親が建てた家があることは、親の財産を少しずつ食いつぶしながら生きているということか。
すぐに耕作できる田んぼや農具があったということは、これも親の残した財産の食いつぶしか。
集落の人間関係も、親の残した財産か。
考えてみると、田舎には有形無形の財産がそこそこ、ころがっている。
ただ、田畑や山林はすでに財産ではない。負債というほどでもない。隣近所の田んぼが草ぼうぼうなら、自分の所の田んぼが草ぼうぼうでも何ら迷惑はかからない。単に風景が台無しなだけ。
農業をするなら、少しは風景もカネにしたい。少なくとも自分は「そういうふうに心がけて」、田んぼ周辺を見回している。
あかぎれ
手足は外気温に敏感に反応する。気温が下がると「あかぎれ」が生じる年齢になった。この季節になると、風呂上りに祖母がメンタム(メンソレータム)をつけていた光景を思い出す。見るからに痛そうな手だった。室内の仕事だったら年齢が上がっても「あかぎれ」とは無縁と思う。
サツマイモ
サツマイモを作ると、他の作物に比べてイノシシに狙われやすい。「匂い」でやってくるのだろう。「自家用のふかし芋」と「ワンパック用」と「焼き芋(焼き芋にすると、おいしくない芋でもおいしくなる)用」に、250株ほどはどうしても必要である。ニワトリとヤギがいるのでツルの利用価値も高い。
電柵の囲い方を変えると・・・
「あんたがはよう死んだら食べれんなるので、ニンジンとダイコンとスイカとキーウイの作り方だけは教えてもろうとかんとおえんなあ」と家人が言うので、キーウイは食べれても、他はイノシシが出るから食べれんじゃろうと話した。無防備ではもう何も口に入らない。
就農準備期間中にすでにイノシシが出没する状況であったら、農業への転身はかなり躊躇しただろう。20年後だったから、心身ともに防御できる体制ができあがっていた。定年帰農で今頃から農業を始めるなら、害獣の出没状況から考えて、大儀になる(防御してまで作るのがばかばかしくなる)かも知れない。その仕事(職業)に参入できるかどうかは「外部の状況というタイミング」も大きい。
今後は、家庭菜園を始めるにも「害獣防御力」という、得意、不得意問題が浮上してハードルが高くなる。
自給用の家庭菜園だけになっても、今まで通り電柵は必要であり、朝、夕の電柵の開閉が従来通り続くなら、少しだけ多く作ってワンパック宅配用の野菜は作り続けようと思うし、ニワトリとヤギを飼い続けても、朝、夕の拘束に大差はないので飼い続ける。つまり、直売所出荷は近い将来止めるようになっても、週に4個ほどのワンパック宅配(自給野菜の延長で簡単に送れる数)、観光農園、ニワトリ、ヤギの飼育は、身体が動かなくなるまでするだろう。「半農半X」ではなく「3農7X」くらいの時間配分で。
道の左側の借地を返還して、当方の所有地のみに作付を縮小すれば電柵の囲い方が違ってきて、朝、夕の開閉の手間は省けるかもしれないが、そうすると乗用トラクタでの耕運は不便となり、管理機(ミニトラクタ)しか使えない。そうする選択もあるが、借地である道の左側の23アールを返還すると、稲作はされていないので、周囲の風景が台無しになってしまう。
風景が荒れると心もすさぶ。田んぼへ行く楽しみも減ってしまう。
2030年 農業の旅→

8時までに家庭ゴミ4袋を近くの集配所まで持っていき、昼休みに、土木委員さんに報告する今夏の「畝間潅水」の記録を書き、昼過ぎに米ヌカ12袋を農協へもらいに行き、その後、昨日に引き続いて稲わらを結束し、物置の軒下に積み重ねた。
逆境こそラッキー
ネットショップと観光農園は閑古鳥が鳴き、ワンパック宅配も少なく、直売所へ出す野菜も少ないという逆境?も、すべていい方に解釈して、他の仕事が大いに前へ進むし、忙しかったら無駄遣いも多いが、忙しくなかったら出費も少ないというふうに考える。
ブログのメール配信
