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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

ニワトリとの向き合い方を変えてくれる予感



鳥インフルエンザが兵庫県淡路市の養鶏場でも発生し、国内では香川県、福岡県に続いて今季10例目となった。


もし、政府からの補償がなく、全額が自己負担(会社負担)になれば、「飼い方のリスク」が大きすぎるので、生産者は激減するだろう。


逆に政府補償が手厚いなら、本来なら「淘汰されるべき飼い方の方法」が淘汰されずにそのまま継続されてしまう。


少羽数では鳥インフルエンザのリスクはかなり低いようである。

理由は、

(1)自由に動ける空間

(2)少ない羽数なら青菜が与えれる

このような飼い方は、何万羽をウインドレス鶏舎で飼う方法に対して、耐ウイルス性が強いと思う。そして空気の流通もいい。


ニワトリを10~20羽飼うことは、野菜残渣(出荷できなかった野菜を含む)を平らげてくれるので「もったいない感」が少ない。


卵を目的とせず、残渣処理の生き物と捉えるなら、もっと粗放な飼い方ができる。

まだ18羽(導入時は23羽)いるし、1日に1~2個産んでくれれば、それで十分だし、

稲作農家からコゴメをもらえるし、

コイン精米機へ、時々米ぬかを集めに行き、

エダマメ、ナンキンくず、サツマイモくず、ジャガイモくずなど、比較的長期にわたって保存できるものもある。

ナス、ピーマン、オクラ等、生りすぎても困らないし、出荷ができなくても、後ろに鶏が控えていると思うと、多少の植え付けロス、生産ロス、出荷ロスなどに、惜しいという気持ちが生じない。


4年に1度、3~4人で「60羽ほど注文」していたが、西濃運輸のことと、ヒナ1羽の価格の高騰を告げると、みんな止めると言う。中にはふ卵器を使ってヒナを孵すと言う人もいる。


それがきっかけで、4年ごとの淘汰は止めて、飼い続けようと気持ちが初めて生じた。


現在の18羽(オス1、メス17)が、果たしていつまで生き続けるだろうか。

4年後、何羽が生き残っているだろうか。

4年後、卵は一日に何個産んでくれるだろうか。

今後は未知との遭遇になる。

ニワトリ歴の最後に到達した飼い方になるかもしれない。

現実には今のニワトリ18羽は、ニワトリに多い「尻つつき」は全く見たことがないし(嘴のデービークはしていない)、秋の羽替えが終わって、羽はぴかぴか、ふさふさで、つやがある。そして産卵率は5割に戻った。

今後は徐々に購入飼料は止める方向にもっていきたい。



ヒヨコが簡単に手に入らないという出来事が、ニワトリとの向き合い方を変えてくれそうな予感・・・


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今回は逆に尹氏が辞任に追い込まれるだろう



朝日新聞 11月26日 5面


2020-11-26 005
  2020-11-26 003 

韓国、法相VS検事総長 過熱


韓国で、政権与党の有力者を容赦なく捜査してきた検察トップの尹錫悦検事総長が窮地に追い込まれている。


文在寅政権の秋美愛法相が24日の記者会見で「深刻で重大な不正を多数確認した」として尹氏の懲戒を請求し、職務の執行停止を命じたと発表。


尹氏は反発しており、法廷闘争に発展する可能性もある。




韓国で法相が現職の検事総長に職務の執行停止を命じたのは初めて。


秋氏は会見で、娘の奨学金に絡む収賄罪などで昨年末に在宅起訴された曺国前法相などの裁判をめぐり、尹氏の主導で最高検が担当裁判官の政治的思想などを不正に調査したと指摘した。


秋氏は、尹氏の政治的中立性が損なわれたとも主張。


政権与党に抵抗するイメージが定着した尹氏が、次期大統領候補を尋ねる世論調査で与党の有力候補に並んで上位に名を連ねるようになったことを挙げた。


秋氏は、尹氏とメディアとの不適切な関係も指摘し、「検事総長としての職務を遂行することは許されない」と断じた。


秋氏の会見後、尹氏は声明を出し、「検察の政治的中立を守るため、恥じることなく任務を全うしてきた」と反論。「違法で不当な処分には最後まで法的に対応する」と述べた。職務遂行停止の取り消しを求め、行政訴訟を起こすと見られる。


