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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  近間 治さん(1)



衰へゆく視力なげきて朝床に障子の桟を吾は数えつ




生きてまた逢い語る日のありやいなや六十五の父と癩古りし吾と




幾百の針あと硬化せる静脈にプロミン射ちつつ果つる命か




殺人用原子力研究は進めども未だ癩菌の培養ならず




社会保障費をへらして作りしジェット機か療舎の玻璃戸ふるわせてとぶ




見えぬ眼なら縫ってしまえと言われおり痛む眼の手当されつつ




忌み嫌はるる癩者に体売る女生きゆくためとさりげなく言ふ




手術后の眼を近づけてまじまじと病み崩えし手をみつめつつおり




わが死なば骨を包まむ白き布病室に入る所持品の一つ




ガリガリと足の腐骨を切除さるることにも馴れてなげきもわかず



2030年 農業の旅→ranking



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東北新生園  藤間光子さん



長く病む足の小指を切断せん心定まりて今朝すがすがし




亡き母の写真も今は見えずなり萎えし双手にアルバム重し




手織りなる亡母の単衣を着る時にはた織る音の聞こえくる如




久久に繃帯のなき手になりて泡だちよろし今日の洗いもの



藤間光子さんの略歴
東北新生園。『うもれ木』(昭和34年)



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東北新生園  佐々木三玉さん



知覚なき足とおもふにあかぎれて今宵痛むは嬉しくてならぬ




讃美歌をうたひつつ思ふ三日前自殺はかりし人苦しみゐるを




慰安畑に作りし野菜面会に来りし母の食事に供う




長男の吾と寝起きする二三日生涯の幸福と母はいうなり




畑堀りつつ社会復帰を思いいる高原の空に鳴く
雲雀ひばりあり




揚雲雀落ちくる地平にくろぐろと生きねばならぬ人ら働く




菊活けて夜のともしびしづかなり時折に鳴る盲導鈴の音




賀状書く中の一枚に吾の名を記さず故郷へ出すべく思ふ


佐々木三玉さんの略歴
大正9年生まれ。昭和15年東北新生園入園。昭和22年キリスト教に入信。「群山」所属。『陸の中の島』(1956年)『うもれ木』(昭和34年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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東北新生園  新田隆志さん



痺れ病むわが手をさすり日本語でさようならをいう米人牧師




迷い来し蛾のうるささに燈を消してイエス伝の点訳書読む




盲われの目印として付添夫が団扇に鈴を付けてくれたり




日照権争うニュース今日も聞く終日照らう寮に病みつつ




手術台に乗りて呼吸沈め祈りおり手術帽深くかぶせられつつ




面会の姉は盲吾に一つ一つ手土産取り出し手にさぐらせぬ




耳遠きわがためにひと声張りて歌集読みくるる世話係君は


新田隆志さんの略歴
大正10年生まれ。昭和15年東北新生園入園。「戸井摩短歌会」所属。『うもれ木』(昭和34年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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東北新生園  北海薫風さん



倖せに暮して呉れと幼な友の長き手紙に金入れてあり




離り住む思ひ淋しく日遅れの故郷の新聞くり返し読む




両の手にすがる児童らともないてプロミン注射待つ間長しも




秒針のたしかな刻み聞きながら我が悔多き一日終りぬ




裏山の枯木を打てる啄木鳥のしぐさ目守りぬ春浅き窓


北海薫風さんの略歴
昭和59年3月22日没。『陸の中の島』(1956年)『うもれ木』(昭和34年)


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在65才、農業歴29年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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