あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  千葉 修さん


長島八景



 長島へ初めて来る人の殆どが、その水明と、山紫にまず驚嘆する。園長光田健輔先生が長島をめぐるこれら風光の中から、特に選ばれた景勝がこの長島八景である。先生はつとに短歌会員にこれを詠じてはと奨められたのだが、環境の美に全く眩惑されきった私どもは、一様に逡巡して数年を経た。私は今、散文によるこの表現を思いたち、入園当時の白紙的心境に今一度たちかえって綴ってみようと思う。

一 光丘晩鐘

(3ページです)

 愛生園に収容されて、混乱した心境もやっと落着いた頃、誰もが真先に歩を運ぶのは光ヶ丘であり、その頂上の鐘楼堂であろう。私が収容された日、遣瀬なく、没日の海に対っていた時、微かではあったが、はっきりと、丘を伝い、海を渡ってゆくこの晩鐘の音を聞いて、島に来たことを新しく感じ、いよいよこれで私の第二の人生が始まるんだという、名状し難い感慨を催したことを憶えている。
 後になって、この鐘が時報としての大きな役目を果し、ラジオが今日ほど普及していなかった当時のこととて、対岸虫明では、この鐘に時計を合しているということを知った。而もこの鐘を厳寒に、酷暑に、風雨の日に、機械さながらの正確さで撞いて呉れる人がBさんという一入園者だということを聞くに及んで、私は一層この鐘の音に愛着をもつようになった。いや、それよりもこの鐘の床しい由来が更に私の心を捉えて離さないのである。
 はじめて光ヶ丘へ登った私は、皇太后陛下の「つれづれの御歌」の刻まれた鐘を仰ぎながら、寄贈された西本願寺のこと、職員患者一体となっての連日に亘る石運搬奉仕作業に次いで、鐘運搬奉仕のあったこと、そして鐘の撞き初めの日にはBKから全国放送された等々の美しい思い出を、先輩の病友から聞かされて感動を新にしたものである。
 気象観測所に移ってからの私には、この朝夕六時に鳴る鐘がこよない対象となった。時計とラジオと、この鐘がきっかり揃って鳴る朝夕の観測の気持よさは、やはり私だけしか味わえない醍醐味だった。真冬の朝六時はまだまだ夜中といった感じで、観測もなかなか楽ではないのだが、十年一日然と、黙々と鐘を撞き鳴らすBさんの真摯な姿に接すると、忽ち清浄な我にたちかえって、気軽に床を跳ね起きるのである。
 朝の鐘もいいが、夕映えに光ヶ丘の芝生が黄に染まる頃、寂かな余韻を曳いて鳴る鐘の音は、何とはなしに心に沁みこんでくる。そして、今日の一日を省る心のゆとりが自ら萌して来るのに気づくのである。今日も終わったな、と思うと同時に、あのミレーの詩心にも通うような何か禱りたい率直さにたちかえるのは私一人ではないであろう。Bさんは不自由になって行く軀に鞭打って、コツコツと実にコツコツと、朝夕二回ずつ丘を上って鐘を撞いているうち、片脚を失い、松葉杖に縋るようになったが、それでも時を違えるようなことは全くない。その真剣そのものの姿に励まされて、いつか私は観測の時を機械的に守れるようになった。しかし、Bさんは、ついに両脚をうしなうまでに病気が昂進し、二十年一日のようだった尊い努力に美しい実を結ばせた。
 Bさんにかわって、軽症のYさんが撞き鳴らす鐘の音は、依然分秒を違えることはないが、韻々と響くその鐘に目覚めては、反射的にBさんが痛ましくなって来て仕方がない。それが晩鐘の場合には、わけて私の胸を衝きあげるばかり寂しい。
 こうして、恵の鐘の美しい音色は、貞明皇后の御在世のままの暖い御声の絶える間がないように、貴い奉仕者が後を継いで、響き続けるであろう。そして、愛生園の全島はおろか、対岸の村々に、ときに私どもの悲痛な訴えとなり、また、うるわしい唄声ともなって、絶える間はないであろう。
 観測所を去ろうとしている私は、今、裏窓越しに真向いに見える恵の鐘、青く照りかえす甍の鐘楼、緑一色の芝生を眺めながら、時計を睨みつつYさんの黒い影がやがて幢木の綱を握ろうとしている姿をも併せた、夕べの光ヶ丘に見惚れている。すっかり秋めいて来た夕暮の黄色い光は、たゆとうように光ヶ丘を蔽っている。


