ヒヨコはすでに画像中央の止まり木ならジャンプできる。天井の止まり木につながる登り台にも糞が落ちているので、すでに天井近くまで上がっている。


朝から外に出していたが、3時過ぎに雨脚が強くなったので小屋に戻した。
月額7万円ほどの年金で年間84万円。65才になって自分がもらえる年金である。厚生年金の期間もあるので、国民年金だけの人(月額6万6千円)より少し多い。
こんな金額では生活できない・・・? そんなことはない。これだけもらえれば大いに助かる。農業収入から年金収入へ変化なく移行できる。
元々、生活のランニングコストは小さい。ランニングコストはほとんど「ライフラインの支払い」である。
家計の状況を示すのに「エンゲル係数」が有名であるが、現代なら「ライフライン係数?」で捉えた方がより的確に家計の状況を現わすだろう。
小遣いと言えば散髪代くらいで、出歩かなければ、手土産もコンビニ弁当もいらない。田んぼとの往復だけなら、日々の生活にそんなにカネはかからない。
この春から下水道料金の支払いが新たに増え、ライフラインの支払い(自動落ち)がますます負担になり、上下水道代と電気代を家人の口座から落ちるように代えてもらった。
自分の口座から落ちなくなると、こまめに消していた電気も遠慮がなくなった・・・。
自分の食い扶持くらいは自分で稼げ。男も女も同じ。何で養わなければならないのか。
我が家はあべこべで、かなり依存している。
ライフラインもさることながら、固定資産税5万円、火災保険料4万円、生命保険料2万円、冠婚葬祭費4~5万円で、年間15万円を越える。
生きているだけで、何でこんなに生活費がかかるんだろう。
それでも他の人に比べたら、ボク自身の生活のランニングコストは極めて少ないと思う。これでないと農業は継続できない。
農業をしていること自体が「何よりも贅沢」なことだから、他の事を我慢してもそれほどストレスにはならない。
実際は他の事もあまり我慢はしていないが、他の欲求は少ない。
自分に必要な費用は自分で最低限稼ぐ必要がある。ただ、入院する病気などにかかったら、農業収入では支払えない。
継続か抜本改革か
民主党は、厚生、国民、共済各年金を一元化し、収入の15%の保険料で賄う「所得比例年金」と、消費税を財源とする月額7万円の「最低保障年金」を組み合わせた新制度への移行を掲げる。
誰のものか特定できない「宙に浮いた」年金記録5千万件が2007年に発覚し、その後も厚生年金記録の改ざん問題が明るみに出たほか、国民年金保険料の納付率低下が続く。08年度は過去最低だった02年度の62.8%を下回る公算が大きい。
基礎年金(国民年金)は満額で月額6万6千円。保険料支払い期間が短いなどの理由で実際の支給額は4万~5万円の人も多い。年金受給資格を得るには原則25年間の加入が必要だ。(以上山陽新聞6月30日)
蝶やミツバチを呼ぶ花「ブッドレア」。この花は長期間咲き続ける。
ミツバチ減少をめぐっては、農薬が原因とする見方の他に、ダニ原因説、感染症説など諸説あって原因の特定は難しい。
人間が生態系にもう少し配慮することが解決への一歩になると信じている。ミツバチが苦しんでいるのだから、他の昆虫にも影響は出ているはずだ。生き物が不自然に死ぬような環境をいつまでも見過ごしていてはいけない。(農業新聞6月27日、欧州ミツバチ報告・スロベニア)
岡山県の年間雨量
国土交通省によると、世界の降雨量の平均は、1年に973ミリ。日本は約2倍の1730ミリ。岡山県は813ミリで、長野県についで2番目に少ないようです。(山陽新聞6月19日)
強毒農薬を無害化(県が2分の1の4億円を補助)
国は残留性有機塩素系農薬の販売を71年に禁止。都道府県に埋設を指導し、県内では72年に北興化学工業岡山工場の地下に鉄筋コンクリートの設備を設けて処理した。
無害化は、国が2002年に汚染物資を適性管理する国際条約を批准し、処理方針を転換したための措置。農林水産省によると、埋設農薬は岡山など24道県168箇所(約4400トン)で確認され、昨年4月1日現在で46箇所(約2200トン)が無害化を終えている。(山陽新聞6月11日)
4400トンを想像したが、どれだけの量なのか、頭に描けなかった。71年と言えば、今から38年前。ボクが18才の時である。
まだ小学生だった頃、集落を流れる川面に浮かんでいたおびただしい量の魚の死骸は、今から思えば、残留性有機塩素系農薬(DDT、BHCなど)が、葉タバコや田植え後の田んぼに使われ、それが梅雨の雨と共に川に流れ込んだのが原因だろう。
今だったら新聞記事になるが、あの当時は、農薬が原因だろうと誰もがわかっていたはずだが、「それが環境にとって重大な問題である」などとは、それほど感じなかったようだ。
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雨が降っていたので、出荷が終わった後、田んぼには行かず、ラッキョ漬けの続きをした。
10日ほど前に3キロのラッキョを10%の塩漬けにしていたが、それをさっと水洗いし、沸騰した湯をまわしかけ、すこし冷ましてから海苔のビンに入れた。その上から、酢に砂糖を適量溶かしたものを注ぐと、ラッキョ漬けの出来上がり。(本を見てする)
朝から雨が降ったり止んだりだったので、ヤギは外に出さなかった。反芻動物だから、1日くらい食べなくても大丈夫と思ったが、出荷の箱詰めが終わってから2時半頃に行くと、今まで何をしていたんだと怒ったようにメエ~メエ~と騒ぎ立てるので、大急ぎでオスを外に出し、続いてメスも外に出した。
今朝は収穫が忙しく、ニワトリにエサを与えていなかったので、ヒヨコと成鶏にエサと青菜をやっているうちに、また雨脚が強くなったので、結局15分ほどでまたヤギを小屋に戻した。これでは食べたりないので柿の枝を折り、ドングリの枝を折って小屋に入れた。その後、宅急便の営業所へ野菜の箱を持参した。
雨脚が強ければ収穫出荷作業は見合わせるが、少々の雨だったら収穫出荷しても何ら問題ない。
それぞれの作付量は少ないが、作付種類は多いので、収穫、仕訳に結構時間がかかる。今日収穫したのは、
(野菜)
キュウリ
ナスビ
ピーマン
ニンジン
レタス(チマサンチュというレタス。収穫期間が長くて便利)
エンサイ・・・・・・・初収穫
ツルムラサキ・・初収穫
青シソ
タマネギ・・・・・・・在庫野菜
ジャガイモ・・・・・在庫野菜
ニンニク・・・・・・・在庫野菜
ナンキン、オクラ・・・まだ収穫できない
(ハーブ)
レモンバーム
レモンバーベナ
レモングラス・・・・今日は注文なし
コモンタイム
レモンタイム
スペアミント
ブラックミント
アップルミント
セイジ
ローズマリー・・・今日は注文なし
イタリアンパセリ
スイートバジル
ロケット、ディル、チャービル・・・秋冬作しか作っていない
納品書記入、振込用紙記入、送り状記入と事務量も多いが、地元に配達することに比べたら、都会へ送付する方がはるかに時間は短縮できる。
湯浅 誠さん(40歳)
「年越し派遣村」で一躍有名になったが、その湯浅さんが土曜日の朝日新聞の「フロントランナー」で大きく取り上げられていた。その生き方をとても尊敬している。
「貧困」と言う問題で集落を考えてみた。田舎の集落は日本の縮図である。
(1)ほとんど親と同居しなくなった。
(2)同居している場合は、同一敷地内に別棟を建てている。
(3)非婚や離婚の方が多数派になっている。
(4)その場合、親がいるので「溜め」になり、生活にすぐに事欠くことはない。
(5)現在60歳以上の人は安定したサラリーマン生活を終えた人が多い。国民年金ではなくほとんど全部の人が厚生年金なので、今後も安定した老後になるだろう。
(6)企業の雇用形態の大半は正社員だったのに、15年ほど前から雇用形態がおかしくなった。次の世代が正社員であるか非正社員であるかによって集落内でも今後は「収入格差」が表面化してくるだろう。
(7)田舎の人は「農業では食えない」ということを身にしみて知っているので、いくら働き口がないからといっても、職業として農業を選択することはない。あくまでボクのようなパターンは例外中の例外。
(8)すでに田舎で自給自足できるものは何もない。自給しようとすればかえって何倍も高くつく。野菜も米も。
(9)田舎でも単身赴任は当たり前。拒否していたら働く場所などない。要するに大都会の東京や大阪と全く同じ。
自分の現実
自分もあと20年したら76歳。考えたくないがそれが現実。すでに人生を引き算で「後何年」としばしば自問する。今のところ2人の子供は農業をする気など全くない。
寿命が終わるまでに、野菜の作り方の一通りのことは伝えたいが、うまくタイミングが合致してくれるかどうかわからない。
自分以外は田んぼの場所をほとんど知らない。田んぼの場所くらいは最低限、死ぬまでに教えておかなくては。
後継者がいなくても、第3者に委託するわけにもいかない。今は田んぼの所有者より田んぼの耕作者の権利が強くなっているし、ボクのように突然、農業をしようと思うかも知れないから。
親が死ぬ前に3年ほど野菜作りの引き継ぎ(指導)ができたらラッキーである。自分の場合もちょうど3年間、親から引き継ぎを受けた。抜群のタイミングだったと思う。すでに田んぼのありかさえ、あやふやになっていた。それくらい農業とは縁のない生活をおくっていた。同居していたが、サラリーマンの時は、家庭菜園も稲作の手伝いも全くしなかった。サラリーマン社会で生き抜くために必死で、他の事を顧みる余裕はなかった。
タイミングよく引き継ぎができなかったら、ゼロからのスタートになる。これは大損。自分の場合は、
(1)技術レベルが低いので、子供が覚えやすい。
(2)レベルは低いが広範囲に伝えることができる。野菜の春夏秋冬、ハーブの春夏秋冬、ニワトリの飼い方、ヤギの飼い方、炭焼きの方法。
(3)管理機(ミニトラクタ)、草刈機、乗用トラクタ、エンジンポンプの使い方。
(4)メタン菌液肥の作り方と使い方。
(5)各種果樹の収穫期。
(6)山の境界線、落ち葉かき、腐葉土、シイタケ原木の置き場。
うまく引き継ぎができるかどうかは神のみぞ知る。ガンなどで死期が特定されれば、2~3ヶ月間で必要最低限は伝える。
高度な農業技術など伝えようとしても相手の理解力に無理が生じるが、自分くらいのレベルだと、相手が理解しやすいと思う。
日本の農業の悲劇は、ごく基礎的なこと(旬の野菜を蒔く時期)さえバトンリレーできなくなっているという現況にある。