ブログランキングの「温泉」というジャンルを開いたら、ブログのメール配信(メルマガ)をしている人が何人かいた。それを見て、メール配信をしてみるのも一つの手かも知れないと思った。ただ自分のブログは、全く顧客(消費者)の方へ向かず、農業者や農業希望者を意識しながら書いている。だから、顧客や将来の顧客へメール配信するのは良し悪しかなあと思う。
ボケ防止に簡素な煮物をマスターする
経済メリットだけを考えたら都市がいいが、精神バランスまで含めて考えると、還暦を過ぎたら田舎で住む方が「ボケ防止」になると思う。
ボケ防止には「食べ物」と「食べ物を自分で料理すること」と、「自然とのふれあい」の3つが特に大事と思う。人との会話やつながりは、この3つに比べたらボケ防止の効能は低い。
つまり、食べる意欲というか、食べたいという気持ちというか、食べる喜びというのは生きる上での最大の活力と思うし、それを自分で料理できるなら、ボケは近づけない。
料理は家人がしてくれるので、全然詳しくないが、サトイモやキクイモのシンプルな煮物、ダイコンの煮物(おでん風)は簡単なので自分でも作れるし、おひたしの材料(ホウレンソウ、ナバナ、ロケット、ブロッコリー)には事欠かないので、いずれか一つはテーブルに並ぶ。困った時には卵と味噌汁がある。それとタマネギを中心にした炒め物も、料理は知らなくてもできる。
ボケ防止は料理(食べ方)が一番と思う。マズローの欲求5段階説の最低位に属するが、これこそ生きていく原点と思う。
全然、豪華でなくてよい。シンプルであればあるほど身体にやさしい。豪華な食事はグルメブログで疑似体験するだけで十分満足できる。たまに食べる機会があっても毎日は欲しくない。
料理に使う原料(野菜)も自分で作るなら、ますますボケは近づけない。
大都会の人混みの中で激しい孤独を感じても、大自然の中で孤独を意識させられることはない。
ボケ防止は欲求5段階説のうち上段の4つを無視すること。まさにあべこべの発想である。最上位に位置する「自己実現の欲求」など近づけないものを追っかけていたら返ってボケてしまう。
サトイモとアゲの煮物のようなシンプルで質素な料理は、心も身体も癒してくれる。
2030年 農業の旅→

出来事(A子はB子と遊ぼうと思い、携帯に電話したが、出ない。電話も返ってこない)→A子の考え(B子に何か悪いことをしたのかな)→気分(落ち込んだ)→行動(宿題が手につかない)。・・・友人関係でよくありそうな例をスライドで示し、講師が約40人の学生に問いかけた。(朝日新聞12月15日)
携帯を持つと、こういうことがあるのだろう。
人にあまり期待してはいけないし、まして強制になるようなことをしてはいけないのに、無意識にしてしまっているのが携帯だろう。
今はまだ携帯を持つ必要に迫られていない。
サラリーマンだったら持たざるをえないと思うが、農業だから、持っていなくても誰にとやかく言われるわけでもない。
どんな時間帯にでも電話が入ってきたら迷惑する。
着信とかがあって、こちらからまた電話をしなければならないのなら、もっと億劫である。
電話は昼休みの時間帯か、夜の時間帯だけでよい。
自分があまり電話をかけないせいか、人から電話があまり入らない。
パソコンのメールもこちらからは、ほとんどしない。
メールが入ってくると、返すことにエネルギーがいるので、あまり返していない。
ブログのネタになりそうでない限り、コメントにも返していない。一言返すだけでも、かなりのエネルギーがいるから。
田んぼとの往復がほとんどだから携帯はいらないが、他所で人と待ち合わせる場合は、家人の携帯を借りていく。
家人は職業上、持たざるを得ないが、携帯を肌身離さず持っているのではなく、しばしば家に置いている。
これだったら、携帯の意味はないのに。
携帯の維持費はどれくらいかかるのか知らないが、そんなに安くはないと思う。
自分の場合、携帯はなくてもパソコンとデジカメは必須なので、安くついているわけではない。
デジカメは絶えず軽四に乗せているが、身につけてはいない。重く感じるから。
