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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

菊池恵楓園  畑野むめ さん


畑野むめ歌集


別るると最後に参る父の墓はげしき朝の雨となりたり





盲ひ果ててま探る友のさま見れば吾の望もはかなかるべし




うつしみに残る黒髪この朝をたれにたのまむ結へなくなりぬ





過ぎし日のわが日記読みて少し怒る夫に従ひて夜の道歩む





たのまるることの少き吾となり足の悪き友に帯結びもらふ





うすくなりし眼に黒眼鏡かけて行く俄に人の減りし感じに




追かけて密柑やりしがこの男の子まじまじ吾に眼をみはる




生みの母知らぬ汝ゆゑわれに来て母さんと呼ぶにうろたへにけり




不具の子はレプラになってよかったと言ひつつ目には涙が光る




病みながら生きの長きに驚きて吾を言ふらしふるさと人ら




入学を拒むPTAの声きけばみじめなり癩病む親の子は




かくまでにいとはるる子等の入学をいかにかもせむ限りなくかなし




生みの母にも義理の父あり父にまた義理の母あり来りて嘆く




三人の子らに苦しむ夫に添ひその子等に吾は憎まるるらし




たまたまは父と娘を部屋に置きわれはいでゆく語らしめむと




新しき癩刑務所はここに見ゆ我等につながる君のいのちか




あらたまの年のはじめに雪積みて雪のあかりに居るがたのしさ




指おちてゆくみじめなる悪臭が吊る三角布の中よりにほふ




水ぶくれとなるまで知らざりし足の火傷夫が嗤えば吾も笑ひぬ




両の手を水に浸してもの洗ふこのひとときを待ちし歳月




朝の窓立ちて開け放つこれだけの楽しみ今はおろそかならず




残飯を干せば雀が集り来るかかるはかなさも親しわが部屋




雨の中に夫の柩の見えずなり傘さして誰か吾を支へつ




ながく生きて怒りも湧かず追はれたる日は遠くして茶の花親し




す枯れたる草踏み分けて遂に来ぬ亡き母の墓標未だ新し




振り返り見むひまもなき古里の山川を背に病む身のさびしさ




命断ちし君を羨しと思はねば吾は堪へて待つおのづからの時



畑野むめさんの略歴
明治43年5月20日熊本県球磨川の上流の貧しい家に7人の弟妹の長女に生まれる。17歳ごろ発病。昭和6年22歳のとき九州療養所入所。昭和7年結婚。昭和11年森光丸を知り作歌を始める。昭和12年土屋文明の来園を機に13年「アララギ」入会。18年夫死亡。20年再婚。『菴羅樹』(昭和26年)『陸の中の島』(1956年)『海雪』昭和35年『畑野むめ歌集』(昭和37年)『三つの門』(昭和45年)『檜影集』(昭和51年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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大島青松園  政石 蒙さん


花までの距離


痲痺の舌写しみむとて赤んべをわがせしときに看護婦きたる





病みあとのこころ萎えやすく励ましの声も耳鳴りにまぎれむとする





療養の生活のさまをこともなげに我は話すに姉たちが泣く




看護婦を主体に撮りしらい園ルポ刺身のツマかと患者ら嘆く





本土より水の通ひし記念にと広場に水を噴きあがらせつ





松は松を生きて到りししづけさか落葉掃きつつ身のひき緊る





唇に痲痺及びきつ本の上にこぼれしよだれを慌てて拭ふ




みなしごのせつ子の癒えて島を発つ三月一日海凪ぎわたる





せっちゃんと呼べばおーんと応えつつせつ子はわれの腰巾着なりき





療園にゆけと言ひ兼ねてゐる父に先廻りしてわが言ひでぬ





ひとの死に泣かずなりしはいつよりぞ遺墨をまへに粛然とゐる





ゆくゆくは我もゆくべき不自由舎へ移りゆく君の荷物を運ぶ





住所録の君の名前を黒き枠に囲みて死亡の月日書込む





薬にて青味帯びたる己が眼を死びとの澄める眼のごとく見つ





傷つきしベトナムの子らよ生きのびてこの戦ひを裁かねばならぬ





クリスマス休戦の間をベトナムの幼らよとろけるほど眠るべし





よき友をよき肉親をもちながらをりをり萌すひとりの意識




政石 蒙さんの過去記事


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鯛アラで水炊き鍋


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干しシイタケ、昆布、煮干しを5時間ほど浸した土鍋を火にかけ、薄切りしたキクイモ、ニンジン、タマネギを入れる。煮立ったら弱火にして5分煮て、湯通しした鯛アラを入れ10分煮て、ハクサイとネギを入れさらに10分煮て出来上がり。


