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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

1954年「光の杖」の詩人たち  山田法水さん



やすらい


麗らかな日が

憩うている私の足を

撫でてくれる

暖めてくれる

峨々たる峯を攀じ

底しれぬ谷を辿り

風雨の暴力に耐え

果しない吹雪の広野を

越えてきた

足を

七十余年の労れ

萎えはてて

盲杖にすがっていても

ひょろひょろと

よりどない歩み

その歩みから

人々に切れ凧を

連想させて

秘かにそう呼ばれている

足・・・・・・・

私はこの足で

あすも歩まねばならない

すべてを越えて行かねばならない

足跡には

鮮血が滲むだろう

だがその奥に法悦よ

耀やいてくれ

・・・・・・・・・

麗らかな日が

草に憩う

私の足を

撫でていてくれる

あすを励ましてくれている



山田法水さんの略歴
外島保養院に入院。日蓮宗の熱心な信者で、昭和二十年代前半まで光明園の日蓮宗立正会の役員を務める。詩のほかに短歌も発表。早くから視力を失ったが、文芸活動に専念した。風水害後、多摩全生園に委託。生没年、入所年は不詳。

(山田法水さんは藤本トシさんの最初の夫です)


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栗生楽泉園  前川とき子さん



病人へ春を教える窓をあけ




生きていてこそベッドにも春が来る




肩寄せるまひの夫婦の生きる詩




母さんの呼ぶ声幻聴でもよろし




ボールペン夜明けの一句忘れまい




病める目に故郷の地図がかすみがち




思い出をつなげば母の手にひかれ




美しいものだけ片目見ていたし




寒暖計狂ったような夜の冷え



前川とき子さんの過去記事


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鯛アラとサトイモの煮物



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鯛アラは15秒湯通しする。熱した無水鍋に出し汁を半カップ入れ、いつもの醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、煮立ったら乱切りしたサトイモを入れ、再度煮立ったら極弱火にして鯛アラを入れ25分、火を消して余熱5分で出来上がり。



キクイモ、ニンジン、インゲンの蒸し煮

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熱した無水鍋に大さじ1の油を入れ、適当に切ったキクイモ、ニンジン、インゲンを入れ(混ぜない)、極弱火で20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、タレ(ニンニク1片のすりおろし、醤油大さじ1と半、オイスターソース大さじ1)を入れ、強火で1分混ぜて出来上がり。



エダマメ

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レタス
  
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繰返し読みたい藤本トシさん12の随筆

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1954年「光の杖」の詩人たち  松尾 進さん


暴風のあと


暴風でゆがめられた花圃に

菊が 帯を束ねなおして佇っている


支えにもたれた気安さは

朝の窓へ静かに眼をつむると

私の中にも きっと見出せそうな

あなたとの微笑ましい関係


生きねばならなかった運命に

秋が去って 秋が来て

不遇・・・・即 幸いを沁々想う


菊は今日

つぶさになめて来たものゝみなりで

あふれる朝を一杯抱いて佇っている







迎春風景


もうすっかり忘れていた

・・・・・・・いや

心のかたすみでは

絶えず耳をそばだてゝいた

かそかな足音のように

よんでは よんでは

過ぎ去っていくものがある

つと 扉の内側にたって私は

昨日の風景を眺める

長い冬のしおきにゆがめられた木石

もどかしい そんな表情の中で

池の面だけが迎春譜を慄わせていた

だれに見られなくてもいい

気付かれなくてもいい

愛する人のやさしい掌のような水面

私の心の秘密

朝の二月の陽光は

白い指先で

池の面に紙切をもて遊んでいる



松尾 進さんの過去記事


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栗生楽泉園  南条ますみさん



癒えた足見てほしかった母は逝き




おかっぱをつばでとかしてくれた母




球根が戸だなの隅で目をさます




背のひもを結ぶ夫がいてくれる




肩を貸す夫へ妻の背が足りず




菌ゼロになっても帰る家がなし




ふるさとを見たかも知れぬ流れ星




言うことがあったか亡母夢でくる




退院の胃へ医師の目があたたかい




編める日を信じ編み棒捨てられず




春の日をすなおに受けて麦の青




友園のお国なまりに迎えられ




書く時の夫が字引きになってくれ



南条ますみさんの略歴
栗生楽泉園。大正15年5月埼玉県生れ。昭和47年1月「高原川柳会」入会。『ふるさとを捨てて』(昭和47年)『合同句集高原』(昭和57年)に採録。
書かれていないが、南条当太さんと御夫婦だろう。


