この冬の山仕事でできた最後の薪をUさん方へ運んだ。家の周りの軒下に割り木を並べ、それでも並びきらず菜園にまで並べている。明日から3月だし、もうそんなに薪ストーブを使うこともない。すでに4年分ほどの割り木を準備しているようだった。
50年ほど前は集落のどこの家でもこんなふうに、クドに使う割り木を軒下等に並べていたが、今こういう光景をみることはほとんどない。
スローライフを楽しもうと思えば、大変なエネルギーが必要になる。チェーンソーで木を切り、それを割り木の2倍の長さに切り、自宅に運び、今度は電気のチェーンソー(音が小さい)でその薪をまた半分に切り(割り木の長さ)、それを斧で割り、軒下に並べる。薪ストーブの設備と体力と時間のかかる作業である。子供の頃に長い経験があり、今またそれを楽しまれている。
家の前と横に合わせて4アールほどの菜園があり、あらゆる野菜と果樹を自給されている。画像はエンドウ。前年のオクラの足元に蒔き、オクラの木を支柱代わりにしている。
秋田県能代市の記録作家、野添憲治さん(74才)は、5年かけて同県を中心に東北地方の20組の職人を訪ね歩き、その人の半生や、ものづくりの極意を聞き取り、昨年暮れ「聞き書き 知られざる東北の技」という本にまとめた。(朝日新聞2月28日)
能代市の桶樽職人小野志朗さんは「極意」を簡明に語った「桶や樽はまず洩れないものを作るのが、いちばん大切なんです」。
これを読んで思い出したのが「風呂桶」である。子供の頃、集落ではまだ「木桶の風呂」を使っている家があった。我が家ではずっと五右衛門風呂だった。五右衛門風呂が普及する前には多分、木桶の風呂が一般的だったのだろう。
木桶の風呂に一度入ってみたかった。五右衛門風呂よりはるかに風流である。
その木桶の風呂をみて、大きな木をつなぎ合わせているのに「なぜ水が洩れないのだろう」と不思議だった。それと、下から火をたいているのに、なぜ木の桶が焼けないのだろうという疑問だった。この疑問は未だに解けていない。
一昔前には、手仕事のこんな職人が地域にたくさんいたのだろうと思う。
農業は職人ではなく単に生活である。技術をそれほど追い求める仕事ではなく、誰でもできるので、技術屋として重宝されることもない。
農業は食べ物を作る仕事だから、最も食いはぐれが少ないように見えるが、最も食いはぐれが多いのが農業である。それは、50年前頃まではライフラインの支払いといえば電気代だけで、他のライフラインは自給するかもしくはまだ社会に一般化していなかった。しかも皆保険制度はなかったので国民年金保険料や国民健康保険料の支払いもなかった。だから現金を必要とすることが少なく、自給自足的な生活が主体だった。そういう社会では大きな所得格差も、絶望的な貧困もなかった。
千葉大学の広井良典教授は、新しい豊かさを実現する持続的な社会のあり方を提案している(「定常型社会」岩波新書)。人間の幸せには経済成長など従来の尺度ではなく、景観保全や地域共同体、福祉社会の実現こそ重要と説く。(農業新聞2月28日)
生きるということは食べていくということだ。食糧がなければカネや黄金があっても、その先には何もない。4月18日から始まる連続ドラマ「パンドラ=飢餓列島」のテーマは「飢餓」。
全世界の飢餓人口は約10億人。毎日2万5千人が飢えが原因で死んでいる。(朝日新聞2月28日)
日本でそういう事態になったら、野菜など収穫期前から盗まれてしまうだろう。多くは田んぼに放任、露出している。だから農家も同時に飢餓になる。同じ飢餓なら、カネをもっている飢餓の方が強い。つまり農家は、どうころんでも報われない。
2030年 農業の旅→
今年は画像のように「ツルナシエンドウ」にしたので竹の支柱がいらず、手間がかなり省けた。エンドウ類は白い粉をふったようなウドンコ病が発生しやすく、収穫期間も短いので採算が合わない。
エンドウとは逆にナバナをたくさん植える予定だったが、種の注文で手違いがあり、苗をもらって6本だけ植えた。そのナバナが収穫期に入った。
3月は、旬の野菜で出荷できるものが少ないので、ナバナは特に貴重である。
シイタケの原木がたくさんあれば、3月はシイタケも貴重な出荷品目になる。ここ数日の雨と暖かさで今日はシイタケがたくさん収穫できた。
来年以降の山仕事の場所や順序を確認したり、ヤギパドックに作る4箇所の出入口の位置を確認したり、今年定植予定の「ビワのとり木苗」と「桑の挿し木苗」の定植場所を探したり、蜜蜂の先々の巣箱置き場を考えたりしながら、田んぼや山をぐるぐる歩きしていたら、あっという間に午前の半日が過ぎ、午後の半日も過ぎた。
「大卒のホームレスがごろごろ」、日本は確実にそんな時代に突入している。大学は出たけれど22才の「シュウカツ」でうまくレールに乗れなかったら、その後の40年間は真っ暗闇。
これ、おかしくないですか。でも、これが現実。
昨日、今日と国立大学の2次試験問題と回答例をみながら、こんな問題を解くこと(学ぶこと)が人生に必要だろうかとつくづく思った。
食いはぐれなく生きていくために必要と思える事を学ばせてもらえず、全く役にたちそうにない「受験勉強」をせざるをえないのが日本社会である。
それを、おかしいと思わないくらい、すでに感覚が麻痺している。
いくら一流大学を出ても、22才のシュウカツでうまくレールに乗れなかったら、それまで投資してきたカネと時間と努力が水の泡。
それよりも、ホームレスにならずに生きていける術を学校で教えてほしい。大工さんや料理人さん等、「手に職があっても」ホームレスになるという極めて特殊な社会が、今の日本である。
逃げ場のない社会である。
もちろん、農業という逃げ場も閉ざされている。仮に転身できても、継続して農業ができる人は2~3割ではなかろうか。才能があって、そして努力し続けて、しかもある程度の貯金が本人や家族にないと、つつましい生活をしても農業は維持できないだろう。
農業は他の自営業に比べて初期投資が大きく、農業収入でその投資を回収していくのは難しい。
自民党を支えてきた層は、政権党を信頼するという多くの国民と、政権党が持つ予算配分権に群がる様々な利権集団だった。これらの層の多くは、支持離れを進めているようだ。
ダーウインは種の起源で述べている。「もっとも強いものや、もっとも賢いものが生き残るのではない。もっとも変化に敏感なものが生き残る」。(朝日新聞2月26日)
日本は「船に乗り遅れるな」の国だから、すでに政権党にすり寄ったり、中立を意思表示した業界団体も多いようだ。
「歯の健康保持推進法案」は参院選比例区で民主党候補を初めて支援する日本歯科医師連盟の要望で立法化。歯の検診に対して、国や自治体の補助金支出を促すものだ。
「下水道法改正案」は民主党支持の浄化槽の業界団体が浄化槽普及に向けての立法化を要望している。
これに対し、「農協法等改正案」は自民党支持の農協や土地改良組合に政治的中立を求めるものだ。土地改良関連団体の幹部を務める自民党の森喜朗元首相や青木幹雄参院議員を念頭に、組合と議員の兼職禁止を盛り込んでいる。(朝日新聞2月27日)
昨日の朝日新聞に「乃南アサ」という作家が、ウグイス、メジロ、ヒヨドリ、シジュウカラ、スズメという5種類の鳥について書いていた。ヒヨドリとスズメはわかるが、ウグイス、メジロ、シジュウカラという鳥の区別がわからない。20年も山里で農業をしているのに。
ウグイスとメジロはよく見かけているはずだが、違いがわからない。シジュウカラにいたっては、どんな鳥かも知らない。
ユズの木には短い針のようなトゲがあるが、数日前、そのトゲに深緑色の羽をもったきれいな小鳥が「串刺し」になっていて、中の内臓が食べられていた。多分、他の鳥によってこんな残酷なことをされたのだと思う。
鳥の名前もほとんど知らず、山の木の名前も知らず、あぜ草の名前もほとんど知らない。これでは生物多様性など論じる資格はない?