 
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ポン酢で食べる。シンプルでもおいしい。


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長島愛生園  森岡康行さん


森岡康行遺歌集


杖を握りゐたる形にわが指は器の如く硬直しをり





俄雨より点字新聞まもらむとこころ急ぎてわが配りゆく




留守多き君の居室のリラの木をわが覚へとし点字誌入れぬ





点字誌を配りてゆけば足たたぬ君は部屋より声かけくるる




癩ゆえにその族らのつひに来ず君の葬りに吾らのはべる





身を病まぬ一日がほし医者いらずといふ草一葉今日もらひくる





裸木となりてはじめてぶなの木の枝張る様をつぶさに知りぬ




ひととせの成長終えし安らぎを持てるかの如し冬のけやきは





痲痺とれし耳敏感に北風を小鳥のこゑを受けとめくるる





聞きなれし島のもの音わが耳に聞き分けながら歩む楽しさ





杖に触るる草木もろもろを手に探る新芽の茨柔らかにして





見えぬ目を空に向くれば空が見ゆ夜明の前の空と思へり





年年に生くる願ひの小さくなる己さぶしみ寒椿買ふ





押入れの引戸軽きを喜びて手萎えの妻のこゑがはずめり




顔の皮膚なでさすりつつ看護婦は我を慰撫する言葉選るらし





君逝きて競売となる盆栽に値札の下る寒風のなか




ななかまど芽の吹くさまは北国の君の言葉となりてよみがへる





ポリタンクのこの水すべて故里の井戸より姉の汲みてきしもの





ふるさとの井戸の水にて顔洗ふ四十五年の涙を洗ふ



森岡康行さんの過去記事


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大島青松園  赤沢正美さん



患者地区職員地区に分れをり小さき島の小さき社会




欠落を埋める如く降る雨の音の世界の中に眠りぬ





考えてみても仕方のなきことを振り切る如く煙草を喫へり




切切と命もやして鳴く蝉の夏華やかに照り盛るなり





うらうらと陽を浴びてをりたんぽぽの咲く野を駆けし少年老いて





人と人は会ふことのある歓びに島の晩夏の夕べはなやぐ





残暑去りし雨あとの草木匂ふ夜を湧き出でしごと虫鳴き始む





怒りでも淋しさでもなし混沌と老の私語われの私語泡立てり





新発生患者なきいまらい園は虹のごとあえかに老いほろびをり





黙黙と通夜の酒を飲むほどに生きゐるわれの髄液凍る





らい園の療養ながき父の遺骨持ち帰る子も六十歳近し





またひとりひとりが泛かび戦時下に逝きたる君らうつつに若し




ふつふつと湧き上りくるどの顔も切なし一人ひとり逝きたり





骨堂の棚に並びて君も君も臓腑なしらいの悲しみもなし





草原の草に立つ風秋めきて日暮るるときにこころ飢ゑゆく





はばからず競ひ合ふ声みちみちて夜の庭先は虫たちのもの





近道をこころみて見事迷ひたる白杖に冬の砂やはらかし





寒菊はまだ咲かぬらし匂ひなき庭の真昼の一切の空





寒菊の花咲き初めて暮れはやき夕庭の冷え香りをもてり





確かなる生と思ふな朽ちるもの朽ちさせて冬の大地は無言





冬木木の乾きにしみて降る雨の音なき昼を癒やされてゐる





波の音松風の音をわがものとなさねば島の冬堪えがたし





らいは癒えながら癩園に住むわれの命の襞を鳴らす風あり



赤沢正美さんの過去記事その1

赤沢正美さんの過去記事その2

赤沢正美さんの過去記事その3


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カブとヤーコンの甘酢漬け


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まず甘酢を作る。3カップ余りの水を入れ、昆布、干しシイタケ、煮干しを5時間ほど浸しておいた。いつもの要領で出し汁を作る。



大豆の煮豆


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青大豆は一晩、水に浸しておいた。圧力鍋に戻し水ごと入れ、シイタケとニンジンの角切りを入れ、ヤーコンはいったん水につけアク抜きしてから入れた。

上で作った出し汁を1カップほど入れ、出し殻も具材として入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、ごま油を数滴入れ、おもりが回り始めたら極弱火にして20分、火を消して1時間以上放置して出来上がり。


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3日ほどかけて食べる。



カブとヤーコンの甘酢漬け

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カブ600gはスライスして塩もみをして5時間ほど置き、水気をしぼりながら瓶に入れる。ヤーコンは切りながら水に浸し、熱湯で20~30秒茹でて冷水に取り、瓶に入れる。上のだし汁2カップに砂糖100gを入れて溶かし、酢を120cc入れて甘酢を作り、冷めたら瓶に注いで出来上がり。

今回は両方とも、ニンニク1片のすりおろし、生姜1片のすりおろし、ユズの皮のすりおろしと果汁を入れてみた。明朝には食べれる。





蒸しダイコンとポン酢

    
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熱した無水鍋に大さじ1のオリーブ油を入れ、1センチほどに輪切りしたダイコンとシイタケを置き、極弱火で25分、火を消して余熱5分で蓋を開け、裏返してポン酢大さじ2をまわしかけ、強火で1分煮て出来上がり。



ニンジンおろし・ダイコンおろし
 
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ポン酢で。


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大島青松園  笠居誠一さん


義肢


天涯の孤独が寄りて癩園に結ぶちぎりを人赦しませ





断種してちぎりし友も年老いて子が欲しと言ふ心諾ふ





かぎりなく視野ひらけくる岬に来て病の癒ゆる錯覚に佇つ





遺骨すら拒否せる親が若干の遺金は受けて口をつぐめる





胸に手をくみて眠れりこのままの姿勢に死ねば倖せと思ふ





健康の良きが有利な位置を得て不自由者の意見握りつぶさる





キリストの奇蹟信じる吾ゆゑに彼等に愚弄されて生き行く





ぱぴぷぺぽ言えなくなりし唇を映す鏡に顔がひづめる





トロを押す女土工の野生美に年甲斐もなく吾が心うごく





法網にがんじがらみにしばられて患者は生ける屍となる





流れ来し死者をかこみて各各に批判の声が屍をうつ





骸には菰をかぶせて検死待つ渚に冬の波が光れり





義肢の金具かなしき音に鳴るをはき山の畑へ肥桶かつぐ





天水を飲料にせる我が島に今日も朝より死の雨がふる




檻に飼ふ猿怒らせて喜べる彼らも共通の悲しみを持つ





床ずれのきずのガーゼを取替へる時いさらひの糞をぬぐへり





病室の屋根すれすれに人魂の飛ぶといふ夜に冬の雨ふる





寒波くる浜辺の道を火葬場に鉦鳴らしつつ行く僧も癩





向き直り吾を見て居し野良犬が道標の石に尿かけゆく



笠居誠一(笠居誠)さんの略歴
明治27年香川県生まれ。大正9年大島療養所入所。昭和11年「水甕」入社。昭和39年「水甕」同人。昭和42年没。享年73。第一歌集『松癩』。『藻の花』(昭和10年)『白砂集』(昭和15年)『稜線』(昭和27年)『澪』(昭和29年)『陸の中の島』(1956年)第二歌集『義肢』(昭和40年)『三つの門』(昭和45年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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ブリのアラ汁


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ダイコン、ニンジン、キクイモは同じくらいの大きさに切り、水とだし汁を半々入れ、煮立ったら弱火にして5分煮て、スライスしたシイタケと湯通ししたブリアラを入れ、醤油、酒、みりんで味付けし、10分煮て味を見て醤油を少し足し、生姜1片をすりおろし、ネギの小口切りを入れ、1~2分煮て出来上がり。

簡単美味しい☆ぶりのあら汁」を参考にした。


   
ダイコンの味噌煮

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乱切りしたダイコンとだし汁を入れ、煮立ったら弱火にして5分煮て、湯通しした豚肉100gを入れ5分煮て、味噌を溶き入れて5分煮て、味を見て醤油小さじ1を加え、最後にユズの皮をすりおろして混ぜると出来上がり。   