保守系最大野党の報道官も「法を守らなければならない法相が、超法規的な最悪の手に出た」と批判した。



文大統領をはじめ、韓国の進歩(革新)勢力は検察について、過去の軍事独裁政権や保守政権下で市民の弾圧に加担した機関との見方を強く持っている。


文氏に検察の権限を弱める改革への意を強くさせたのは、文氏が大統領秘書室長などとして支えた故・廬武鉉元大統領の自殺だ。当時は保守の李明博政権下で、検察が廬氏の家族の金銭授受疑惑を捜査していた。


文氏は、「権力から独立した検察」が持論で、保守派の朴槿恵前大統領をめぐる贈収賄事件への捜査を率いた尹氏に着目。内部からの改革を期待して、昨年7月に検事総長に登用した。


ところが、尹氏は文氏の側近で検察改革を託された曺氏を捜査し、辞任に追い込んだ。


曺氏は法相として、政治家や官僚らを対象とする捜査権を検察から新設する独立機関に移す立法措置を主導。このため、政権与党内には曺氏の立件を検察改革潰しと捉える向きが強い。


辞任した曺氏の後任として今年1月に法相に就いた秋氏も尹氏と対立。曺氏に絡む事件の捜査で陣頭指揮を執ってきた検察幹部の大規模な配置換えを断行した。


一方、検察は秋氏を捜査対象にした。兵役中だった息子の休暇などをめぐって特別扱いを軍に働きかけた疑惑が浮上したからだ。


9月下旬に不起訴処分となった秋氏は、尹氏が政権与党関係者への捜査に熱心なのは検察改革を妨害するためだと批判。辞任に追い込む動きを強めていた。




曺氏の件に関しては、朝日新聞がくどいほど、途中経過を記事にしており、朝日の「文在寅政権蔑視記事」と思っていた。


今日の記事は客観的だった。


2匹目のドジョウはいなかった。今回も法相を狙ったのは、尹氏の「検察改革の妨害」と受け止められても仕方がないのではないか。


とにかく韓国の現在は、民主主義的勢力が強くなっている。今後は「尹氏に関すること」が、赤裸々になるような気がする。


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シンガー・ソングライター 小室等さん


毎日新聞 11月25日 特集ワイド 一部抜粋




 2020-11-25 002   

「あの日のことをよく覚えています。僕の27歳の誕生日の2日後でした。あれを機に、彼の本を読むのをパタッとやめました」


東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺した三島由紀夫のことだ。その前年、東大全共闘との公開討論会に出席した際の三島の発言に、小室さんは、「ある種のかっこよさ」を感じたという。


東大に乗り込んだ三島は、会場を埋め尽くした1000人以上を前にこう述べた。「諸君が天皇を天皇だと、ひとこと言ってくれれば、俺は喜んで諸君と手をつなぐ」


右翼的と見られていた三島が全共闘と堂々と議論し、共闘の可能性にまで言及した討論会の様子は、一冊の本にまとめられた。記録映像も今年、ドキュメンタリー映画「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」として公開されたばかりである。



・・・ある日、小室さんが事務室をのぞくと、三島がいた。「ボディービルで鍛えた体をヨーロピアンなスーツで包んでいて。趣味がいいとは思えませんが、これも何かの表現なんだろうなあと感じました」


小室さんは三島のエッセーから読み始め、文化論や芸術論にも接近した。自決から50年たった今、こう振り返る。「人々が後からついてくると思っていたとすれば、あまりにも現実が見えていなかったことになる。
かといって『愚かしい』と言下に否定する考え方にも寄り添えず、黙って本を閉じました。あの荒唐無稽な行為を受け止めきれず、フリーズさせたまま今日に至っています」




世界中が新型コロナウイルスの感染爆発という「今世紀最大の不条理」に直面する今、別役実さん(劇作家)ならどんなドラマを書くだろうか。「コロナを題材にしないはずがない」。


実現しなかった最後の別役作品を想像してみると、「それは例えば、次のようなストーリーではないか」と小室さんが語り出した。


ある時、別の星から地球に潜入したスパイが飛行船でウイルスをばらまき、世界中に疫病が広がる。「ノアの箱舟」のように地球から脱出する宇宙船が準備される。最後の乗客としてくだんのスパイが乗り込もうとするが、その手前で「ハイ、ここまで」と定員に達してしまう。飛び立つ宇宙船。地球に取り残され、宇宙船に手を振るスパイ━━。