2030年 農業の旅→

午後6時10分。ニワトリはすでに止まり木に上がり、寝る体勢になっている。やっぱりニワトリは高い位置の止まり木を好む。低い位置にも止まり木は何本もあるのに、天井に近い2箇所の止まり木にほとんどが止まっている。
止まり木ひとつで家畜福祉になり、ニワトリも喜び、人間も楽しめる。
今日は雨。外には出れない。ドングリと月桂樹の枝が今日の食事。青菜はないが、後20日もすれば麦が30センチほどの高さになると思うので、それを与える。食べた後で液肥を施しておけばまた再生してくる。
ヤギもニワトリも春一番のオオムギを待っている。最終的に麦として収穫するのは蒔いた半分ほど。
来月からいよいよヤギのパドック作りに入るので、農業資材店にメッシュ(鉄柵)と針金を買いに行った。メッシュはすでに30枚買っており、残り25枚を買ってきた。55枚×2メートル=110メートル(周囲の長さ)。メッシュは1枚が450円×55枚=24750円。
面積は3アールほどで、その中に1メートル四角のヤギ小屋を2つ作る予定。大小の岩が6個ほどあり、高低差もあるのでヤギが喜んでくれると思う。
ただ、新しいパドックに移すと、ヤギの糞尿(堆肥)は少ししか取れなくなる。
新しいパドックができても、今まで通り、戸外のつなぎが主体になる。パドックはヤギが走り回るので草はあまり伸びないだろうし、伸びても、糞尿のかかった草は食べない。
それでも3アールほどのパドックがあれば、
(1)鳥小屋のそば、ヤギ小屋の中と外、樹木の下と3箇所の日陰ができるので、夏季に日射病を防ぐ移動の手間が省ける。
(2)今までのように、早く外に出さなければというプレッシャーから解放される。
(3)どこからでも木の枝が投げ込める。
(4)遊び場が広いので、一昼夜留守にしても問題ないし、忙しい時は無理して戸外に出さなくても木の葉や草や野菜くずを投げ込んでおけばよい。
欠点は、パドックが広くなる分、柵を壊して脱出(逃亡)の危険性が高くなること。頑丈にすることと、しばしば補強する必要もある。援農してもらっているUさん頼みである。
経団連 献金へ関与中止
08年の献金額は自民党に26億9900万円、民主党には1億900万円だった。企業・団体献金については、民主党が禁止を政権公約に掲げ、献金自体にも政策をゆがめるなどの批判があった。このため組織として関与するべきでないと判断した。自民党に偏っていた献金への関与をとりやめることで、民主党にも配慮し、政治的な中立性を保つことにもなる。(朝日新聞2月25日)
政権を変えるのが本当に遅すぎたと思う。献金にこんなに差があったら、カネのある方が勝つに決まっている。こんな献金の有り方が、よくも今までまかり通ってきたと思う。
電子書籍・・・ちょっと楽しみである。たとえば今まで1500円した本が300円でネットで購入できるなら、1ヶ月に5冊の本が買える。500円なら3冊は買える。値段を安くした方が多く買ってくれるので、結局得すると思う。
本を読む時間はなかなか取れないが、おいおいに取れるようにしたい。電子書籍なら、
(1)本を買いに出かけなくてよい。
(2)本を借りに図書館へ行き、無かったら予約し、入ったら借りに行き、指定期間内に返却に行くという一連の時間が省略できる。
(3)パソコンの中に、購入年度別、ジャンル別等に細かく分類して保存できる。
(4)本棚という場所もいらないし、必要な時すぐに探し出せる。
(5)本という現物がなくてもすぐに慣れる。現にブログも紙や物として残るものではなく、電子空間に浮遊しているが、十分に形あるものだと感じている。
(6)本に関するツイッター、つまり読書感想文が流行しそうな気がする。
ブログは自分の人生に始めて目的を持たせてくれた。電子書籍も何か自分を変えてくれそうな気がする。
2030年 農業の旅→

クン炭を袋に入れた。合計で8袋ほどあった。もう一度焼くので、16袋になる。これだけあれば1年分ある。
クン炭作りは5時間ほどかかるが、籾殻をかきあげたり、補充したりする必要があるので、その間、現場からあまり離れることはできず、籾殻をここまで運んでくる手間もあるので、意外と時間がかかる作業である。保存するのも案外と場所をとる。
山仕事をした時に、不用な木の枝を焼いたが、その木灰を「土のう」に入れた。木灰もクン炭と同じように使える。
上記の木灰は6袋を麦の畝間(2枚で3アールほど)にふった。
梅の花が満開になった。去年は害虫のカイガラムシが幹にまぶれついて、梅は収穫できなかった。時々は見回って、カイガラムシの出没状況をチェックして、何らかの処置を取らないと、今年も収穫できなくなる。

飼い主に捨てられた犬や猫が、全国では年間に約30万匹が殺処分されている。
犬や猫の平均寿命はヤギと同じく14年ほどだから、その間に心変わりするのだろう。確かに14年は長い。14年後は70才。
林業再生 菅氏旗振り(2月24日朝日新聞)
林業再生などもうありえない。間伐しても利用することがないから、山の中に放置するだけである。自分の場合は放置はせずに焼きまくった。2~3時間費やして焼いた日数は合計で10日間ほど。つまり二酸化炭素を放出しまくった。
50年前なら、山のものは全部利用できた。
落ち葉・・・焚き付け。
細い間伐材・・・1メートルほどの長さに切り揃えて束にし、風呂焚きに利用。
太い間伐材・・・斧で割り、割り木にして「クド」で使った。
今は植林などしても、ほとんどがシカやイノシシにやられるだろう。林業再生を考えるなら、害獣をやっつけるのが先である。
生物多様性を考えるなら、多くの人が第一次産業に従事できるような仕組みを作る必要がある。つまり、第一次産業でも細々と食べていける収入にする必要がある。
現状では、大多数の人たちは土から切り離された生活を余儀なくされている。第一次産業に従事できている人は、全人口の3%ほどではなかろうか。農業で生き残るには、農業現場でのハイレベルな能力が必要である。
大地から切り離された人たちは、生物多様性を考える現場に遭遇することは少ないだろう。
自分は専門作物を極めるという能力がなかったので、逆にいろいろと手を広げた。多種類の野菜、多種類のハーブ、家畜・・・。結果的に生物多様性農業になった。
2030年 農業の旅→

農業高校へ行っておけばよかったとか、農業大学校や大学の農学部へ進学しておけばよかったなどは、あまり思ったことはない。
農業以外の経験ができたのだから、それはそれでよかったと思う。
農業の学校へ進まなかったから、新鮮な気持ちで農業に転身できた可能性もある。
ただ、農業高校は自分に向いていたと思うが、当時の中学校ではすでに、農業高校へ行くという人が随分少なくなっていた。中学校の先生は、工業高校や普通高校への進学を勧めていた。
中学校の「技術家庭科」が嫌いだったし、不器用だという認識はすでにあったのに、工業高校の機械科へ進学した。
農業は、20年後の今でもあまり進歩がなく、我流でやってきた。
農業をする上で、下記のような基礎知識を徹底して初期に3ヶ月ほど教えてくれるところがあればよかったのにと思う。
(1)乗用トラクターの耕運の仕方
(2)畝立て(高畝)の方法
(3)春先の温床の作り方
(4)堆肥の作り方
(5)自給材で作るぼかし肥料の作り方
(6)地域の土着菌の捕まえ方と増やし方と利用法
(7)簡易炭焼き窯の作り方と炭焼きの基礎知識
(8)竹の切り方、竹の利用法
(9)木の伐採の仕方、
(10)竹を切る道具と木を切る道具の選び方と使い方
(11)ニワトリの絞め方と解体の仕方と燻製の方法
(12)いろんな液肥の作り方と効果
(13)キュウリとインゲンの支柱の作り方
(14)各種漬物の作り方
(15)各種果樹の剪定方法
(16)簡易な鳥小屋や物置の作り方
今なら、これらに加えて電柵の設置方法。
以上の項目に関して、20年間、あまり進歩がなかった。
自分にできないことは避けた。
どうしても必要になったものは、有料で依頼した。
自分にもう少し農業能力があったら、違った展開になっていたと思う。
第一線を退いたら、埼玉県の金子美登さんらの農場で数ヶ月~1年単位の長期研修を受けてみたいと思うが、実現できるかどうかは不明。自分の行動を大きく制約する、ニワトリ、ヤギ、電柵の3項目が障害になる。
農業では、トータルの農業能力や、農業の捉え方、環境に対する考え方、その人の生き方まで、すべて田んぼに赤裸々に現れてしまう。
ハウスに関しても、ハウスの建て方、ビニールの張り方、台風時の備え方を初期に何回も指導を受けていたら、1棟くらいは建てていた可能性もある。
40代後半~50代で農業に転身しても、農業能力のある人は、わずか数年でビジネスラインにのせる人もいる。
田んぼに表現された風景は、自分以下でもないし自分以上でもない。
農業能力がかなり劣る自分が農業を継続できたのは、
(1)風光明媚で、野菜作りに適した田んぼが一箇所にまとまってあった。
(2)家庭菜園程度であるが、3年間、父から技術の継承を受けた(農業への転身が父の死に間に合った)。
(3)就農準備期間中に、家人が定職に就いた。
今では、害獣の激しい進出により、防御経費と手間隙(漏電を防ぐための草刈、害獣を防ぐ緩衝地帯の整備)が格段に増えた。加えて、
地球温暖化による暴風雨の脅威が増加。
輸入野菜の攻勢により、野菜価格が低く安定。
田んぼは無防備な空間なので、高騰すれば2本足の害獣も出没し、農具の盗難も農業新聞にしばしば載る。
作ること以上に売ることの難しさ。
畑潅の使用料や井戸等、水に関する経費が高くつく。
農業を取りまく状況はますます激しくなっているが、農業ブームと言われている。
騙されるのはバカの勝手。
それでも農業がしたい。
2030年 農業の旅→

昨日、ドングリの木1本を倒すと葉が画像のように取れた。ヤギ2頭のエサだったら、毎年冬、20年切り続けても減らない。当地ではこの木がそれくらい多い。