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菊池恵楓園  石川 孝さん


檜の陰の聖父


木枯の音にまじりて聞え来る夕の友のともらひの鐘




湯たんぼを抱きたるままにはかなくも昨夜の寒さに友逝きにけり





つつましくマスクかけたる看護婦を寂しく思ふ朝もありけり




金送る父を思へばほそぼそと我れ何時までも生きるべからず




いくらかの金のほしさに故郷の叔母に書きたる手紙の長さ




今宵また我が病院の裏山に人焼く煙たちのぼるなり




秋の日の窓に向ひて臥しながら昨日とおなじ思にふける




さすたけの君が見舞の文がらは枕の下にしきて臥し居り




病み臥して寝台に五年あらがねの土をふまざる我が足あはれ





霜の夜の厠の廊下ゐざりつついゆきかへらひかなしくなりぬ





たらちねの懐ぞ恋ししみじみと湯たんぽだきて我れは臥しをり





隠すべき処も隠す気力失せて病む身けだるく起き臥すあはれ




しびれたる我の腕に昼の蚊はみるみるうちに腹を太めし




今日も亦空灰色にくれむすと聖主のみ名を幾度となへし


石川 孝さんの略歴
明治39年熊本県人吉町生まれ。小学校卒業頃から兆候が現れ大正12年10月28日九州療養所入所。大正13年4月頃から内田守人に師事。失明、気管切開。昭和4年5月アララギ入会。土屋文明に師事。カトリック教徒。昭和5年4月9日没。享年25。『檜の影』第一集(大正15年)『檜の影』第二集(昭和4年)『檜の陰の聖父』(昭和10年)『九州療養所アララギ故人歌集』(昭和15年)『三つの門』(昭和45年)『ハンセン病療養所歌人全集』(昭和63年)


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大島青松園  東條康江さん


天の国籍


失明のどん底に沈みいるわれに点字習うを勧めくるる盲友




ことこつと点字うつ音特殊にひびきて秋の夜の深みゆく





木枯の夜の点筆握りしめ父とも思う人に文書く





磯の香の沁みたる岩に腰を掛け友が貝掘る音を聞きいつ





雨風の激しき日なり治療棟へ行く道遠く遠く思うも




身障度強き身なれど生かされし幸に感謝し献体なせり




十五歳のおさげ髪にて入所せしわれ病み抜きて還暦迎う





初生りのなすび二つをわれの手に夫はのせくれぬ紫匂う





看護婦もわれも人なり過ちを許し許され今日暮れにけり





失明を受け入れがたく抗いて白杖持つを拒みに拒む





失明というトンネルの長かりき三十余年の歳月流る





もの心つきたるわれに母のなく祖母の慈しみ育てられけり





父を捨て幼きわれを置き去りし母には母の悲しみあらん





生かされて生きる命の確かなり沈む夕日も朝日とならん





らい予防法廃止を祝う集いもち世になき友らに黙祷捧ぐ




父の日に亡き父想う十二歳のわれを残して逝きましし父





生臭きまでに緑の香にたてり嗅覚われに戻りきたれば




入所記念日
入所して四十七年過ぎにけり涙涸れたる5月31日




許しつつ許されにつつ歩み来し四十五年の二人の旅路




追憶(父の死)
もの心つきたるわれを背負いくれし父はハンセン病に侵されていつ




病院へ行けと巡査はサーベルを鳴らして父に強く言いたり




わが膝に父の骨箱しかと抱き阿讃山脈を夜汽車にて越ゆ





夫も病み我も病みたる八月は風鈴の音も聞かず過ぎたり




「風の舞」を抜けて流れる雲にのり懐かしき故郷へ帰りゆきませ




身支度を終え正座なしバイブルを夫に読みもらいひと日始まる




いづこより吹きくる風か風の息もらいてわれは生かさるるなり



東條康江さんの略歴
昭和8年2月7日徳島市生まれ。昭和20年4月徳島市立高等女学校に入学するも、12月発病により退学。昭和23年5月31日大島青松園入園。昭和26年3月24日、武智高と結婚。昭和27年11月25日キリスト教洗礼。昭和35年失明し、大島盲人会に入会。会の機関誌「灯台」に短歌や文章を発表。平成7年より園の機関紙「青松」に短歌を発表継続し、作歌に励む。歌文集『天の国籍』(平成10年)


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黒豆の煮物


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黒豆130gは9時間ほど水に浸しておいた。圧力鍋に戻し水ごと入れ、砂糖70g、蜂蜜大さじ3、醤油小さじ1を入れて混ぜ、おもりがまわり始めたら極弱火にして20分、火を消してそのまま放置して出来上がり。

時間がなかったので無水鍋でなく圧力鍋を使い、「簡単おせち★材料3つの黒豆」を参考にした。



ジャガイモの蒸し煮

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熱した無水鍋に大さじ1のオリーブ油を入れ、小さ目に乱切りしたジャガイモを入れ(混ぜない)、細切りしたベーコン3枚を置き、蜂蜜を大さじ1入れ、月桂樹とローズマリーを風味付けに入れ、極弱火で30分、火を消して余熱5分で蓋を開け、オイスターソース大さじ1と醤油小さじ1で味付けし、強火で1分炒めて出来上がり。

テリッテリッ!新ジャガのオイスター炒め」を参考にした。



ホウレンソウのおひたし

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ホウレンソウを株元の方から立てて入れ、30秒後に葉を沈め、その30秒後に冷水にとり、ざく切りして水気をしぼると出来上がり。カツオブシと醤油で食べた。 


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松丘保養園  滝田十和男さん


木洩れ陽の森


今に果てても惜しまぬいのち思いつつ小さき歌集を萎掌に撫づる




生業と子らの話に尽きたるは我と異なる世に生きる兄





親に遠く離れて病むもさりげなしわれら夫婦に慕い寄る少女





家系恥じいずれも家業棄てゆきて残されし母が七十を越ゆ





新幹線工事場に死す甥の名を記事に読みたり病む叔父われは




電報の来ることもなく関わりを拒む 同胞うからの悲しみ想う




金芝河の獄舎のなかにその節をまもり貫き冬は明けたり





うた作る人は神経質すぎると我が訴えのあしらわれてきし





妻がため一途に生きてゆきたしと思わぬ日なし祷りつつ臥す





生きられるだけ生きるより道はなく野を埋めてふる雪を見呆ける





あるままに今日を生きよと言いくれし友あり今日もあるがままなる





唐突に妻が聞きたり産みもせぬ子の名考えたることのあるかと





一日を生きたることのよろこびにひと言妻を労らいて寝る





ふるさとの道に拾いて来し小石蔵い置きたり病み古るいまも



滝田十和男さんの略歴
大正13年福島県生まれ。昭和10年発病。昭和12年父とともに松丘保養園に入園。昭和14年父死亡。昭和15年園内の小学校を卒業、園内作業に従事。昭和16年一時脱園して働く。昭和20年2年ほど東北新生園にいた後再入園。作歌をはじめ白樺短歌会入会。昭和22年「多摩」入会。結婚。受洗。昭和28年「多摩」解散の後「形成」創刊とともに入社、木俣修に師事。「樹木」所属。現丹青短歌会所属。園機関紙「甲田の裾」の編集者、松丘カトリック教会信徒会長。『陸の中の島』(1956年)『天河』(昭和31年)『白樺』第一集(昭和32年)『白樺』第二集(昭和38年)『三つの門』(昭和45年)『白樺』第三集(昭和47年)『白樺』第四集(昭和58年)『木洩れ陽の森』(昭和60年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)著作はほかに作詞集『木もれ日の歌』『銀鱗の歌』随筆集『七夕ずいひつ』他多数。