集落でも、家庭菜園の引き継ぎさえすでにうまくいっていない。加えて、イノシシやシカのような害獣が家庭菜園の継続さえ瓦解しようとしている。
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ニワトリには全く「拘束」を感じなかったのに、ヤギには自分の行動を「拘束」されていると思う。現にヤギは、困ったり、寂しくなったりするとメエ~と鳴いて世話人を呼びつける。
当分はこの「拘束」を楽しんで受け入れようと思う。
ヤギはセラピーになり、時々ストレスにもなる。
家畜としてはどうだろうか。まだ5ヶ月ほど飼っているだけなので、家畜としての評価は簡単にはくだせない。
ヤギは飼料代はほとんどかからない。米ぬかは一掴みほど与えたり与えなかったりで、塩も市販の1袋(1キロ入り)を買えば1年ほどあるだろう。時々思い出したように、手のひらに少量の塩をのせ、2頭に与えている。
世話人に観光企画力でもあれば別だが、なければ、いつかヤギ乳を飲める楽しみくらいだろう。
まだ子ヤギなので、1年間を通して果たしてどれくらいの草を食べてくれるのか定かでない。
ヤギは寝ているか、草木を食べているか、口をもぐもぐさせながら食べた物をまた口に戻して反芻しているか、いずれかである。
鎖の長さは2メートル余りであるが、これくらいが適当と思う。2メートル50センチは少し長いと思う。長いと、つなぐ場所によっては野菜を食われてしまうし、2頭同じところにつなぐので鎖が絡んでしまう。
直径4メートルの円内の草を1日で全部は食べきらないが、2日続けて同じ場所につなぐことは少ない。ただ、日陰に移す時は、同じ場所になってしまう。そんな時は、近くの草を少し刈って与えることもある。
ニワトリには感情はないが、ヤギには感情があるので、それが世話をする喜びになり、時々負担にもなる。
ヤギは何でもよく食べる。例えば下の画像で、ツタ(シダ)のような草もよく食べる。こんな草は刈ってはやれないので、「けい牧」した時に初めてヤギの嗜好がわかる。
ただ、遠方へ連れて行くのは大変である。犬ほど賢くないので世話人の言うことを聞かない。猛ダッシュに付き合わされたり、突然止まったり、突然方向を変えたり、止まったまま足を突っ張って動かないこともある。
だから池の土手近くまで連れて行くのは大変であり、連れ帰るのも大変である。時間がかかるので、近場を移動させている。
自分の農業は、
(1)除草剤は全く使わない
(2)農薬は秋のアブラナ科野菜だけは少量使う
(3)化学肥料は年に1~2袋(20キロ入り)使う
(4)黒マルチは年に5本(1本100メートル)ほど買う
ミツバチが来れば、もっと田んぼの風景や環境を考える必要がある。
国際養蜂大会を主催する全仏養蜂連盟会長に聞く(農業新聞6月25日)
『ミツバチの減少は、私たちが何を食べていくべきか、どんな農業をすべきかを示している。
都市に巣箱を置く「環境の小路」運動からは、とても意外な事実が分かってきた。皮肉なことに、都市で育てたミツバチの方が健康なのだ。通常、森に置いた巣箱から採れるハチミツは12キロほどだ。だが、パリ市内の巣箱からは、80キロものハチミツが採れる。
森で生きることが当たり前のミツバチが、なぜ都会にいる方が健康なのか。私は、都会では農薬が少ないからだと考えている。それに暖かく、花を育てる人が増えている影響もある。
環境、殺虫剤、遺伝子組み換え作物などを取り上げ、ミツバチを取り巻く環境を徹底的に議論する機会にしたい』
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サツマイモ
サツマイモの苗床はニワトリの緑餌になる。雑草がいくらでもあるというものの、ヤギと競合し始めたし、ニワトリの好みの雑草を集めるのは意外と手間がかかる。そんな時、この芋ヅルとコンフリーがあると便利である。
すでにヒヨコの域を超えつつある。入り口のドアを開けて入ると、このように寄って来る。ヒヨコの時も大きくなってからも同じ。うっかりすると、入り口から外に飛び出すので、素早く入り口を閉めるが、この時に入り口の戸とブロックに足を挟んでしまい、ニワトリが怪我(出血)をすることがある。
怪我をすると、その部分を他のニワトリが突付き出して隔離する必要が出てくるのでこれも要注意。
今日もニワトリ小屋付近につないだ。
ラベンダーにはミツバチが毎日来ている。当地ではこの種のミツバチをよく見かける。
6月25日の農業新聞に「ペットボトルを使ったスズメバチ駆除の仕方」が出ていた。それによると、
『2リットルのペットボトルの上部に横2センチ、縦センチの四角い入り口を作り、焼酎200ミリリットルと酢100ミリリットルに、ハチミツか砂糖少々を入れて作る。入り口になる部分の上辺を切り取らずに、外側に少し折っておくのがポイント。ハチがそこに止まり、中へ入っていく。
出来上がったボトルは目の高さに紐でくくりつける』と書いてあった。下図参照。
スズメバチはミツバチを襲うらしいので、ミツバチが来る前に作って設置してみようと思う。
経験や勘
ベテラン農家の優れた技術を引き継ぐため、「経験や勘」と言われる部分までデータとして蓄積し、新規就農者らが活用できるようにしようと農水省が研究会を発足させた。(6月26日農業新聞)
これはあまり役に立たないだろう。ヤギはヤギを飼いながらヤギに教えてもらうことが多いし、ニワトリもニワトリに教えられることが多い。第一次産業は現実に経験しながら少しずつ身体で覚えていくしかない。
特定の技術はやはり「その人だからできる」特定の技術だと思う。
中山間直接支払い(傾斜地農業の不利を補う政策)
2007年度の実績は、交付金が514億円。半分以上を共同活動に使うよう指導しており、総交付金の57.5%は集落で使っている。
全額個人に支払っている例もあり、上限の100万円近く受け取る農家もいる。しかし、協定を結ぶ約2万8千集落のうち、7割以上が交付金の半分以上を共同で使い、個人配分は1戸平均8万円だという。経営規模が小さいこともあろうが、この金額で若者が都会からUターンし、農業をする動機付けになっているのか検証してもらいたい。(農業新聞6月27日)
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農業は徹底した実力主義の世界である。
人の技術はなかなか真似ができない。特に自分の場合、懇切丁寧に教えてもらって、自分の田んぼで同じことをしようとしても、どうしてもできなかった。
家人に定期収入がなかったら、農業界からとっくに淘汰されていたかも知れない。そういう意味では「補助金漬け農業」と言える。
補助金は、淘汰されるべき農業が生きながらえる。
失意の中で農業を始めたのに、農業では生活できないからと、また元のサラリーマン社会に復帰できるだろうか。もっと失意になるだろう。
そんなに高い能力や技術の蓄積がなくても、新規就農して1年後くらいには、最低限の生活がまわっていくようでないと、新たな農業者を呼び込めない。
農業は能力や技術ではなく、遊びであり、癒しであり、自給自足であるという考え方をする人も農業者の半分以上を占める。
それは主に定年帰農者であり、家庭菜園愛好家であり、小規模の有機農業者たちだろう。
そういう人は、農業にあまり「技術志向」はしない。野菜という形になりさえすればいいので、技術よりも、単純に作る楽しみを志向する。
ボクは農業をスタートして3~4年目あたりまで進歩したが、それ以降はぴたっと進歩が止まったようになっている。
技術を追求することにあまり興味が持てなかった。
自然の意に逆らわず、お天道様任せで、作るというより、できたという野菜の作り方をずっとしてきた。
しかし、現役世代はそれではいけないようだ。とにかく農業で一定の収入を上げないと、農業の継続ができなくなる。
ここにギャップが出て来る。
誰もがビジネス志向の農業をしたいわけではない。逆に、したくても難しくてできない人もいる。
半数の人は自給自足型や楽しみや癒しの農業をめざしている。
問題はそういう人たちにも「農業の門戸」を広げる施策が国にないということ。
政権が変わっても変わらないだろう。自給自足型農業は国家の自給率に何ら貢献なく、単なる個人の趣味とみなされる。
しかし生物多様性は、家庭菜園型、定年帰農型、小規模有機農業型の農業者が支えている。
農業分野には、莫大な補助金が下りている。
それでもその補助金は、半数の農業者には全く関係のないものである。
農協組織も、半数の農業者には何ら意味のない組織である。
農協組織が目をむけているのは、残り半数の出荷型農業者だけである。それは認定農業者や農業法人や集落営農である。
しかし農業とは本来、法人(組織)でするものではなく、一人か、家族農業をする時にこそ、農業の持つ素晴らしさを体感できる。
集落営農も全く未来を感じない。補助金漬け農業としか考えれない。個人で利益が上がらないのに、集落営農(規模拡大)にしたら利益が出るということはありえない。負債が膨らむだけだろう。補助金の受け皿のように見える。
半数の農業者と何回も言っているが、実際は7~8割の農業者が家庭菜園型や定年帰農型であり、莫大な補助金の恩恵を受けているのは残り2割ほどと思う。
集中から分散
大規模から小規模
20世紀型農業と決別する必要がある。
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なぜ、地元のサッカーチームを応援しなければならないのか
なぜ、地元の立候補者を応援しなければならないのか
なぜ、国を愛する心を強制されなければならないのか
浄財でファジ支援を
山陽新聞社など岡山市内に本社があるマスコミ5社は「ファジアーノ岡山募金推進委員会」を立ち上げ、19日、募金活動を始めた。今期、Jリーグ2部に参入した岡山初のプロチームを県民挙げて支援するためで、毎年シーズン最後のホーム試合で浄財を贈る。
地元のプロチームだからマスコミがこぞって応援するのは勝手だが、20日付の山陽新聞の一面に大きく出ていたのを見て、その瞬間、違和感を感じた。
瀬戸内市議会議員選挙
瀬戸内市議会議員選挙もやっと終わった。ボクはこの地方選挙が大嫌いである。合併して市になる前の町議会議員選挙の時はもっと嫌いだった。
というのは、集落推薦とかがあって、地元の人を入れなければならないという無言の圧力を感じたからである。
