あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

多摩全生園  鈴木楽光さん(7)



唇の結べずなりて結ばずにありのまにまに老いてゆくべし




菌出でずなりぬと言はれほのぼのと身に蘇るあたたかきもの




背をまるめ老いたるわれに従へる短き影を父と想ひぬ




癒ゆることただに信じて疑はぬ少年達の澄めるまなざし




はらからの行処も知らぬ古里を恋ひつつ病みて命老いゆく
(註)はらからとは兄弟姉妹




人も木も亡びほろびて形なく土にかへるを安らひとせり




癩病みてこの身に受けし屈辱の癒さるるなく亡びゆくべし




目を開きまた目を閉ぢてわが思ふ雪に埋れゐむ童野仏




ものうげにあした声啼くからすらよことのたやすく俺は死なぬぞ




開眼手術
もやのなか迷へるごとく長かりし吾が目の癒えてすること多し




面かげの残らぬまでに病み崩えし顔を鏡の中にしさらす




鈴木楽光(菊池寅雄・樫木吹夫・鈴木寅雄)さんの略歴
明治38年静岡県生まれ。大正9年15歳で発病。大正13年10月20歳のとき全生病院に入院。昭和7年頃から食糧部、12年主任。はじめ俳句を作ったが短歌に転じ作歌を始め「むさしの短歌会」の創設に参加。昭和4年ごろ「国民文学」に入会し松村英一に師事。同人。予防法闘争を闘う。昭和35年歌会始に入選。昭和49年視力著しく減退、手術によって視力回復するも昭和54年12月25日逝去。『東雲のまぶた』(昭和5年)『木がくれの実』(昭和28年)『陸の中の島』(1956年)『輪唱』(昭和34年)『三つの門』(昭和45年)『冬の光』(昭和56年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)



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多摩全生園  鈴木楽光さん(6)



吾がうちに住める餓鬼ども出でて来む壁に映りて若葉が踊る




わが意志の通はずなりしぶらぶらの右手を抱けば胸に冷たし




監房跡の茂る青芝ふみゆけばわれのみ知る暗き過去あり




萎えし手にひたすら吾の工夫して鉛筆が持てし今日の喜び




萎えし手に鎌を結びて少しずつ苗木植えたる畑の草刈る




庭くれてさだかに見えぬ人ひとりおぼろに動くその影を追ふ




胸熱くなる感動もわれになく壁を背にして過ぎぬ一日




医局まで踏みゆく二百八十歩覚えておかむ今朝数え来し




わが生の亡びたる日は獅子ライの菌もろともに焼かれゆくべし




ここに病みて亡びゆくとも悲しまず父よりも母よりも長く生きたり



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多摩全生園  鈴木楽光さん(5)



妻と吾と二人の中の環境に猫も家族のごとく住みをり




視力日日衰へゆけばただ白き光の中に身はありにけり




手足萎えて命生きゆくわれにまた残る一つの眼も冒されぬ




汗の出ぬ身を苦しみて水にひたる友の現実われに近づく




ただ飯の食へる君らは君らはとさげすまれつつ命生き居り




電灯をともして昼を臥しをれば眠らぬ夜の続きの如し




眼を冒し手足を冒し咽喉冒し吾より笑ふ表情を奪ふ




砂ほこり巻きて空気の乾く夜はほとほと寂し閉ぢぬ唇




やすらぎのなき生活とだしぬけに妻の言ひたる言葉身にしむ




眉落ちしわれを恐れて会はざりし妹も弟もすでに世になし




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多摩全生園  鈴木楽光さん(4)



癒ゆる日は遂にあらずとも命まもりわれは親しむこの小詩形




少年の日に別れたる弟が子供をつれて今目のまへに




冒されし顔をつつみて故郷を出でて来し日の忘らえなくに




日のひかり及ぶことなき一隅に置き並べたり臓器の標本




外よりのひかり呼ぶがに肥大して瓶に沈める空洞の肺




樫の木の落ち葉掃きつつ思ひ居りわが一生もここに終らむ




山岡君が移り来て住むこの家に数吉ありし日を思ふなり




患者にて運営をなす新しき制度のなかに病養ふ




吾が耳に乱れ入りくるいくつかの声ありわれをののしれる声




石路をつたひて友が帰りゆく杖に結びし鈴が鳴るなり




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多摩全生園  鈴木楽光さん(3)



暮れ方を必ず軒に来て啼ける雀が親し人のごとくに




昼間より敷きつづけある床に入り犬の如くに身をまるめ寝る




幾たびか眼ぬぐへど黒き星あしたもの書く紙の上にとぶ




相共に住みし友等の幾人かすでに盲ひて不自由舎にあり




(松村英一先生 ラヂオのあらねば友の家に行きて放送をきく)
とこやみの空を伝ひて来るみ声まさしく師なり心おどりぬ




つくづくと変りはてたり現身の
すね
毛のあらぬこれがわが足




目ををかし咽喉もやがてをかされむ声音の
れてゆくに思ひぬ




あかつきの夢に入り来て弟のものいふ声に驚きて覚む




配給のとぼしき米を持ちよりて祭の夜は白き飯炊く




月の夜を更けて阿部君の帰りゆく舗道に響くその杖の音




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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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