今年の冬の山仕事は終わった。今の世の中、山は全く利用価値がない。あるとすれば、
(1)シイタケ→4本の木×5分割=20本の原木。
(2)落ち葉・腐葉土→ニワトリの下敷き、育苗の床土。
(3)薪ストーブ→田舎でも1000軒に1軒ほどと思う。
(4)森林セラピー→単に森の中を歩くだけ。
マツタケやシメジなども全く生えなくなった。山ナスビ(現在のブルーベリーのような紫色の実)も全く見かけない。
今晩はダイコンを炊こうと思い、小さいがシイタケを収穫した。ダイコン・ニンジン・タマネギ・シイタケ・肉団子少々の、ダイコンが主の煮物と、ホウレンソウのおひたしが今晩のおかず。
ダイコンの煮物を作っておけば昼や晩に3日間食べれる。
コメントにも書かれていましたが、ニワトリはヒヨコで購入して2年ほどで回転させていくのが本来の「正しい飼い方」と思う。50年ほど前までは、どこの家にも飼っていたし、しばしば仲買人さんがニワトリ(廃鶏)を買いに来られていた。家でも月に1回は絞めていた。2年内なら肉もさほどしわくならず、おいしく食べれる。つまり、卵と肉の両輪だったので、しばしばヒヨコを入れていた。ニワトリは自給自足の王様だった。
現代では、2年飼った「廃鶏」は文字通り「廃鶏」であり、引き取ってくれる業者はあるようだが1円にもならない。引き取り料がいる所もある。
ニワトリを100羽以上飼っている友人は数人いるが、2年内で回転させているようである。エサ代と産卵率を考えたら「2年が限度」なんだと思う。
ヤギは草と木の葉だけでエサ代はかからないので、昔は「貧農のヤギ」と呼ばれた。牛の乳は高価だったので、母乳が出ない母親は、ヤギの乳が頼りだった。子供を連れて実家へ里帰りする時など、ヤギをチョウタ(一輪車)に乗せて同行させていたそうである。
今日の朝日新聞の社説は、民主敗北「民心の離反を見据えよ」だった。長崎県知事選での結果を踏まえての社説である。・・・ボクは全く離反していない。終戦後50年以上にわたって続いた自民党政権をやっと変えることができたのだから、そう簡単には離反しない。元に戻したいのは、マスコミや企業の経営者である高所得者層や「タカ派」の人たちだろう。それと前政権に癒着して補助金をたくさんもらっていた組織。
政治には期待しない。赤紙で召集されて国家に殺されないだけ良しとしなければ。政治とは単に比較だと思う。前政権より今の政権の方がはるかにいい。やっと変えれたのだから、もっと長い目でみたい。
田舎や地域経済が疲弊したのは、資本主義経済システムそのものにある。資本主義とは農業を土台にして工業や商業を育てるシステム。土台がぐらついたら、その上にあるシステム(産業)も崩壊する。
農業を構築するには、小さな個人個人の農業を育てていくことが必要なのに、資本主義の概念である大規模とか組織化とか法人化を声高に主張している。これでは農業の果たす裏(半分)の側面である「里山保全」や「生物多様性保持」や「癒し効果」は全く期待できない。
農業は、資本主義の論理である大規模とか組織化とか法人化とは逆の方向に進まないと、正常な本来の道は歩めない。
農協とは、誰のための、何のための農協かと思う。
2030年 農業の旅→

夕方、杭から鎖を放すと、ヤギは寝場所の小屋に向かって、一目散に走り始める。ボクも鎖を持ったまま連られて走る。ちょっとえらいがまだついていける。
ヤギはそれぞれの寝場所をしっかり覚えている。
全速力で走れる機会は、ヤギを小屋から連れ出す時と、連れ帰る時の2回しかチャンスがない。それもたった15秒ほどである。これくらいは付き合ってあげなくては。
古い方の7羽のニワトリの処分が遅れている。新しい方が産み始めているので、もう御用済みであるが、少し気が引ける。
新しい方が産んだ卵は贈答用にして、古い方のニワトリが産んだ卵を自家用にしている。中身はそれほど変わらないと思うが、卵の殻が全然違う。
一羽ずつつぶして(絞めて)肉にすればよいが、肉を食べたいという強い欲求もない。たまに300円ほど出して買って食べた方が時間もかからないし、身体的なエネルギーも費やさなくてすむ。
つぶすにしても、5月で5年がくるので、しわくて、ダシにするくらいしか使い道がない。
50年ほど前なら、今日は肉が食べれると大喜びしているだろう。それくらい肉は口に入らなかった。肉といえば「飼っているニワトリ」だった。
どうしよう・・・7羽。
最後だから、自由の大地(山)へ放してあげてもいいが、そんなことをしたら「産業廃棄物処理法違反」で警察ざたになってしまう。
もうしばらく飼おう。
2030年 農業の旅→

DeLLのノートパソコン(INSPIRON1545)の購入手続きをした。金額は消費税込みで85755円。
購入手続きをしたというより、O先生に購入手続きをしてもらった。
金額はこれくらいを予定していた。
コンビニで金額を振り込むと2週間ほどで入荷する。
今使っているのは同じくDeLLのノートパソコン(INSPIRON1300)で、亡くなったA先生に4年前の4月に購入してもらったものである。9万円ほどだった。
INSPIRON1300はパソコン環境をがらりと変えてくれた。
画面がきれいで見やすく、キーボードの背が低くて打ちやすく、処理スピードも速かった。A先生が電話回線をそれまでのISDNからADSLに変更する手続きをしてくれたことも処理スピードのアップになった。
INSPIRON1300を使うようになってから、ブログやブログランキングの存在を知った。
購入して4ヵ月後にブログを始めたが、ブログはそれまでのボールペンで下書き→パソコンで清書を、下書きなしのいきなり入力に変える原動力になった。13年間(ワープロ8年、NECのウインドウズME5年)変えることができなかった習慣を、わずか1週間ほどで変えてくれた。
1週間で禁煙に成功したのと、同じ気分になった。
頭の中に浮かんだことを、ボールペンで下書きすることと、10本の指で下書きすることの間には、自分の場合、それくらい長い停滞があった。
デジカメは使い始めて3年半ほどになるが、今使っているのは3台目。毎日使っていると不具合も発生しやすい。平均すると1年で1台購入していることになる。デジカメは2万円ほどの値段である。
パソコンとデジカメを合わせると備品だけで年間4万円余りかかっていることになる。
高くつくが、ブログの必需品だから仕方がない。
ブログは遺書。
いつ死ぬかもわからないし、生きた証拠にもなる。
今まで何をやっても続かなかったので、続いている農業とブログはまさに奇跡的。
2030年 農業の旅→
今日は国道2号線沿いにあるホームセンターの直売所の「食品表示セミナー」に行って来た。中国四国農政局の人がJAS法に基づく食品の表示について話された。
国道2号線沿いのホームセンター・・・家から10分
備前市の大手スーパー・・・・・・・・・・・・・家から15分
JA(農協)の直売所・・・・・・・・・・・・・・・・家から5分
ホームセンター・・・直売所ができて1年半
大手スーパー・・・・直売所ができて3年
近くの農協・・・・・・・直売所ができて2ヶ月
近くに直売所がたくさんできてうれしい。特定の直売所に依存することなく直売所を選ぶこともできる。
今は出荷できるものがない。ハーブが収穫できる4月中下旬頃から春の出荷を始めたい。
出荷が始まったら、朝6時起床(夏は5時15分起床)~10時頃まで仕事。10時~3時頃まで朝食・昼寝・その他。3時~6時(夏は7時)まで仕事。
ブログは昼半分、夜半分というふうにせざるをえない。
ニワトリにやる青菜(草と野菜)がほとんどない。草はまだ伸びないし、野菜も残り少ない。青菜が少ししかやれないとストレスになり尻突付きも多くなる。だから今日は「腐葉土」を与えた。ニワトリは足で土をほじくるのが大好きであるし、腐葉土にはニワトリに必要ないろんな微量要素や、ドングリなどの植物性タンパクも含まれていると思う。
草や麦が伸び始める3月中旬頃まで、週に何回か腐葉土を与えようと思う。
山が近くにあると、ニワトリを飼うにもヤギを飼うにも都合がよい。ただし来年の冬はニワトリとヤギ用の野菜をたくさん作ろうと思う。作付量を多くすれば、比例して出荷できそうにない不具合の野菜も多くできるからそれを与える。特に「まめ科」は葉も豆も全部利用できる。
春夏作・・・インゲン、エダマメ(ダイズ)、キクイモ、イモヅル
秋冬作・・・インゲン、ダイコン、ハクサイ、キャベツ
冬越し・・・・麦とヘアリーベッチ(まめ科)
キーウイの木を剪定した。雄木1本と雌木2本の3本しかないが、キーウイの木はあばれる(よく伸びる)ので、剪定に時間がかかる。
キーウイは鈴成りになるし、カラスが狙わないし、11月中旬~3月上旬頃まで長期間保存できるので、家庭菜園に重宝な果樹である。
2030年 農業の旅→
枝野幸男行政刷新相は、今後の「事業仕分け」について、「政府系の公益法人や独立行政法人を中心に、税金の使われ方をオープンにする」と述べ、2010年度予算成立後4月以降、独立行政法人や政府関連の公益法人などを対象にした予算や組織の精査に着手する方針を示した。
公益法人・・・公益性があると認定された社団法人と財団法人を公益法人という。総務省によると全国に2万4648あり、そのうち国が所管するのは6720。この内、農水省が主管する公益法人は414。
農業分野の多くの公益法人が、政府の「事業仕分け」による補助金削減で苦境に立たされている。公益的な役割を果たすのが本来の目的だが、天下りの温床や予算の無駄遣いという批判を浴びた。(農業新聞2月13日)
仕分けで「廃止」「予算計上見送り」とされた事業
(金額は概算要求額)朝日新聞12月1日
農道整備事業→168億円(農道は歴史的使命を終えた)
森林整備への支援→99億円(補正予算と事業内容が重複)
里山エリア再生交付金と田園整備事業→90億円(政策効果が不透明)
森林所有者向け支援→54億円(基金で対応できる)