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タジン鍋



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タジン鍋(陶器)も無水鍋(金属)も、どちらも水を少ししか使わない(もしくは全く使わない)調理器具だが、比較的に量が少なく、混ぜる必要がない時にタジン鍋を使っている。

タジン鍋は大さじ1の油をひいた「重ね煮」であり、葉物を下に、根菜を上に置く。逆のように思えるが、柔らかいものを下に、固いものを上に置く。ベーコンに塩分が多いので、味付けは胡椒だけで、ポン酢で食べるのがおいしい。

熱したタジン鍋に大さじ1の油を入れ、タマネギを下敷きに、輪切りにしたナス、四つ割りしたピーマン、半分に切ったインゲン、薄切りしたニンジンとジャガイモ、ニンニク7片を置き、半分に切ったベーコン1連を置き、胡椒で味付けし、弱火で20分、火を消して余熱5分で出来上がり。ポン酢で食べる。




ピーマンの佃煮

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ポリポリキュウリ


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サツマイモのおやつ 

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栗生楽泉園  南条当太さん



読める目を守りぬきたいサングラス




変形の足へゴムぐつ伸びてくれ




面会にミニスカートがまぶしすぎ




病棟の灯よ病む妻を頼みます




なつかしさ受話器いっぱい母の声




逢う日もうない母の声しかと聞く




病臭を部屋いっぱいに雨つづく




看護婦のえくぼ見つけて少し癒え




満月が丸く見えない目の不安




二十年の距離ちぢめた血のぬくみ




ぼくと妻不具を補い合うコンビ




風に耳当てては春の音を聞く




三十年偽名に生きた印のつや




盆栽をいじる余生というねこ背



南条当太さんの略歴
栗生楽泉園。『ふるさとを捨てて』(昭和47年)に採録。


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1954年「光の杖」の詩人たち  松尾 進さん



灰色の中から


やたらに汚してしまった私の絵本に

いまもなお

微塵もしみのつかない一部がのこっている

かすりの着物にカバンをはすにかけ

小学校へ通った道

きりたった川沿いのあの道の辺に

天の童べがつばさをやすめ

いつのまに虹をもてあそんだか

夏が訪れるとこんなふうに 合歓ねむの花が咲いたのだ

わだちの跡がずーっと続いている道を

ふと振り返ると

いくつもいくつもいくつもいくつも

緑にふちどられて浮んでいた薄桃色の合歓の花

それは心配気のない私のヨセフとマリヤさま

いまはひと目みることも出来ないが

こともなげに春が吹きやられると

もうすっかり汚れてしまった絵本が

風に揺れる祭提灯のふさのように

私を迎えてくれる

ああ それが天国へ生れる因であるにしても

ないにしても

最後の日 冥府とやらへ背負ってゆける

私の穢れなきひとこまである



松尾 進(畑数馬)さんの略歴
生年不詳。福井県の出身。1947年7月邑久光明園に入所。自治会活動のほか、宗教活動(浄土真宗)にも熱心に取り組んだ。畑数馬の名で『この坂道』(1996年、私家版)がある。2002年6月3日87歳で死去。


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1954年「光の杖」の詩人たち  すみ・まどか さん



あゆみ


すみれの花を濡らした

悲しみの涙を

大地は吸ってしまい


苦しみに噛みしめた

松葉のにがさを

奥歯は忘れてしまった


怒りが投げた石を

海は沈めてしまって


今日だけの喜びがある

一枚残った暦を

柱はしっかりと抱いている







うつろ


壁の裏から

ベッドの下から

くら闇が這いよる

だが

どのベッドの人も動かない


鈴蘭灯がすべてのものに影を与えた

薬瓶に活けた水仙の色は宙に浮いた

だが

どのベッドの人も動かない


三月の風が窓を愛撫して過ぎた

一筋二筋 ガラス戸に雨の糸

草木の芽を呼ぶ雨かも知れない

だが

どのベットの人も動かない



すみ・まどかさんの過去記事



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栗生楽泉園  中尾一哉さん



風鈴の音が知らせる友の寮




園内にお産の神さまある皮肉




目隠しがいらぬめしいの西瓜割り




虫の音が寮まで送ってくれる夜




ぬぐ靴の中から草の実がこぼれ




妻の留守ソースか酒か鼻にきく



ジングルベルわたしのつえもリズミカル



中尾一哉さんの過去記事



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サンマ


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ネギ卵


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ボールに卵4個を溶き、醤油と砂糖で味付けし、熱したフライパンに油をひいて流し入れ、小口切りしたネギをふり、表面が乾いたら巻いて出来上がり。