確かに、地元選出の議員を1人は議会に送り込んでおかないと、地元にとっては「損」である。地元にカネをとってくる(地元になにかハコ物を作ろうとする)場合に、地元選出の議員がいないとまず無理。
その他にも、地元から議員が出ておれば何かと得である。そんな現実を地域の人はみんな知っているから、多くの人は集落推薦にも疑問を持たず、地元の人に投票することを当然のように考える人もいる。
もう一つおかしいのは、多くの立候補者が「無所属」であるということ。これはもう「地元候補」ということを最優先していると考えざるをえない。所属をはっきりさせているのは、共産党と公明党だけである。なぜ、自民党とか民主党とか社民党と意思表示しないのか。
選挙母体が小さいと「無所属」が平然とまかり通るが、市議会議員選挙でも県議会議員選挙でも、きちんと○○党と名打って戦って欲しいと思う。そうでないと、その人の主義主張がわからない。地元票を期待する「無所属」はずるいやり方だと思う。
地元に得だから地元の人を選ぶという発想では、この国はいつまでたっても変わらない。
かといって、平然と地元以外の人を応援するのは勇気がいる。特定の政党を応援することが自他共に自明の時はまだしも、ボクのように公言していない者にとっては、集落内で、地元以外の候補者の選挙カーに、道へ出て手を振ったり握手したりするのは、かなり気がひける。
特に意中の候補がいるわけではないが、仮にいたとしても、おおっぴらに地元以外の人に手を振ったり、握手したりする行為はできない。ウグイス嬢がマイクでありがとうございますとか言うので、小さな集落内だから、誰かすぐにわかってしまう。
逆に地元の候補が通っているのに、一度も手を振らないと、あの家の住人は選挙期間中一度も手を振らなかったということになる。
入れる入れないにかかわらず、地元候補の選挙カーが通れば、手を振ったり握手したり、厚顔無恥に振舞うのがよい。
ボクはそういうことがいやなので、とにかく、選挙期間中は田んぼに「逃避」して、昼の時間帯に家に帰り、昼の時間帯に田んぼに出る。
以前は集落推薦の人が当選すると公会堂で「お膳」が出たりした。あえて出席しなかったら、来られなかったからと言って「お膳」を持ってこられた。
選挙に関しては、いろんな「嫌がらせ」があったので、大嫌いになった。それでもいい経験になった。集落内の少数派にならなければ経験できなかったであろうことが経験できたから。
選挙が終わったらまた普通につきあうが、選挙のしこりは長く記憶に留まる。
足元の国家
地元のサッカーチーム、地元の候補者とくれば、足元の国家。国を愛する心は強制されるものではなく、自発的なものだと思う。しかし、君が代とか、憲法とか、核とかで戦っても、何かむなしい。
戦う対象は大きくしても効果はない。最も効果的であり、かつ最も勇気がいるのは、学校のクラスや集落の公会堂で自分の考えを述べることである。
学校のクラスではほとんど自分の意見は言えなかった。集落の公会堂で自分の意見が言えるようになったのは50前後の頃からである。
つまり、人前で自分の考えを言うのに50年ほどの歳月を要した。
ハチク
ハチク(竹の子の一種)のシーズンは終わったが、今年は有意義な発見が3つあった。
(1)5月20日~6月10日頃までの3週間、野菜が少ない時期にハチクが出荷できた。
(2)ヒヨコも成鶏もハチクが大好物だった。
(3)イノシシが狙わなかった。4月10日~4月25日頃までの孟宗竹はイノシシにやられることが多いのに、その40日後から出始めるハチクは不思議と狙われない。
英国は日本の160倍の予算(ミツバチ実態調査)
英国・・・16億円を授粉昆虫の研究費用に充てると発表
日本・・・ミツバチの実態調査に1000万円の予算
英国ではミツバチに寄生するダニが大量死の主因と見られている。ミツバチの中には、ダニに侵された巣穴を見つけると、ダニを運び出して巣を「掃除」する系統があるという。
この研究は可能性がありそうなハチを見つけて遺伝子を調べ、選抜するという息の長いプロジェクトだ。
ミツバチのために花を
ニワトリのために麦を
ヤギのために麦とレンゲと菜の花を
それは人間も楽しませてくれる。
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休耕田の活用は、牛より小型のヤギの方がいいと思う。ただ、時代が「家畜を飼うこと」に適さなくなった。45年ほど前までは家の軒下や玄関先、納屋などで牛やニワトリ、ヤギ、ブタなどが飼われていたが、今そんなことをしたら、臭いや鳴き声で、近所から苦情がくると思う。どこの家でも飼っていた多数派の時は何もいわれないが、少数派になると苦情が出る。
自分の場合は集落から離れた田んぼで飼っているので問題はない。「バクロウ」や「トリ買い」や「豚買い」の仲買人さんがいない現代で、家畜を飼うことは孤高のようなものである。
飼ってみて、精神的、身体的に少しは余裕がないとヤギは飼えないような気がする。ここがニワトリと違う。逆にニワトリは野菜農家の出荷できなかった野菜を処理してくれる「必須動物」と思う。
ただ、ヤギは草食なので飼料代に1円もかからないが、ニワトリは雑食であり、卵を産んでもらうには、動物性タンパク(魚粉など)や植物性タンパク(大豆カス等)の入った購入飼料(配合飼料)も必要になる。自分の場合は32羽で年間1万円前後の飼料代がかかっている。
つまりヤギは手間代、ニワトリは飼料代と言える。
ミツバチ
農林水産省によると、2006年7月から2007年6月までの1年間に、ミツバチがハウス栽培の授粉に使われた面積は、イチゴでのべ4699ヘクタール(東京ドーム約1千個分)、メロンで4463ヘクタールなどだった。(朝日新聞6月21日)
セイヨウミツバチが減った理由は、
(1)ミツバチが花粉を集めるレンゲなどの植物が減った
(2)ミツバチの幼虫などに寄生して育つダニが原因説
(3)稲に使う農薬が原因説
(4)ハウス内での過労
(5)伝染病による女王バチの輸入停止
ミツバチは「生物多様性」のいろんなことを学ばせてくれると思う。
ハウスも、持っている人はいろんな事を学んでいると思う。
(1)雨が入らないから、水の問題
(2)風通しがないからダニなどの発生問題
(3)ハウス内で作る作物の授粉の問題
(4)台風などの強風によるハウス倒壊問題
(5)太陽光線がある程度少なくなるので透光率の問題
(6)露地と異なる温度や旬の問題
ハウスを持っていない人にはわからないこと・・・
ミツバチを飼っていない人にはわからないこと・・・
稲作をしていない人にはわからないこと・・・
専門作物を持っていない人にはわからないこと・・・
それは多いと思う。
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先日収穫したラッキョをしょうやくして、10%の塩漬けにした。この状態で1週間ほどおき、その後、酢に漬ける。
ラッキョ・・・3キロ、塩・・・300グラム、水・・・ひたひた
ヒマワリの種を蒔いた。余裕?
インゲンの水やりができず失敗したので、その畝を利用して蒔いた。
まだ、市販の飼料は与えていない。コゴメがなくなったら市販の飼料も少しずつ与えようと思う。今日の食材は、コゴメ、麦、煮干、コンフリー、クローバ等。
果樹はほとんど何でも食べる。伸びすぎた新枝を少し剪定して与えた。スモモ、柿、サクランボ、ブラックベリー、ザクロ、ユズ、キーウイ。
天気予報ではしばらく雨のマークなのに、昨日も今日もほとんど雨が降らない。水やりの時間はなかなか取れないので、雨が降ってくれないと困る。サトイモも全然大きくならない。
無駄学
無駄が多いほど、人生が豊かになると思う。農業は壮大な無駄である。
今日の山陽新聞の「滴一滴」に、「無駄学」に取り組んでいる教授の話が出ていて、車の車間距離、行列するアリの間隔、本の余白など身近なことを題材に「無駄」の影響と効用を研究する話が出ていた。
効率や採算だけを追求するなら、ヤギは無駄かも知れない。しかし、「無駄学」という学問上の見地からはヤギはどう捉えられるだろうか。
7月にミツバチが来るから、ミツバチが好きなヒマワリやコスモスを蒔く。
ニワトリとヤギがいるから、今年も2~3種類の麦を蒔く。
麦は、イノシシやシカも好物で、ヒヨドリも好物で、山鳩も好物で、スズメも好物であるが、たとえ6割ほどの収穫でも、麦を蒔く。
稲作農家が田植えをしてくれるから、水を張った田んぼを見ることができる。
猟師さんがいるから、多少とも害獣が防げる。
カネにならない、生活ができないといって農業をする人がますます少なくなったら、田舎の風景もそれだけ荒廃する。
だいたい、当集落はもう子供がほとんどいない。
若い人は地元にあまり残っていない。
稲作をしているのは60才以上の人だけ。
家庭菜園だけなら、多くの田んぼは休耕田になってしまう。
田んぼの荒廃は集落の荒廃、そこに住む人間関係も荒廃し、この国も荒廃する。
無駄ができる余裕がなくなったのだ。
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稲の農具はコンバイン、田植え機、乗用トラクタ、乾燥機、籾摺り機の大型農具だけに留まらず、下記のような農具をたいていの稲作農家が持っている。
(1)稲の苗箱に土や種を落とす機械
(2)育った苗を軽四等で運ぶ時に、苗を並べる器具
(3)苗箱を洗う機械
こんな機械まで揃えたら、30年間稲作をやったくらいでは減価償却できない。
会社だったら、儲からない稲作にこんなに投資したらつぶれる。
個人の農業はジリ貧、崩壊、後継者がいない、高齢化、なので、個人に代わって企業が農業を支えようとする時代である。
企業がしても「人件費」は決して出ないだろう。個人の場合、人件費などは計算に入れない。そんなものを入れたら利益など出ない。
企業がしても、規模は欧米の個人の規模より劣る。
農業においては時間回転率と設備回転率が、他産業に比べてあまりに非効率なので「利潤」など産み出さない。
農業は農業である。
だから農業は経済第一主義の資本主義には馴染まない。かといって、社会主義のような計画経済にも馴染まないことは過去の歴史が証明している。
農業は資本主義という経済システムから離れて、自給自足主義や癒しを求める時に、最も適する産業である。
つまり農業は次元が違うのである。
企業(法人)にいくら補助金を集中しても、農業で自立はできない。無駄な補助金に終わるだろう。
農業は結局、ちいさな個人に広く浅く補助を続けるしか、最善の道はない。
自給自足支援である。
