あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

多摩全生園  上田錦水さん



手探りに歯磨の蓋まはしつつ取れたることも喜びのひとつ




薬包紙に君の住所が書きあると知覚なき手に握らせくるる




うららかな日射しを浴びて杖習ふ今日も新たな道を覚えぬ




吾に来し賀状の抽籤番号を薬の袋に記してもらひぬ




手を引かれ面会所より帰り来て植毛眉毛に溜りし汗拭く




こんな綺麗な花を飾りて食事する盲ひのわれを仕合せといふ



上田錦水さんの略歴
明治44年生まれ。昭和28年多摩全生園入園。「一路」所属。『輪唱』(昭和34年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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多摩全生園  秋葉穂積さん



廃嫡の手続き済みてぽつねんと孤独の未来考へてゐる




相続を放棄する書類に印捺して涙落ちたり父母の前に




をさな児の手を引きて立つ目の前の汝は早や吾の妻にてあらぬ




参観者の列横切りて或るときは抗ふごとく内科室にゆく




バラ匂ふ部屋に目ざめし生きの身の欲情がかなし朝の小床に




不自由な手をしてそれぞれ作業持つこれをも人は惰民と蔑む



秋葉穂積さんの略歴
多摩全生園。『陸の中の島』(1956年)『輪唱』(昭和34年)


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多摩全生園  三村辰夫さん(2)



癒えざれば要なき吾の自転車を婦人用に更へたしと妻は




制服の少女等ならびて病室を外より見て居りみな無表情




妻恋ふも生きゐる証し療庭のサルビヤの朱見まもるひと時




ためらへる吾の醜き指握る妻のその指節くれてきし




武蔵野のここ療園と甲斐の国の妻恋ふ時は距離感のなし




なり振りなく農守りゐる妻なるに夢に逢えば頬なめらかに




胸三寸に納めて和を保つ雑居寮就寝前にすべてを忘れむ




それ程にわが耳遠きか口よせてもの言ふ孫らに時に腹立つ




父と母吾の病ひを知りたるか余り出歩くなとうるさく言ひし




本名を捨てて園名の三十年四村明利の過去は忘れむ



三村辰夫さんの略歴
明治42年生まれ。昭和28年多摩全生園入園。「多摩」「国民文学」所属。『輪唱』(昭和34年)『青葉の森』(昭和60年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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多摩全生園  三村辰夫さん(1)



癩病と父母のあかせしその日より蔵にこもりて十年過ごしき




同室の老いらの軽き寝息聞く最後の一首下の句浮ばず




宅急便のダンボール箱は嫁よりぞボタンのいらぬ丸首のシャツ




諍ひて頬を打ちたる日もありき七十路越したる郷里の妻は




煩悩の一つ一つを刈る如く理髪室の鋏音かろやかに




生れ在所近き作家の「楢山節考」二度読み返すわが昂りて




反核の集ひに我も入りたし自由のきかぬ手足がかなし




左手の痲痺しるければポケットの硬貨つかめず諦めたりし




しんしんと一夜を冷えし畑に入り踏む霜柱音冴えてたつ




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多摩全生園  牧野静也さん



病室の高窓より差す冬の陽に巣箱と鳩の影が静けし




癩園に過ぎし十年の夢に出づる吾子は何時もオカッパのまま




今ぬぎし足袋のこはぜが灯の下に心を覗くごとく光れり




己が殻にひそみて物言ふことを知る不自由者寮の吾も安泰




自己かばふ言葉を吐きしのみなりき窓の裸木に叫ぶ夜の風




眠薬に友ねむりゐる昼日中おたまじゃくしは瓶に動けり




何も彼も面倒くさくなりてゐる病み古りし身を愛しめと言ふ




なまなまと今日の過失の思はるる傷つける手を胸の上に置く




感覚のなき手に母の死の便り握りしめ居て頼りなきもの




今日よりは母なき吾の体内をめぐれる癩のプロミン注射




銀杏の殻を火鉢に投げこみて炎見つむるわれは一眼




犬の子をひしと抱ける癩少女眼を上げることなく行けり



牧野静也さんの略歴
明治40年生まれ。昭和16年多摩全生園入園。「一路」所属。『木がくれの実』(昭和28年)『陸の中の島』(1956年)『輪唱』(昭和34年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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