携帯も同じ理由で、仮に買ったとしても、身につけることはしないだろう。
学校や会社等、何らかの組織に属していると、今の時代、携帯は半強制的であり、持たないという自由もない。
定年後、携帯から解放されて、やれやれと思っている同世代の人も多いのでなかろうか。
2030年 農業の旅→

熊手はさほど使わないが、鋸はしばしば、鎌とフゴは家畜に青菜を与えるため毎日使う。
農業を始めた頃には「稲わらで編んだフゴ」が家にあり、それを使っていたが、うっかり雨にあてたりして、、間もなく使えなくなり、その後は画像のような化繊のフゴを使うようになった。
そのフゴを利用して今日は、前年の籾殻を片付けるために、果樹の根元などにふった。クン炭(焼きすくも)は今年の籾殻でないと焼けない。籾殻をふっておけば草が少し抑えれるし、生えても抜きやすい。この作業だけで今日は2キロほど歩いたと思う。
こういう作業をしなくても、青菜や餌(ニワトリ)や水を与えるために鳥小屋や放牧場まで1日に6~8往復はするので、それだけでも軽く1キロは歩くことになる。
ヤギには青菜と雑木と竹を与えるだけだから、餌代は1円もかからない。ヤギはまるでパンダのように竹の葉も好物である。
出荷が少ないと、農作業が大いにはかどる。全農作業時間の半分は出荷作業なので、その出荷が少ないということは出荷以外の農作業が大いに進む。出荷が少なければ収入が少なくなるが、いい方に解釈すればそれほど損失は大きくない。
地方で生きる
仕事は会社から、食べ物はスーパーから、水は上水道からしか得られないとしたら、もしそのチャンネルが駄目になった場合、生きてゆくこと自体が難しくなってしまう。会社から与えられなくても自分で仕事を得られるように、と思いながら辞めましたが、同じく、都市というシステムに頼り切っているのはまずいと感じていて。地方でも都会でも、おのおのが今自分のいる場所で、身近な関係の中で充実を図っていくことが大事だと思っています。『いま、地方で生きるということ』西村佳哲(働き方研究家)朝日新聞12月10日
農家の場合、上水道以外の仕事と食べ物はクリアーできている。我が家の場合は山水もあるので、上水道だけに依存はしていない。山水はペットボトルに入れて水筒がわりにしているし、家畜の飲み水に毎日持参しているし、野菜を洗う場合でも山水がないと、とても不便で高くつく。
今は田舎でも自給できるライフラインは「水(山水)」くらいしかなく、その「水」も自給できている人はかなり少なくなっているだろう。
そして種はほとんどの農家は種苗会社に依存し、F1種でない在来種を自家取りしている人はごく少ない。
現実問題として、ダイコン1本を作ることより、ダイコン1本を買う方が、3倍は安くつくだろう。定年後の農業においては、金持ちは作り、貧乏人は買うことを選択せざるをえないのが現実である。
というのは、ダイコン1本を作るには、1袋が500円ほどの種を購入し、肥料を施し、防虫ネットか農薬を購入し、水を与え、草をとり、間引き作業をして、60日間という時間の経過を待たなければならない。
水を与え、草をとり、間引き作業をして、時々見回りという時間を金銭に換算せずに、単純に必要だった「種代」と「肥料代」と「防虫ネットまたは農薬」の3項目の合計だけで、安く見積もっても2000円はかかる。週に1本(約130円)食べても11月~2月の4ヵ月間で16本ほどで2000円ですむ。
現実には、種を蒔く作業、肥料を散布する作業、防虫ネットや農薬を使用する作業、水を与える作業、草抜きをする作業、間引き作業、時々見回りをする作業、収穫して洗う作業という時間も、経済を論じる場合には金銭換算する必要があり、この時間を金銭に置き換えれば2000円×3倍=6000円内ではとても収まらない。
作ることは買うことに比べて3倍以上高くつく理由である。
55歳からのハローライフ(村上龍)