特にロストジェネレーションの世代に対する「自給自足支援」、「田舎疎開運動」を国が全面的にバックアップしない限り、この国の農業は崩壊する。
法人がする農業は、ビジネスとしての農業であり、農業の本質(時間回転率と設備回転率)から鑑みて、早晩、撤退せざるをえないだろう。

次のようなコメントを頂きました。
『うちのプリマスひよこ達の餌箱にはやっぱり夜にネズミがきてます。夕方餌箱がちゃんと空になっているか毎日チェックしないとあきまへんな。なかなか正確な餌の量が分からず、つい成長期だからとやり過ぎてる証拠。』
私の場合は、鳥小屋の周囲(基礎)だけはブロックで固めています。そのためネズミに入られたことは今まで一度もありません。最初に導入したヒヨコが一晩で害獣にやられて全滅(地下を掘られて)したので、周囲をブロックで固め直しました。
このヒヨコは「岡崎おうはん」という品種で、横斑プリマスロックとロードアイランドレッドを交配した卵肉兼用種で、今年から売り出されたようです。
4ヶ月ほどは「不断給与」にするつもりです。6ヶ月をめどに、それより早く卵を産み始めたら、餌を3分の1~半分ほどにし、6ヶ月経過しても卵を産まなかったら、動物性タンパク(魚粉)や植物性タンパク(大豆かす等)が含まれている購入飼料の割合を少し増やす予定です。
成鶏の餌は少なすぎたと反省しています。餌をやって5~10分ほどの間に食べきってしまう量しか与えていませんでした。だから7羽の鶏はまだ若々しさを保ち、5年目に入ってからも6割ほどの産卵(毎日4個ほど)を維持しています。
今日、出荷の帰りに散歩している犬を見た。ヤギもあんなふうに散歩できるようになればいいのにと思った。ヤギは強情で、気に入らないと足を踏ん張って動かなくなる。
ヤギ小屋も鳥小屋も、うまい具合にキーウイが日陰を作ってくれるが、キーウイの下に直接には放せない。ヤギはキーウイの木の皮や茎葉を食べるし、鶏は土をひっかきまわすので、これくらいの棚面積だと「1羽」しか放せない。
出荷の帰りに「コメリ」により、ヤギ小屋作りの材料を買った。1メートル四角の箱を2つ作るための材料。この材料費だけで8千円。
今までに投資したヤギ関連費・・・4万円は越えている。ヤギ代は無料で、Uさんの人件費も無料なので、これらを金額に換算すれば軽く10万円は超える。
安くない。
加えて、それに投資した膨大な時間。
いいのか、こんなことをしていて。
よく、時間の余裕があるな。
「2020年、日本農業史にヤギが復活」とブログで言い続けているうちに、飼うはめになった。
ヤギがごく一般的に飼われていた50年ほど前とは、時代がまるで変わってしまった。自給自足の時代にヤギは適したが、資本主義の時代にヤギは向かない。だから激減した。
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動物は実際に飼ってみないとわからないことも多い。だから「レンタル」という制度があればもっと普及すると思う。
※ヤギレンタル・・・1メートル四角の小屋つき
※鶏レンタル・・・・・1坪ほどの小屋つきで6~7羽
※ミツバチレンタル
※犬猫レンタル
他にハウスを年間2万円ほどでレンタルできるなら借りたい。
利用したい作物
秋冬作のシュンギク・レタス・・・霜に弱いから
秋冬作のディル・ミント類・・・・・・霜に弱いから
春夏作の育苗・・・ハウスがあると便利
春夏作のトマト・・・雨避け設備があると病気が少ない
ハウスのパイプ支柱と組立料金は無料と考えた。
2万円はハウスのビニール代。
たとえば幅4メートル、長さ18メートルのハウス1棟のビニール代は5万円ほどで、廃棄処分料は1万円で、3年使えると過程すると、1年間は(5万+1万)÷3年=2万円になる。
1年間が3万円になるとちょっと借りづらい。
ハウスは、
(1)日当たり、排水、風の向き等を考えて立てる
(2)台風や竜巻でパイプ支柱が壊れることもある
(3)ハウスのビニールの償却期間は3年ほどと思う
(4)廃棄処分料は年々高くなる
(5)ハウスのビニール価格も上昇傾向にある
(6)ハウス(ビニール)は環境問題から言えば使わない方がよい
他にハウスは、
(1)いわゆる畑潅設備ができている(産地はほとんど)
(2)近くに川がある
(3)井戸がある
等、水源の確保も必要である。
ハウスは、
(1)温度管理
(2)水管理
(3)害虫や病気の発生具合
等が、露地で作るのとは異なる。
ハウスは一度組み立てれば、それで終わりなので、人に立ててもらってもよいが、その後のビニール張りや、台風前のビニールはずし等も誰に手伝ってもらうか考えておく必要があると思う。
ハウスは不必要になった時の撤去も考えておく。
こう見てくると、ハウスを持ち、それを維持し続けることは大変である。だから、ハウス支柱を持ってきてくれて、それを組み立ててくれて、ビニールも張ってもらえて、年間2万円ほどのレンタル料なら、利用したい人がかなり出てくると思う。
レンタル期間は3年間で、その時に継続の確認があれば、ビニールを張り替える。旧ビニールは持ち帰る。
これくらい至れり尽くせりでないと、なかなかハウスは持てない。
果樹は棚作りや誘引作業、剪定作業、害虫(獣)防御のネット囲い作業がある。
露地で大規模に作るには機械化が必要である。
ハウスで集約栽培をするには、2~3年おきのハウスの張替え、廃棄処分料もかかる。
自分は果樹も、露地で大規模も、ハウス維持も、とてもできそうに思えなかった。非農家出身で農業に新規参入でも、これらのうちの一つを簡単にやってのける人もいる。
キュウリの3回目を蒔いた。約12本×4回だが、2回目と3回目、3回目と4回目は重なり合うので、この本数で足りている。
ラッキョを収穫した。近日中に「しょうやく」して、ラッキョ漬けを作る。
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最近、一般紙や農業新聞で「ミツバチ」が取り上げられることが多い。ミツバチの大量死に伴うミツバチ不足である。
農業者なのに、ミツバチのことをほとんど知らなかった。
罪滅ぼしにミツバチを飼いたいと思った。
それでも買うとなると、巣箱からして数万円。
これ以上、カネにならない作目は増やせない。
それに加えてミツバチは、
(1)ダンゴ蜂等、他の蜂によく襲われる。
(2)越冬がうまくできないことがある。
ということを聞いて知っていた。
でも、ミツバチを飼ってブログにアップしたい。
そこで選択した方法は、プロの養蜂業者さんに依頼して、巣箱をボクの田んぼに設置してもらう。ただ、他の蜂に襲われたり、突然死んだりしても責任は取れない。もちろん、蜂蜜も養蜂業者さんが回収してくださればよい。
逆に自分はミツバチのために二つの大きな貢献ができると思う。一つは、元気にやっているか毎日数回は確認できるだろうということ。もう一つは、ミツバチのために「花作り」をするだろうということ。つまり蜜源作り。今年はこれから、
(1)ヒマワリ・・・・6月中に種蒔き予定
(2)コスモス・・・ 7月末に種蒔き予定
(3)菜の花・・・・・9月下旬に種蒔き予定
(4)レンゲ・・・・10月末に種蒔き予定
これ以外にも、景観+ミツバチ用に花の種を蒔くつもり。
自分の手間は花の種を蒔くことくらい。
毎日、ミツバチが見れて、
養蜂プロの技術も見れて、
ブログのネタも増えて、
何かうれしい、ミツバチの来訪。
ミツバチと歩む農業者はどんな人だろう。出会いが楽しみ。7月に設置に来られる。
午後7時半、今日も一日が終わる。心地よい疲労感。単純な日々の繰り返しでも、生き物の世話とブログのおかげで、緊張感のある生活がおくれる。
1年で最も昼が長い時期だから、7時がまわっても農作業ができる明るさである。といっても、7時がまわったら家に帰る準備をする。ヤギの水を入れ替え、それぞれのヤギを小屋に戻し、散らばった農具を物置に入れたり、軽四にのせる。
止まり木に上がった7羽の安全を確認し、ヒヨコ小屋を覘く。画像は7時40分の画像。入り口の左側の隅に、こういうふうに重なり合って寝る。
ヤギのための「日除け」、「雨避け」のワンボックスの作り方を、ヤギレンタルの先進地である鳥取県、八頭総合事務所に電話をしたら、ワンボックスの作り方の手順をメールの添付ファイルで送ってくださった。感激。
それでもこういう作業はきわめて苦手なので、ボランティア援農をしてもらっているUさんに作ってもらうつもり。
池のヒが抜かれ、稲田に水がたたえられ、カエルの鳴き声が聞こえるようになった。「ラナウイルス」や「カエルツボカビ病」などに決して負けて欲しくない。農業の最大の助っ人だから。
ただ、自分の田んぼ周辺にはすでに稲田がない。カエルのための「ビオトープ(水辺)」もない。どこからカエルは来てくれているのだろう。一晩に数千の害虫を捕獲してくれるという。
今日もカラスに負けまいと、まだ赤くなっていないスモモを2個、口に入れた。
残っていたジャガイモを全部掘り上げたが、病気のきていなかったセトユタカ、アンデス赤、デジマより、早々と病気のきたダンシャクの方が収穫量が多かった。初期成育が最もよかったのがダンシャクだが、それでもこの結果は不思議である。メイクも作っておけばよかった。もっといろんな事がわかったのに。
箱ができれば、昼時に日陰に移さなくてすむ。
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ダム建設を伴う国の畑地灌漑事業のうち、89年度以降に完工した24事業について朝日新聞が調べたところ、実際に使われた灌漑用水はダムからの取水可能量の平均26%にとどまっていることがわかった。雨やため池の水で十分な畑地が多いほか、末端施設費の一部を負担する農家の協力が得にくいためだ。総事業費は8千億円で、農家から「税金の無駄遣い」との批判も出ている。
事業は農家の意向も踏まえて着手されるが、完工までに20~30年かかる間に高齢化や後継者不足に直面する農家が増えたことも利用低迷の一因という。(朝日新聞6月14日)・・・現実にはこれが最も大きな原因ではないかと思う。
次の代も議員をしたがるのは、 利権や地盤、看板を引き継げるなど、議員が儲かる仕事だから。
農業でも世襲の方がはるかに有利である。農具がある、田んぼがある、親の指導がある、地域の付き合いも引き継げる。なのに、議員と違って農家は後継者が少ない。重労働のわりに、あまり儲からない仕事だからである。