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長島愛生園  千葉 修さん(5)


「鎮魂」以後 昇天に至るまでの作品


癩を秘めむ為にはるばる遁れ来て夢想だにせざりし老に真対ふ




妻が眺めしこの方尺の病窓をわが視野としていつまでの生ぞ




喪のあけて注連縄飾り年迎ふまた新たなるこの寂しさに




一人逝きまた逝き死別の感覚も鈍りはてたりこの生き残り




電線に番ひの雀濡れてゐるこの雪に濡れてわれも歩みたし




何もかも忘れてしまへ辛うじて起てるおのれの他になにがある




こんな瞬時の和むこころに終りたく思ふまで新茶の香ぞ沁みとほる




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長島愛生園  千葉 修さん(4)



鎮魂  本集を亡き妻トヨ子に捧げる



微熱つづく妻の下着を洗ひ干したたみゐるけふもひぐらしの鳴く
(昭和58年十月十七日、午後一時より三時まで、石井医師執刀により、トヨ子手術さる。麻酔大城武彦医師。卵巣嚢腫たりき。子宮も卵巣も剔出されしを見て涙出づ。)




わが裡に暗く渦巻くもろもろを吐くいきほひにああ百舌もずが鳴く




時間空間越えて漂ひゐるらしき麻酔より覚めて妻よ何か言へ




前にうしろにまろぶ落葉を避けてゆく誰にもわれは踏まれたくなく




病棟の妻と年始を言ひ交し受話器置くころこみあげてくる




まっさきに言ふべかりしを忘れきて引返すには遠き病棟




老の身におのれ鞭うつ暮らしなど他界のごとく満開の花




花あかりせる窓に妻を寄せやりて盛りの花を寝ながら見しむ




若竹の天指しきそふいきほひに癒えよわが妻この春こそは




誰が先に逝くやと戯れし日にも見しわが
連翹レンギョウ
の返り花一つ




病む妻の背を流しつつおもふかな男をみなを超えて久しき




妻を看つつ励まし叱りときに怒る怒りつつゐてきたきものを



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ホワイトシチュー



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乱切りしたジャガイモ、ニンジン、ヤーコンを無水鍋に入れ、大さじ3の出し汁と水を入れ、煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で蓋を開ける。

熱したフライパンに油を入れ、ベーコン2枚の細切り、タマネギの順に炒め、火を消して大さじ3の薄力粉を入れて30秒ほど混ぜ、無水鍋に入れる。牛乳を入れて点火し、コンソメを1個入れ、混ぜながら牛乳が煮立ってきたら胡椒で味付けして出来上がり。

水は入れずに牛乳だけで作り、何回か温め直して食べる時に、そのつど水を加えている。





キャベツの酢醤油


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ボールに1分茹でた小魚を入れ、ポン酢とレモン果汁を入れて浸す。

ざく切りして3分ほど茹でたキャベツを冷水にとり、水気をしぼりながらボールに入れ、混ぜて出来上がり。

    


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長島愛生園  千葉 修さん(3)




踏めば鳴りし落葉も朽ちて春までの曳きずる如き日を重ねゆく




慶尚南道より来て苦役のすゑに病み八十三翁こよひみまかる




逝く際の叫びとならぬ呟きのアイゴー一語なほ胸を刺す




変り来しわれの嗜みに従ひてさりげなき妻へさりげなく詫ぶ




故郷を捨て来しわれら「ふるさと」を声あはせ歌ふ年の終りに




石畳坂も赤瓦家も消えわれにて終る家系となりぬ




沖縄戦熄みたる日ぞと今年また六月二十三日の日記を満たす




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長島愛生園  千葉 修さん(2)