助かる人と見捨てられる人に選別され、ウイルスを持ち込んだスパイまでもが犠牲になる結末がいかにも別役作品のようだが、これがリアルに感じさせられてしまうコロナ禍の日本はどうなのだろう。




人々は今、政府に『自粛』を求められたり、『消費』に駆り立てられたりしているのでは。


個人の意思というより同調圧力に押されて自粛を強要されたかと思えば、一転して「お得感」に惑わされて旅行へ外食へと右往左往させられている。


一方で、アーティストが政権に批判的な表現をすれば「反日だ」「芸能人が政治的な発言をすべきでない」と攻撃される。小室さんはこんな時代に納得がいかないのだ。


「森友学園・加計学園問題、桜を見る会の疑惑で何一つ、きちんと説明せず、フェードアウトしようとする前首相を許してしまっていいのかどうか。メディアも含め、スルーさせてしまっているのはなぜなのか、考えていきたい」。


コロナ禍で派遣切りに遭う人や生活困窮者が大勢いる中で、政治がやるべきことをやっているのか、注視するつもりだ。





今日は三島由紀夫没後50年だったらしく、毎日新聞オピニオン「論点」でも3人の方が論じていたが、題目を一瞥しただけで読む気がしなかった。

小室さんの思いに共感した。

ぼくは17歳だったので、あの事件のことはよく覚えている。衝撃的だったが、大きな違和感を感じた。

ぼくは天皇制には反対の立場である。太平洋戦争で天皇が「神」に祭り上げられ、時の権力者によって「天皇制」が利用された。

国家に従わされ、あれだけの「犠牲者」が出たにもかかわらず、「天皇制が否定されず戦後も続いた」ということに、「犠牲者が報われていない」と感じる。

日本の「赤化」を防ぎたいアメリカの意思だったのか。

天皇制が続く限り、またいつか、時の権力者によって「”天皇の名のもとに”命をささげること」を強要される日が来るかもしれない。

国民を一つにまとめるためのシンボルとして。
 
  


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入る人と出る人と

 

柳美里さん、全米図書賞おめでとうございます。3日遅れですが。


あらためて「52歳」というその若さに感服します。



毎日新聞 11月20日 27面

小説家デビューから今年で26年。柳さんは「これからも居場所のない人のために書く」としたうえで、「ここ南相馬で書店を営みながら、見る、聞く、味わう、すべての五感で知ったことを書いていきたい。

書きたい小説がたくさんある。命の期限に間に合うか、全て書き切れるだろうか、と考えている」と語った。


柳さんは東日本大震災翌年の2012年から、同市の臨時災害ラジオ局の番組でパーソナリティを務め、震災や原発事故で悩み苦しむ人々の話に耳を傾けてきた。

18年の閉局までその数は600人に上った。

15年に同市小高区に移住後、書店をオープンし、地元の人々との交流を深めてきた。




朝日新聞 11月20日 28面

2011年4月21日、原発から半径20キロ圏内が「警戒区域」に指定される前日に初めてこの地を訪れて・・・

来年は震災10年の節目だけれども、その方たちの体験や声が地層となって自分の中にある。その地層から生まれたのが『JR上野駅公園口』(14年刊行)だった。


毎日新聞 11月20日 27面

受賞作は南相馬市出身の男の半生を描いた。1964年開催の東京五輪の前年に東京へ出稼ぎに出た男は、やがて家族を失い、最後には上野公園でホームレスになる。経済成長の陰に埋もれた小さな声に耳を傾けた作品だ。




柳美里さんは、原発被害の場所に進んで入った。しかし、家族や子供の放射能被害を免れるため、やむにやまれず故郷を捨てる決断をした人も多かった。



原発事故後、命を守るために、故郷を捨てる決断をした人たち・・・


柳美里さんのように、逆に入っていった人・・・


入っていった柳美里さんに、やむにやまれず故郷を捨てざる(出ていかざる)をえなかった人たちの気持ちを書いてもらいたい。


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既成事実への屈服



朝日新聞 11月22日 1面 

天声人語


個人的には・・・。わざわざそう断ってから発言する人がやけに多いように感じる。気のせいだろうか。


「私はこう思う」と単に言えばいいのに、なぜかこの表現がよく使われる。


それなら今までの話は何だったのか。まさか何かの組織を代表していたわけでもあるまい。


疑問に思って同僚に尋ねると、本来の意味とは違って「相手の気に障るかもしれないけれどこれだけは言っておこう」といったときに使うという。


組織論が専門の同志社大学教授の太田肇さん(65)は日本の企業などでの同調圧力の強さを指摘する。周囲と異なる意見を言うには圧力にたえる「逃げ道」が必要で、それが「個人的には」といった表現になっているのではないかと。