インゲンとニンジンの蒸し煮

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熱した無水鍋に大さじ1の油を入れ、半分に切ったインゲンと薄切りしたニンジンを入れ(混ぜない)、極弱火で20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、ポン酢で味付けし、すりゴマをふって出来上がり。



エダマメ
  
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ボールで塩もみをし、沸騰したら入れて5分煮て、湯切りして出来上がり。
 


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1954年「光の杖」の詩人たち  すみ・まどか さん


朧月


コトーコトー

地の底に消え

地の底から返ってくる音


私を地の底に引ずり込むように

どこまでもついてくる音

松葉杖の音

それは妻の足音だ


音は何かにつまづいた

ふり向くと妻は黙って笑っている

その笑顔の向うを

泣き出しそうにゆがんだ朧月

ぐんぐん遠くなって行った







炎天


此の世とは何んのかかわりもなく

その小さな影にかくれ

炎帝に押しつぶされて

草を取っている女


大きなものの力が

機械的に

彼女の手で

小さな影の中の

小さな草の命を

ちぎっている


生きていることも

恋をしていることも

彼女の手は知らない


ふっと

炎はゆらめいた

炎天が遠のいた

彼女が立ったのだ


大地に影を置いて

女は去った



すみ・まどか さんの略歴
1917年5月23日生まれ。1941年4月9日光明園に入所。1948年頃より文筆活動を始め、浜中柑児に師事、鳥海暁風子の号で俳句を多く遺した。「ホトトギス」「雲海」に所属。昭和30年代には自治会活動にも従事した。1975年9月9日死去。


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長島愛生園  松島不在さん



消さぬよう大事に燃そう弱視の灯




春うららナースに交って貝を掘る




展望台弱視の視野を悲しませ




眼の手術心静めに句碑の丘




妻四十針の穴から老い初め




菊日和弱視に怖い紫外線




闘わねば孤独の海に溺れそう



松島不在さんの略歴
長島愛生園。岡山県生れ。『七草』第一集(昭和30年)『句集ひさご』(昭和30年)『七草』第二集(昭和32年)『七草』第三集(昭和38年)『七草』第四集(昭和45年)に採録


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野菜炒め



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タマネギはスライス、ピーマンは細切りし、豚肉100gは火を消して15秒湯通しする。

熱したフライパンに大さじ1の油を入れ、ニンニク1片のみじん切り、豚肉、野菜の順に炒め、各大さじ1のオイスターソースと醤油で味付けし、1分炒めて出来上がり。



野菜と卵の煮物

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グリンピース(5月収穫・冷凍)は水洗いし、タマネギはスライス、ニンジンは薄切りする。鍋に半カップ余りの出し汁を入れ、いつもの醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、煮立ったら野菜を入れ、再度煮立ったら弱火にして10分煮て、卵2個を入れ5分煮て出来上がり。

冷める時に味がしみるので、少なくとも15分はおいて食べる。





焼きナスビ

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大さじ3の油が必要と思っていたが、大さじ1の油でも十分おいしいとわかって、しばしば作るようになった。



ポリポリキュウリ

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このところ雨が全くふらず、暑い日々が続いている。だからキュウリがまだ食べたい。
  