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多摩全生園  山岡響さん


遠き山河


肉親のつながり切れて三十年切れぬ想ひを持ちてわれ老ゆ




手探りの一日の生活綴らむとまた手探りにカセットボタン押す





治療薬プロミンによる肝肥大肝機の弱く二十年経つ





ねぢ巻くを忘れし置時計止りゐて元旦の午後うとうと眠し




ものの味衰ふ舌に蕗の薹少年の日の土の香を持つ





梅雨晴れの日差しを受けつつ思ひをり我の身の影映すなき眼を





我がための鎮魂として詠みつがむ色彩のなき盲目の歌




萎えし手にしばし探るを耐へくれよ芍薬の芽に我の呟く





春めきし日はそそぎつつ盲目の闇ひえ冷えと白梅匂ふ





目の見ゆる夢見てをりぬはてなはてな義眼の筈とあやしみにつつ





杖の先に心よせゆくわが前に鶯の声がふいに明るし





紫陽花の毬が重しと一首あるはがきも梅雨にしめりてをりぬ




腹合わぬ人差指と親ゆびに力をそそぎ釦挟みをり





生温き牛乳ひと口づつふくみ今の失意を噛む如く飲む




郷愁はいのりに似たれ春蘭の花芽の数を指頭に拾ふ





フィルムに映る二センチの癌の影盲ひの闇をへだて聞きをり




プロミンは両刃の剣ハンセン病癒えて慢性肝炎を病む





癌宣告ひとり受けたり肉親を捨てて六十年生きたる果てに





盲ひの闇がもし青ならばいかならむ薄墨の静けさ恵みと思ふ





我が肉のひづみを打ちし癌の影歌に詠めよと内よりの声





胡蝶蘭咲きつぐ花に指を置く指の触角は花と交はる





ハンセン病癒えて命の永らふる身の伽として癌の影襲ふ


山岡響(室岡虎雄)さんの略歴
大正8年新潟県上越地方の山村に生まれる。昭和8年11月第一区府県立全生病院に入院。山桜出版部、病棟付添夫として働く。昭和20年冬結婚。(28年離婚)昭和24年失明。29年キリスト教に入信。短歌は少年時代から親しんでいたが「歌人」「勁草」をへて昭和16年11月「国民文学」に入社。平成7年12月27日肝臓がんで逝去。享年76。『木がくれの実』(昭和28年)『陸の中の島』(1956年)『輪唱』(昭和34年)『三つの門』(昭和45年)『開かれた門』(昭和53年)『三冬月』(1982年)『雪椿の里』(昭和60年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『憩の灯』(平成7年)『遠き山河』(平成8年)


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キャベツのレモン醤油和え


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キャベツは1センチほどにざく切りして2分ほど茹でて冷水に取り、水気をよくしぼる。小魚は火を消して15秒湯通しする。

ボールに醤油大さじ2、出し汁大さじ2、レモン果汁大さじ1、ユズ1個の果汁、砂糖大さじ1を入れて混ぜ、湯通しした小魚を2分ほど浸し、キャベツを入れて和えると出来上がり。



ハクサイの煮物

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鍋にざく切りしたハクサイと乱切りしたシイタケを入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、削り節を入れ、煮立ったら(3分の1ほどにめたる)弱火にして10分煮て出来上がり。

ツナ缶を入れようか迷ったが、今回は入れなかった。



サツマイモのおやつ

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熱した無水鍋にバターを入れ、乱切りしたサツマイモを入れ(混ぜない)、蜂蜜を入れ、ユズ1個の果汁を入れ、極弱火で30分、火を消して余熱5分で出来上がり。

サツマイモは籾殻を入れた発泡スチロールに入れ、家中で最も暖かい台所の冷蔵庫の上と水屋の上に合計3ケース置いた。こうすれば当地では冬越しができ、種芋も確保できる。

生姜(小粒品種の三州生姜)は発泡スチロールに籾殻、クン炭(焼きすくも)、田んぼ土の3種類(クン炭はなくてもいい)を混ぜた中に入れ、同じく台所の天井近くに置くと冬越しができ、種芋が確保できる。

 



ブロッコリーのニンニク醤油炒め

   
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ブロッコリーは小分けして1分ほど茹でて湯切りする。熱したフライパンに小さじ1のゴマ油を入れ、ニンニク1片のみじん切り、ブロッコリーの順に炒め、ニンニク醤油で味付けして出来上がり。


