲みを始めて、ふと見たら井戸の外周の10センチほどの窪みにハミ(マムシ)がとぐろを巻いている。

まだ4月20日であり、ハミの出る時期としては早いので、ちょっとびっくりした。

ハミは殺しておく必要がある。鍬の一撃で仕留めた。一撃で仕留めないと逃げられる。

数年前にもこの井戸でハミを仕留めた。だから井戸まわりは注意をしている。

ハミと普通のヘビとの違いは、

(1)まず一番に頭が三角かどうか確認する。ハミは頭が三角。

(2)ハミは逃げない。多分、強いという自信からだろう。普通のヘビは、ヘビの方から逃げだす。

(3)ハミはとぐろを巻いていることが大半で、ヘビはとぐろを巻くことは少ない。

(4)ハミは色が土色に近くて目立たず、模様が独特。

(5)ハミは短く、ヘビは長い。

(6)ヘビと違ってハミは、同じ場所にいることが多い。だから、一度見かけた(仕留めた)場所は覚えておき、どういう状況の時に遭遇したかも覚えておく。



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成鶏との別れ、ヒヨコの導入



最後まで残った16羽のニワトリを今日、ニワトリをたくさん飼っている友人に引き取ってもらった。

4年経過ごとに入れ替えている。3週間後の5月12日にヒヨコがまた入ってくる。

Aさん  メス20羽
Bさん  メス20羽  オス1羽
Cさん  メス12羽
当方   メス20羽  オス1羽

合計で、メス72羽、オス2羽が宅急便で送られて来る。
メスは1羽300円、オスは1羽50円。


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第2弾  捕獲


第1弾の時と同じ時間帯に、同じ場所に蜂球ができた。

前回のように、待受け箱を左手に持ち、ゴム手袋の右手で2~3回払い落とし、すばやくベニヤ板で蓋をして、その木の下に待受け箱を置いた。

女王蜂がうまく取り込めていたら15~20分ほどの間に、取り込めなかった蜂も待受け箱に入って来るが、今回は同じ箇所に再度蜂球ができたので、失敗したかなあと思ったが、待受け箱に入るように促すために、団扇で風を送ったり、塵取りですくって、待受け箱の巣門の前に落したりと、合流を促した。

その後30分ほどすると、大半が待受け箱に入ったので成功を確信した。

夕方6時半頃、すでに活動を始めた働き蜂の大半が巣に戻る頃、山へ持って上がった。


分蜂している群は元巣の1群だけで、これが第2分蜂だった。

元巣のもう1群は越冬はしたが、「死んだ蜂の幼虫」の持ち出しが続き、群を何とかキープできているが、この春の分蜂はありえない。

元巣のもう1群も蜂児持ち出しが止らないが、出入りは活発なので、雄蜂の巣房の蓋が巣門の前に出てくれば分蜂があるかも知れない。巣房の蓋が出てから分蜂までに10日ほどかかるので、今月中に巣房の蓋が出なければ、この春の分蜂はない。



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長島愛生園  秋山志津雄さん



夜具の端じっとかみしめおそひくる
神経痛いたみに絶ゆる夜は長きかも




苦しき時おのづから湧く涙ありて母に会いたし故郷の母に




幼き日の記憶なつかし麦畑の黒穂をぬきて笛にしにけり




くなって早く帰って来てくれと父の便りは悲しかりけり




顔かたち変らぬ内に故郷に一度帰らむと思ひしものを




脈をとる看護婦の手の冷たさよ今朝の寒さはきびしかるらし




世にたちて働き食ふは難けれと看護婦の手のあれを見つむる



秋山志津雄(志津夫)さんの略歴
昭和8年6月1日長島愛生園入園。22年4月28日逝去。享年32。『楓蔭集』(昭和12年)


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長島愛生園  小川一男さん(2)