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1954年「光の杖」の詩人たち  中井正夫さん


春風によせて


輪郭のない乙女よ

せめてもの

わずらわしい日日のひと時を

貧しい心の僕は

アナタを恋人と呼び

アナタによりそい

昨日の白いペエージに

のこり少ない

青春の譜を書こう







検温


いつものごとく いつもの時間

美しい

白鳥の触角が

私の手に

ふれるともなく

ふれる


僕とボク 生と死の

摩擦の

破調音が

一枚の紙に記される


僕の視線がソコに定着する

僕とボクの青い足跡の

なんとジグザグな事か


ああ

僕とボクが

笑って握手する

・・・・日が待遠しい







隊商


破れた衣をひきずって

キャラバンがいく


おおかた

冷水の味をわすれかけたキャラバンが

粛然とうなだれて

今日もいく


隊商の一人である 友は

自分の持っているノートに記された

脚韻のない足跡を

泪を滲ませながら

僕にしめす


ああ

友よ 僕の手に

正確な磁石があったなら

ロザリオの一環をつけて

あたえようものを


友よ 強く生きてくれ

オアシスを求めて

強く歩んでくれ



中井正夫さんの略歴
1925年8月25日大阪府に生まれる。1940年5月2日光明園入所。1992年3月18日死去。


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1954年「光の杖」の詩人たち  堂崎しげるさん


ひかりについて


死んだものに

微塵ほどの翳さえないと云えるのなら

きっと ひかりのせいだ


生れたばかりのものに

しつこく
まとう翳があると云うのなら

それは ひかりのせいだ


いつか

闇に憤りの眼をみひらいていると

そっとひかりがしのびよってきて

闇は吸いとって呉れた

そのとき

あんまりまばゆくって

俺はすっかりあかるさにはじらっていた


今日ささやかなよろこびが

俺にあるのは

きっとひかりのせいだ







その哀しみ


雨が降ると

過去の哀しみがみな甦ってくる

雨が降りやむと

その哀しみをみな忘れかけてしまう


過去に哀しみがあっても

ひとにそれを告げてはならぬ

その哀しみを

自分だけが忘れてならぬ


ひとにはみんな過去に 哀しみはあっただろう

ひとは現在を どう想っているだろう

ひとは未来を どう想うだろう


哀しみに現在を

ひとは未来のために

強く生きるのだろう


ひとに哀しみを告げてどうなろう

自分だけが哀しみを忘れてなろうか


生きることのために

ひとはその哀しみをも愛するだろう

哀しみのために

なお生きねばならないひとがある


その哀しみを

雨が降ると私は想う







老年


━━夕方 夢中で仕事をしていると

すっかり日が昏れてしまって

おどろくことがある

三四日 あたたかさが続くと

春がきたと思い込んでしまう

そして(冬が逆戻ってきたような)寒さには

いつも魂消てしまうのだ


まだ識らないでいる

多くのことがらがあるので

ひとは懸命になって

それを解答しているうち

そのかずが増している


そうしてまったく

思いがけない

ある出来事に遭遇したり

無役の徒労を体験していく


だがやがてひとは

年経てきた年齢を

むしょうにいとおしんだり

自分自身をこのうえもなく

尊ぶようになる



堂崎しげるさんの過去記事



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大島青松園  田中京祐さん



一字一字点字をなめる舌となり




舌読の疲れ廊下の風に伏し




牛乳を拝み飲みする手とはなり




盲導鈴役目おもしと鳴りつづけ




冬の月己が影よりなにもなし




どこまでも続く海なり故郷を恋う




集会の人数を耳でたしかめる




苦い顔よせとキャラメル入れて呉れ




耳許でナースの息と秒針と




杖とゆくトンネルをいつ抜けるやら




元気かと声を残して遠ざかり



田中京祐さんの過去記事



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キクイモとサトイモの柚子味噌煮



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キクイモとサトイモを乱切りする。無水鍋に大さじ4の出し汁を入れ、小さじ1の醤油を入れ、酒と蜂蜜を少し入れ、煮立ったらキクイモとサトイモを入れて混ぜ、再度煮立ったら極弱火にして20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、柚子の外皮をすりおろし、みりんでのばした味噌を入れ、混ぜて出来上がり。



レタス

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インゲンの蒸し煮

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熱した無水鍋に大さじ1の油を入れ、半分に切ったインゲンを入れ、極弱火で20分、火を消して余熱5分で蓋を開け、ニンニク醤油(ニンニク3片をすりおろし、大さじ2の醤油を入れた)で味付けして出来上がり。



エダマメ

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ボールで塩もみをし、沸騰したらエダマメを入れ、5分茹でて出来上がり。




サツマイモのおやつ

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熱した無水鍋にバター、醤油、水を少々、蜂の巣を入れ、乱切りしたサツマイモを入れて混ぜ、極弱火で25分、火を消して余熱5分で出来上がり。