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長島愛生園  北田由貴子さん


この島を


われとわがこの日日のたたかひに畳に落ちし箸をまさぐる




おのづから小さくなりて街をゆく萎えし双手をポケットに入れて





夕づきて福山城の階くだるわが靴に踏まれ木の実がにほふ





われもまたこの骨堂にいつの日か壺に収まり並び置かれむ





一夜にして二人逝きたる病棟に今朝は黙してわれら食事す




悲しませたくなく言へずゐるわれの眼の衰へを兄は知るらし




癩児絶えし学園は車庫に変貌し二宮金次郎像一つ立つ





わが生のありのままなる自らを曝し名づけし『死角の島』よ




病めるわれらを笑はせて挨拶したまへる水甕主幹に拍手鳴りやまず





見ゆるやと顔寄せ給ふ河合先生あたたかくほのかにビールが匂ふ





白き杖つかねばならぬ悲しみをまつはる猫に言ひ放ちたり




眼帯外し見ゆるやと問ふ先生のお顔おぼろに見えて頷く





開眼の成りしは夢にあらずやとかざすわが手のまぎれなく見ゆ





斯く見ゆるまでになりたるわれの眼か友みな老いて髪白くなりぬ





医師充員陳情はがきを夫は書きわれは夕餉の豌豆を剥く




開眼を祝ひて賜びし鏡面に軒の雀の飛びかふ映る





眼の癒えて鏡に映すわが顔の頬つたひくる涙が光る





わが夫と顔を見あわせ語りあふ幾年ぶりにわが眼の癒えて





夫に委ねてありし厨よ今日よりは眼癒えたるわがものとせむ





かへりたるわれの視界や朝風に楠の若葉のきらめきやまず



北田由貴子さんの過去記事


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邑久光明園  森山栄三さん


楠若葉の島


「点字毎日」に初めて載りし我が短歌風邪熱にかわく舌先に読む




窓辺より小鳥さえずる初夏の朝看取らるる身の一日始まる




点字より幸せ我に来るごとく病める支えと短歌を学ぶ




盲妻とかばい合いつつ過ごし来て十八回目の除夜の鐘きく





陳情に本館前の階段を緊張しつつ白杖立て登る





十八歳で入所するまで隠れいし胸の傷深き故郷の家





友の飼う手乗り
鸚哥いんこが雨の日は野鳥の如く匂うときあり




麻痺の手に点筆刺さるを知らずして舌先に読む点字書の短歌





小机に向かいて点字のノートより歌をえらばん夕べひととき





百貫の荷を背に負うごと隔たりし島に病みいて短歌を詠みつぐ





論じ合うことのむなしさ噛みしめて盲の夫婦に冬が始まる





栗の花かおりて来れば遠き日の山小屋おもう逃れ住みいし




村人をはばかりて父が建てくれし小さき家に病む身寄せあいき




栗の実がトタンの屋根にころげ落つる音におどろきき癩病むわれは





癩を病み盲となりて二十五年島に打寄する波の反復





点訳をしてもらいたる万葉集一首一首に秋の夜深む





米軍の爆撃うけしベトナムの癩院見舞う我等の募金





宿命とあきらめおれど目覚むれば見える目が欲し母に逢いたし



森山栄三さんの略歴
大正13年11月24日滋賀県生まれ。昭和11年発病。翌年尋常小学校を卒業。16年5月邑久光明園に入所。19年失明。25年結婚。41年「まひる野」入会。盲人会役員、自治会役員を長く務める。『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『楠若葉の島』(平成13年)『相場振山』(平成18年)


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サトイモの煮物


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サトイモはこそげるようにむいて乱切りし、シイタケも乱切りして鍋に入れる。水(だし汁がなかったから)を入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、削り節を入れ、煮立ったら弱火にして15分煮て出来上がり。



ゆで卵


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おでん→カレー


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昨日のおでんの残りにカレールーを1個入れ、10~15分煮てカレーにした。



出し汁作り

  
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前夜から干しシイタケ、昆布、煮干しは浸しておいた。点火して煮立ったら弱火にして昆布は取り出し、削り節を入れ5分煮て、出し殻は全て取り出し、再沸騰させアクを取って出来上がり。冷めたら瓶に入れ冷蔵庫で保存する。




出し殻でふりかけ


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出し殻は手で水気をしぼってみじん切りし、熱したフライパンで乾煎りし、砂糖と醤油で味付けして出来上がり。




パスタ
   
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ロケットの葉はざく切り、タマネギはスライス、ベーコン2枚は細切り、魚ソーセージは小口切り、ニンニク1片はスライスしておく。

沸騰した湯に小さじ1の塩を入れ、150gのパスタを入れ中火で8分(袋の表示通り)煮る。その間に、フライパンを熱して大さじ1のオリーブ油を入れ、ニンニク、ベーコン、魚ソーセージ、タマネギ、ロケットの順に炒め、ケチャップとソースで味付けし、パスタが茹で上がるのを待つ。

フライパンに湯切りしたパスタを入れ、強火で1分炒め、具材となじんだら出来上がり。



キンリョウヘンの水やり
 
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1週間に1回、曜日を決めておくと水遣りを忘れない。簡易水道の水に沸騰した湯を入れ、ぬるま湯にしてジョロの先をとり鉢の根元に(葉には散布しない)たっぷり与える。

軒下に支柱でトンネルをしてパオパオを二重に被せ、その上にポリを被せ、夜間だけ古毛布を被せ、夜10時~朝8時頃まで最低温度7度に設定して電熱温床を入れる。電気代は1か月3千円ほど余計にかかる。

分蜂の初め(4月10日頃)に照準を合わせてキンリョウヘンを咲かせないと、ミツバチはゲットできない。


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栗生楽泉園  笹川佐之さん

熊笹の道


癩病みて短き命なれど歌を詠みむだなき月日を一筋に生きん





六十五になりにし父の炭焼きて送る小遣いは我に尊し





己が傷の臭ひ己れにわかる日はひねもす部屋の一隅に座る





収容列車で共に送られし日を想ひ君がはふりの列に加わる





六人で送られて来しは九年前か君逝きて吾と姉と残るのみ





臥すことのできぬ身となり五ヶ月を座りつづけて君は逝きけり





仁王に似ると言ふ盲我の顔を見入る田舎の幼子ときく





一号室の少女が時にするいたずらを待つ思ひにて廊下を曲る





残飯を箱に入れ庭に出しおきぬ雀朝朝来るをねがひて





初めて会う我が膝にもたれ唱歌唱ふ癩となり来し七歳の児は





家族一人癩になりしを歎かひて一家九人心中を聞く




耐寒設備のなき病棟を高原に建てたる為政者を思ふ





癩病とは何かと癩の幼児に問はれて我答へず居りぬ





茂吉先生の人磨論を読みくれる友に朝ごと都合聞きにゆく





盲ひゆく心に釈迦もキリストも力かさざれば食を絶ちにき





さぐる手に頭を寄せて押してくる子羊の側を去りがたくをり





症状のあらわれぬ病胸にありて作業せぬ姉を非協力者と言ふ





炭小屋の育ちが今に及ぶらし山に入り来て心安まる





癩園に十一年あり頭禿げ鼻落ち盲ひて父を迎ふる





混み合へる汽車にて二十時間の旅を来し父の鼾して早や眠り居る





多数決で物ごと決まる世にありて戦時中の如く圧迫されゐる



笹川佐之さんの略歴
大正13年生まれ、炭焼きを業としていた父親に随い北海道から東北の山々を渡り歩く。昭和16年4月9日、16歳で秋田の山村から姉とともに「お召し列車」で栗生楽泉園に収容。昭和21年過労と栄養失調が原因で一夜にして失明。昭和23年頃から作歌を始める。「高原」「潮汐」に発表。らい予防法闘争ではハンガーストライキを決行。昭和27年、浅井あい、金夏日らと点字舌読を最初に実行し、その後舌読は全国に広がる。昭和33年4月19日自死。『山霧』(昭和41年)『熊笹の道』(昭和55年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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おでん


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具材のダイコン、ニンジン、キクイモ、シイタケは乱切りし、タマネギはスライスして鍋に入れ、水を入れて(だし汁がなかったから)煮る。

煮立ったら弱火にして、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、市販の調味料を少し入れ、生姜1片をすりおろし、ちくわと15秒湯通しした鶏肉(以前買った残り)を入れ、20分煮て出来上がり。



 

ホウレンソウのゴマ和え

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ホウレンソウは30秒ほど茹でて冷水にとり、ざく切りして水気を絞りながらボールに入れる。