格差を伴った多様化によって、定年後を生き延びる戦略は個々に違ったものになる。定年後の人生は悠々自適層、中間層、貧窮層に分かれる。
定年後、どの層の人生も決して楽ではなく、ときに絶望にとらわれる。だがいずれにしろ、財政破綻寸前の国家に頼りきるリスクは大きく、サバイバルの戦略と方法は個人にゆだねられている。(山陽新聞12月9日)
妻が稼いでいるからといっても、財布は全く別である。どんぶり勘定にはしていない。それぞれが稼いだものはそれぞれの人のものである。少なくとも我が家では先代からそうだった。
だから、ボク自身の生活も甘くはない。しかし、長年の百姓生活で、少なく稼いで、少し使い、しかし充実した生活を送るという田舎暮らし術が身についている。生きていくための自分のランニングコストは限りなく少ない。だから自由度も大きい。
年間3万6千円ほどの掛け捨ての火災保険料。
年間2万円ほどの掛け捨ての生命保険料。
年間5万円ほどの固定資産税。
年間5万円ほどの交際接待費(親戚、集落)。
毎月のライフライン(割り勘で2万円×12ヶ月=24万円)。
毎月のスーパー等での買い物(1万5千円×12ヶ月=18万円)。
農業経費は農業収入から差し引かれる。
携帯電話は持っていない。
自分の小遣いは散髪代くらい。
交際費も多少あるが農業経費で落ちる交際費。
築60年の家屋だが、屋根瓦等の大きな修理がなければ費用はさほどかからない。
かかっていないようでも合計すれば60万円ほどかかっている。年金で賄える範囲と思うが、それは運よく病気をしないことが前提になる。
直売所出荷は厳しいだろうが、ワンパック宅配と観光農園で収入の道も残る。
2030年 農業の旅→
昨日、タマネギの苗も少し頂いた。
タマネギが草まみれになって「糸のような苗を植えた」と話したら、「ニンジンの種蒔き床の草枯らし(土が湿っている時に透明のポリをべた掛けして天日による草枯らし)をする時にどうしていっしょにしなかったのか」と聞かれた。
ニンジンの1ヶ月後に蒔くタマネギにも「草枯らし」が必須であると言うことを、ニンジンを蒔くときには忘れてしまっていた。
スーパーの野菜価格は20年前と全く変わらない。ボクも20年前と同じ価格で納品書を書いている。パート等の時間給は当時より下落しているのではなかろうか。現在、自給800円くれるところは少ないように思う。
毎年昇給があるのは正社員のみ。これでは格差は広がる一方。
サトイモの種芋の植え方
サトイモの種芋を400個ほど植えるつもりだが、どういう植え方にしようか迷っている。
1月中に畝立てをして、米ヌカ、鶏小屋の鶏糞、消し炭、メタン菌液肥をふり、集落の出仕事で刈った土手草を集めて、畝の上に敷き詰めておくという方法にしようかと思う。通路は籾殻をふっておけばよい。4月上旬に40センチ間隔で土手草をかきわけ、手で掘って植える。・・・今のシミュレーションだとこの方法。
今晩のおかず
今晩のおかずは、ダイコン、ニンジン、ゴボウ(昨日もらったもの)、キクイモ、タマネギを適当な大きさに切り、アゲとベーコンを入れた煮物を作った。こんなのを作っておくとまた2昼夜食べれる。
キクイモはとろけるように柔らかいのに煮崩れはしない。ただ、掘り出して10日ほど経っていたので、少し皮が硬く、皮ごとは食べれなかった。しかし、口の中で容易に皮離れする。
病人食や老人食に最適と思うが、病院や介護老人ホームでキクイモを食べさせてくれる所があるだろうか。市場や直売所出荷には適さなくても、細かい選別をせずに病院や介護老人ホームに一定量が出せるなら、生産者にもメリットは大きい。
粘土の塊が机の上にあって、どういう形のものになるかイメージはできず、こねこねしている間に、何かの形になっていく。ブログもそんな感じ。
ネットショップオープン記念と銘打って300円引きにしても、肝心の過去の顧客はボクがブログをしていることなど知らない。やはり最初はハガキでそのことを紹介し、ブログに誘導した方がよい。