「日本の組織には私より公を優先する暗黙の前提がありますから」。


ただ、前置きの後に本音を語れるような場合はまだましなのかもしれない。「最悪なのは本音が語られず、建前だけの組織です」と太田さん。


「私の個人的意見は反対でありました」。日本が戦争に向かった経緯について、A級戦犯が東京裁判で語った言葉を政治学者の丸山真男が書き残している。


自らの考えを「私情」と排し、ひたすら周囲に従うのをモラルとするような指導者の言動を丸山は「既成事実への屈服」と喝破した。


豊かで平和な社会は異論によって形成される。


正直言ってあまり好きではない言葉だけど、そう前置きするだけで言いたいことが言えるのならば、もっと使われてもいいと思う。個人的には。





あなたは「どう思うか」と、考えさせるような記事だった。

例えば、集会や何かの会議などで発言をする時、これを言ってもいいのかどうか、ちょっと緊張する。

でもこれは一種の「慣れ」で、いつも一言は発言するようにしておれば、「だんだん慣れる」と思う。

いつも発言を自制していると、次の機会にも自制するようになってしまう。




変えるには「幼稚園、小学校からの教育」だと思う。発言することを善しとして、大いに発言を促すような持って行き方をする先生が必要だ。

そうでないと、日本の子供は小学校低学年の頃から、強い流れの方についたり、どちらにつくのが得か考えたり、友達を見てどちらにつくか決めたりする。

多分これは、親の生き方や考え方や育て方がそうなっているのだろう。

欧米では、「発言しない子どもは自分の考えを持っていない」「発言する思考ができていない」などと評価するのに対して、日本の評価は真逆で「思慮深い」とか「相手の立場を考える」とかそんな肯定的評価をする先生の方が多いのではないか。

このことは、その後の人生において、自分の生き方や社会での戦い方につながってくると思うから、授業ではぜひ「欧米型の指導」をして頂きたいと思う。

子どもの性格ではなく、要は発言の経験数という「慣れ」の問題と思うから。

そうしないと、「空気を読んで忖度したり」、「強い流れを見てそれに追随したり」、「特定の人物に追随したり」など、本来の自分の考えを伏せて、流れに身をまかすという生き方をする人が多くなり、それは、本人にとっても社会にとっても有害である。

現在の日本の民主主義や進歩性を阻んでいるのは、日本人が子供の頃から身につけた「強い流れに乗るという生き方」だ。





韓国は日本人の性格とはかなり違うように思う。それは100万人のローソクデモを何回も繰り出したり、政権対テレビなどマスコミとの闘争などに見られる。テレビや新聞等のマスコミの「独立性」が高いとは、ニューヨークタイムスが、政情不安の香港から極東アジアの拠点を東京ではなくソウルに決めた時の発言である。


そんな朝鮮半島が、35年の長きにわたって日本の統治(植民地化)をよくも許したと思う。

日本は韓国の統治において部族間の対立をうまく利用したのだと思う。つまり敵と味方に分けた統治方法をとった・・・?





丸山真男の言う「既成事実への屈服」とは、言い換えれば「強い流れの方につく」、「空気を読む」、「どちらについた方が得か」、「人の目顔をみる」、「発言が少数派になるのを恐れる」・・・と言った独立心のなさだろう。

孤立したり村八分的になるのを避けたいという意識もあるだろう。

しかし、長年の日本人のこういう体質は、日本の民主主義を心底、阻害する。


特定の地位についた者が、こんな日本人の特性をうまく活用し、自分のめざす方向に流れをつくるため、与えられた権限を利用して強いリーダーシップのような方法をとったり、部下を利用して裏で反対者を威圧しながら、自分のめざす流れを作りあげ、それが「既成事実」のような風潮をつくりあげる。

だから、常に声に出して、自分の見解を述べることが大切だ。



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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