子の故に生きねばならぬ命よと今宵もわれに声迫り来る
孤児となるべきさだめ負はしめて終に術なしわれの幼子
ひたむきに生きたきゆゑに医師の前苛赦なき屈辱をわが受けてゐつ
夏の夜の明け初むるころ崩落のごとき眠りをもちて衰へぬ
荒荒しく病みの苛立ちをいふ吾にこのごろ妻が反発して来る
簡素なる生きざまといへど一椀のスープを
外科治療補助婦となりて働ける妻よ収入日は菓子など買ひ来る
耳の中に泪の流れ入りしまま静けかるべしや今朝の悲しみ
このわれの微けき生命看護婦の友らがくるる血にぬくもれり
声の郵便
童謡を歌ふ幼子よ父われの面も忘れて育ちつつあらむ
黄なる涙
蜆汁日毎にすする現身の眼に黄なる涙たたへて(黄疸併発)
癩予防法改悪反対の運動、全国癩療養所に於て一斉に高まる
動ける者皆出で行きて癩園に残れるは重病患者のわれらのみ
刻刻に情報を伝へつつすでに遠く炎天を行けり癩陳情の一団
身に秘むる一つ二つは言ひ出でてわれの終りの死に向ふべし
病人らの今日の怒りは医師怠慢昨日は配食のこと明日は何がある
残照の衰ふるとき枯草の中よりたちて石かがやけり
やうやくに放屁果せしやすらぎに泪こぼして日の暮れをあり
病む視野にさくらは見えずとどろとどろ脹れたる腹の鳴るひもすがら
春蚊出でて今宵しきりに近づけどわれは敗北の顔さらしゐる
癩留置場設置反対運動
鞭打たれ血を吐きて土に伏したりき無断外出を問はれし患者