両眼全く失明す
聞きゐつつともしきものか人人の夜道暗しと言ひていでゆく




眼の見えぬ吾が夢夜ごとなつかしき光りに物はありありと見ゆ




秋晴に身はいとま無き田作りのふるさと人の思ほゆるかも




盲人めしひ
らが杖触れ通る家角のトタンの樋のくぼみしと云ふ




飯時に手の冷えかこち病者らの箸持ち難む冬は来にけり




この島に幾年病みて死にゆかむ寄る春潮に佇ちて思ふも



小川一男(小川水声)さんの略歴
昭和11年長島愛生園入園。昭和23年没。『楓陰集』(昭和12年)



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長島愛生園  小川一男さん(1)



長島愛生園に入園
骨埋めむ島とは覚悟定め来て涙落ちたりベッドの上に




一夜寝て朝は明けたる療院にふるさとの方角我は聞きにき




盲人らが手探りに履くゴム靴につけたる鈴を悲しみにけり




悲しみは我が身のみなることならず母な嘆きそ耐へて生きむに




焼け火箸に触れて気付かずありし手の年越せど癒えぬ傷となりにき




散薬の包は口に解き服みて指しびれつる身の生きむとす




不自由舎に限りて下さる慰問の品頂く我を悲しと思へ




身の病重りし姿己見ずまなこ失ひ久しからむとす




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お好み焼き



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豚肉100gは15秒湯通しする。

ボールに太めの千切りにしたキャベツ200g、薄力粉100g、水150CC、溶き卵1個を入れて混ぜ、豚肉を入れて混ぜる。

熱したフライパンに大さじ1の油を入れ、具材を入れ、蓋をして極弱火で裏表5分ほどずつ焼いて出来上がり。ウスターソースで。
  


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長島愛生園  松丘映二さん




吾が手もて作りなかばに残し来しふるさとの麦よくぞ実れよ




浜道の松の梢にひびかへる潮騒かなし夕さりにけり




癒えぬ眼と知れる儚さたらちねの母に盾つく日もありにけり




秋山の日ざし温とき昼さがり炭焼人は汗たらしゐぬ




さみどりの海にゆるがぬ鉱石船の沈みふかきは頼もしくあり




幼なくてかたゐを病めばふるさとに親しき友もなくてすぎにき




世の果ての癩院暮しひさしくて祖母に邂ひつつ夢の如しも




見送るに又も見返りゆく祖母の磯路にし見えず鳴るは夕潮


松丘映二さんの略歴
昭和11年3月30日長島愛生園入園。愛生園からはじめて「水甕」入社。18年5月2日没。享年29。『楓陰集』(昭和12年)


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長島愛生園  長野節雄さん



いつの日かまなこにて読まばやとため置きし手紙一束となりぬ




昼潮は凪ぎてひそけく浜石に折折あたる我が杖の音




この手癒えねば盲の我はいかにせむ杖さへ今は持ち得ざるなり




我の眼に顔の見えねば病み妻の息づく息が気にかかるなり




自が眼にて読み書くことはかなはねど机の位置を定めてうれし




人来れば人にぞ頼み人来ねば妻に読ましめ歌学ぶ吾は




沖べゆく船のとよみのほとほとに心したしき春たちにけり




吾が生命ささふる糸もほとほとに切れむとすらし歌詠まぬ日は



長野節雄さんの略歴
昭和7年11月16日長島愛生園入園。19年2月21日没。享年38。10年から17年「愛生」に出詠。松丘映二と共に最初に「水甕」入社。『楓陰集』(昭和12年)



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初物 タケノコの佃煮



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初物のタケノコ2本はどちらも、「待受け箱」の下にあった。

山の待受け箱は竹林のそばに置いてあるが、それを乗せている黄色いコンテナの下のブロックを押し上げて出て来た。だからイノシシの被害をまぬがれた。

皮をむき、大きいのは半分に切り、大さじ3ほどの米ぬかを入れ、水から茹でて、煮立ったら弱火にして40分ほど煮て火を消し、そのまま冷ます。

ぬかをさっと洗い流し、薄切りして鍋に入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、シイタケの佃煮(下記)を少し入れ、汁気が少なくなったらカツオブシ1袋を入れ、汁気がなくなったら出来上がり。



シイタケの佃煮

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シイタケをスライスして鍋に入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、煮立ったら極弱火にして20分ほど煮て、汁気がなくなったら出来上がり。