各種の農業経営体育成・確保事業→37億円(手法そのものを見直す必要)
モデル事業(地産地消活動サポート等)→23億円(予算計上するだけの説得力がない)
農産物の流通加工・仮設型直売システム普及支援→6億円(民業圧迫。国が行う必要はない)
食料安全保障市民活動促進・支援事業→4.8億円(民間で実績がある分野)
食料輸入安定化対策事業→3.5億円(国が行う必要はない)
国営造成施設等保全・更新円滑化事業→2.5億円(国がかかわる事業ではない)
食への信頼向上活動促進事業→1.7億円(時代からずれている)
地方移管
農業集落排水事業→54億円(自治体の判断に委ねるべきだ)
農地有効利用支援整備事業→40億円(国の関与は不要。一部事業は廃止を)
鳥獣被害防止総合対策事業→30億円(国が行う事業ではない)
整理削減
かんがい排水事業→1930億円(予算縮減。コスト削減の余地が大きい)
農業共済など農家への融資→1330億円(予算3分の1削減。予算の見直しが必要)
農山漁村モデル事業など→327億円(予算削減。需要が乏しい)
食料安定供給特別会計、農業経営基盤強化勘定→325億円(見直し。需要が乏しい)
強い農業づくり交付金、農畜産業機械等リース支援事業など→313億円(予算半減。事業の整理が必要)
農地・水・環境保全向上対策→232億円(予算削減。事務費中心に見直しを)
経営体育成交付金→122億円(予算3分の1程度削減。コスト削減を)
耕作放棄地再生利用緊急対策→70億円(来年度予算計上を見送り。需要が乏しい)
地域バイオマス活用利活用交付金→63億円(予算3分の1程度削減。成果の検証を)
国産原材料サプライチェーン構築事業、青果物広域流通システム構築事業→55億円(予算削減、事業の整理が必要)
新たな農山漁村コミュニティマネジメント創造支援など→40億円(国費投入は基本的に不要)
国産農産物消費拡大・販売促進関係→35億円(予算削減。改善の余地がある)
国産粗飼料増産対策事業→33億円(予算削減。手法の見直しが必要)
国産チーズ供給拡大・高付加価値化対策事業→29億円(予算削減。手法の見直しが必要)
食品輸出促進対策経費→22億円(予算削減。見直し余地ある)
農商工連携促進施設整備支援→11億円(予算3分の1程度に削減。融資で対応できる部分もある)
エコフィード緊急増産対策事業、地域資源活用型エコフィード増産推進事業→9億円(予算削減。手法の見直しが必要)
担い手育成・確保対策整備費補助金→9億円(予算10~20%削減。事業の整理を)
乳業再編整備事業→8.8億円(乳業界だけ特別に支援する必要はない)
要求通り
中山間地域等直接支払制度→265億円(事務費の削減は必要)
基金の国庫への返納や見直し
担い手支援貸付原資基金など→800億円(国庫返納。今後廃止含め検討)
貸し付け事業基金→794億円(10年度分を除き国庫返納)
農山漁村振興基金→775億円(10年度分を除き国庫返納)
土地改良負担金対策資金→594億円(10年度分を除き国庫返納)
差額補てん資金→586億円(10年度分を除き国庫返納)
果樹対策資金→129億円(10年度分を除き国庫返納)
資源回復等推進支援事業造成基金→24億円(10年度分を除き国庫返納)
農地集積対策→5億円(国庫返納。事業の整理が必要)
農畜産業振興機構→見直し。4基金の残高を機構に返納
政権が変わったから、農水省関係のこれだけの事業が廃止、削減できた。10~20年前に国民がこういう選択をすべきだった。
自民党と密着して強い政治力を誇ってきた日本医師会が、4月の会長選に向け路線対立を深めている。「親自民」の現職に「親民主」「中間派」の2人が挑む構図で、14日の大阪府医師会長選では「親民主」派が勝利した。だが、時の政権与党に肩入れしすぎることへの抵抗感も強まっており、「政治離れ」の機運も漂う。(朝日新聞2月15日)
農協は政権と長く密着してきた。政権が変わって今後「どういう選択」をするのだろうか。
政権与党と長く密着して、医療も農業も崩壊してしまった。
2030年 農業の旅→

夕方田んぼに行ったら、オスは小屋の外のキーウイの棚の下におり、メスは物置の囲いの外に出ていた。田んぼがじるかった(ぬかるんでいた)ので、2日間ほど外に出さなかったが、よほど外に出たかったのだろう。
オスが抜け出た場所はすぐにわかったが、メスはどうやって囲いの外に出たかわからない。どちらも怪我がなくてよかった。
前回と同じように手のひらに塩をのせてヤギに近づいて捕まえた。
水の世紀
21世紀は「水の世紀」と言われているのに、水洗トイレは水をたくさん使って洗い流す。トイレでこんなに水を無駄使いしてもいいのだろうか。トイレ水はもちろん上水道代と下水道代の両方かかってくる。上水道代だけの時は自分の口座から落ちていたが、上下水道代になってから、話し合いをして家人の口座から落ちるようになった。年間10万円(月平均9500円ほど)を超える上下水道代は自分の収入では払えない。
自分の口座から自動落ちしていた時は、水に細かかったのに、家人の口座から落ち出すと平気で?水を使っている。
他人が出入するようになれば旧式のトイレでは問題があるから、下水道が来てなくても合併浄化槽に改修工事をして、いずれにしても100万ほどの出費は早晩必要になっただろうが、還暦を過ぎた一人暮らしだったら、こんな出費はしたくないと思うだろう。現に集落の全ての家が下水道につないだわけではない。経済的理由やいろんな理由でつなげない人もいる。どこの集落でもそういう事例が1割は生じるだろう。
30~40年後には、田舎の下水道は「見直しを迫られるシステム」ではなかろうか。道路の陥没等、下水道に耐用年数が到来した時、あるいは世界的な水危機に陥った時がその契機になると思う。
すでに田舎の下水道は見直しが始まっているかも知れない。どう考えてみても反環境的なハコモノであり、循環(リサイクル)の概念から、かけ離れすぎている。
農業の自由化に賛成
WTO交渉がまとまれば、農産物の関税が下がり、安い輸入品が大量に国内に流れ込む可能性がある。消費者にとっては家計の助けになるかもしれないが、国内農家は苦しくなるだろう。
国全体の利益を考えれば、打撃を受ける農業を国で支えながら貿易自由化を進めるのが現実的だ。だが、貿易自由化と農業重視の両立は簡単ではなく、一体的な戦略が求められる。(農業新聞)
農業の自由化には賛成の立場なので、日米自由貿易協定(FTA)にも賛成である。反対するのは自由化によって特定の農家だけにますます補助金が偏ること。この辺で農業補助金のあり方を抜本的に変える必要がある。30年間以上にわたって似たような農業補助金を投入し続けているのに、この国の農業は衰退の一途である。
毎年2兆5千億円の農業予算だと、1人につき80万円を10年間に渡って支給し続けても、毎年31万2500人もの新規就農希望者を農業現場に立たせてあげることができる。20年間に渡って支給し続けても、毎年15万6250人の第一次産業への転身を後押しできる。
しかしこれでは、実際に農業に従事しているかチェックが煩雑すぎる。本来は農業に関係なく、赤ちゃんから高齢者まで収入に関係なく一律に1人につき月8万円(試算額)支給するというのがベーシック・インカムの考え方である。
基本的な生活保障があれば、多様な人間が多様な場所で多様な暮らしができ、生きる選択肢が広がる。都会から農村へも移住しやすくなる。食うために田舎を離れるというギスギスした状況が緩和され、過疎の村でも手を差しのべ合うゆとりもできる。(長野県中川村 曽我逸郎村長)
ベーシック・インカムと基本的な発想がほとんど同じという政策に「負の所得税」がある。例えば300万円を基準に、それ以上の収入を得る人からは多い分だけ所得税を取り、それ以下、例えば200万円の人には、その収入不足分に対して逆に税金を給付する考え方で、米国の経済学者フリードマンの議論で有名だ。(朝日新聞9月12日)
時代は変わると思っている。今のような経済状況が続けば、自殺、犯罪がますます増え、治安は悪化し、人心は荒廃し、学校には警察官が常駐し、家庭は破壊され、農業は壊滅するだろう。
2030年 農業の旅→

アニマルウエルファアーではなく「家畜福祉」と表現すべきである。アニマルウエルフェアーでは、すぐには意味がわからない。
ベーシック・インカムは「現役世代の年金収入」と言い換えた方がわかりやすい。
サブプライムローンは「低所得者向けローン」のことであるが、この言葉もわかりづらい。なぜ日本語に訳して報道しなかったのだろう。
インフォームドコンセントは「 医師が患者に診療の目的・内容を十分に説明して、患者の納得を得て治療すること」。 つまり「説明と同意」と訳されている。これはインフォームドコンセントの方が日本語より的確である。
家畜福祉に通じる道は唯一、頭数もしくは羽数を減らして、一時代前の数に戻すことだと思う。ニワトリを飼い始めた19年前から40羽以上飼おうと思ったことはない。最大で36羽だった。今回、おまけも含めて36羽育ったが、卵を産み始める前に友人に6羽を引き取ってもらったので現在は30羽。
過疎地にまで下水道が普及したことも大きな誤りだと思う。大都市ならいざしらず、田舎では1軒あたりの設備代(税金)が相当高くつく。個人負担は5%であり、残りの95%は国や県、市町村の負担であるが、5%の個人負担でさえ20万円ほどかかる。一戸あたりの国や県、市町村の負担は400万円-20万円=380万円。こんなに税金が使われていいのだろうか。しかも下水道は永遠のものではなくたかだか30~40年が耐用年数の減価償却資産ではなかろうか。改修工事代金は知らず知らずの間に下水道代や税金に転嫁されて負担が増えていく。
それだけでなく、下水道は多くの選択肢をなくして下水道だけに統一させた。田舎では
(1)下肥は田んぼに施してもいいし、堆肥にたててもよい。
(2)下肥をメタンガス発生装置に投入し、ガスと液肥を自給する方法もできなくした。