「俱会一処」名さへ哀しき厚き書よ癩の苦患を余さずつづる




棄てられし磯にところを得て群れて泡立ち草はいま花の季





麻痺の手にて時計の捩子を巻き終りたたかひし後の息太く吐く






時の流れ時の流れと言ひて酔ふ父を哀しみきわらべごころに






何の罪ぞと病みたるわれに縋り泣く母の白髪を見てゐたりけり






爪を切りつつ幾たびも鋏とり落しどうにもならぬ限界にゐる






根かぎり支へあはねば瞬の間にくづほれゆかむ中の一人ぞ




来し方も生死すらも考へずごろ寝せるごとき石になれぬか




背きたるならね罪負ふ身にあらね終に父祖をも継ぎ得ずなりぬ




朝霧に島島見えぬきのふけふ世界はなべておだやかならず




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長島愛生園  千葉 修さん(1)



文字にごる視力となりて灯を消しぬ消せば冴えくる文字も論旨も





入日に向ひ独り広野を行くといふ君が詩を思ふ葬列にゐて




癩の子ら全く絶へて増築をかさね重ねし校舎残りぬ





海見ゆる小高き杜の校舎跡癩絶へし代の歴史は語らむ






われゆえに離縁され再婚し気丈になり二人の孫を守る姉かも






明石海人遺品の机いくたりの友の手を経ていまわれのもの






忍従し模索し君がりゐたる机ぞとおのれむちうちむかふ






無菌にて不自由度五十までというなかに選ばれ甲子園へ来つ






スタンドを埋めつくしたる四万人われほどに憧れて来しはなからむ






山を守り山に守られゐる石のそれぞれ安住の場を得たるたたずまひ





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野菜炒め



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豚肉100gは15秒湯通しする。

熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の薄切り、豚肉、タマネギの順に炒め、ニンニク醤油で味付けして火を消し、ざく切りした山ウドを入れ、ひと混ぜして出来上がり。



サツマイモの煮物

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無水鍋に乱切りしたサツマイモを入れ、大さじ3の水を入れ、醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で出来上がり。



ワケギの酢味噌
  
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小魚は1分茹でて、少しのポン酢にひたしておく。

ワケギをざく切りして3分ほど茹でて冷水にとり、水気をしぼる。

ポン酢に酢、レモン果汁、味噌を追加して混ぜ、ワケギを入れ、混ぜて出来上がり。



 ふきのとうパスタ 
   
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パスタは沸騰した湯で5分茹でる。

熱したフライパンに油を入れ、ニンニク1片の薄切り、ベーコン1枚の細切り、20秒茹でて冷水にとり、ざく切りして水気をしぼったふきのとうを入れて火を消し、オイスターソースと醤油で味付けして点火し、パスタを入れて混ぜ、具材となじんだら出来上がり。「ふきのとうパスタ」を参考にした。




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長島愛生園  北田由貴子さん(10)




眉凛凛しき軽症の日の海人を連翹の黄が波打ちて呼ぶ




海底の目のなき魚を恋ひたりし海人をおもふ眼を病みて今




その妻の縋りて呼べど海人きみはあらぬ方のみてゐしよ狂ひて




病みて人の愛知りたりと海人の言ひし思ほゆ君が碑に佇つ




手のよき夫が枇杷むく指の機敏なる動き見てをり不意にかなしき




癩麻痺に汗出ぬからだ苦しくて臥しをり草木の息づく真昼




ほとんどの五体は癩に蝕ばまれ満足なるは乳房のみああ




死刑囚の手紙に母よと呼ばれつつ励まし合ひ来し何のえにしぞ




妻と子を恋ひつつ獄舎に刑死さるる君が歌かなし風花の舞ふ




渡り初めの橋を盲ひも足萎えも皆笑顔にてけふ五月晴れ



北田由貴子(林由貴子)さんの略歴
明治42年香川県の港町に4人兄弟の末子に生まれる。祖父は寺子屋、父は塩田の仕事に従事。昭和元年発病。明石の楽生病院に入院。昭和7年病院の閉鎖に伴い5月13日長島愛生園に移る。このとき一緒に長島愛生園に移った一人に明石海人がいる。昭和11年「水甕」入社。昭和16年「水甕」準同人。昭和23年結婚。一時、絵画による新しい生き方を模索したが視力の衰えで断念。昭和45年内田守人との再会を機に「水甕」復社。昭和48年「水甕」同人。「もくせい」所属。平成5年没。享年84。『萩の島里』の林由貴子。『楓陰集』(昭和12年)『死角の島』(昭和51年)『海光』(昭和55年)『この島を』(昭和57年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『春を待ちつつ』(平成元年)。