ボールに蜂蜜と醤油を入れて混ぜ、ホウレンソウをほぐし、すりゴマをふって混ぜると出来上がり。


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星塚敬愛園  川野順さん


狂いたる磁石盤


狂いたる磁石盤にも似てあればもろ手たらして吾が立ちすくむ




己れをば弔う夢を吾れは見し安定剤に頼るこの頃





現実はどうにもならず呆然と天の一角にまなこ凝らしぬ





からだ中でんでん虫の角生やし盲いは生きて行かねばならず




国籍を秘めて働きし時の名を用いこの国の詩形を学ぶ





病みつぎていのち死ぬべきこの国に帰化も援護も許されずいる





片方が欠ければ住めぬ夫婦舎のわが窓近く木犀を植う





海隔て我は病むなり我が母の死にたる報せ今手にしつつ





秋の夜の灯りの下に病む妻と菜漬の話少しして寝る





バイブルを引き裂き投げて喚きたきいく日の衝動吾は狂わん





社会復帰の見込みもあらずこの国に籍を持たねば年金もなし




キリストを信ずる吾を気違いと田村史朗が文よこしたり





苦しみし者のみぞ知る哀しさにふたつのこころ相寄りにけり





無視されて無視せんとしてさびしけれああ日本に住む僑胞よ




学生は如何に聴くらん病みつぎて知りし世界の吾の語らい





少年の日に吾が憧れし街ソウル踏めど見えず吾れは還暦





著者名も呼ばるる時もカワノジュン自負なき吾の悲しみなれや





指曲り眉抜けしまま目は見えずライ治癒と言われてもライ園住人




同胞に傷つき寡黙にこもる我にしばしば囁く妻は日本人




刺繍あるチマ・チョゴリ着し君立てば火の島に遊ぶ人ら寄り来る





はろばろと訪う薩摩路に君まと うチマとチョゴリはわが誇りとも




点字にては用なさぬ事多かりき文字が読みたし文字が書きたし





カーテンを引いて灯の下今妻と人の世に住み人に疲れて





日本名用い日本の歌学び惑うともなく惑う日のあり





ひりひりと舌先痛し舌をもて点字聖書の箴言を読む





結ばれしこの世の縁かろからず妻の先祖を拝みまつる




手紙断ちしふたりの妹持つ妻が無心に花の水替えて居り




世の偏見未だも消えず縁者等にかくしかくされて妻は療養





土踏めば母の温もり身を包む眼見えねどここはふるさと





日本の療養所より恋い来たり血をひくものの宴のなかにいる




夢抱きふるさと出でし日は朧ろ日本の癩園にまた帰り行かん





元旦の礼拝に来て畏めば疼きの如し生あることの





幼児が母待つごとく妻と待つ今日はボランティアーの来る木曜日





劣等感捨てよと手紙給いたり答えん手紙のまとまり難し





自らも光放つにあらざれば闇黒黒とおしせまるべし





朝鮮語とも韓国語とも言われずにはんぐる講座と言いて始まる





結論は教会の骨堂に入るべし妻も故山に帰らずという





距離角度しつこきまでにくり返しわれは聞くなり新しき道





鳥でさえ見えて飛ぶ身と思う時どっと悲しみがつき上げてくる




韓国名馴染まざる儘この国の小詩形学び骨埋むるべし




四十年われは見ざるも茜さす野の上のさま山山のさま



川野順(兪順凡)さんの略歴
1915年2月12日韓国慶尚北道月城郡に生まれる。1929年公立普通学校卒業。1933年、叔父を頼って渡日、音楽家を志しながら職業を転々とする。1937年発病。1939年身延深敬園福岡分園に入園。1940年九州療養所(現・菊池恵楓園)転所、1942年星塚敬愛園転所。1940年「アララギ」短歌会入会。受洗。1950年失明。1955年「未来」短歌会入会。1990年12月8日死去。『陸の中の島』(1956年)『荊━━わが半生記と折々の歌』(1972年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『狂いたる磁石盤』(1993年)。


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大島青松園  林みち子さん


心よ羽ばたけ


骨となりて出づるほかなき石の門海に入る日に赤赤と映ゆ





生きの限りくりかへさるる菌検査物体のごとくメスに切られて




ライゆゑに子を堕さるるをみな悲し菜種の花に蝶のあそぶ昼




夜を待ちて生家の跡にきて立てば地より聞ゆる父母のこゑ





夜のしらむ待ちて従妹の家を去るこの寂しさも吾のみのもの





一歩づつ遠ざかる道にかへり見る古里の眠りをつつむ朝靄




いつまでの命か六畳ひと部屋にインコと盲ひの夫と私と





灯を消せば籠のインコもしづまりて共に一つの蚊帳に眠れる




人一人の死のすみやかに片付きしあと閑かなり病棟の午後




午後四時の夕餉終りし時刻より何せむか長き夏の日ぐれを





眠るまに視力失せゆく怯えもち醒めたる時はあたり見まはす





多く産み多く死なせし山村のなげきを見せて墓のつづけり





ほしいまま風は隙間をはいりくる経済大国の中のライ園





みとられて過ぎゆかむ身の嘆き一つ果なく蒼き海に捨てくる





手術にて光復りしよろこびのあふるる君の墨太き文





窓ちかくすでに青める春の山何も持たざる手を膝におく





三ヶ年書ける日記を求めきぬ書くまで保たむ視力を願ふ




和洋式いづれの便器に定めむかそれぞれに異なる障害もてば





死をえらぶまで追ひつめしものは何病苦のゆゑと言ふな安易に



林みち子さんの過去記事


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お好み焼き


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時々食べたくなるお好み焼き。キャベツと薄力粉の相性がいい。

キャベツ200gを太めの千切りにしてボールに入れ、薄力粉100gをまぶす。卵2個を溶き入れ、120ccの水(卵1個なら150cc)を入れて混ぜ、15秒湯通しした豚肉100gを入れて混ぜる。

熱したフライパンに大さじ1の油を入れ、弱火で蓋をして裏表5分ずつ焼いて出来上がり。いつもウスターソースで食べている。






ダイズの購入

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野菜を買うことはほとんどないが、ダイズだけは毎年この時期に、赤坂の青空市で買っている。今日買ったのは、
白大豆(400g入り)200円×2袋= 400円
青大豆(1キロ入り) 600円×2袋=1200円
黒豆 (500g入り)500円×2袋=1000円
合計(税込み)で2600円。生産者泣かせの安い価格である。