野菜や果樹の産地ではたいてい「畑潅」がすでに設置されている。使ってもつかわなくても10アールあたり年間で6~8千円かかる。
農業を20年ほどやってみて、畑潅があれば多いに助かると思う。なぜなら、
(1)梅雨が来ても雨が降らない
(2)秋雨前線が雨をもたらしてくれない
ということも最近は多いので、何らかの水の確保が必要になる。
自分の場合は
(1)川が近くに流れていない
(2)ため池の水は6月15日~9月20日頃までの3ヶ月間ほどしか、田んぼの傍らの水路を流れない。
5月の各種定植時や、9月下旬~10月上旬の、秋冬野菜に最も水が必要な時に雨がないと困ってしまう。
だから井戸が必要になった。それでも井戸ができたのは9年目の秋だから、それまでは川の水を汲んできたり、ため池の水が流れる3ヶ月間は水路から水を引かせてもらったりしていた。
水が常時確保できないと「メタン菌液肥」もできない。メタン菌液肥の利用を始めたのは12年目頃からである。
井戸の設置費用等は20年間の畑潅使用料(30アール×年間7千円×20年間=42万円 )ほどに匹敵する。
井戸と畑潅の関係は、単独合併浄化槽と下水道の関係に似ている。畑潅を利用する人が少ないのであれば、井戸に半額助成をした方がはるかに税金の無駄遣いにならないし、田舎の集落のように戸数が少ないのであれば、下水道より単独合併浄化槽に半額助成をした方がはるかに税金の無駄遣いにならない。しかし、業者利益は、畑潅や下水道の方が圧倒的に多い。
今は野菜や果樹の産地でも農業後継者があまり(ほとんど)いない。畑潅等の設備を無駄にしないため、あるいは産地を維持するために新規就農者には至れり尽くせりの補助制度があるようであるが、非農家出身で産地型農業をやってのけるには、能力や適性のハードルは高い。
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朝7時に家を出て、義父の田植えの手伝いに家族3人で行き、家に帰ったのは午後6時半。
すぐに田んぼに直行したが、ヤギは待ち続けていたようだ。7時半までの1時間、しゃにむに食べ続けた。
昨日の夕方、ドングリの木や麦ワラ、キーウイの伸びすぎた枝などを小屋の中に入れておいたが、きれいに食べていた。
1日中、外に出すということを習慣づけているので、それができなかったことがストレスだったようである。
日中、熱射病になると思い、外に出せなかった。この点でも、固定した小屋より、移動式のワンボックスの方がすぐれている。ワンボックスなら外につなぐことができた。
戸外で食べる「食いっぷり」を見たら、舎飼いで草木を持ち込むことより、戸外につないだ方が、労力的にかなり少ないと思う。もちろん、ヤギのストレスも雲泥の差になると思う。
ヒヨコにも成鶏にも昨夕たっぷりエサを与えておいたら、7羽の老婆は6個産んでいた。
産卵率が少なくなったと思い、7羽を残して全羽淘汰をしたが、現在の産卵率から考えて、エサの少なさに原因があったようだ。長くても4年で淘汰していたが、もう1年飼えたようだ。ただ、生涯に産む個数はきまっているようなので、最初からばんばん産ませておれば、やはり3~4年しか飼えないだろう。
明日もう一日手伝いに行くので、昨夕と同じように、たくさんのエサを用意した。
義父の田んぼは、1枚が45アールほどの大区画なので、4枚で1.7ヘクタールの田植えも2日あれば終わる。
機械で植える現代は大区画の方が便利だが、手植えしていた45年ほど前の我が家では、小さな田んぼほど喜ばれた。1枚終わった、2枚終わったと数えながら、田んぼ枚数20枚余りで0.7ヘクタールほどの田植えをしていた。
手植えの稲作は楽しかったが、機械で植える稲作は無味乾燥である。農業は経済だけでなく楽しみも半分はないと、農業をする意味がない。
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導入して今日でちょうど1ヶ月が過ぎた。ジャガイモのくずを突付いて食べている。
農業をしていると、出荷できない野菜のくずがたくさんできる。そんな時、ニワトリがいるととても便利である。ニワトリはハゲタカのようなものである。ほとんどの野菜の最終処理をニワトリがしてくれる。
だから、たったひとかけらの野菜も無駄にならない。たったひとかけらの野菜でも無駄にすることは、農業者として悔しいものである。精魂込めて作った野菜は全てを使いきりたい。
10アールに10羽。つまり30アールの田んぼから出る野菜くずを処理してもらうには、30羽のニワトリがちょうど適する。
ニワトリはヤギに比べてはるかに扱いやすいし、手間もとられないし、短期間に大きくなり、くず野菜の処理なら、ニワトリの方がはるかにすぐれている。
ヤギはくず野菜というより、あぜ草と木の葉を食べる動物である。
30羽なら、水替え、集卵、エサやり、青菜やりで、慣れれば1日10分ほどで終わる。
朝出て翌日の晩に帰る1泊2日でも、朝、2日分のエサと水をやっておけば問題ない。
糞出しはヤギの場合は2週間に1回ほどの間隔でする必要があるが、ニワトリは1年に1~2回すればよい。
鳥インフルエンザは、地べたで放し飼いで30羽ほど飼うなら、99%、発生源にはならないと思う。
大規模養鶏で一箇所に囲ってしまうのではなく、30羽養鶏に補助金を出して大々的に増やす運動をする必要があると思う。今のままでは鳥インフルエンザを恐れて誰も30羽養鶏を始めない。
1年に1回、役にも立たない田植え体験を子供にさせるくらいなら、身近な所にいつもニワトリが見えるという環境(学校で飼ったらいいと思う)こそ、農的体験になる。
今朝はいつもより出荷が多かったので、ヤギを出さずに、すぐに収穫を始めた。ヤギを出したのは収穫、仕分けが終わってからで9時半を回っていた。いつもより2時間遅い。
この2時間がヤギにはストレスだったのか、メスヤギは小屋の板に体当たりしたり、水の入った容器をひっくり返したりした。9時が過ぎる頃には、早く出してくれとメエ~メエ~とやかましくなった。
出荷の朝はできればヤギに触りたくない(抜け毛混入の回避)のと、杭を動かしてヤギを連れ出す一連の作業に2頭で10分以上かかるので、その10分が捻出できない。出荷の朝は時間(太陽光線)との戦いだから。
家に帰り朝食を食べ、納品書、送り状を書き、箱詰めをして、クロネコ営業所まで持参し、家に寄らずそのまま田んぼに直行してヤギを日陰に移す。時刻は1時半をまわっていた。
通常は昼食に帰る前に日陰に移すが出荷の日はわざに来る必要がある。
今日夕方、援農に来てくださっているUさんが立ち寄られたので、いちいち日陰に移すのが手間で困ると話したら「シェルター」を作ればよいと言われた。つまり日陰になる場所を作る。
その言葉にはっとした。ヤギ小屋を作ってもらう前には、自分でも何とかできそうな箱型の小屋(鳥取県方式)を考えていたのに、ヤギ小屋ができたらそれに安住してしまい、箱型の小屋が頭に浮かばなかった。
つまり、杭のそばに持ち運びできる箱型の小屋を置き、暑い時にはヤギがその箱に避難できれば熱射病を防げる。
Uさんはいろんな知恵を出してくれる。「シェルター」以外にも、電柵で囲んでその中にヤギを放し飼いにするとか、有刺鉄線で囲んだ中に放してもいいとか、ヤギ用に囲う金網やメッシュのこととか、いろんな現場を見て来られている。
ただ、仮に2アールほどの田んぼを囲んだとしても、2アールなら夏場でも2頭で1週間ほどで草を食べつくす量であり、日陰も必要になる。牛の放牧でも夏場は日陰が必要である。
結局、杭の近くにワンボックスを設置すれば、それが一番安上がりで、あらゆる状況(雨、太陽、一日留守、一晩外泊)に対処できる方法であることがわかった。やっぱり鳥取県方式にいきつく。
近くて遠い鳥取県。いつか1泊2日でヤギ見学に行ってみたい。
ヤギを飼いだして始めて、牛を飼う人の偉大さとタフさが理解できる。
動物(家畜)を飼うことが案外好きで、飼う事の適性も野菜作りより高いような気がするが、飼う能力(小屋作り、けい牧の仕方、動揺したり動転する)が低い。
ワンボックスはUさんに作ってもらうことにした。どういう風なワンボックスにしたいか構想が決まったらしたげるよと言ってくれたが、不得意なことは、構想(イメージ)が浮かんでこない。
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昨晩食べたサンマの頭や残ったご飯を置くと、まぶれつくようにして食べる。ヒヨコでもスズメくらいの大きさはあるので食べる量は半端ではない。しかし7羽の老婆に比べたら、36羽のヒヨコの方が食べる合計量は大分少ない。
ダンシャクに病気がきた。他の3種類のセトユタカ、デジマ、アンデス赤には病気はきていないが、肥料不足で茂りがよくない。
当地ではジャガイモはまだ無防備で作れるが、ちょっと県北に行くとイノシシの被害が大きい。
左の品種(クリ坊)の方が右の品種(坊ちゃん)より勢いがよい。今年は雨が少ないせいか、「ウドンコ病」がまだ発生していない。
イタリアンパセリの混み合った部分は抜いて、新たに定植した。欠株に補充する場合は黒い寒冷紗は使えないので、枯れ草を苗の上にのせて日陰にする。
イタリアンパセリの株間に液肥を施したが、おごってくると液肥は使いづらいし「根にあたる」可能性もある。
ナスビは順調だが雨の少ないのが困る。
ヤギは雨が少ないのを喜ぶ。
農協不祥事3年で28件
岡山県内の農業協同組合であった不祥事が06年度からの3年間で計28件に上ることが、朝日新聞が実施した情報公開請求で分かった。業務上横領や着服とされたのは10件で被害金額は約7400万円に上り、法令順守の不徹底が浮き彫りとなった。このうち半数は、県の指導にもかかわらず事実関係を発表していなかった。
不祥事が合った農協名や職員の処分内容は、「個人情報にあたる」などの理由で黒塗りにされていた。
不祥事は、県が各農協に対し「金額の多寡によらず、各農協が公表すること」と指導している。しかし、いずれも公表されておらず、大半は組合員への説明もなかった。窓口で約102万円を紛失していた事例(07年10月報告)も公表されていなかった。(朝日新聞6月11日)
まど・みちお さん
今日の朝日新聞の「ひと」欄に出ていた、まど・みちおさん(99才)は、100才になるこの秋にまた新作詩集を出すと言う。
初の詩集は58才の時で、84才で国際アンデルセン賞作家賞を受けた。
「詩も絵も結局、どんなにつまらなくても、自分の世界を出すちゅうことなんですけどね」
多頭飼育 変異促す?
