た
黄昏
綿屑の様な雲は
茜にもえて
墨を流した様な
煙突の煙は
だんだん薄くなりながら
西から東へ流れていく
電線に止っていた雀は
泥礫の様に見えながら
とんでいった
屋根の庇と
豆の手との間に
蜘蛛はさかさになって
囲を踏んまえている
皺のかたまりのような海面へ
太陽がめり込んでいった
くらがりのかけらが
とんでいる
蝙蝠だ
だんだん濃くなっていく
やみに包まれた私の
瞼にはっきりと
故郷の山川は生れた
秋
あれもこれも離れていき
これもあれも離れていく
ペンは手をはなれて
机の上に位置をかえ
手とペンは無限のへだたりを生じる
右手と左手のあいだに
秋の野は横たわり
よそおいた木の葉は力なく
樹の枝を見放す
記憶は雲の浮遊と共に移り去り
凡てのものが
風影の中に離散した
上丸春生子さんの過去記事
上丸春生子(上丸たけを)(上丸武夫)さんの略歴
1912年3月17日富山県に生まれる。1940年7月9日、光明園に入所。詩作会会員としてよりも、卯の花俳句会会員としての活動が長い。俳句は戦後に始め、「ホトトギス」「玉藻」などの結社に所属。自治会役員も長期務めた。1983年3月18日死去。
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春
めぐり会えるこの日のいのち
かつての冬の曠野
時雨の枯路も消え去り
なごやかな陽光を
たたえて木々は芽ぐみ
呪われた病いも
新らしい薬によって
癒える夢を育て
活き活きとして
希望に満つ
生きていることの嬉しさを
真実悟らしめる春よ
更に
世のすべての病めるものに
あまねく新らしい光と
こよなき倖のあらんことを
私は願う
花に想う
壮麗な牡丹は崩れて
いつの間にか卯の花は朽ち
紫陽花のまりは雨だれに打たれ
静かに少しのやすむひまもなく
花の季節は移っていく
漂白された日々にでも耐ゆる愛と美は
大きな土壌のふところに抱かれて
生命の尊厳さをほこっている
雑草の中よりのび上がって
花は
懸命に自己の存在を訴えている
そのようないとなみの中に
生きていく俺たちの慕情があるのだ
一冊の書籍による人生の探求は
静かなる思索のひかり
一枚のレコードよりおこる即興幻想曲は
願いのひとときの音律
花粉が流れていく流れていく
永遠の孤独を求めて
自ずからの骸の上を
美しいものへの郷愁は
くめども尽きざる生命の泉
めぐり来る季節への羽搏き
花は花の為に生き
俺たちは俺たちの日々を生きていく
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