ナバナのおひたし

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3分ほど茹でて冷水にとり、ざく切りして水気をしぼって出来上がり。




ハーブティ


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のどが渇くようになったので作った。

左からタイム、アップルミント、セイジで、沸騰したら火を止めて入れ、蓋をして3分蒸らしてハーブを取り出して出来上がり。

冷めたらペットボトルに移し、水筒がわりに田んぼへ持参したり、冷蔵庫で冷やして飲む。



タマネギのスライス
  
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スライスしてボールに入れ、マヨネーズを入れ、今回は醤油でなくポン酢を入れ、混ぜて出来上がり。




タジン鍋

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タジン鍋の下敷きに手でちぎった春キャベツと、ざく切りしたタマネギの葉を入れ、ニンジンとシイタケのスライスを入れ、ニンニク2片の薄切りを入れ、ベーコン2枚を入れ、ニンニク醤油と胡椒で味付けし、煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で出来上がり。



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第一弾  捕獲



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待ちに待った第一分蜂だった。

午前9時半頃、巣門から蜂が数多く出て来て、分蜂の予感がした。

右の画像の手前の木の、地上50センチほどの太い幹の部分に蜂球が出来始めた。

去年と同じ時間帯に、

去年と同じ木の同じ箇所に、

蜂球ができた。

これまでの経験を総動員しながら、いつ、蜂球を待受け箱に払い落としたら女王蜂を取り込めるかを考えた。

蜂球がきれいな楕円になり、蜂球の動きが静かになり、元巣の蜂(今回の分蜂に同行しなかった蜂)がまた箱の中に戻った頃を見計らって、蜂球の真下に待受け箱を左手で持ち、右手で蜂球を2回、やさしく払い落とし、すぐにベニヤ板で蓋をして、同じ木の下に待受け箱を置く。

うまく女王蜂が取り込めていたら、15~20分ほどの間に蜂球の蜂の大半が箱の中に入って来る。

そのまま薄暗くなるまで置き、すでに新住居での活動を始めていた働き蜂の大半が巣に戻って来る6時半過ぎに巣門の入口を網でふさぎ、山の決めた場所に移動した。

半径2キロ以内で移動するには、捕獲した当日のうちに動かさないと、場所を覚えられてしまう。


元気なのは一群だけという状況の中、その第一分蜂が捕獲できて、とてもうれしい。
  
  


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長島愛生園  宇田川克衛さん



短かかる生命と思へばいつはらず心のままの歌を詠みたき




いより来てさし出す草を喰むとする山羊の息吹きの掌にあたたかし




暮れ近き
かやの大木の根に寄りて悲しき病ひ母に告げにし




ひさしつたふ雨だれの音静かにて明日越え行かむ山川を思ふ




田畑売りて済みし負債の幾つかは吾が病故に借りませしもの




繭売ると母はい行きぬ留守もりて今宵去るべき家に吾が居り





宇田川克衛さんの略歴
長島愛生園。昭和11年から16年頃まで「愛生」に出詠。『楓陰集』(昭和12年)



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長島愛生園  山口義郎さん(2)



遺骨すらわが家に帰る身にあらずある夜の夢に覚めて歎かふ




組ませたる手に数珠かけて妻といへどすでに厳しき隔りにゐつ




持ちてゆく花に柩におく花に
き来る蝶の白きむらがり




箸おけばゐざりて壁に凭るのみの一日も昏れて君は寝につく




枕辺に呼鈴を置き聖書おきて青年君が浄きまなざし




他人に勝る何がありやと身を責めて夜深きに坐す吾とわが影




この坂を背負ひ下りて十日後に死にたる妻よ昨日の如し




この浜を背負ひゆきたる体温が身に甦る今日を来りて




つぎつぎに眼に追ひてゆく骨甕の名札の文字はまさに吾が妻




吾のみにかさむ消費を疑はず妻がつくろふぼろぼろの足袋



山口義郎(常国)さんの略歴
昭和9年9月10日長島愛生園入園。「国民文学」所属。昭和10年から29年「愛生」に寄稿。初期の愛生歌壇を担う。『楓陰集』(昭和12年)『青磁』(昭和26年)『あらくさ』(昭和30年)