大規模化した農場では、敷地内で飼育される多くの豚が接する機会が増え、新たなウイルスが入り込むと感染が広がりやすくなる。
飼育数が増えて豚のインフルエンザの発病が目立つようになり、ワクチンの使用が増えた。ウイルスへの攻撃が強くなったことで、逆に生き延びようとして新しいウイルスができやすくなったと専門家は03年に警告していた。
養豚場が大規模化するとワクチン使用も増え、ウイルスが混ざり合って変異が起きやすくなった可能性があると指摘している。(朝日新聞6月11日)
・・・ニワトリにも豚と同じことが言えると思う。大規模養鶏場ほど「鳥インフルエンザ発生」の危険性が高い。日本における過去の発生源がそれを歴然と示している。
麻布首相が世襲を擁護
「親の跡継いで悪いことは何もない。間違いなく親の背中を見て子供が育つ。親の背中を見て、『おれもああなりたい』と思ったおやじは良いおやじだ」。
・・・そんな親父いるのかな。反感だけ持って「ああなりたくない」と思うのが大多数と思う。我が家は代々そう。
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当地でも田植えが始まった。水を張った田んぼはきれいである。集落から2キロほど行くと、このように圃場整備された、1枚が30アールほどの田んぼが整然とならんでいる。
このあたりの田んぼは昔、「沖」と呼ばれていて、田んぼの周囲に、田んぼと同じくらいの「大きな堀(一種の池のようなもの)」があり、コイやライギョがたくさんいた。
圃場整備されてすでに20年以上になるが、我が家にも1枚だけ27アールほどの圃場整備された田んぼがある。
圃場整備の話が持ち上がった時、田んぼを手放すチャンスもあった。父はなぜ田んぼを手放さなかったのだろう。手放せば、かなりの現金収入になったのに。
手放さなかったばっかりに、圃場整備代金を長い年月にわたって払わなければならなかった。
もう後数年で終わると聞いていたので、払い済みだろうと思っていたのに、父の死後に確認したら、まだ50万円ほど残っていた。
毎年、払い続けるのが負担で一括して払ってしまいたいと思ったが、その時に、圃場整備された時にあてがわれた10アールほどの畑地を買ってくれる人がいて、残りの債務を払ったが、その畑地にわずか数年後に下水道処理施設建設の話が持ち上がった。あと数年所持しておけば、売った金額の数倍で市が買い取ってくれたはずである。
地域の流れをよく見ておれば、近いうちに下水道が来て、ここらあたりに下水道の処理施設ができるだろうくらい検討がついたはずなのに・・・。
小さな田んぼをまとめて1枚の大きな田んぼにする圃場整備とはいったい何だったのだろう。施行した業者が儲けただけ。
圃場整備が始まると同時くらいに「減反政策」が始まり、米は作るな、休耕せよという時代が始まった。それなら何のための圃場整備か。
圃場整備されて田んぼの資産価値が上がったかと言えば、全くそんなことはない。今は田んぼの買い手はほとんどいない。
農家はといえば、圃場整備代金が負債として残っただけだった。父の死後に確認した時、圃場整備代金をすでに払い終えていたら、畑地を売ってまで換金しようとは思はなかったはずである。
その下水道であるが、我が家も1月に100万円超の出費でトイレの改修工事(2つ)が終わり、下水道料金の支払いが始まった。しかし、農業収入では毎月の下水道料金の負担は大きい。
結局、電気代と上下水道料金はマルミさんの口座振替に変更してもらった。合わせて年間25万円は下回らない金額である。
自分の口座振替はその分少なくなったが、かなり負担なのが、国民年金保険料17万円、固定資産税5万円超、家屋の火災保険料4万円超、集落や親戚の冠婚葬祭費6万円超、下水道の各戸分担金3年分割で1年が6万円超。
農業で自給自足は野菜だけ。全生活費に占める野菜代など、スーパーの野菜価格に換算したら5%ほど。
雨量はそんなに多くなかったが、恵みの雨だった。
雨が止んだ夕方5時前から2時間ほど外に出した。今日は外に出す予定はなかったが、2頭が共鳴しあってメエ~メエ~と鳴き、無視できなくなった。
こっちの鳥小屋には、トタン屋根が一部しかないし、ヤギ小屋のトタン屋根に降った雨が鳥小屋の中に落ちるので、鳥小屋の中は雨でずたずた。こんな日の卵はニワトリの足の泥がついて汚れている。1日太陽が照れば乾くが、天候不順が続くと好ましくない。
国と地方の借金残高は800兆円を越える。個人の家庭なら、多額の借金があれば返せなくなるし、借りることもできない。それが国の場合は、国債を発行していくらでも借りることができるし、返すのは次の世代か、そのまた次の世代に任せようという魂胆。これでは生まれてくる大半の子供は不幸である。1人あたり600万円超の借金を背負って生まれてくるのだから。
下水道どころではないはずである
道路など作る余裕はないはずである
新たな建造物など論外
定額給付金は茶番劇
とにかく借金を払うことを優先すべきである
個人ならこんなに大借金したら払えない
借金は新たな借金を呼ぶ
最初のごくわずかの借金が、いつのまにか雪ダルマのような借金になる
もう返せない
知らず知らずのうちに国民に転嫁され
弱いところ弱いところにしわ寄せが行く
いつまで経済成長を唱えるつもりか
地球というサイズは有限である
経済成長が環境をより悪化させる
人間もいつまでも成長はしない
現状維持になり
ある年令を境に健康も頭脳も下降線をたどりはじめる
経済成長も地球も個人の命も同じだと思う
農業に関しては、現状維持もしくは下降線になってから豊かに楽しくなる
もう新しいことにはトライしない
今までやってきたことを「まとめる」段階である
うまくいった農業でも、うまくいかなかった農業でも
今までやってきたことを総括して
終わらせる必要がある
ひとまず終わらせないと
自分のやってきた農業が完結しない
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草刈機とカマ。仕事量が雲泥に違う。しかし、この草刈機が一般に普及してまだ45年も経過していないと思う。
ボクが小学校の時はまだ稲はカマで刈っていた。カマで刈って、藁で結束して、長い丸太棒にはざ掛けして、脱穀機で脱穀し、ムシロの上で天日乾燥して、ヨウスをするという時代だった。小学校の授業は、農繁期には「午後から稲刈り休み」があった。
祖父がしばしばカマを研いでいた。田んぼは遠かったので、大きな丸いおにぎりが弁当がわりだった。
いつ頃、草刈機を購入したのか記憶にないが、カマから草刈機に代わった時はすでに、集落からほとんど牛はいなくなっていた。つまり牛の草はカマで刈っていた。牛は田んぼの耕運にも使われたが、ヤギのように外につなぐというのは難しく、刈ってきて与えていた。牛は大量の草を食べるので、カマで刈るのは大変だったと思う。もちろん朝飯前の一仕事である。
農業環境が激変してしまったのはここ50年ほどのことである。
今日、小麦をカマで刈った。草刈機よりカマの方が束にしやすいし、カマでも30分ほどしかかからなかった。画像のように、まさに「とら刈り」。ヤギに食べさせていた個所は二次成長なのでまだ青々としている。
ニワトリをたった30羽ほど飼うだけでも、エサの自給は大変である。3~4軒の稲作農家からコゴメをもらっているが、5月頃でなくなってしまう。だからエサの自給を高めるためには麦を作る必要がある。
(1)麦をまく5アールほどのスペースが必要
(2)種を購入する、もしくは自家採取する
(3)種を蒔く田んぼの耕運や畝立て
(4)途中で肥料を与えた方が収穫量が多い
(5)生育途上で1~2回の中耕や除草
(6)1~2月に麦踏み
(7)収穫に要する時間
(8)束のまま保存するなら、保存のスペースも必要
こう見てくると、エサの自給は結構大変だとわかる。それでも今回の麦作りは大いに楽しませてもらった。来年以降も5~6アールを作り続けるつもりである。
ヤギは右の画像のようにネギも食べるが、ニラはあまり好まないようである。素手で触ったり折ったりしたらまける「うるし」や、棘のあるグイも好んでよく食べる。
2回目のキュウリを定植したが、ウリバエが多いので網のようなネットをかぶせた。まだ小さい時に多く食われると致命的となる。
これは桑の木。一昨年の秋に植えた。当地では蚕は飼われていなかったようだが、日本の一時代を築いた蚕が好んだ桑の木を植えておきたいと思った。
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今日は鳥小屋のそばの池に上がる道につないだ。ここまで連れて来るのに2頭一緒は無理なので1頭ずつ連れて来る。ただ、その道中にエサ(好みの雑草)はいっぱいあるので、道草が多い。こちらは急ぐので、さっさと目的の場所に連れて行きたいが、好みの雑草を食べようと、てこでも動かなくなることがある。そんな時は、鎖をぐいぐい引っ張るのではなく、後ろに回って尻をたたいてせかす。
つまり、遠くへ連れて行くのは時間がかかる。それと、何らかのアクシデントが起きた時に、遠くだと鳴き声が聞こえない。結局、小屋から比較的近い場所につなぐようになる。
1日のうち、何回か様子をみたり、なでたり、昼時に日陰に移すには、近い方が何かと便利である。
動物のいる農業は楽しい。50年ほど前には、集落のどこの家にも複数の動物がいた。牛、ニワトリ、豚、ヤギ、ウサギ。
それが、効率とか、専業とか、大規模とか、採算という資本主義概念が農業に取り入れられてから、農業がおかしくなった。
つまり農業は、
できるだけ小規模に
多種類を作り
何らかの動物を飼い
夫婦でするより1人でするのがよい
売ると損をするので、できるだけ売ることを抑えて
自給を中心にするのがよい
本来、こういう農業が回っていかない限り、
環境も
景観も
生物多様性も
守れない
そして、そんな自給型(家庭菜園型)農業をしても、生活がなんとかまわっていくような支援こそ、本当の農業支援である。
何故このような支援がなされないのだろう
農協の儲けにつながらないからか
自給率の向上に貢献しないと思っているからか
単なる個人の趣味の範囲と認識しているからか
一人でも多くの人に農業の楽しさを伝えたい。
地下足袋を通じて感じる土の感触を
自然の中で生かされていることを
空の雲や田んぼを横切る風に身を任せ
あぜ道に咲く名もなき花に目を奪われ
小鳥の鳴き声に耳をかたむけ
作物の成長を楽しむ
人生の晩年くらいは土と共にある生活をしたい
技術をあまり追求しない農業
あまり頑張り過ぎない農業
農薬や化学肥料を否定してしまわない農業
ほどほどに中庸の道を歩む農業
極端な方向に行き過ぎない農業
小さい農業
1人でする農業
20年後の農業は、今、ボクがしているような農業がいっぱい増える必要がある。
しかし、どうやったら増やせるのだろう。
この国は逆の方向に舵を切りつつある。
なぜ、30羽ほどのニワトリも飼えなくなったのだろう
50年前の農業に戻す必要がある
それが2030年の農業である
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鎖が杭にまきついた・・・
ちょっと顔を見せろ・・・
日が暮れたぞ・・・
暑い、日射病になる・・・
雨が降り出した・・・
ヤギは何かメッセージを伝えたい時、メエ~と鳴く。たまにしか鳴かないので、メエ~と何回か続けて鳴いたら、行って見ることにしている。
今までは上の5つのメッセージが大半である。
2頭いるので心強いはずだが、ヤギは寂しがりやである。ここにつなぐと、最もよく行き来する場所なので、ヤギも安心する。
昼飯に帰る前に、ヤギをここに移した。日陰になる数少ない場所である。草が少ないので、昨日片付けたエンドウ類を持ってきて与えた。それとドングリの木を切ってきた。