1回に使う分量は大豆の煮豆に130g、玄米大豆ご飯(3合)に80gなので、これだけあれば足りるだろう。なお、黒豆は単品で煮る。

豆類を煮るのは主に冬期(12月~3月末頃)の4ヶ月間である。

残った豆は6月10日~15日の間に「エダマメ」として蒔き、ヤギと鶏の飼料にする。


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栗生楽泉園  浅井あいさん


白い視界


鉄びんの湯気たちこむる炬燵の中麻痺のわが手が和らぎて来ぬ





かぎ形に曲りし麻痺の小指にも爪は伸びつつ生命かなしき





つきつめて悲しくなれば点字器にわれは対い居ぬ肩の凝るまで





三たび父の臨終のさま読みもらうわれはつぶさに記憶せんとして





この知覚足にあるうち故郷の日本海のかの渚踏みたし





この夕べ指折り数うるにわがための点訳奉仕者十人を越ゆ





その昔脱けゆきてむごく罰せられし柊の垣に添いめぐりゆく





看護助手獲得すべく座り込みにめしいのわれも旅立たんとす





指先にのこる機能を保たんと夕べは拾う二百ほどの豆





麻痺の手にて十年をわが打ちつぎし点筆はなめらかに艶も出で来ぬ





三十年この療園に生きのびていまだも少女のごと呼ばれおり





らいの果のめしいといえど尋常にもの言う声をわれは保てり





らいわれの嘆きをいかに受取らんしきりにメモするサリドマイドのおとめ





蔑視する人のまなこが見えぬから園外にて発言出来るのだと言う





雪しまく今朝は夫のヤッケ着て新聞配りに出でゆかんとす





世にらいの新患出でず療園にわれらいかなる老後を迎えん





枕べに革やわらかき補助義足衣類に並べて夜を寝ねんとす





亡き友が蒔きて育てしもろこしを双手にささえ食べおり通夜に



浅井あいさんの過去記事


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ブリ大根


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ダイコンを乱切りして鍋に入れ、出し汁を入れ、煮立ったら弱火にして5分煮て、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、生姜1片をすりおろし、15秒湯通ししたブリあらを入れ、15分煮て出来上がり。

夕飯で食べるなら、昼に作っておいた方がおいしい。



魚ソーセージとタマネギのケチャップ炒め

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熱したフライパンに大さじ1のオリーブ油を入れ、ニンニク1片の薄切り、魚ソーセージ半本の小口切り、タマネギのスライスの順に炒め、ケチャップとソース(もしくはオイスターソースと醤油)で味付けして出来上がり。



巣箱(巣の底)の掃除

今日、3週間ぶりに巣箱の開閉扉を開けて「巣くず」の掃除をしたが、巣くずはあまり落ちておらず、12月のこの時期になってもまだ貯蜜を食べ始めていないようだった。

ひっかき棒で掃除を始めたら2群とも数十匹の守衛蜂が攻撃してきて、デジカメで撮影することも、手鏡と懐中電灯で内検することもできず、大急ぎで扉を閉めて駆け足で逃げたが、まとわりついて追跡してきた。頭は防御ネットをかぶり、手にはゴム手をしていたから刺されはしなかった。

今後は1月中旬、2月中旬、3月中旬と月に1回のペースで掃除(内検)をする。越冬中の内検は月に1回くらいがいいらしい。

なにもしなくても、田んぼのそばの一群は、毎日2回は状況確認をしている。


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長島愛生園  大村堯さん


清き空白

一家心中の記事あり癩病みて切迫つまりし過去吾れも持つ




死体硬直の来し君が手は故里に君待つ母のために組みやる




「死にたくない」と言ふ告白を君も残し癩病む一生を滅びてゆけり





患者道徳といふものがあり死の母にその夜逃亡の友をかばひて





この人を知りこの人に学びて癩院におそれなく孤独の命生きゆく




生きゆくは所詮孤りに耐ふるものたとへば死期の迫る日日にも




とりすがる術もなかりき受験期のわが朝を打砕く癩の宣告





降り続く霧雨今日も降りやまず鐘哀哀と島は暮れ行く





吾も亦指を落せり
癩病いたつきの運命と言はば母よ嘆かん



発病当時
あらがひて酒に荒さびし明暮も母は涙に許し給ひき



発病当時
母の涙を酒場の酒にのがれ来てグラスにひさぐ嘘だらけの秋




明石海人
見舞行きし人の思はぬ衰弱にもの言ひかけてしばし見守る



明石海人
たへがたき疲れなるらし痰切れし暫しの間も君はまどろむ




知覚なき手となりはてぬ知らむまに小指に深き傷負ひて居し





幾日を熱もちうづく傷故に小指は医師に乞ひて落しぬ




便さへなき病友多き身に比して和みゆくべく吾が幾日なる




新しく茶をいれしめて綴りつつ言葉そへがたき虚しさに居り





新薬プロミンに開く未来を命賭けて逝きにし友よかなしかりけり


大村堯(牧原白路・牧原徹・島崎徹)さんの略歴
大正5年沖縄県平安座島の生まれ。父は那覇の中心地・若狭町で法律事務所を開業。そこから首里一中に通う。昭和10年代初め福岡県「生の松原」にあった深敬病院分院に入院。当時の院長は早田晧。分院の閉鎖に伴って長島愛生園に移る。このとき早田も愛生園の医官となる。戦前は青年団のリーダーとして活躍。昭和12年から「愛生」に短歌を投稿。その頃は牧原白路・牧原徹・島崎徹などを名のる。昭和25年「水甕」入会。予防法闘争時は社会党長島愛生園支部長、全患協事務局長を務める。58年からは作歌を再開し大村堯名で発表。「水甕」所属。昭和61年1月9日逝去。『青磁』(昭和26年)『清き空白』(昭和61年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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ダイズの煮豆


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ダイズ130gは一晩、水に浸しておく。干しシイタケは20分ほど水で戻す。具材のヤーコン、ニンジン、シイタケはダイズと同じくらいの大きさに切る。なおヤーコンは切るとすぐ小さじ1の酢水に2分ほど浸し、さっと水洗いした。

無水鍋にダイズを戻し水ごと入れ、具材を入れ、出し汁を入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付けし、ゴマ油を2~3滴入れ、水加減を見て出し汁を追加し、7分ほどで煮立ったら極弱火にして1時間半(90分)煮て、そのまま放置して冷めたら出来上がり。素朴でおいしい。



ヤーコンの甘酢漬け

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ヤーコンは皮をむいて7ミリほどにスライスし、切りながら小さじ1の酢水に浸す。1~2分でザルに上げて水切りし、30秒茹でて冷水に取り、瓶に入れる。

鍋にだし汁を180cc入れて砂糖50gを溶かし、酢を120cc入れ、ユズ1個の果汁をしぼり、皮もスライスして入れる。唐辛子1本は小口切りして入れる。冷めたら瓶に注いで出来上がり。明朝には食べれる。

カブの甘酢漬けよりおいしいので、もっぱらこれを作る。



ダイコンのユズ漬け


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ダイコン2キロ(2本)は皮をむいて3等分して四つ割りし、樽に入れる。砂糖400g、塩100g、酢半カップ、ユズ1個の果汁と皮のスライスを入れて混ぜ、5キロほどの重しをし、明日、水が上がったかどうか確認し、上っていたらもう一度よく混ぜ、6日経過すると出来上がり。



卵豆腐

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ボールに卵2個を溶き、出し汁1カップ、塩少々、みりん大さじ1を入れて混ぜ、容器に注ぐ。