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長島愛生園  北田由貴子さん(9)




外出の自由となりしわが島にみづからいのち断つ人減りぬ




あと戻りできぬ命よ千両の朱味は天を指して群がる




われの苦渋ふかく沁みゐる島山を蔽ひて雪はしんしんと降る




双の手に荷を提げ持ちて讃岐より姪は来にけり二年ぶりに




わがために婚期おくれてゐし姪よ後妻に嫁ぎゆきたり許せ




海風に堪へて咲きゐる浜木綿にこころあづけて独りし憩ふ




夫とわが後幾年のあけくれか春くれば春の花咲かせて




偏見の長かりしかなと思ひつつ架橋起工式の赤飯を食む




手拭ひに病む面隠して故郷出でし遠き日のごと鳴くよ
ふくろう




兄の漕ぐ舟に病む身を潜ませて故郷出でし夜の月顕つ




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長島愛生園  北田由貴子さん(8)




行方不明と偽り出でしふるさとの慟哭のごとき潮さゐを聞く




掌に載せてとほき日を呼ぶ白き貝ふるさとの潮に揉まれて光る




家のため巡礼に出よ癩の身は家出をせよと言ひし叔父はも




巡礼の半ばに逝きて被せられし
むしろ
に木洩日揺れてゐたりき




眉毛なき眉を哀れみ島へ発つわれに眉墨賜ひき叔母は




厠にて縊死せし叔母と知るのみにそのゆゑよしは誰も語らず




日、独、伊傷兵親善交歓の旅より夫は日灼けしかへる




凱旋門に夫と写せる戦友の腕なき袖が垂れさがりをり




島流しと言ひて泣きゐし亡き父母へ本土架橋の決まりし告げむ




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ニンニク醤油作り



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冷凍しているニンニクの皮をむき、さっと水洗いして瓶に入れ、醤油を注いで出来上がり。

ニンニクの収穫は5月末で、まだ2ヶ月あるので、冷凍しているニンニクで「ニンニク醤油」を作った。




ポンズ作り

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醤油70CC+酢50CC+みりん30CC+レモン果汁25CC+出し汁25CC=200CCのポン酢の出来上がり。



卵焼き

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卵3個をボールに割り、醤油と砂糖で味付けし、熱したフライパンに油をひいて流し入れ、小口切りしたワケギをふり、蓋をして、表面が乾いたら巻いて火を消し、余熱2分で出来上がり。




ナバナの辛子和え


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ナバナは先の方と、軸の太い部分に分け、先の方はざく切りして1分半ほど茹でて冷水にとり、水気をしぼる。

ボールに辛子、醤油、ポン酢、みりん、出し汁を入れ、ナバナを入れ、混ぜると出来上がり。




軸の太い部分は蒸し煮

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無水鍋に大さじ1の水を入れ、軸の太い部分を10分蒸して、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。蒸し時間が短く、少し固かった。


手作りコンニャク

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先日もらった手作りコンニャクの残りはまた、生姜醤油で食べた。
      


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長島愛生園  北田由貴子さん(7)




するすると林檎を剥ける夫の手の揃ふ十指をまじまじと見る




舌すらも麻痺して味覚薄れゆくこの哀しみを何に放たむ




矯正眼鏡に拡大鏡を重ね読むひさびさに来し兄の便りを




われゆゑにつひに一生を娶らざりし兄逝きてけふ十三回忌(長兄)




田を家をなべてを売りて絶えたれど癩もわれにて絶ゆるよと思ふ




寮寮の軒に干柿吊るされて空の雲白し平和と言はむ




長島開拓回顧
長島回顧の古きフィルムに若かりしわれがをり砂利運びして




長島開拓にいのち燃やしし友ら眠る霊山にけふは梔子くちなしにほふ




ハンスト 昭和十一年八月なりき
定員八百の予算にて千二百収容し半座わかつも限界なりき




ハンストを新聞に知りて会ひに来し父の悲しき顔も浮び来



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長島愛生園  北田由貴子さん(6)