(3)個人の単独合併浄化槽の方が、下水道システムよりかなり安価なのに、下水道につなぐことを強制される。
(4)ライフラインに新たに下水道代が加わり、貧乏人は大きな負担。
(5)下水道が敷設されたことで、トイレの改修も必要となり100万円前後の出費を迫られた。
(6)下水道ができて、はたして地域の水環境は改善されただろうか。田んぼに多投される化学肥料や農薬は雨を通して川に流れ込む。魚も蛍も戻らない。
下水道ができてからは、下水道に関する思考をほとんど止めた。できてしまったらどうすることもできない。考えてもむなしいだけ。
莫大な金額をかけたハコモノである下水道を作る前に、洗濯や台所で合成洗剤を使わない運動とかのソフト事業がなぜ自然発生的に生じなかったのかと思う。下水道ができてしまうと、そんなソフト事業など意味がなくなる。
下水道事業によって多くの市町村の財政はパンク寸前ではなかろうか。
下水道は循環システムではなく産業廃棄物を生じるシステムである。つまり、田んぼに施して大地に戻すという循環システムではなく、化学処理した後の下水は河川に放流され、下水道残渣は産業廃棄物になる。つまり、産業廃棄物を大量生産し続けるシステムである。
「集落再生」は集落営農を模索することではなく、一人一人の個人が農業でも最低限の生活ができる「現役世代の年金収入」を導入するにつきる。日本のような資本主義では、現役世代の年金収入しか、農業、里山、環境を維持する道はない。環境を維持するには、消費の立場から環境を考えるのではなく、一人でも多く生産の場に戻ってもらうことである。組織化や法人化ではなく「個人農業へ多数参入」こそが集落の再生につながる。
2030年 農業の旅→
昭和20年~昭和25年頃に生まれた、いわゆる団塊の世代の人の最大の強みは、「貧しい幼少時代」と「豊かな20代以降」の両方を経験していることだと思う。両方を経験している世代は、大正10年~昭和25年の間のせいぜい30年である。
豊かな時代に生きていても、貧しさを骨の髄まで知っている人は強い。
「貧しさ」は「貧困」とは違う。今の時代は「救いようのない貧困」であり、ホームレス歌人の公田耕一さんのような世界である。毎週月曜日の朝日歌壇でここ4ヶ月ほど公田さんの名前を全く見かけなくなった。公田さんの短歌だけ読んでいたのに。
昭和28年生まれの自分は、団塊の世代の少し後で生まれた。逃げ切りをはかっているが、逃げ切れない世代である。年金がもらえるようになるまで後8年も待たなければならない。8年後もらえるであろう年間84万円は、自分のベーシック・インカムである。この金額は大きい。生きるためのランニングコストをできるだけ小さくしてきたので、このベーシック・インカムは限りない自由を自分に与えてくれるだろう。
小学校低学年の頃は、テレビもなく、プロパンガスもなく、電話もない時代だった。
家には1頭の黒牛と、2頭の親豚、20羽ほどのニワトリがいた。家の中には「クド」があり、ご飯やおかずの煮炊きはクドだった。魚を焼くのは「七輪」だった。風呂は五右衛門風呂だった。トラクターではなく牛が耕す牛耕の記憶もかすかに残っている。山仕事も、昼時の飯ごう炊飯や湯煙の記憶とともにかすかに思い起こせる。
自分の中にも、団塊の世代の人と同じように「両方の文化」の記憶が残っていることはありがたい。今の時代を考える上で何かと参考になる。
ニワトリは農業とセットと考えたが、ヤギは農業収入には全く関係のない導入だった。ヤギの乳を飲みたいとか、牛は飼えないがヤギなら飼える、そんな動機だった。
しかし、ヤギが作った新たな農業環境、新たな人間関係、ブログに与えた影響はあまりに大きい。
農業では特に「がんばりすぎない」ことが大事だと思う。がんばりすぎると比例して無駄やストレスが多くなる。がんばらずに新聞を読んだりして過ごせば、売上には結びつかなくても浪費は少なくなる。
1日数時間を農業以外のことに費やすと、農業に大きな刺激になる。
2030年 農業の旅→
農業資材店が黒マルチやポリを引き取ってくれる広告が出ていたので持って行った。黒マルチ、ブルーシート、透明のポリの合計で53.2キロ。引取り料は1キロが50円だから合計2660円。
黒マルチはこれが1年間の使用量である。産廃なのに使用量が多すぎると思われますか。農業者としては少ない方だと思っている。黒マルチを使わない人は「除草剤」を使っている。手取りする人もいるが、家庭菜園では除草剤を使う人の方が多い。除草剤の方が安くて楽だからだろう。
黒マルチも除草剤も使わないにこしたことはないが、ハーブのような収穫期間の長い「摘み取り系」の作物は、黒マルチをしておけば手間もかからず収量も多い。
ブルーシートは安物を買うと2~3年でほつれが出る。3倍ほど高くても耐久性のあるものを購入した方が、廃棄処分料を考えると安くつく。
昨日、久しぶりに本を買った。新聞にも書評が出ていて、反響を呼んでいるという、社会人のための「もういちど読む山川日本史」と「もういちど読む山川世界史」。
小、中、高時代は勉強(学校)が嫌でしかたがなかったのに、今頃になって、時間があれば勉強したいと思っている。学生時代に勉強をしなかったことはそれほど後悔はない。必要だったとは今でもあまり思わないから。
反抗期だったし、どうして勉強しなければならないのかと考え出したら、もう勉強などできなかった。あんな学校教育なら公立の98%の子供は勉強嫌いになるだろう。
今日の朝日新聞のトップニュースは「生活保護」で、この1年で10万人増と出ていた。
実際にもらうべき権利のある人はこの5~10倍ほど多く50~100万人ほどになるのではなかろうか。行政にうまく「門前払い」されている人が多いと思う。社会的弱者は権利を行使すらできない。弁護士を依頼するカネもないし、そういう人は往々にして孤立しているので相談相手もいない。もちろん働き口もない。働き口はあっても最低限の生活もままならないほどの時間給である。
生活保護制度は憲法25条がうたう「健康で文化的な最低限度の生活」の保障と、その後の自立を助けるための制度。09年11月現在、全国で約129万世帯が受給している。(朝日新聞2月12日)
働きたくても働くところがない、働いても三食まともに食べれないという、すさまじい資本主義社会なのに、最低限度の生活の保障であるベーシック・インカムについて今日の朝日新聞は一言の言及もない。
農業はベーシック・インカム(現役世代の基礎年金)によって最低限度の生活が保障されないと、新規参入の多くは定年帰農者だけになるだろう。
認定農業者や農業法人や集落営農(集落内の特定の人に農作業を集中する、もしくは外部の特定の人に全てを委託する)で、この国の自給率は回復できたとしても、里山や生物多様性は逆に崩壊してしまうだろう。
農業に効率や採算という第2次、第3次産業の概念を持ち込むなら、農業は決して癒しにはならず、疎外感を覚え、環境も破壊される。
草がないので、10月にレンゲを蒔いた場所につないでいる。
「経済成長」、「経済成長」というが、経済とは永遠に成長し続けるものなのか。人間と同じで、壮年期から老年期へと、停滞しながら緩やかな下降に向かうのでないか。地球も同じで、開発や成長を止めて現状維持や過去の状態への回復が必要になっている。
農業も、いつまでも規模拡大や組織化という経済だけの視点で捉えるのではなく、経済とは別次元の「人間回復や人間疎外からの脱却のための、土に回帰する農業」という視点が求められる時代である。そのためには雇用農業や集団農業ではなく、個人が主体の小規模な自給自足型農業を支援する施策が必要である。
サラリーマンだったら60才の定年で人生が分断されるが、農業はそれまでの経験を土台にしながら60代も同じことを続けれる。だから農業に第2の人生はない。
そもそも、消費拡大による成長が鈍ったから、資金は製造業という投資先を失い、金融市場を過熱させたのではなかったか。京都大の佐伯啓思教授は近著「大転換 脱成長社会へ」(NTT出版)で、この経済危機を、単なる米国の金融政策の失態ではなく、消費文明の行き詰まりととらえるべきだと書いている。(朝日新聞9月4日)
資本主義という制度は非常に悪い制度だが、これ以上いい制度はない、と思っています。でもこの資本主義は、冷戦終結後、傲慢なものになってしまった。旧ソ連はじめ東側諸国と比べて、資本主義陣営は生産性も経済力も高い。「勝った、勝った」と喜んでいました。それが20年たつうちに、低賃金政策が広まり、金融市場主義が世界を覆いました。「郵政民営化」も、その日本版だったのです。それが崩れたのが2008年の世界規模の金融危機でした。(評論家、山崎正和 朝日新聞9月2日)
委託していた稲作農家から、圃場整備している1枚の田んぼ以外は返すと言われ、休耕田にするしかないと思っていたが、近所の人の紹介で新たに別の人が作ってくれそうな話になった。返された田んぼは10枚であるが、その内の3枚の田んぼがどれだったか確信がもてなくなり、委託農家に確認に行った。同じような田んぼが並んでいるので、20年近くまかせっきりにしていると、どれが我が家の田んぼかわからなくなる。
2030年 農業の旅→
今日、農業新聞では始めて「ベーシック・インカム」という言葉を見つけた。この社会保障政策がもっと新聞に取り上げられて論じられるべきだと思う。
とても感動したので、その記事を載せます。
『今のような格差社会では、大胆な所得移転の考えも必要になってくる。ワーキングプアなどの貧困層が激増し、相対的貧困率は先進国中上位にある。格差拡大防止は国全体で取り組まなければならない課題だ。こうした格差拡大のもとでのベーシック・インカムの考えは、従来のような働けない者の生活保護ではなく、働いても所得が得られない者への所得の保障である。農業者への最低所得保障は、単に農業政策だけでなく、国民の社会政策全体との関連の中で検討されるべき課題でもある。