湯が煮立ったら極弱火にして容器を入れキッチンペーパーを1枚のせ、10分煮て火を止め、余熱5分で出来上がり。無水鍋を他で使っていたので普通の鍋をつかったが、要した時間も味も無水鍋と変わらなかったように思う。



ブロッコリー


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熱湯で1分茹でて湯切りし、マヨネーズで。定番です。



ホウレンソウのゴマ和え
    
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ボールに蜂蜜を入れ、出し汁大さじ1、醤油大さじ2を入れて溶かし、茹でて冷水にとりざく切りして水気をしぼったホウレンソウをほぐしながら入れ、すりゴマ(市販品)をふって混ぜると出来上がり。


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松丘保養園  青山歌子さん


指のなき掌もて口もて縫ひ終へし足袋は哀しも何にたとへん




盆栽に鋏を入れつつ意のままになるはこれのみと夫の云ふ声





愚かしき者のみが宗教を持つのだと罵るを背に教会にゆく





トタンの義肢を廊下に響かせ行くときしいぶかしみ視る面会の童よ





萎え果てし右手に結びしフォークも今は飯食むに重荷となりし





朝露にまみれよろよろと花あさるわれを惨めに人等見るべし





初の陽のとどく厨にさみしかり包丁持てずなりて久しき





おもひきり抱かれてみたき欲情をベッドにさらし目覚めはかなし





泡のたつ乳風呂にひたり身を濯ぐ浄らなる肌還へる術なく





温かき夫の肌に馴れなれてあやふく生くる術も識りたる





四十路越えて病み呆けたる私の鏡の中の蒼白き貌



青山歌子さんの略歴
大正7年北海道生まれ。松丘保養園。新谿生雄夫人。両手足共を強い麻痺に侵されながら、生け花など趣味を楽しみ、夫婦共々作歌に励み、次々に瑞々しい作品を発表する。「自画像」所属。昭和39年、46歳にて没。『白樺』第一集(昭和32年)『白樺』第二集(昭和38年)『白樺』第三集(昭和47年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)

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邑久光明園  永井静夫さん


冬風の島


一様に大き陽あたる社会欲し「らい病みまして」公然と言へる





収容バスの吾らゆくとき避けゐたる子らの声せり[あれはなんだ]と




紅鱗をはぎとるごとく無指の掌に包丁挟みてリンゴ剥きゐる




一葉の葉書のポストに落ちゆきし音につながる人とかそかに





水死に至るひとりの辛苦すらひと日ふた日の口伝に消えつ





灯を消せば身に犇しめける闇重し言葉にならざる空虚もちゐて





えのころ草自在にゆるる晩夏のゆふわが仰向きの小さな平安





身内うすく誰にみとられ逝きましし抄本の母に亡の文字あり





硬貨ほどの感覚のこる蹠を愉しむごとく撫でてゐにけり





海峡を泳ぎそこねし患者の屍うちあげられし磯とも想ふ





静まりて舌に点字を読む見れば生きると言ふはかく美しき





癒えねばならぬ係累もなき残生にきりきりと肉にしみ入る注射





ともすれば寂しさ疼く白灯に「火泥」を読みて意欲かり立つ





父も母も苦しみ秘めて逝きしかば秘むべくもなし癩とわが性





老いほけて只ごと歌を作りゐる吾に生きよと賞たまはりぬ





病む妻のいのち滅ぶやまさやかにみどりの木の芽雨しづくする





手を握り力の限り苦しめる妻との堺とほざかりつつ





時効なき病にひしがれ生きつぎて恋なく老いて無口になりき





生きてゆく戒のごと島の院にときめかぬ血を採られつつ老ゆ



永井静夫さんの略歴
明治39年大阪生まれ。家庭の事情で小学校3年で退学。職人として働くうち17歳ころ発病。大正11年外島保養院入院。昭和9年室戸台風で外島壊滅。栗生楽泉園に委託収容。昭和13年邑久光明園に帰る。その間2度結婚。短歌は昭和9年頃からはじめ「いぶき」「短歌」所属。平成10年3月19日逝去。享年93。『光明苑』(昭和28年)『海中石』(昭和31年)『三つの門』(昭和45年)『陸の中の島』(1956年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『冬風の島』(平成12年)


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多摩全生園  松浦扇風さん


身延深敬園 鷹取短歌会


うかつにも癩は癒えずと友言ふにいたく悲しむ若き新患者




手の指を切断れるかも知れぬ此の朝は無口となりて治療待ちおり





療の墓並ぶ一つに苔むして吾が同郷の人の名のあり





癩病は此の世かぎりと笑ひつつ友ら語るも饒舌ならず




足萎えの妻をのせたるリヤカーを吾れは曳きゆく桜見せむと




少人数の療園なれば改革に強き対立するを好まず





呉服屋は世辞よく品は並ぶれど癩者吾れらに手をふれさせず





新患者に早く故郷を忘れよと励ます吾は母を忘れず





病み古りし身の不自由を歎きつつ一途に吾れを頼り来る妻




息の今絶えしと思ふ瞬間にごくりと一つ咽喉が鳴りたり





離す事なかりし頭巾今は脱り君が死顔を肉親に見す



松浦扇風さんの略歴
明治37年生まれ。昭和14年身延深敬園入園。「樹海」「創作」所属。昭和49年没。『河鹿集』第二輯(昭和28年)『陸の中の島』(1956年)『河鹿集』第三集(昭和33年)『河鹿集』第四集(昭和38年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)
身延深敬園は多摩全生園とさせていただきました。


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タラの水炊き鍋

 
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昨日、タラのアラを買った。タラという魚を買うのは初めてで、どんな料理がタラに合うのか知らなかったが、「タラの水炊き鍋」というレシピは知っていた。アラといっても切り身ばかりで、確かにお買い得品でしかもおいしかった。

土鍋に水を入れ、朝から干しシイタケ、煮干し、昆布を浸しておいた。8時間後、薄切りしたニンジン、キクイモ、タマネギを入れ、煮立ったら弱火にして昆布は取り出し、5分煮てから、湯通ししたタラのアラを入れて10分煮て、最後にシュンギク、ミズナ、ネギを入れ3~4分煮て出来上がり。



 

簡単 手抜きポタージュ  
   
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熱した無水鍋に薄切りしたジャガイモを入れ、月桂樹を置き、極弱火で30分、火を消して余熱5分で蓋を開け、月桂樹は捨て、ジャガイモはボールに移し熱いうちにつぶす。

鍋に入れ、すこしずつ牛乳を入れながらよく混ぜ、コンソメ1個、塩、粗挽き黒コショウで味付けして出来上がり。「簡単 手抜きポタージュ」を参考にした。




ポン酢作り

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醤油70cc+酢50cc+みりん30cc+だし汁25cc+レモン果汁25cc=200cc(1カップ)のポン酢の出来上がり。


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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