開眼を祝ひて賜びし鏡面に軒の雀の飛びかふ映る




眼の癒えて鏡に映すわが顔の頬つたひくる涙が光る




わが夫と顔を見あはせ語りあふ幾年ぶりにわが眼の癒えて




夫に委ねてありし厨よ今日よりは眼癒えたるわがものとせむ




かへりたるわれの視界や朝風に楠の若葉のきらめきやまず




厨ごと叶ふ眼となりし妻われを夫はよろこび人来れば告ぐ




見ゆる眼となりてにはかに忙しく考ふるなく夜夜ふかく寝る




砂丘より見ゆる海原の見ゆる眼とわがなりしなり涙にじみ来




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長島愛生園  北田由貴子さん(5)



われとわがこの日日にちにちのたたかひに畳に落ちし箸をまさぐる




われもまたこの骨堂にいつの日か壺に収まり並び置かれむ




一夜にて二人逝きたる病棟に今朝は黙してわれら食事す





白き杖つかねばならぬ悲しみをまつはる猫に言ひ放ちたり




癩児絶えし学園は車庫に変貌し二宮金次郎像一つ立つ




世の隅と憐れまれたる代は過ぎてめぐりの海のしろくかがやく




見ゆるやと顔寄せ給ふ河合先生あたたかくほのかにビールが匂ふ




眼帯外し見ゆるやと問ふ先生のお顔おぼろに見えて頷く




開眼の成りしは夢にあらずやとかざすわが手のまぎれなく見ゆ




く見ゆるまでになりたるわれの眼か友みな老いて髪白くなりぬ




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ふきのとうパスタ


 
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フキノトウを20秒ほど茹で、その後、山ウド(シシウド)を入れて20秒茹でて冷水にとり、細めにざく切りし、水気をしぼる。

熱したフライパンに油を入れ、ベーコン2枚の細切り、フキノトウと山ウドの順に炒め、オイスターソースと醤油で味付けし、パスタが茹で上がるのを待つ。

8分茹でたパスタ100gを入れ、1分ほど炒め、具材となじんだら出来上がり。「ふきのとうパスタ」を参考にした。



出し汁作り

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干しシイタケ、昆布、煮干しは一晩、水に浸しておいた。

中火にかけ、煮立ってきたら弱火にして、削り節を入れ10分ほど煮て、出し殻は全て取り出し、再沸騰させ、アクをとって出来上がり。



ダイズの煮豆

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ダイズは一晩、水に浸しておいた。圧力鍋に、ニンジンとヤーコンの角切りを入れ、出し汁を入れ、上で作った出し殻も全て入れ(昆布は刻んだ)、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、ダイズの戻し水を水加減をみながら入れ、強火で、おもりが勢いよくまわりだしたら極弱火にして20分、火を消して圧が抜けるまでそのまま放置して出来上がり。




ニンジン、キクイモ、葉タマネギの煮物
    
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先日買った「びんちょうマグロ」は3つに小分けしておいた。その一つを解凍し、15秒湯通しした。

鍋に乱切りしたニンジンとキクイモを入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、出し汁と水を入れ、煮立ったら弱火にしてマグロを入れ10分ほど煮て、ざく切りした葉タマネギを入れ5分ほど煮て出来上がり。



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長島愛生園  北田由貴子さん(4)



われに代り綻びを縫ふ夫のため網戸に換へて若葉風を呼ぶ




「悲しき病世に無からしめ」と願ひたる小川正子歌碑に蝉しぐれ降る




堪へて生きむ堪へて生きむになほゆらぐこころ放たむ
あかねの空に




けふは旅より帰りくる夫かはつはつに咲きたる菊を剪りて飾らむ




瀬戸内晴美修行の寺を見て来しと靴を脱ぎつつ夫は先づ言ふ




病むわれのなべてを知ればしばしばも叱り給ひし師をぞ恋ほしむ




生甲斐を歌に託せよとのたまへることば率直にあたためて来ぬ





先生が育てたまひし海人の歌碑に来れば我にも燃ゆるものあり




師の歌を朗詠しつつ涙垂り声にならねばこころに歌ふ




夫とわれ劬りあひてこれの世の死角の如き島に
なが
らふ




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長島愛生園  北田由貴子さん(3)