戦後農政の結果は、農業生産の減少、先進国中最低の食料自給率、担い手・後継者不足、高齢化、耕作放棄地の拡大というもので、専業農家を育成して農業生産を維持していくという政策目標は失敗に終わった。その原因はいろいろ考えられるが、結論的には農業者として誇りが持てる農業所得が保障されなかったことにある。
農業は国民に対する食糧供給だけでなく、地域・環境保全などの多面的機能を持っており、国にとって重要産業である』
いつもは批判的に読む農業新聞だが、この記事には大いに賛同した。
ただ、下線部分は自分が付けたのであるが「・・・政策目標は失敗に終わった」という内容に目が止まった。
これは明らかに農水省や国の責任に転嫁している。農協は当初から、農水省、国と「三位一体」でやってきたはずだ。
農協が提案し、最大の圧力団体として、農水省、国家にその案を通させてきたのではなかったか。
つまり、農水省の案=農協の案ではなかったか。
ベーシック・インカムは突飛な理論ではなく、基本的には大企業、大資本を擁護する新聞が、あえて取り上げていないだけである。
時代はベーシック・インカムのある資本主義にシフトしていくと思う。そうでなければ資本主義は、必然的に内在する不平等と格差拡大のために、早晩、瓦解していくだろう。
農業補助金も農業者にとって全く不平等である。農業者の1~2割にしか過ぎないと思える、認定農業者、集落営農、農業法人、特定のスペシャリスト農家(水稲農家、酪農家、果樹農家)だけが支援されている。
風景や生物多様性、里山や地域の環境を保全する金銭に換算できない貢献度は、我ら家庭菜園型農業者の方が高い。
農水省関連の2兆5千億円の補助金は、平等に分配するベーシック・インカムにすべきだ。
春じゃがいもの種芋を購入した。
ダンシャク 5キロ(998円) 2ケース
メイク 5キロ(1080円) 1ケース
合計15キロで3076円。直売所で1キロが200円で売れるなら、種芋をあと5キロ増やして20キロにしてもいいと思っている。ただ、ジャガイモは収穫2~3週間前に必ず疫病の発生を見るので、無農薬なら20キロが限度。農薬を1~2回散布することによって疫病が防げるなら30キロほど植えたい。
タマネギの種代は3500円ほどかかるので、ジャガイモとタマネギの合計で6500円。料理に必須の両作物であるが、種代は安くない。
自分の農業はヤギのようなものである。この国の自給率とかには何の役にもたっていない。
30アールほどの作付なので生産量も知れている。家庭菜園をちょっと大きくした程度である。
農業は直接的には自分のためにしているのであるが、間接的には地域の環境に多大な影響を及ぼしている。とにかく、小さく長く農業を続けることが次の世代のために大切である。
2030年 農業の旅→

次のようなコメントを頂いたので、自分なりに考えてみました。
『私は今 種籾を購入して
稲の栽培をしようとしているんですが
都会とちがい人間関係や人脈がないと
生きていけないので精神を病んでしまいそうです
水田さんは鬱などにはなりませんか
私は精神的な負担がしんどいんですが』
農業以外で田舎に入るなら、他人の付け入る隙間は少ないが、農業には水問題があり、他人がちょっかい出しやすい空間である。
自分も「水問題」と「選挙」で集落の人と口論になったことがある。集落の人と口論になると長く尾を引くこともある。場合によっては次の代まで・・・。
でも起きたことは仕方がない。自分の言い方がまずかったのだろう。
口論になった当事者はすでに亡くなられた。「恩讐のかなたに」ではないが、今は逆にその人たちにとても感謝している。
水問題で口論になったことが井戸の試掘につながった。
選挙で特定の人を応援したために、数人から甚だしい嫌がらせを受けた。相手は弱点をついてくる。つまり生活の基盤である経済を。このことがきっかけで、利害が対立して始めてその人の人間性に触れることを学んだ。
10年余りの歳月はこれらのことをいい思い出にしてしまった。何らかのアクションを起こしたから経験できたことであり、貴重な人生経験だった。
しかしこれらは、自分が元々の地域在住であるからできたことであり、他所から移ってきた人の場合は「ひたすらうまく立ち回る」しかないのではないかと思う。
他所から移ってきた場合、田舎では往々にして「よそ者」扱いする場合が多いのではなかろうか。次の代になるまで(その家が代替わりするまで)。
それでもこういう状況は「今までは」の話であり、すでに田舎の集落は崩壊を始めている。若い人は進学や就職で田舎(故郷)を離れる人も多い。離婚や非婚も多く、集落でもその方が多数派になっている。我が家もどうなるかわからない。40軒ほどあるが、小中学校の子供がいる家は確か3軒だけ。
岡山市内が通勤圏の当集落でさえこのような状態だから、ちょっと県北へ行くと集落の崩壊はもっと進んでいる。
移住者でも元々の居住者でも、地域内でうまくやっていけるかどうかは、その人の性格だと思う。
第一次産業の場合、米でも野菜でも「水」がからんでくるから問題が生じる。我田引水という言葉もあるように、昔から「水問題」は地域のいざこざの発端だった。
今、世の中は大きく変わろうとしている。田舎でも60才以下の人は、家庭菜園の知識はほとんどゼロに近いと思う。会社勤めに必死で家庭菜園どころではないのだろう。
田舎の人間関係でぎくしゃくしていても、年月が経過するうちに事態はいつのまにか大きく変わる。
自分の場合も、うち解けていったわけでもなく、気まずい思いが何年も続いているうちに、歳月が事を風化させてくれた。
画像の丸い部分が井戸。
2030年 農業の旅→

夕飯を食べて夕寝をしたら、階下から家人の声で「どうしたん、どっか病気かな」というかん高い声で目が覚め、目覚まし時計を見たら9時だった。風呂に入って、インスタントコーヒーを作って部屋に入るともう10時がまわっている。
今日は暖かかったが、2~3日寒い日が続くと、手がアカギレたり、足がシモヤケたりする。アカギレになるとパソコンを打つ時に指先が痛い。アカギレによく効く薬は「メンタム」。この薬の名前は50年ほど前から知っている。それくらい歴史的な薬である。祖母が風呂上りにしばしばメンタムをつけていた。自分も同じことをしている。
Uさんが来てくれた日は山仕事がぐんと進む。64才だが、ボクより明らかに長生きしそうな人である。歯はいまだに全部そろっているし、母親や叔母がまだ健在で年に何回かは温泉に連れて行ってあげているらしいし、週に3~4回はスポーツ公園でテニスを楽しみ、シルバーの仕事で草刈、剪定、間伐、枝打ち等に月に4~5回行き、友人や知人の庭の手入れや雑木の整理、剪定などを応援し、公的な仕事も多く請け負い、今は農業センサスもされている。昼寝をして晩酌。夫婦で家庭菜園。その家庭菜園では、ゴボウ、トウモロコシ、アピオス、ラッカセイ、アズキ等、ありとあらゆるものを作っている。そして、早朝から深夜まで焚いているという薪暖房。
薪暖房はいつまで使えるか「体力勝負ですね」と言うと、笑っていた。それでも灯油を使わなくてすむから、冬の間に5~6万は安上がりにつきますねと言ったら、「家庭菜園といっしょ」と言われる。つまり、灯油を購入するより薪暖房の方がはるかに高くつくということ。
家庭菜園をすることは、何もしないで直売所で購入することに比べて、3倍以上高いものにつく。理由は、種代、苗代、肥料代、各種資材代、水やりや中耕、除草の手間、収穫やしょうやく(洗ったり、不要な部分を取り除くこと)の手間がかかってくるので、単純に価格に換算すれば購入した方がはるかに得。3倍以上かかっても、癒し、楽しみ、安全でおいしい物が食べたいという単なる「ぜいたく」。
薪暖房は器具を購入し、それを設置するために家の中を少し改造する必要もあるし、煙突の設置もあり、ウン十万の価格ではない。そして設置しただけではだめで、それを利用するためには、毎年、大量の「薪」が必要になる。そこまで考えて薪暖房は購入する必要がある。
その薪は使える長さに切り、割り木にして、軒下等に並べておき、必要に応じて使うが、その手間といったら、灯油代の3倍どころではなく、薪暖房を使うには「山仕事」という体力仕事を毎年続ける必要もある。
Uさんは根っから山仕事を楽しんでおられるようだ。自分の場合は19年間山仕事をほとんどしてこなかったように「レジャー」とは思っていない。今回はヤギパドックの杭にする適当な木を150~200本ほど用意したいというのが発端だった。
ただ、杭にする適当な木が少なく、Uさんが他の山仕事で切り倒していた「モロマツ」という木をもらった。モロマツはまっすぐに伸びる木で、昔から、掛け稲の3本足に利用したり、掛け稲をかける丸太ん棒によく使われていた。50年経過してもびくともしないほど「腐らない(劣化しない)木」である。モロマツは燃焼が早く薪暖房には適さないらしい。
Uさんは山仕事のベテランなので、傍から見ているだけで、山仕事の手順や道具の使い方やチェーンソーが少しわかってくる。
山仕事は、イノシシやシカに対して、田んぼとの「緩衝地帯」を設け、見晴らしをよくし、人間の気配を残すことにもなる。
ただ50年前のように、山の全部を利用できないのが、本当に残念である。木を切って薪は利用できても、薪の枝や、大木を切るために切った周囲の雑木、そして落ち葉は、現在の世の中では全く利用することがない。もちろん、薪ストーブがなければ薪も利用することはない。だから誰も山仕事などしない。
農業は総合産業だとUさんが言われる。林業、畜産業、農業土木、園芸、農具の補修・・・、理工系の能力が要求される場合が多い。そのほとんどが自分はゼロに近い。それでも農業は十分にまわっている。半分は文科系のセンスがないと農業が楽しめない。木を見るのが理工系なら森を見るのは文科系。田んぼ全体を電柵で囲んだので、以前より増して田んぼ全体を視野に入れることを迫られている。
2030年 農業の旅→

