春
私は馬鈴薯を植付けていた
地獄谷のウグイスは
いつのまにか
谷渡りの囀りをひびかせ
さわやかに横切っていく
ここから見る納骨堂はぼんやりとしろく霞んでいる
私は納骨堂の桜を確かめに立ち寄った
黒い星が目の前いっぱい飛んでいる
そんな
私の視力に
桜の花群はただぼやっとして
しろく浮かんでいた
「七百五十余が十年後には五百になる
それは 誰れだかわからないが
机上での計算ではそうなっている」
私は新しい所長挨拶での数字を数えていた
十年後
五百の年老いた人たち
ウグイスの谷渡りを聞きながら
馬鈴薯を植付けているだろうか
それは
今年とまったく変りないだろうか
夜になって風がでてきた
外灯の笠がからから鳴っている
風はやみそうもない
五百のライ病み継ぐ人たち
その人たちを彫りこんで
納骨堂の桜は
風に煽られ谷間へ消えていくのだろうか
私は とうに消滅したはずの哀しみが通りすぎていくような
物音を聞いていた
越 一人さんの過去記事