エンジンを響かせて漁に出る船に島の夜あけは海より来たる




味噌汁を膝にこぼししわれの手を上げしめて夫は丹念に拭く




佇ちゐるは夫かと呼びて寄りゆくに雪柳なり泣きたかりけり




われの眼のつひの視力をおもふとき映りくるものみな美しき




われの名を呼びつつ母は逝きまししと形見の数珠は離さずに持つ




手の冷えて下着の釦かけなずむこのいらだちよ叫びたくなる




卵焼き夫つくる間を食卓によりて一首の推敲をいそぐ




両の眼に眼帯をして坐りゐるわれにも縁の日はあたたかし




窓をゆく雲に悲しみ放ちつつ外科処置室に順番を待つ




灯の下に机持ちきてわが歌稿夫書きくるる鉢巻きしめて



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長島愛生園  北田由貴子さん(2)



女子寮に老いて盲ひて鈴つけし靴にてあゆむ友とゆきあふ




苦しさに上り来て
海人歌碑に対ふ肩冷ゆる風にしばらく堪へて




秋雨の降るけふは夫も家に居てわが望む書を読みくるるなり




ひたすらに点字舌読せる友は訪ひ来しわれにいまだ気づかず




舌にのみ残る知覚に点字読む友の一途さにこゑもなく佇つ




官職に就きたる兄の重厚さけふ会ふわれをたじろがしむる




両手もてわが手を握り
死人しにびとのごと冷たしと言ふなり兄は




爪もげて痛覚のなき足ながら生けるしるしと血の噴きいづる




わが視力ありて絵をかきゐしころに憧れたりしピカソ逝きたり




入選したる段段畑のわれの絵を面会に来し兄持ちかへる





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初物 ワケギの酢味噌



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この時期の旬の1品と言えば「ワケギの酢味噌」である。

ワケギはざく切りして3分ほど茹でて冷水にとる。

ボールに酢、味噌、砂糖、レモン果汁、酒を入れて混ぜ、水気をしぼりながらワケギを入れて混ぜ、山ウド(シシウド)の粗みじん切りを入れ、混ぜると出来上がり。



ヤーコンのバターポン酢
 
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熱したフライパンにバターを入れ、1センチほどに輪切りしたヤーコンを入れ、極弱火で15分、火を消して余熱5分で蓋を開け、ポン酢をまわしかけ、1分煮つめて出来上がり。
   
 


コンニャクを生姜醤油で
  
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もらった手作りコンニャクは厚めにスライスし、生姜醤油で食べた。




キャベツ炒め

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熱したフライパンに油を入れ、ベーコン2枚のスライス、フキノトウ2個の粗みじん切りを入れ、ざく切りした春キャベツを入れ、ニンニク醤油のニンニク2個をスライスして入れ、ニンニク醤油とオイスターソースで味付けして出来上がり。


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長島愛生園  北田由貴子さん(1)



弱視われの嘆きは言はね灯の下にほころびを縫う夫いとほしく




癩病めば優生手術を受けて住む夫婦舎地区に子らの声なし




大きく太くみづから書きし文字ながら読み難きまで視力衰ふ




島に来て三十九年かふるさとの記憶を呼べどただ淡淡し




弱き眼に容赦なく沁みる陽を避けてわれは日陰を撰りつつあゆむ




義肢の友はるばる山を越えてきて今日はわがために日もすがら読む




わが膝にわがこぼしたる飯粒を拾ひつつ何かつぶやく夫よ




亡き父母の遺志継ぐ姉が讃岐米背負ひて今年も面会に来し




相逢へば手をとりて泣くわが姉の荒れしその手にふるさと匂ふ




眼を病めば学ぶことさへ限られて今日も頼みの録音を聞く




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長島愛生園  大村 堯さん(4)