来週の木曜~日曜の4日間、近くの農業資材店が黒マルチを1キロ50円で引き取ってくれるので持って行く。多分60~70キロはあると思うので、3000円~3500円。
黒マルチは、
(1)購入費用がかかり
(2)畝に敷く手間がかかり
(3)畝からはがす手間がかかり
(4)廃棄処分料がかかる
それでも、草取りの手間が省け、野菜の出来も良い。肥料は液肥(メタン菌液肥)なので、黒マルチをしておけば肥料の流亡も少ない。
ハウスがなければ長い冬休み(農閑期)がある。農閑期があるから農繁期をがんばれる。農閑期でも1日5~6時間はしっかり動く。今は山仕事の片付けが主体であるが、水路の泥上げ、クン炭作り、土手草を結束して田んぼにおろす、黒マルチの片付け、耕運等、することはいくらでもある。明日は草刈と果樹の剪定を予定している。
サルが出始めたらお手上げ(当地にも、はぐれ猿が時々姿を現すようになった)だが、イノシシとシカだけなら、この電柵で何とか防げそうな気がする。電柵の周囲は草をきれいに刈って見晴らしをよくしているし、竹やぶは電柵を張る前に大分整理したし、城山の北側の大木を倒すことにより、その一帯も明るくなった。電柵の周囲には常に「人間の気配」を残すことが大事なようだ。田んぼが最も狙われるのは、サツマイモが収穫期に入る8月下旬~翌年2月頃の6ヶ月間であり、木の芽が息吹く3月~8月の6ヶ月間は、山の中に食べ物があるのか、被害は少ないように思う。
農業が楽しめる、家畜が楽しめる、風景が楽しめる、山仕事を楽しめる、土の感触を楽しめる、農閑期を楽しめる。それには、規模をあまり大きくせず、道や技術をあまり追求せず、旬に逆らわず、大きな投資をせず、あまり機械を使わず、専門作物をもたず、家庭菜園型農業をめざす。
スタート時点から作付面積はほとんど変わっていない。広げようと思ったこともない。しかし2年間だけ、アブラナ科野菜の作付場所を移したことがある。「ダイコンサルハムシ」という害虫から逃れるために1キロほど離れた全く新しい田んぼに移動してみた。ダイコンサルハムシは出なかったが、「肥料」と「水」の問題で2年が限度だった。
鳥小屋は「野菜の捨て場」。かなりたくさん捨てても翌朝はもぬけの殻。それくらいニワトリは野菜をよく食べる。30アールほどの野菜残渣を「鳥小屋の捨て場」に持って行くことは、ニワトリの腹を通して全てリサイクルすることでもある。無駄を全く出さないことは気持ちがよいし、うれしい。ヤギは根菜類をあまり食べないので、野菜残渣のリサイクルにはヤギは適さない。
「出稼ぎ」は東北地方が有名であるが、今は不景気で「出稼ぎの働き口」もないのではなかろうか。出稼ぎをしないと食えない時代と、出稼ぎをしなくても食えた時代。この現実を直視すると、果たして文明の進歩が人間を幸福にしているかどうか疑問である。車、テレビ、冷蔵庫、クーラーの所持や上下水道の整備が進んだ現代と、出稼ぎに出ることもなく自給自足的な暮らしを続けていた戦前と比較して、幸福度はどうだろうか。
今日は書くことがなくても、明日になればまた、何らかの書くテーマを与えてくれる。農業はそんな職業である。だから、明日の記事のためにストックする必要はない。使えば使うほど井戸水は増えるように、今日の言葉を明日に繰り越さない方が、明日生まれてくる言葉が多くなる。
山に入れば何らかの季節の恵みを頂くことができ、川に行けばいつでも少しは魚を捕まえることができ、里では旬の物を育てることができた。このようにして、めぐる季節の中で、自然に寄り添うような形で貧しいながら飢え死にすることもなく、命をつないできた。しかし現在は、失業によって容易に飢え死にする時代である。山や川はすでに季節の恵みを与えてはくれず、里の物は少し作ったのではライフラインの支払いも社会保険料の支払いもできない。これらを支払うには「とんでもない量」の里の物を作る必要がある。
2030年 農業の旅→

今日は2月5日。ヤギをもらってきてちょうど1年目である。ヤギに振り回された1年だった。
途中で何回か、導入を後悔したが、いろんな人に支えられて、ここまで飼い続けることができた。
ヤギ2頭を「ただ」でくれた佐伯町のリンゴ園の方。
2つのヤギ小屋を作ってくれたUさん。
ヤギのことを色々教えてくれた同じ瀬戸内市のMさん、Yさん、Kさん。
ヤギが来てから、本当にいろいろなことがあった。この1年は農業人生を振り返った時、忘れられない1年になると思う。
ブログ貢献度も不動の4番だった。
ヤギは画像の木の葉を好むが、木の名前がわからない。今回切り倒した城山の北側の半日陰にたくさん生えていて、背の高い木である。
ただ、オスは飛びつくようにして食べるのに、メスはそれほどでもない。ヤギだから嗜好が同じということはなく、かなりの個体差がある。
月桂樹も食べるが、それほど好物ではない。ただ、月桂樹は香りがいいので、小屋に入れておくとヤギのアロマセラピー(香りの癒し)になる。ニワトリは食べないが同様の理由で鳥小屋にも少しばらまいている。
当地にはドングリの木が多い。草のない冬中、ドングリの木の葉をエサの主体にしている。ヤギを飼い始めるまで気づかなかったが、ここはヤギを飼うにはもってこいの場所だった。
山の木はほとんど利用価値がなくなっていたのに、ヤギに利用価値があったとは。
ニワトリを飼うにももってこいの場所である。ただ、オンドリは午前1時とか午前3時とか午前4時とか、とんでもない時間に「コッケコッコー」と鳴く。我が家まで直線で450メートルはあると思うが、深夜だと鳴き声がよく届く。集落の人はすでに慣れてくれているのか、我慢してくれているのか、わからない。オンドリを入れる時は、くれぐれも家の近くでは飼えないことに留意してください。
卵の産卵率が5割ほどになったので、数日前、卵を入れるパック(1枚4円)を買いに行ったら、卵卸の業者さんが、今は使っていないからといって大量のパックをくださった。今後20年ほど使える量である。野菜とニワトリはセットと思っているので、野菜の出荷を止めて家庭菜園だけになってもニワトリは飼い続ける。ヤギは寿命が続くまで。
電柵のゲートの朝晩の開閉は家庭菜園だけになっても続く永遠の負担であるが、ニワトリとヤギ(朝晩の世話が必須)のおかげで負担は随分軽減されている。
巨岩の間から、太い木が生えている。岩の間を伸びて地下に達しているのだろう。
梅のつぼみが膨らんできた。来週には咲き始めるだろう。
ここは9年目~11年目にしばしば炭焼きをした場所で、2つのドラムカン炭焼き窯が見える。
スロ~な時間が惜しく、竹切りや竹割りも得意でなく、竹炭の販路もなかったので、冬の農閑期に3年ほど続けたが、その後ばったりしなくなった。
自民党、農水省、農協(農業新聞)というトライアングルは長い間「権力」であったし、政権が変わったからといってすぐには変わらない。
農業新聞には明治大学教授の「小田切徳美」さんという論客がしばしば登場する。ということは農業新聞の主張とほぼ考えが一致する代弁者でもある。ボクはこの論客とは正反対の考えである。
ならば、農業新聞を読まなければいいのに・・・。それでも農業新聞を読めば、今の農政の概略や今後の方向性が把握できる。ブログを続ける上で必要な項目の一つである。
2030年 農業の旅→
サラリーマンをしていたら、ブログはできないだろうと思う。人に疲れて、家に帰ったらぐた~となるのではなかろうか。
農業は自営業であり、肉体労働であるのがよい。将来にもこういう職業を残す必要がある。あらゆる職業が組織化や法人化では、個人の自由な裁量を発揮する場がない。農業くらいは、集団化や組織化はせずに、独立自営業にとどめておきたいものである。
農業もできない時代・・・
ハードルがどんどん高くなっている。
害獣防御力
元手の資金力
器用力(機械操作力、ハウス建設力)
地域でうまくやる交際力
直売所に依存せず自分で売る販売力
農協でもホームセンターでもスーパーでも、どこの直売所でも、販売手数料として15%取られ、売れ残ったら自分で処理(持ち帰る)する必要がある。つまり、売れた分しかカネにならず、売れた価格の15%は販売手数料だから、出荷する方としては、最もよく売れる所へ、しかも売れ残りが出ないような量を出荷する必要がある。
直売所のハードルも低くない。
(1)どこの店舗へ出荷するにも「袋詰め」する必要がある
(2)1単位の量を少なくする(家族構成が少ないから)
(3)単価を安くする
(4)鮮度をよくする
(5)見栄えをよくする(安全性と反比例)
農業は生きる原点のような職業である。
地位も関係ない世界
権威も関係ない世界
名誉も関係ない世界
収入もあまり縁のない世界
もらえる年金も少ない世界
それでも、誰も農業ができなくなりつつある世界
後世の人に農業という逃げ場を残してあげる必要がある。
農業まで「集団化」されているなら、もう逃げ場がない。
一人でする自給自足農家を育てていく必要がある
一人でする自給自足農家を増やしていく必要がある
生物多様性保持のために
環境保全のために
里山維持のために
農村風景維持のために
田の虫や鳥のために
あぜ岸に咲く野の花のために
それには、現役世代にも基礎年金(ベーシック・インカム)が必要である。
スペシャリスト農家や、認定農家や、農業法人や、集落営農に補助金を集中するのではなく、第一次世界大戦後のアメリカのニューディール政策のように、農的公共事業として、失業者やフリーターやその他の希望者のために、「自給自足型山村移住の民族大移動的な施策」が必要だと思う。ベーシック・インカムなしではこの施策は実現できない。
前政権とあまり変わらない現在のような補助金政策が続くなら、後10~20年ほどで、日本の農業は壊滅的になってしまうだろう。
そして里山は、「イノシシ」と「シカ」と「サル」が支配する害獣王国になる。