蛍が舞っていた
時刻は9時半。さっき風呂を出て離れの私室に行こうとしたら、月明かりの中で、蛍が数匹舞っていた。「あれ、蛍だ」と思い、あ、そうか、今はちょうど蛍の時期なんだと思った。
雨がほとんど降らないし、家のそばの三面コンクリートの小さな川はあまりきれいではないし、蛍のことなどすっかり忘れていた。しかし、麦秋の今の時期が蛍の旬。特に雨上がりの夜などには、45年ほど前までは、集落の中を流れる川に乱舞するほど多かった。
箒を持って取りに行き、取ると蛍草(スギナ)を入れた小さなカゴに入れ、家に帰って霧吹きで水をかけ枕元に置いた。明かりを消すと蛍の明かり。
蛍が激減した原因は、
(1)農薬や化学肥料の急激な普及により、畑作の葉タバコや苗代に使われるようになり、梅雨入り前の雨と共に川に流れこんだ。
(2)川上に牧場ができ、川の生態系が変わった。
(3)川が三面コンクリートになった。
(4)石鹸にかわって合成洗剤が使われるようになった。
これらはすでに40年以上前のことである。つまり蛍が激減したのは、とっくの昔の40年あまり前のこと。
ちょっと外に出てみた。時刻は11時半。お月様が少し移動していた。蛍はもういなかった。
サトイモが水不足で大きくならない。散水する必要があるが、なかなか時間が取れない。150個しか定植していないのに、手が回らない。
スイートバジルは今年は265本の定植。バジルは多すぎても少なすぎても困る。注文が少なくて収穫をしなかったらすぐに花芽ができる。花芽がつくと葉が硬くなるので収穫して捨てる手間がかかる。だから定植数をいくらにするかは特に大事である。
野菜の春夏作、秋冬作、ハーブの春夏作、秋冬作はすべて定植数と定植面積がどれくらいになるかを暗記している。何十何本という細かい数字で暗記している。メモを見たら思い出すのではなく、完全に暗記していないと現場では役にたたない。暗記しておくと、多かったか少なかったか、翌年の作付(定植)の時にとても参考になる。
種蒔きの日と定植本数は、いつも頭の中に浮かぶようにしている。今でもしょっちゅう反復して細かく修正している。
他人がどれくらい作付しようと関係ない。他人は200本植えているのに自分は40本が限度であると悲観する必要もない。真似をする事は難しい。
自分にとっての限界定植数を越えると、余裕がなくなってしまう。
雨の日が多かったり
集落で葬儀があったり
集落の出仕事があったり
親戚の冠婚葬祭があったり
等、田んぼをほっといて出かけなければならないことも多い。
現在の定植本数は、自分にとってはぎりぎりの数値なのである。
例えばサトイモの定植数は「150個」というと、随分少ないと思われるかも知れません。しかし、サトイモ1キロ(400円)を出荷するなら、ツルムラサキ500g(200円)を2束出荷した方が、生産者にとって軽く5倍以上のメリットがある。つまりサトイモは、
(1)4月中旬に植えて収穫期の9月下旬まで5ヶ月余りかかる。ツルムラサキは2ヶ月で収穫期。
(2)初期成育がゆっくりで、その間の草取りが大変
(3)盛夏に水の要求量が多い。
(4)1回収穫すれば終わり。ツルムラサキは何十回も収穫できる
(5)サトイモは収穫と仕分けに手間がかかる
(6)冬季、保存中に劣化したり、味が落ちてくる
こんなことを考えると、サトイモはワンパックに欠かせないが、ワンパックに入れる回数をできるだけ少なくすることが生産者メリットになる。
現役農業者は趣味やボランティアで農業をしているのではない。手間を取る作物は減らし、自分にとって有利な(得意な)作物を前面に出していくことも大切である。
ピーマンは350gを200円にしている。高いのか安いのか知らないが、6月~11月中旬頃まで成り続けるので、自分にとってはメリットの多い作物である。
4月13日に冷床に伏せたサツマイモの「すいおう」の苗が今日、切り取れた。サツマイモは芽が出るまでは時間がかかるが、芽が出てから切り取れるまでは、あっという間である。
定植予定数の420本まで後40本ほどで終わる。
かわいいポーズだったので、シャッターチャンスだったが、腕がよくないのであまり鮮明でない。
今日もハチクを1本与えたら、夕方には影も形もなかった。現在のエサは、購入した煮干少々、コゴメ、ビール麦少々、青菜(コンフリー、クローバ、キャベツ)、水。
アーティチョーク。ハーブのコレクションとして植えているうちの一つ。主要12品目(この内、ロケット、ディル、チャービルの3種類は秋冬作だけ)には入れていない。
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今日初めて「水やり」をした。6月のこんな時期に水やりの必要があるくらい、雨が降らない。
水やりの手間も考えて、定植数を決めている。
右の画像のエンジンポンプで井戸水をポンプアップしているが、毎日1時間半ほど稼動させても井戸水は枯渇しないが、水やりの手間が大変である。
それでも井戸水があるから、水の心配はない。川は遠いので、川からポンプアップすることはできないし、池のヒ抜きは、6月15日なので、それまでは、田んぼのはずれの細い水路を水が走らない。
田んぼの傍らの水路は、稲を作っていないのでまわせない。だから田んぼの傍らに水路はあるが、池のヒ抜きをしても水は流れず、大雨や長雨が降ったときにだけ流れる。
産地では「畑潅」があり、10アールにつき年間に7千円ほど取られる。使っても使わなくても、1ヘクタール作付すれば、水代として7万円が必要になる。しかし、水がないと作れないので、その金額は決して高くない。
自分の場合、水代はかからないが、井戸の設置費用とエンジンポンプを稼動させるガソリン代を考慮すると、畑潅と同じくらいの水代はかかっている。
今日は、ピーマン、ナスビ、スイートバジルに水やりをした。ピーマンもナスビもすでに成り始めたが、水がないと収穫量が増えない。
ニワトリもヒヨコも「ハチク(この時期に出る竹の子)」が大好物である。30センチほどの2本のハチクを皮をむいて投げ込んでおくと、7羽なのに、夕方には跡形もなくなっている。
ヒヨコも1本投げ込んでおくと、夕方には跡形もなくなっている。
午後7時25分。ヒヨコは寝る準備に入った。箱の中でくっつきあって寝る。
成鶏は止まり木で寝る。2羽は巣箱の下の止まり木に、4羽は外の止まり木に、1羽は一段高い止まり木に止まっている。昨日もこういう組み合わせだったので、それぞれ昨日と同じ止まり木に止まっているのかも知れない。
定植後は「ネキリムシ」の被害が1~2割はどうしても発生する。だから、定植数の2割ほどは植え継ぎ苗(予備苗)を準備しておく必要がある。100本定植すれば20本ほどの予備苗が必要になる。
エンドウ類を片付けてヤギにやったら、葉も実も大好物だった。エンドウ類は収穫期間が1ヶ月もないのに、支柱を立てたりするのが結構手間である。そして早々と「ウドンコ病」にかかる。エンドウのそばにナンキンを植えるとウドンコ病が伝染する可能性があるが、今年は雨が少ないので、ナンキンにウドンコ病はまだきていない。
1月末~3月お彼岸頃まで、渡り鳥のヒヨドリが滞在するので、その間はべた掛け資材をかぶせて防御し、お彼岸が過ぎてから支柱を立てる。
ジャガイモのダンシャクに病気がきた。肥料不足か水不足が原因と考えたが、隣の列のデジマやアンデス赤やセトユタカには病気はまだ発生していない。
家庭菜園の継承の途絶
農業は何千年にも渡って、次の代へと継承しながら続いてきた。それが前世紀の終わり頃から今世紀にかけて継承が断絶してきている。
(1)他産業で稼いだ方が実入りが多い
(2)親が農業に否定的になっているから子が継がない
(3)地位や名誉、立身出世に縁がなく、評価の低い職業
(4)農業と他産業との収入の開きが大きすぎる
(5)農業では生活ができなくなっている
(6)農業自体が変わって来た。昔の農業は自給自足が中心だったが、現在の農業は工業的農業であり、初期投資の金額も大きく、技術力も要求される
(7)身近に田んぼがないし、教えてくれる人もいない
(8)作るより購入した方がはるかに安くつく
(9)補助金は一部の特定農業者だけにしかまわらない
継承の断絶は「企業における2007年問題(団塊世代の大量退職による技術の継承の途絶)」より、農業の現場では、より深刻な問題であるが、大きな問題になっていない。
農業は親から子へ、子から孫へと伝承されてきた。ゼロからスタートする農業は、この国にとって計り知れない損失。
それは高度な専門的農業においても、家庭菜園においても、あまりに大きな損失である。
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雨が少ないので、作物が大きくならない。まとまった雨が欲しい。
一戸平均2500万円実現
今日の農業新聞の一面にこの数字が踊っていた。
農水省地下の書店。売り場の特等席で官僚の目をくぎ付けにする本がある。『平均年収2500万円の農村』。著者は「高原レタス」で有名な長野県川上村村長の藤原忠彦(70才)。日本有数の高原野菜産地を21年間引っ張ってきた。「機関車」の異名を持つ。
確かにこれくらい稼いでいる農家もいるのだろうが、ボクが提案したいのは、『農業で確実に150万円稼ぐ方法』という著書である。こういう本を農協が出して欲しいと思う。
確実に150万円になるなら、農業人口は現在の5倍は軽く増える。
150万円どころか100万円にもならないから、誰も農業をしない。いや、農業はできないのである。
たとえば、ワンパック平均3200円で送っている自分の場合、3200円-800円(送料)=2400円(正味野菜価格)
月、水、金と送る。1回につき7パック平均送るとすると1週間で20パック。月間で80パック。
3月、4月は野菜がほとんどないので、年間に送れるのは10ヶ月。だから80パック×10ヶ月=800パック
800パック×2400円=192万円(年間総売上)
192万-70万(年間総経費)=122万(年間純売上)
つまり、年間190万円ほどの売上をしないと、年間手取り120万にもならない。
この売上は至難だと思う。他の農業形態は知らないが、ワンパック宅配では至難である。
常々、「100万円の攻防」と言っているのはこういう理由からです。
年関経費も60万を下ることはないと思う。
軽四・農機具の税金・・・・5600円
種苗費・・・・・・・・・・・・・・・・40000円
肥料費・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5000円
農業消耗品費・・・・・・・・・60000円
ガソリン代・・・・・・・・・・・・ 60000円
作業用衣料費・・・・・・・・ 15000円
車検代(年平均)・・・・・・ 35000円
減価償却費・・・・・・・・・110000円
任意保険料・・・・・・・・・・ 18000円
地代・・・・・・・・・・・・・・・・・12000円
消耗品・通信・雑費・・・80000円
パソコン関連費・・・・・・45000円
電話代・・・・・・・・・・・・・・50000円
研修費・・・・・・・・・・・・・ 30000円
月刊誌・本代・・・・・・・・20000円
他の農業形態では、年間に200万円ほどの総売上は簡単であろうか。
農作物をカネにするには、大変な能力が必要だと思う。
資本力・・・最初の元手
技術力・・・作物を作る力
営業力・・・作物を売る力
ハードルは、環境異変 、害獣の出没 、水の問題。
初期投資の金額の多い自営業である。
技術をマスターするにも3~4年はかかる。
売ることはまた別のエネルギーが必要になる。