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長島愛生園  山口義郎さん(1)



踏みてゆく磯辺の石の一つ一つながき影もちて夕昏れむとす




朝凪ぎて近くぞ見ゆるま向ひの島に豊かに熟れし麦畑




吾が病癩なりと聞きしたまうらは怒りにも似し父の眸なりき




昏れなづむ鶏舎の砂にひっそりと一つの卵しろくひかれり




昨夜寝ねて思ひし歌のおほかたを忘れてけさは机に向かふ




老ひし身に再びをかく逢ふことの難しからぬむとて嘆かす父はも




この秋の不作言ひつつそこばくの銭を賜ひぬあかぎれの手に




みとり終へのがるる思ひに帰り来る廊下は明るき朝の雪映え




氷雨降る鳥山道のたそがれを朋の柩はきしみつつゆく





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肉ジャガ風



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無水鍋に乱切りしたニンジンとジャガイモを入れ、スライスしたシイタケとタマネギを入れ、大さじ3の出し汁を入れ、15秒湯通しした豚肉100gを置き、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし(混ぜない)、煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で蓋を開け、混ぜて出来上がり。



キャベツの酢醤油


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春キャベツは細目にざく切りして3分ほど茹でて冷水にとり、水気をしぼる。ボールにポン酢と大さじ1のレモン果汁と砂糖を少し入れ、キャベツを入れて混ぜると出来上がり。



ゆで卵
 
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新タマネギを使った2品

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新タマネギ2個をスライスし、それぞれボールに入れ、一つはマヨネーズで和え、少し醤油を入れて出来上がり。

もう一つはポン酢と小さじ1のゴマ油を入れ、混ぜて出来上がり。

 


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長島愛生園  相良明彦さん



帰りゆく妻を送りて来し吾にゆるされし道はここにて絶ゆる




盲導線をさぐりなづめる吾が態を記者が写真に撮りてゆきしと




去りがたき佇む峠の霧はれてわが家の庭に鶏遊ぶみゆ




癩院に吾が病みしより父も兄も役場を追はれ炭焼くときく




送り来し伯父がかたみのズボンより税督促の古葉書出づ




十二年経てなほ吾は血まみれの戦友焼きし夢におびゆる




傘をうつ雨はげしくて辻道に盲導鈴の音をうしなふ




復帰せし友らが生活のきびしさを救癩の日のラジオにて聞く




青年寮にまだ灯のともりゐて水爆といふ語しきりに聞ゆ




年老いて炭焼く父より金を受け働き盛りを島に養ふ




身体障害者手帳受けむとすれば癩を病む顔を写真に残さねばならぬ




病む吾のことのみ言ひて老木の倒るる如く母の逝かせしと



相良明彦(免田正人)さんの略歴
昭和24年7月6日長島愛生園入園。「関西アララギ」所属。昭和58年没。享年64才。『陸の中の島』(1956年)『あかつち』(昭和31年)『青芝』(昭和32年)


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長島愛生園  岸 抒情さん



静まりし庭の芝生に水撒きて今宵は籠の蛍を放つ




補導婦の君がくれたる土筆挿すコップの水を替えてすがしむ




青大豆のきな粉を添へて故里の餅送りくるる父母亡き後も




戦時中密かに読みし歌集より松葉のマッチの袖出でて来ぬ




今は亡き小川正子女医に賜ひたる二通の手紙開き慰む




約束の君は来まさず整へし部屋にフリージヤの花薫り居り




弁天島に一人登りて本読めば蟻は吾が読む字を横ぎれり



岸 抒情(山岸名無草・山岸虎造)さんの略歴
昭和8年6月18日長島愛生園入園。平成8年没。享年84。『楓陰集』(昭和12年)『風光』(昭和43年)



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長島愛生園  芝山輝夫さん(3)