祖父89才、祖母91才と天寿をまっとうしたのに、父75才、母61才と比較的短命だった。祖父母の時代は自給自足型農業をして、どちらも勤めには出ていない。しかし父は40代の後半からコンクリート会社の工員に、母は40代の前半から日雇いの土建業に農業から転身していった。農業では食えなくなったのである。まさにこの50年間は農業の衰退の歴史である。
ひどい時代だったと思う。
葉タバコや稲作で浴びるほど農薬を身体に受け、その農業もすぐに食えなくなった。当時は今より数段きつい農薬が使われていたのだろう。田植え後の梅雨の雨で増水した川面には、目をそむけたくなるほどの川魚が死んでいた。ボクが小学校の高学年の頃である。
そして、通学路や集落内、近くの山や池で土建業の車を見ない年のない50年間でもあった。
社縁、地縁、血縁が切れて「無縁社会」になりつつあると新聞に出ていた。
社縁・・・一度レールからはずれたら、復帰は困難な社会である。
地縁・・・古里のない人が増えている。土のない都会で生まれ育って、どこを故郷と呼べばいいのか。
血縁・・・血は濃いが確執が多いのも親子。兄弟は他人の始まり。夫婦別姓。カネの切れ目が縁の切れ目、他人も親族も。
2030年 農業の旅→

今日は節分、おだやかな冬の1日だった。麦畑にはイノシシもシカも入っていない。空から狙う渡り鳥のヒヨドリも、今年はまだ来ていない。
ニワトリを19年飼っているのに、「カキガラ飼料(20キロ=500円)」の購入は始めてである。購入した理由は、どうも「尻つつき」が多く、青菜(雑草や野菜クズ)が足らないか、カキガラのようなものが足らないか、いずれかだと思い、カキガラを購入した。
現在、雑草はほとんど成長せず、残り野菜も少ない。
春夏作の種の注文をした。合計で10517円。
ナント種苗(株)
鈴成錦2号(ナンキン)30粒→1101円・・・たくさん成る
スクープ(ホウレンソウ)2dl→882円・・・人に進められた
鶴の子(ダイズ)2袋→314円
タキイ種苗(株)
グリーンソード(オクラ)1000粒→3045円・・進められた
ツルムラサキ1dl→1512円・・・たくさん植える
エンサイ1dl→945円・・・たくさん植える
姫トウガン1袋→577円・・・直売所向きと進められた
その他→2141円
ナスビ、ピーマン、トマト、ニガウリは苗を購入する予定。苗代は合計で4千円ほど。
公共事業と企業誘致で地域に雇用を作れた時代はほぼ過ぎ去った。特に企業誘致は、国内での工場立地自体が激減していることを考えると「宝くじ」になりつつある(日本開発銀行、大西達也)
中小企業サポートネットワークで会員企業に中国の情報を流すと、「売上が8割減ってしまい、日本企業の下請けをやっていても先がないので、中国企業の下請けをやりたい」という声が寄せられる(立教大学教授、山口義行)
上記は2月2日の朝日新聞「雇用をつくる」に出ていたが、今の日本の雇用環境はもうがたがた。
統計によれば49才以下の農業者はこの9年間で80万人から41万人に激減している。農業では食えず見通しが立たないからである。ちなみに49才以下の国民人口は7334万人である。その世代の食を支える同世代農民は、わずかに41万人。人口比にして0.5%。1人の農民が200人もの食をまかない切れるだろうか。(農業新聞12月28日、結城登美雄)
国の借金は2010年度末で973兆1626億円に達する見込みで、国民一人当たりに換算すると763万円。
集落営農の問題点
(1)集落の特定の人に営農を集中していくのか。
(2)集落外の特定の人もしくは法人に営農を委託するのか。
(3)集落の人みんなで営農していくのか。
(4)集落営農は過疎地で進められることが多い。当地ではそんな話はまだ一度も聞いたことがない。
(5)集落営農で集落の田んぼをどのように使うのか。小さな効率の悪い畑は放置されるのではなかろうか。もしくは小さい田んぼを集めて大きな1枚にする圃場整備をするのか。
(6)集落営農は経済だけで、環境問題はおざなりになりはしないか。
(7)他所から移住してくる定年帰農者や若い移住者は、集落営農に加わるのか、それとも加わらないのか。
(8)補助金なしで集落営農が果たしてやっていけるだろうか。
(9)集落営農はいずれは集落営農法人をめざすのか。責任者をどうするか。破綻した場合はどうなるのか。
地域活性化は集団化したり組織化したりすることではなく、一人一人が山村で自給自足的な生活が成り立っていくことだと思う。
地域のインフラ整備のようなハコモノをいくら整えても、雇用も無く、自給自足もできなければ、田舎には住めない。
里山や農業、雇用(自分を雇用、つまり自給自足)、環境を守るのは、小さな一人一人である。組織化したり企業化したりしても解決しない。それは逆効果である。
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今後8年ほどの山仕事のイメージができている。
でもこれは、あくまで「他力」であり、Uさんが援農にきてくれて、チェーンソーを使ってくれたらの話である。
農閑期に毎日するわけではないので、山仕事の進度は微々たるものである。
今年の続きを、来年と再来年の2年間でする。
その後は、池の上の「葉タバコ跡地」の周辺を45年前の状態に近づけたいと思っている。
葉タバコを作っていたくらいだから、日当たりはよかった。
それが、葉タバコをやめてからは周囲の木を切ることもなくなった。葉タバコを止めてもう45年ほどになる。
ボクが農業を始めてからも、木はほとんど切っていない。落ち葉や腐葉土を、春の温床やポットの土に利用していただけである。
葉タバコを作っていた時は、この山の斜面から下の池がよく見渡せたのに、今は木が高くなって、木の間からしか見えなくなった。
葉タバコ跡地は毎年1回は農閑期に草刈をしているので、笹や低木は生えても、草刈機で刈り払えるくらいの太さである。
10アール余りの広さがあるので、果樹でも植えようと思えば植えれるが、植えたい果樹がない。
果樹を植えてもカラスに食われてしまうだろうし、特定の果樹をたくさん植えても意味がない。売れる果樹を作るのは難しい。
何も目的がないのだから、草刈も止めてしまってもいいが、せっかく父や祖父が開墾したのだから、一代で元の山に戻すのもしのびない。その気持ちもあって、父は葉タバコを止めてからも、年に1回の草刈だけは続けていたのだろう。
あれからすでに45年。周囲にどんな木が生えていたか思い出せない。45年前に、木に印でもつけておけば、今それがどんな大木になっているかわかるが、もちろんそんなことはしていない。
葉タバコ跡地は「ミツバチの出撃基地(巣箱置き場)」にいいのではないかと思っている。それと風景や里山の維持のため。
下の田んぼから池の土手に上がり、葉タバコ跡地から池を見下ろす。田んぼと雑木林と山と池の一体感が味わえる。
葉タバコ跡地の周囲の大木を5~6年かけて、少しずつ少しずつ整理していきたいと思う。
太い木はUさんが薪割りして薪ストーブに使われるので、お互いにメリットがあれば、山仕事も続くだろう。
低木や大木の枝は、あまり利用価値がないので焼いている。
焼くと二酸化炭素の放出になるし、まるごと利用してあげずに(クドや風呂炊きに利用することなく)捨ててしまう(単に焼いてしまう)のは、山に対して申し訳がたたない。
だから、山仕事は1年にたくさんは進めない。何年もかけて、少しずつ少しずつ進める。
ただ、Uさんがチェーンソーを使えなくなったら、その時点で山仕事は中断するだろう。
それでいいと思っている。
ボクはチェーンソーを使わない。あまり得意でないから。
2030年 農業の旅→
「フリョウノウミン」、「10代目、農業に挑戦します」、どちらも新潟県の若い人のブログであるが、農業能力が高い。
自分の農業能力の低さを棚にあげて「食えない」と繰り返し書いているが、上の2人の方の能力が「高過ぎる」と思う。自分の農業能力はトータルで中よりちょっと下くらい。
他人と比べてもどうすることもできない。自分の「立ち位置(農業に対する考え方や生き方)」を深く掘り下げていくしかないと思っている。
どんな農業者に出会っても「嫉妬」の感情はない。ひたすら「自分の農業」を追求するだけ。
最近、ネット中毒を通り越してネット依存症かも知れないと気になり始めた。長くても1日3時間内に留め、少なくとも週に1回はブログ休刊日も必要と考え始めた。
ブログは、パソコン教室へ行くことを促し、農業新聞を購読するように仕向け、その後朝日新聞も購読するように仕向け、棚田めぐりを想起させ、ヤギの導入をも導いたが、続けるにはまた「何か」が必要になりつつある。そのためにはブログ時間を削るしかない。
半分は「充電」にあてないと、ブログで「放電」ばかりでは、頭の中がもう空っぽ。
ヤギは多少手間がかかっても、エサ代が無料なのが良い。柑橘のキンカンも毎日与えている。キンカンは売ればいいのにと思われるかも知れませんが、手間や価格を考えたら、直売所へ売ることがばかばかしくなる場合も多い。キンカンはちぎるのも面倒(作っておられる人ならわかると思います)で、これまで利用方法がなかった(ワンパックにサービス品として入れることもあった)が、ヤギのおかげでにわかにキンカンの存在価値が浮上した。
今年は久しぶりに大豆を蒔こうと思う。蒔くといっても1~2アールほど。大豆は湿地でも蒔けるし、肥料は全くいらないし、田んぼのスペースも残っている。直売所へ売るのが目的ではなく、ニワトリとヤギのエサ用である。もらったクズ大豆をヤギが喜んで食べるし、ニワトリも大型品種(岡崎おうはん)で口も多少大きいのか、クズ大豆をよく食べるので、大豆(小粒品種)を作ろうと思いついた。どちらの家畜も葉も大好物であるし、エダマメの頃から完熟の頃まで2ヶ月間(9月中旬~11月中旬)少しずつ与える算段である。収穫が面倒なので完熟した実の脱穀はしない。これは麦と同じやり方。
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