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1954年「光の杖」の詩人たち  堂崎しげるさん



私はそう想い度い


花にはとても 花のやさしさが有りますが

それは 花で有る以外のなにものでもありません

人間の存在価値 それも

その人がその人である以外の誰でもないのです


考えようによって

それはやがて人に不満の顔を
もた
げさせ

人を不幸に陥れる原因にならないことは有りません


それがみな懸命なことですから

それ自身はほんとうに尊いのです

どこでどのようにして過す身であれ

私は私を見喪い度くはない

花には花の美しい生命があることを

いつも私は想いたいのです










幸福


あなたはどこに

地上から

わたくしたちにはとどかぬ

そらの

星々のひかりのなかに


あなたはいくら瞶めても

いつまでまっても

とおいそらの彼方にある


わたくしたちの

あこがれている

手にはとってみることも

ふれてみることさえ出来ない

ゆめのひかり


そう思っていたが

いま病んでいるわたくしのなかに

あなたはだんだん満ちてきて

もうわたくしは

あなたでいっぱいになる

わたくしのなかに

あなたが感じられれば

生のよろこびを

強く強く感じる



堂崎しげるさんの過去記事



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栗生楽泉園  中尾一哉さん



舗装路へこぼした砂利に迷う杖




落し物探す時にも杖の役




健忘症呑む約束はよく守り




コロコロと音の行く方の銭探す




電柱も白杖によき道知るべ




盲導線うずめた雪をさぐる杖




若草の命の上におろす腰




ふる里は栗生と胸に言い聞かせ



中尾一哉さんの略歴
栗生楽泉園。明治41年兵庫県生まれ。昭和55年5月「高原川柳会」入会。『ふるさとを捨てて』(昭和47年)に採録。


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ハヤシライス



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家人が作ったハヤシライス。具材はサトイモ、ピーマン、タマネギ、豚肉、ナスビ、エダマメで、ハヤシライスの素2個、砂糖少々、カレー粉小さじ1、コンソメスープ少々と言っていた。


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1954年「光の杖」の詩人たち  堂崎しげるさん



雲と私



どこからともなく

西へながれ

東に去り

むらがりよってきていつとはなく

ちりぢりになって消え去っていく

雲はいまもそうして浮んできては

消えていく

それが同じではないが

そうではないとも想わず

季節ごとに空を飾った夥しいかずかずの

変化にとんだ雲が

人間とどんな関係があるかなどと

そんなことは考えてみるいとまがなかった

なぜか雲は空にぽっかり

浮んでさえおればよいのだと

そんなことも一度も想ってみなかった

いくあてのない旅を

雲はじぶんでもわからないうちに作られていて

風に追われるままそうやって

はしっていく

どんな 未知の世界へでも

雲はゆうゆうとんでいけるのだろうか

じいっとみているうち

私に宿命と云うものがやっとわかるような

あるいは考えるなんて 存在ほどの意味を

持たないのかも知れない などど想いながら

あれほど淡くはかない雲の瞬間が

どんなに美しく

むねにやきついているか

それだけがいまやっと

私にわかったような気がする


堂崎しげるさんの略歴
1923年福井県に生まれる。高等小学校卒業。1939年光明園に入所。1942年軽快退所。1945年再入所。1952年より詩作を始める。詩人連盟「石器」会員。2002年10月14日死去。


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長島愛生園  浜口志賀夫さん



指のない女患に継ぎをして貰い




子の便りうつろな胸に灯をともし




代筆のナースも共に泣いてくれ




逃走の思い出
憧れた故郷の風の冷たすぎ




ただ一夜泊めてはくれぬ兄の家




病院がいやなら死ねと父らしく




叱る父慰める母ともに泣き




雑居部屋たたみ二枚が俺の城




鉄瓶に艶を残して妻は逝き




亡き妻の息がこもれる火吹竹




子と対面
伜には見せたくはない顔を撫で




うつしてはならぬ倅に手を曳かれ



浜口志賀夫さんの過去記事



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タジン鍋



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熱したタジン鍋に大さじ1のオリーブ油を入れ、タマネギのスライスを下敷きにして、薄切りしたジャガイモを置き、ピーマンを四つ割りして置き、ニンニク2球(約14片)を置き、ベーコン1連を半分に切って置き、風味付けにローズマリーを2茎置き、極弱火で20分、火を消して余熱5分で出来上がり。ポン酢で食べる。

まるごとニンニクとポテトのオイル煮風」を参考にしている。





エダマメ

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ボールに入れて塩もみをし、熱湯で5分茹でてザルに上げ、湯切りして出来上がり。




ピーマンの佃煮

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鍋に大さじ1の出し汁を入れ、醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、煮立ったら細切りしたピーマンを入れ、強火~弱火で5分ほど煮て、汁気が少なくなったらカツオブシ1袋を入れ、、混ぜて出来上がり。
 