カーテンを開きて人の動く窓二月の光あたたかく差す




倖せなる未来よあれよ椅子車あやつる少女の胸ふくらめる




療園に終る一生は詮なけれ呼ばれてみたき父といふこゑ




癩園に二代勤むる職員をわれは知りをり長く病みきて




療園といへど生活に差のありて支持党異なる看板が立つ




長病みて崩えたるわれに被爆かと問はれうなづく奈良の旅路に



芝山輝夫(芝田・志波多)さんの略歴
大正6年和歌山県生まれ。昭和13年4月1日長島愛生園に入園。「潮汐」「アララギ」所属。『あらくさ』(昭和30年)『陸の中の島』(1956年)『あかつち』(昭和31年)『青芝』(昭和32年)『風光』(昭和43年)『三つの門』(昭和45年)『海光』(昭和55年)



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タジン鍋



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タジン鍋に手でちぎった春キャベツを入れ、シイタケのスライスを入れ、姉にもらったチヌを15秒湯通しして置き、生姜1片をすりおろし、ニンニク醤油で味付けし、煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で出来上がり。



野菜炒め
  
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ニンニク1片の薄切り、ベーコン3枚の細切り、タマネギのスライス、春キャベツの順に炒め、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。



コンニャクの乾煎り

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洗って手でちぎったコンニャクを3~4分ほど乾煎りし、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。



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流れの中で 「背筋運動」



自分でも不思議なほど「背筋運動」がまだ続いている。

散歩やジョギングのように出かける必要もなく、服を着替える必要もなく、一定の形をとる必要もなく、特定の時間を準備する必要もない。

しなければ・・・という思考を伴うこともなく、風呂上りの次の流れとして20~30分ほどの背筋運動ができている。

「生命の貯蓄体操」に週に1回通ったこともあるが、その時だけの刺激に終わった。背筋運動は出かける必要もない。水泳教室やフィットネスクラブのように費用もかからない。

「朝起きた時の手足のしびれ」という症状がなければ、背筋運動などしていなかった。ピンチ(不運)が実はチャンス(幸運)だった。

ネットで探した
背筋運動の5つの動作が自分に合っていたことも、続いている原因の一つだろう。

背筋運動は血流のよくなる風呂上りが最も動かしやすいので、風呂も毎日入るようになった。それまでは冬季には入らない日も多かった。

今は「風呂上りの後は背筋運動」という流れの中にある。

脊柱管狭窄症

背中が痛い

手足のしびれ

そんな症状の必要にせまられて始めた背筋運動は、ブログや料理やハンセン病文学と同じように、パスする方がリズムが崩れるという流れの中にある。

死期が迫っても、パスはできないようなものばかり。



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長島愛生園  芝山輝夫さん(2)




癒えて尚つづく療養を想ふ日よ街の書店に辞書を購ふ




現身は無菌となれど代変り吾を迎ふる我が家ならず




自ら位置の定まる雑居部屋義肢に傷つく吾が畳拭く




後遺症しるき吾が手を哀しまず西瓜の種を春土にまく




百合活けし朝の食卓誰よりも盲の友が喜びくれぬ




ひまわりの黄に輝ける此の真昼汗出でぬ身の火照りに苦しむ




遺骸なきがらの運ばれゆきしベッドにはまだ新し義足残れる




死にゆきし人の金もて供物買ふ侘しき慣いの相談を受く




ひさびさに届きし義姉の便りには破談となりし姪のことのみ




義肢に擦れ傷みしズボンたたみをり一日終れば終る哀しみ




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長島愛生園  芝山輝夫さん(1)




夜の部屋に釦一つを附け終へて吾の孤独の更にふかまる




洗面器に友の義眼は沈みゆき
すくふ指より洩れて音たつ




三人共義足の者が住みをりて畳は何処の室よりも早く傷みぬ




汝が為吾が現身の一部除り契り結びし彼の日恋しも




つぎつぎとプロミン射ちゐる看護婦よ就業当時の感傷はなく




義足おき松葉杖おくベッドにも朝は朝明けの光さしくる




部屋隅の火なき火鉢が何時よりか盲君等の憩ひ場となる




足断ちし因を互いに語り合ふストーブ赤く燃ゆるかたはら




歌会に集ふ十三人に時計なくラジオの時報鳴るを待ちをり




癩者らを島に移せし政策も医官きたらぬ現実となる




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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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