関節の傷癒えしかど吾が指は再び直に延びずなりたり




知覚なき手となりはてぬ知らぬまに小指に深き傷負ひて居し




幾日を熱もちうづく傷故に小指は医師に乞ひて落しぬ




便さへなき
病友とも多き身に比して和みゆくべく吾が幾日なる




新しく茶をいれしめて綴りつつ
言葉ことそへがたき虚しさに居り




新薬プロミンに開く未来を命賭けて逝きにし友よかなしかりけり




病み重ね孤独無量の海鳴りに灯りあかあかと点して眠る




一日づつ澄みゆきしがありありと残る視力も乏しき妻よ




年老いし夫を残して天翔ける孤独のみ霊は帰郷の旅か




大村堯(牧原白路・牧原徹・島崎徹)さんの略歴
大正5年沖縄県平安座島の生まれ。父は那覇の中心地・若狭町で法律事務所を開業。そこから首里一中に通う。昭和10年代初め福岡県「生の松原」にあった深敬病院分院に入院。当時の院長は早田晧。分院の閉鎖に伴って長島愛生園に移る。このとき早田も愛生園の医官となる。戦前は青年団のリーダーとして活躍。昭和12年から「愛生」に短歌を投稿。その頃は牧原白路・牧原徹・島崎徹などを名のる。昭和25年「水甕」入会。予防法闘争時は社会党長島愛生園支部長、全患協事務局長を務める。58年からは作歌を再開し大村堯名で発表。「水甕」所属。昭和61年1月9日逝去。『青磁』(昭和26年)『清き空白』(昭和61年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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長島愛生園  大村 堯さん(3)



「死にたくない」と言ふ告白を君も残し癩病む一生を亡びてゆけり




酒あらくみすさみ行く若さあり吾が過去として今思ふかも




患者道徳といふものがあり死の母にその夜逃亡の友をかばひて




何故生むんだと自虐は母に言ひすてて悔いつつ不運の夜の闇に哭く




癩診断を今は疑ふ余地もなし顔の浮腫の日に日に重く




降り続く霧雨今日も降りやまず鐘哀哀と島は暮れ行く




吾も亦指を落せり癩病いたつき運命と言はば母よ嘆かん



(発病当時)
あらがひて酒に荒さびし明暮も母は涙に許し給ひき



(明石海人)
見舞行きし人の思はぬ衰弱にもの言ひかけてしばし見守る




たへがたき疲れなるらし痰切れし暫しの間も君はまどろむ


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ニンジンの酢醤油


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拍子木切りしたニンジンは水から茹で、煮立ったら弱火にして10分ほど煮て、ザルに上げる。

ボールに醤油大さじ2、酢大さじ1と半、みりん大さじ半分、蜂蜜を入れて混ぜ、ニンジンが熱いうちに入れ、混ぜて出来上がり。「農家のレシピ ニンジンの酢醤油和え」を参考にした。





サツマイモの煮物
 
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サツマイモを乱切りして無水鍋に入れ、醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、大さじ3の水を入れて混ぜ、煮立ったら極弱火にして25分、火を消して余熱5分で出来上がり。


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長島愛生園  大村 堯さん(2)



更くる夜のものみな暗し海鳴りのありのままなる孤島と思へ




意識の中にあきらかに覚めて君もあらむ喉切り三年と言ふその言葉




若き等は若きをみて苦しめり自虐は明日を持たず危ふく




父ありき母ありき癩の身の限りなき記憶を呼びて悔恨来る




病む日日の吾が貧しさにあふれ来て風にきこゆる労働歌あり




新薬プロミンに開く未来も命過ぎて逝きし友等も我等も哀し




現実は厳粛なりき今君は呼吸閉塞の数分に喉開かしむ




一家心中の新聞記事あり癩病みて切迫つまりし過去吾れも持つ




死体硬直の来し君が手は故里に君待つ母のために組みやる



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長島愛生園  大村 堯さん(1)



この人を知りこの人に学びて癩院におそれなく孤独の命生きゆく




生きゆくは所詮孤りに耐ふるものたとへば死期の迫る日日にも




医師の論理と病勢の自覚と一致するこの直線上に展きて燃えよ




とりすがる術もなかりき受験期のわが朝を打砕く癩の宣告




母の涙を酒場の酒にのがれ来てグラスにひさぐ嘘だらけの秋



大村堯さんの短歌は時々、頭に浮かんでくる。何かぼくの心に強く響いてくる。特にこの5編は。




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長島愛生園  甲斐八郎さん(5)