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1954年「光の杖」の詩人たち  中野ヤスオさん



白い紙切れ


白い紙切れが赤黒い地上をはなれた時

砂塵におこった旋風が来てちりとごみとを

ひっくるめて灰色の空中に呑まれた

もう駄目です返事のかわり胸がどきんとした

脚を早めた扉が開いていた

ベッドの周囲には四五人佇っていた

肩がびくっとしたそれきり動かなかった

生と死 紙一重

昨日きた時しっかりした返事をした

早くよくなれ「ん」と答えた

昨日と今日 夢にも思わなかった淋しみ

胸に湧き眼を閉じ手を合した

時がたった 外に出た

雲もない 旋風もなかった

白い紙切れだけが

濁った水溜りにたたきつけられていた



中野ヤスオさんの略歴
邑久光明園に在籍。中野ヤスオはペンネームと見られ、詳細は不明である。1954年刊の『光の杖』には故人とある。


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1954年「光の杖」の詩人たち  山川夢草さん



姿なき生命


今竹箸で拾ったのは白骨だろうか

まだほのぼのとぬくい

おおこれこそ最後の愛情かも知れない

併しもう其処には愛憎も苦悩もない

ただ灰色の塊

ああこれがかつての友か

永い闘病のかげは何処へ行ったろう

夢もなまみもこんなにはかないのか

私は白骨とともにある

併しあの日の感激はもう湧かない

咽喉元すぎたあつさのように

もう何の反応も起らない

これでいいのかも知れない

運命なんて風のように消えてゆくものだ

そうだこの白骨こそ尊い人生の墓標



山川夢草さんの過去記事



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長島愛生園  浜口志賀夫さん



年金を行李に貯めて粗衣粗食




盲鈴が綺麗にひびく秋の朝




故郷の土つけた筍嗅いでみる




お茶席の窓へ紅梅かげを投げ




大工我れ茶筌さばきを見直され




鉛筆をなめている間にもう忘れ




目と頼む杖元旦へみがいとき




刺墨へナースかすかに声を上げ




酔うほどに二の腕に浮く紅桜




鋸の末路哀れや炭を切り




夢さめて孤独の闇が冷たすぎ



浜口志賀夫さんの過去記事



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ブリアラで煮物



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無水鍋に出し汁を大さじ4入れ、いつもの醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、煮立ったら乱切りしたニンジンとキクイモを入れて混ぜ、再度煮立ったら極弱火にして5分煮て、湯通ししたブリアラを置き10分煮て、ざく切りしたネギを入れ落し蓋をして5分煮て、蓋を開けて状況を確認し、続けて3分ほど煮て火を消して出来上がり。




出し汁作り

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前夜から昆布、干しシイタケ、煮干しは水に浸しておいた。中火で点火し煮立ったら弱火にして削り節を入れ10分ほど煮て、出し殻は全て取り出し、再沸騰させアクをとって出来上がり。

冷めたら瓶に入れ冷蔵庫で保存する。1週間ほどもつ。



ゆで卵

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エダマメ

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ボールで塩もみをし、熱湯で5分茹で、湯切りして出来上がり。



 焼ナスビ 
   
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熱した無水鍋に大さじ1の油を入れ、縦に半分に切ったナスビを入れ、弱火で4~5分、裏返して3~4分、火を消して余熱5分で皿に取り、醤油をまわしかけて出来上がり。



ポリポリキュウリ

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定番です。


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1954年「光の杖」の詩人たち  山川夢草さん



氷雨降る夜


氷雨がまた一しきり来た

もう消燈の時間だろうか

もやもやとしてどうにも落着かぬ

話しがもれてくるのは看護人の部屋か

静かだ まるで墓場だ それがこの病室だ

こつこつ 杖の音が闇にのまれている

「もう何時だい」

ベッドの上でしゃがれた声がする

誰れも返事をするものがなかった

「いたいた いたいよ この神経痛め」

ヒステリックな若い女の声がする

すると突然ばたばたと廊下に足音が乱れる

「やっぱりいけなかったんだなあ」

皆んなの心が一つの言葉に静まる

「私の心も」

あまだれの音が心にこたえる

私の背すじをつたっている

そうだ

私も重い荷物を背負いながら今夜のように

死んで行くのか

窓外の氷雨の音がまた一しきり

私の耳に近づいてくる

私はだまって瞼をとじようとする



山川夢草さんの略歴
1911年9月10日大阪府生まれ。園の記録では1940年5月2日光明園に入所とある。入所(外島保養院)後、文芸活動を始め、保養院機関紙「外島タイムス」の編集にも関わる。風水害後は全生病院に委託。詩のほかに評論、俳句などを「楓」に発表。1950年4月10日死去。


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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