過去の顧客は一度はワンパックに興味を示してくれた顧客だから、ネットショップで「随時コース」があることを紹介したら、何割かの人はまた買って下さる。それはネットで新規の顧客をゲットするより、はるかに簡単で効果も高い。
そういうことは、頭では「わかりすぎるほどわかっているのに」、なかなか身体が動いてくれなかった。ハガキを出すことにたいそう「よだって(面倒と感じて)」、ずるずると先延ばしになり、結局出せずにおわっていた。
そんな現況をO君がまた背中を押してくれた。
『オンラインショップ開設を知らない、以前のお客様に対してポストカードを作成して送ってみてはどうでしょう。』
2030年 農業の旅→
メタン菌液肥は、3月中旬に植え付けの春ジャガイモの元肥に施すまで当分使わない。3か月ほど深い眠りについて春の到来を待つ。
各種果樹には寒肥を施すが、これには鳥小屋の鶏糞を使う。1年たまれば、かなりの量になる。
害獣のすさまじい進出により、2年前の11月24日に田んぼ全体を電柵で囲んだ。こんな状況で果たして農業が続けれるだろうかと思ったが、雑草による漏電さえ注意すれば、電柵で十分防げることがわかった。
毎朝、農道のゲートを開け、夕方、戸締りをして帰るという10年前には想像もしなかったことが日課になったが、慣れるものだ。
農業を止めるわけにはいかず、慣れるしかなかったことも背景にある。
ゲートの開閉は第一線を退いて自給用野菜だけになっても続く。これを生涯続けなければならないのなら、ニワトリやヤギを生涯飼い続ける方が簡単である。口のある生き物は、朝か夕のどちらか1回ですますこともできるから。
ハッサクは他の柑橘類の台木に多く使われる。ここにはハッサクではないミカンを植えていたが、誤って草刈機で刈ってしまい、その後、残っていた台木が大きくなり、何が生るだろうかと思っていたらハッサクだった。
ビワは実が目的ではなく葉が目的だったが、まだ「ビワの葉茶」は飲んだことがない。その後、ビワの花は、他に花が少ない冬季に長期間ミツバチの大切な蜜源になることを知り、剪定枝はヤギの大好物であることを知った。
今週のワンパック野菜と今週の観光メニューを夕方に更新した。操作がなかなか覚えれず、今日のパソコン教室でやっとできるようになった。
週に1回の更新だから、操作に慣れれば時間はそんなにかからないし、書く内容のパターンは決まっているので、内容を少し変える程度ですむ。
更新をしたら、そのことをブログに書いて、ブログ画面から今週のワンパック宅配や今週の観光メニューに飛ぶような設定をすれば、検索エンジンの評価が高くなり、上の方にランクされアクセス数が多くなるので、その表示を忘れないようにとO君に言われた。
直売所へ出荷できる野菜も少なく、山仕事も今年はしない予定なので、ここ数年できなかった「家のごそごそ用」ができる。
(1)家のそばの防火用水(掘り池)の泥上げ
(2)門先へ土入れ(道路より低く、排水も悪いため)
(3)納屋の片づけ
第3号被保険者
「収めなくても、もらう時は満額ですか?」というコメントを頂きましたが、低収入による「減免措置」と異なり、払ったことになるのだから満額です。「第3号被保険者」になったという変更通知がありましたが、もらえる金額の変更はなかったです。
扶養になったことで、国民年金だけでなく国民健康保険も払わなくてよくなったので、年間合計で23万円ほどがゼロになったわけです。国民健康保険の方は所得が少なかったので減免措置があり国民年金と合わせて23万円ほどでした。
国民年金の方には減免措置はありませんでした。国民年金の方は妻の収入と合わせて評価の対象となったらしく減免措置はありませんでした。
つまり、会社員の妻(夫)などの第3号被保険者になると、国民年金も国民健康保険も支払う必要がなく、しかも、年金をもらう時に、支払ったものとみなされて、払ってもいないものをもらえるわけですから、二重にお得です。
2030年 農業の旅→