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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

多摩全生園  碧海以都子さん



疵の臭ひにむらがりて来る蝿の群追ひつつ悲しきわが生きの身は




諧謔のなき生活を淋しみつ夫の好みにわが寄りてゆく




わが指の病み重りつついささかは腫みの退けば指環をはむる




病ひ重れば荒き言葉の一つさへ耐へがたきまでに胸にのこれり




病ひ悪くなりたくはなし髪結ひて廻る作業にわが働けり




クリスマス又回り来る夜夜を遠くあづけある子の服縫ひ急ぐ




焼茄子の甘きに泪湧きし朝容赦なき容赦なき人間世界




病む夫の指示にて野ばら移植しつつ汗を流せり彼岸に入る日




結婚の多き五月なり癩園のパーマ部に忙しくわれの働く




手の上のぶどうの房より這ひ出でて小蜘蛛が朝の童話をつくる




標準より少し小さしと聞くのみの吾子の服を縫ひ上げにけり


碧海以都子さんの略歴
多摩全生園。1928年4月30日愛知県に生まれる。1938年小学校4年の時多摩全生園に入所。一時帰省で故郷の学校に通う。
木谷花夫の妻。『木がくれの実』(昭和28年)『輪唱』(昭和34年)『陸の中の島』(1956年)



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多摩全生園  木谷花夫さん(7)



父と母の睦み給ひし年月の短くて子に癩つづきたり




癩園に離りゆかむと義父の前手をつきし少年のわれの日よ




母も老い義父も老いまして癒ゆるなきわれを交交いたはり給へり




名刹を誇りたりしが相続く癩に廃れしよわが生れし寺




末の子の生れしばかりの家を出で行きしが父の帰り来たらず




忽ちに手足の萎えてしまひたる変化も社会の隅の出来事



木谷花夫(田所靖二、田中真砂穂、田中正雄)さんの略歴
1919年1月19日山梨県に生まれる。1930年4月8日全生病院に入院。短歌を中心に、小説、詩、俳句を制作。歌集に『石上の火』(1959年日本文芸社)。小説は二篇が『ハンセン病に咲いた花戦後編』(2002皓星社)に収録されている。1961年6月15日死去。『石上の花』(1959年)


木谷花夫さんは記憶に深くとどまっている歌人の一人である。わかりやすく、心にずしんと響き、割愛した短歌はほとんどなかった。時代を越え、残っていく歌人だと思う。

木谷花夫さんにはプロミン治療の効果はあまりなかったのだろうか。


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多摩全生園  木谷花夫さん(6)




澄み深き冬天の中白鷺の首伸べて翔ぶただ一羽なり




春未だ冴え返る夜夜の月射せり手術迫れる意志弱きわれに




宿命は父系を流れ来にしかばうとまれて父の死にゆきにけり




燕翔ぶ五月の道に立ちどまるわれのこころの揺れ出でにけり




父と兄の葬列に従きてくれし人いまわが園に幾人残りゐむ





癩の家系とうとまるる世に堪え来しがわれらこれより小さくは生きられぬ




わが体に蠢めき止まぬ病細胞すでにいくたび遂げし分裂ぞ




柳の芽小さく無数に光りたり父死にし日のその同じ道




自殺者の続きし話題も大凡は日のうちに消えてゆく癩園よ




天界にわが恋人の住めるがにあかねゆふづく癩園の森





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多摩全生園  木谷花夫さん(5)




この国の政治豊かなるときも貧しきときも低し癩者は




ひらひらと吾を離れてゆくものあり真夏の夜のその漆黒に




秋深む陽差しとどけば寝台にいくたびもわが身を起しみる




水のごと光はくだる一年の終るしづけき枯草の上




弟妹ら母のあたりに集ふときいかに語られてゐるらむ吾のこと




内臓出血のその血を喀きて暫しののちカーテンに差す春日の光




父の病み兄の病みわれの病みつづく癩を憎めり魂のかぎりに




高窓に月光るとき簡潔に神を否定し眠らむとする




療養生活調査紙にわがためらはず書き込みし少額の小鳥の餌代




病める眼の至近を白き浮遊物となりて漂よへり人のかげ猫のかげ



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多摩全生園  木谷花夫さん(4)




ドロップス無暗に荒く噛みくだきわれとわが身にする抗ひよ





身に秘むる一つ二つは言ひ出でてわれの終りの死に向ふべし




病人らの今日の怒りは医師怠慢昨日は配食のこと明日は何がある




癩園にとめおくべしとわがこつの始末を言へど安からなくに




残照の衰ふるとき枯草の中よりたちて石かがやけり




やうやくに放屁果せしやすらぎに泪こぼして日の暮れをあり




春浅き光の中に眼を閉づる既に悲しき行為の一つ




病む視野にさくらは見えずとどろとどろ脹れたる腹の鳴るひもすがら




春蚊出でて今宵しきりに近づけどわれは敗北の顔さらしゐる




癩留置場設置反対運動

鞭打たれ血を吐きて土に伏したりき無断外出を問はれし患者





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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在65才、農業歴29年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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