備前焼のように腐ったりしないものならいいが、1日のことで商品価値がなくなる。
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今日またツルムラサキの苗を買いに行き、足らずは自分で蒔いた苗を補充し、これでとにかく春夏作の育苗を終わらせることにした。
次は秋冬作の種蒔きを始めるお盆からまたスタートする。
1類 ジャガイモ・・・種芋は12キロ
タマネギ・・・・・1250~1300本定植
2類 キュウリ・・・各12本×4回(1ヶ月おき)
ナスビ・・・・・40本定植
ピーマン・・20本定植
オクラ・・・・90ポット定植(1ポット2~4本立ち)
3類 ナンキン・・・20本定植→サツマイモ420本定植
ニガウリ・・・・6本定植→サトイモ150個定植
トウガン・・・・6本定植 →ヤーコン75個定植
→キクイモ 75個定植
4類 エンサイ・・・・・・・・40本定植
ツルムラサキ・・・70本定植
青シソ・・・・・・・・・14本定植
その他 トマト・・・20本定植(計算に入れていない)
スイカ・・・・6本定植(自給用)
ハーブは、
レモンバーム・・・・・10本
レモンバーベナ・・・10本
レモングラス・・・・・・10本
タイム(コモンタイム・レモンタイム)合計で40本ほど
セイジ・・・40本ほど
ミント(スペア)10メートル
(アップル)5メートル
(ブラック)5メートル
ローズマリー・・・・・・・40本ほど
イタリアンパセリ・・・120本ほど
スイートバジル・・・・265本(去年は300本)
この作付量(作付本数)をどう思われますか。同業者なら大変少ないと思われるでしょう。
しかしたったこれだけの作付量でも4月~12月の間は手がいっぱいである。1月~3月の農閑期の3ヶ月間だけゆっくりできる。
今期の育苗の総括
(1)サツマイモは温床でなく、また冷床に戻す。苗の切り取りにさほど遅れがないから。
(2)野菜苗は購入する。130本購入してもたった7540円(130本×58円=7540円)。
※育苗の手間が大変、しかも1ヶ月ほど拘束される
※種代を考えると苗を購入した方が得
※いろんな品種をピックアップできる
※2~3週間、早く定植できる
(3)自分で育苗する苗は、エンサイ、ツルムラサキ、オクラ、スイートバジルの4種類。イタリアンパセリは直播の方がよいと思う。
麦はものすごく勉強になった。
昨年の11月下旬、ナンキン等の敷き藁目的で、エンバク(雪印種苗のトチユタカ)を蒔いたが、数年前の種だったせいか発芽しなかった。
ホームセンター等では麦の種を扱っていないので、農協へ電話すると小麦とビール麦の種をくれた。各3キロほどあった。
冬の麦は元気を与えてくれる。ためしに10メートルほど蒔いて見るとよい。
ただ、冬はエサが少ないのかイノシシかシカのような足跡が麦畑に無数にあり、畝を崩されたり、新芽を食われたりしたが、食われても食われても麦は新芽を伸ばしてくる。
2月8日の炭焼きイベントでは来客に麦踏をしてもらった。
2月中旬頃から、イノシシやシカに代わって、渡り鳥の「ヒヨドリ」が集団で麦畑に舞い降りるようになった。
それでも麦はまだ新しい茎を伸ばしてくる。
3月のお彼岸が過ぎてからヤギに麦をやり始めた。もったいないとは思わなかった。5アール(2枚の田んぼの合計)も鎌で刈り取るのはしんどいので、2アールほどはヤギに食べてもらおうと思った。
ヤギが食べても、麦はまた新しい茎を伸ばしてくる。麦の再生力はすごい。現に、お彼岸に地際から刈り取った麦は、その後また新しい茎を伸ばし麦穂を実らせている。刈らなかった麦に比べたら収量はかなり落ちるが、それでも結構収穫できた。
3月のお彼岸が過ぎてヒヨドリはいずこえともなく去って行き、イノシシやシカは山の中に木の芽が息吹いて、その方がおいしいのか、里にはあまり出没しなくった。
3月のお彼岸が過ぎてから5アールに3~4キロの化成肥料を施したが、これくらいではほとんど肥料効果はなかったかも知れない。
5月に入り、麦が色づき始めると今度はスズメの集団が狙い始めた。
5月中旬頃から、麦穂だけを刈り取り、ニワトリに与え始めた。穂のない麦は刈ってナンキンの敷き藁にした。
5月下旬に残りのビール麦を収穫して、鳥小屋につるした。
小麦は6月10日頃に収穫予定。
再生麦(ひこばえ)や生育途上の麦はそのままヤギに食べさせた。
つまり麦はイノシシ、シカ、ヒヨドリ、スズメが喜び、成育途上の青々とした姿に自分も元気付けられた。
ヤギが食べ、穂はニワトリが食べ、藁は敷き藁にするという、まさに捨てる個所がない。
刈り取りに機械などいらない。5アールほどだから、子供の頃にしていた「手刈り」を楽しむことにした。5アールといってもすでにヤギが食べているので正味3アールほど。
稲のように水の管理がいらないし、冬から春にかけての裏作だから、あまり草が生えない。
11月にタマネギ、ソラマメ、春キャベツの定植が終わってから、空いた田んぼに麦を蒔く。
ただ、ニワトリを飼っていないなら、麦を蒔く理由が見出せないかも知れない。敷き藁なら稲ワラでよい。
確かに麦は1円にもならない。
麦を蒔くための耕運や畝立て、種蒔きの手間。種を購入するなら種代、自家採取するならその手間も必要。
ある程度収量をあげようと思えば肥料も必要
収穫する手間、結束してつるす手間、
こう考えてみると、なんだか無駄な時間ばかりを費やしているように見える。
しかし、これがエサの自給である。全部は自給できなくてもある程度の自給につながる。
卵を産んでもらおうと思えば、麦の自給とコゴメだけでなく、一定量の配合飼料(トウモロコシ、大豆カス、魚粉等が入っている)も必要である。
動物を飼うといろんな発見がある。
鳥インフルエンザの発生が20~30羽養鶏の復活を妨げている。それでは10万羽以上のシステム養鶏の方が優れているかというと、鳥インフルエンザには全く無防備なシステムである。
日本での鳥インフルエンザの発生源の大半は大規模システム養鶏であり、唯一の例外が鳥インフルエンザ発生初年度に大分県の「ペットのチャボ」が感染した例である。このあたりに何か解決の糸口でもないだろうか。
つまり、鳥インフルエンザは大規模養鶏の方が過去の例からして発生の危険が高い。
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出荷の帰りに「ツルムラサキ」の苗を購入した。12ポット買ったが、1ポットに3本立ちが多かったので、36株に分割して植えた。だから1株30円ほど。
植えてから気付いたのだが、この2倍買っておけば定植予定数の全部を植えることができたのにと思った。
家庭菜園で植えている人は少ないが、ホームセンター等では最近よく見かける。この葉野菜の特徴は、
(1)病害虫がほとんどなく、見栄えがよい
(2)初霜の日まで休みなく収穫が続けれる
(3)高栄養価で料理法も多彩
(4)自分の場合、イタリア料理店の注文が多い
6月の花と言えば、アジサイ、花菖蒲、そして「ドクダミ」。ドクダミは知らない人も多いと思いますが雑草です。農業を始めるまでこの雑草がドクダミという名称であることを知らなかった。
ドクダミは有名な薬草だということを知った
半日陰になる場所に群生して生えている
いっぱいあるが、ドクダミ茶はまだ飲んだことがない
今日の朝日新聞の天声人語に、『名前の響きで損をしているが、ドクダミはかれんな花である。毒々しい「ドク」から、だみ声の「ダミ」と続く。だが花は白い十字形をし、木の下闇などに星を散らしたように咲く。その星々も鮮やかに、6月が始まる』と書いてあった。
農業を始めた20年前にはまだニガウリ(ゴーヤ)は、一般的な野菜ではなかったが、いつのまにかメジャー野菜に昇格した。ニガウリは、
(1)キュウリと違って病気がほとんどない
(2)キュウリの収穫期間は1ヶ月しかないが、ニガウリは3ヶ月間収穫が続く
(3)台風にめっぽう強い。理由はキュウリと違って葉がしなやかで小さいから。柔よく剛を制す。
鉄のメッシュを簡単に止めていたら、メッシュを倒して、画像の竹と竹の間からまたヤギが逃走したが、前回同様、手のひらにのせた塩で簡単におびき寄せることができた。
ヤギのそばで農作業をすると、ヤギも人間も喜ぶ。この場所だと、しょっちゅうヤギのそばを通る。
家畜だから人間の気配を好む。45年前、どこの家でも玄関先の最も家人の目が届く場所に牛小屋があった。
5月12日に導入したので、今日で19日が経過したが、一羽も死んでいない。まだ口ばしは黄色で、鳴き声も「ピヨピヨ」というヒヨコの鳴き声をしているが、餌はすでに成鶏と同じ物を食べる。今日は昨日食べた魚のアラと残ったご飯を与えたが、次に覘いた時には影も形もなかった。夕方には小麦の穂先を刈って与えたが、これも次に覘いた時にはきれいに食べていた。ヒヨコには常時「餌が途切れないように」与えている。
青菜も成鶏と同じ物を与えている。小さく刻んだりすることはない。
山や竹薮が陰をして、朝陽があたるのは遅いが、日中は日陰になる場所が少ない。物置の北側は数少ない日陰になる場所である。ここはミョウがを植えているが半分にして、挿し木などに使うことにした。ただ、時間帯によっては太陽があたるので、根が出るまで黒い寒冷紗をかぶせる。
メスヤギの小屋の下敷きを交換した。まず「糞出し」をするが、画像の「フゴ」に2杯で終わるし、その後、落ち葉を集めて下敷きにするが、それも2杯で十分過ぎる量である。スペースは物置の4分の1だから1坪半。
だから、時間はほとんどかからない。自分にとって「糞出しは汚い農作業」ではなく「楽しい農作業の一つ」である。今日はキーウイの木のまわりに敷いた。500リットルの液肥タンク2つ、鳥小屋の鶏糞、そして今年から加わったヤギ糞で30アールほどの作付なら十分過ぎる量であるが、化学肥料も全廃にはしない。粗大有機物肥料は作物によって施し辛いこともあるし、大急ぎの時や、マルチをしている作物の追肥などには不便である。
鶏の下敷きは「籾殻」でもいいが、ヤギの下敷きに「籾殻」はよくない。枯れ草や稲ワラや麦ワラがあれば、それを下敷きにできるが、ない場合は「落ち葉」が最も手っ取り早い。ヤギは落ち葉も好きで飼料にもなる。
「落ち葉かき」は春の温床作りや鳥小屋の下敷きなど、たまにするだけだったが、ヤギの導入後は下敷きにするためにしばしばするようになった。鳥小屋から100メートルも歩かないうちにいくらでも集めることができるし、軽いし、フゴにたった1~2杯集めるだけだから全くよだたない(面倒ではない)。逆に、落ち葉→ヤギ→肥料という良い循環になった。落ち葉集めだけなら、そんな時間を費やしたくないが、間にヤギが入ることで、俄然、落ち葉集めが楽しくなった。
落ち葉集めのついでに、画像のようにドングリの枝も切ってきた。ヤギは柔らかい草より硬い木の葉を好む。
フゴは2種類持っている。特に動物がいると「フゴ」をよく使う。このフゴは糞出しや落ち葉集め専用だが、小さいフゴは野菜クズや雑草を刈って鶏に与える時に毎日使う。
ハチクはたった10日間ほどの間に2メートルほど伸びる。そして竹の根(竹の子)は、日の当たる場所を求めて道へ道へと進出してくる。1年放っておけば、池に上がる道にたくさん竹が生える。つまり誰か管理する人(農作業する人)がいないと、竹は道から次は田んぼに、あっという間に進出する。しかし自分には後継者がいない。父の場合は、たすきを渡す人がいないと思っていたのに、突然バトンゾーンに人が現れ、ちょうど3年間のゾーンが用意されていたが、次の代はどうなるかわからない。
この国ではすでに8~9割、「バトンがつながらない」状態になっている。
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