文字書けずなりし手首をはげまして歌一首書くに汗を流しぬ




ながき永き療養に親しき友いくたり逝きしがこの冬もっとも多き




水俣病にたおれし人のいうを聞け「父と不知火の海を返せ」




看護助手足らぬしくみが不自由者同士の争いとなる国の医療ぞ




竹筒にくりたるベトナム支援カンパに硬貨をおとす僅かなれども




こころ弱りいのち貧しきありしとき『党生活者』の多喜二によりぬ




うかららの皆死に絶えし現身に父の十三回忌近づくころか




足病みて久しくあればこの園を海のめぐれること忘れいし




枯草にてんてんと青草混りいて冬日しづかにたそがれむとす




甲斐八郎(香取勉・不二木穣・川畑又一・甲斐又一)さんの略歴
1918年12月16日大阪市生まれ。父は大工。小学6年の春大阪大学皮膚科で診断。高等科2年卒業。翌年の徴兵検査を避けて1937年11月1日長島愛生園入園。まもなく短歌・創作に取り組む。1945年3月8日父母と面会。3月10日の大阪の空襲で弟妹たちは爆死。1947年7月不自由者棟に移る。戦後、園内民主化運動、予防法闘争、自治会活動に参加。1967年日本共産党45周年記念文芸の短歌佳作。新日本歌人協会会員。1977年日本共産党永年党員証。1987年4月7日逝去。『青磁』(昭和26年)『小島に生きる』(昭和27年)『陸の中の島』(1956年)『青芝』(昭和32年)『風光』(昭和43年)『海光』(昭和55年)『サンルームの風』(1979年)『その日━━らい予防法闘争記録集』(1988年)




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葉タマネギの煮物



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練り製品1枚とシイタケのスライスを鍋に入れ、出し汁と水を入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、煮立ったら弱火にして5分ほど煮て、葉タマネギの玉の部分を入れ、5分ほど煮て葉の部分をざく切りして入れ、5分ほど煮て出来上がり。



キャベツの酢醤油

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ボールにポン酢と大さじ1のレモン果汁を入れ、1分茹でた小魚を入れて浸しておく。ざく切りした春キャベツは3分ほど茹でて冷水にとり、水気をしぼりながらボールに入れて混ぜる。初収穫した「山ウド」を細かく切って入れ、混ぜて出来上がり。




ヤーコンの甘酢漬け

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先に甘酢を作っておく。鍋に出し汁180CC、酢120CC、砂糖50gを入れて点火して溶かし、生姜1片をすりおろす。

1センチほどに輪切りしたヤーコンを1分茹でて冷水にとり、水気を切りながら瓶に入れ、冷めた甘酢を注いで出来上がり。明朝には食べれる。

  
  


ダイコンのユズ味噌煮

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ダイコンを乱切りして鍋に入れ、出し汁と水を入れ、シイタケのスライスを入れ、煮立ったら弱火にして、みりんと酒を入れ、小さじ1の醤油と、大さじ1ほどの味噌を入れ10分ほど煮て15秒湯通しした豚肉100gを入れ、5分ほど煮て、大さじ3ほどの味噌を溶き入れ、ユズ1個の皮をすりおろし、3分ほど煮て出来上がり。
  
  


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長島愛生園  甲斐八郎さん(4)



いささかの事なりながら看護婦の胸のボタン掛けくるる親切に会う




付添い等吾が身囲みて拭い居るみどり児の如く屍のごとく




陳情にゆきし代表が座り込みに入れりと真夜の報告きびし




手当なく失いし足の指幾本ひとつひとつに歎き残りて




痛痛しきまで卑屈になり看護婦にもの頼む性よはや憎みつつ




出来てきし義足をはくと身をかがむかかる動作に生きゆく吾か




新しく入りし看護学院生徒今年もなべて奄美より来し




四畳半の個室もらいて居る今宵このわびしさはいづこより来る




兵役を忌避するごとくライ園に逃れきたりぬ三十五年前




巨大なる棺桶といわれし島の園に芋うえ野草食べ生きしのぎ来し



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長島愛生園  甲斐八郎さん(3)



過ぎゆきの記憶の中によみがえる炎のなかに逝きし弟妹ら




百余日知らされざりし父の死をつぶさに姉が書きて来にけり




移り来し家に目ざめて聞く夜の潮は遠くにまた近くなる




厠まで長き廊下をゆきかえりこの家の生活にも馴れてゆくべし




ささやかな我が実践として売れり朝日茂歌集「人間裁判」七部




足弱き吾が行く範囲定まりて患者会議室図書室不自由者集会場




麻痺のため顔の表情うごかぬを恐れられ怒ってもの言うという




生産的といえる一日か療園に原稿を書き陳情書を書く




いくばくの内職にならんひと冬を育てし鈴虫を療友は売るという




ののしられても侮られても原則はふみはずすまいと言葉をつくす



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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