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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

5月20日を目標に


 当人たち以上に、ぼくが必死になる必要があった。

12月1日に来られて、今日でちょうど2週間が過ぎた。まだ農作業は始めていない。

今日は3人で、集落の「あいさつ回り」をした。

見ず知らずの人がいたら田舎の人は気になる。そして好奇の目でみる。

だから紹介だけはしておく必要がある。


「食えない農業」をしているぼくの「後継者」が来て、田舎の人はますます好奇の目を向けるだろう。


生活できるんか・・・


だから当人たち以上にぼくが必死モードになっている。


草刈機とミニトラクタを新たに購入した。


草刈機は、使い方を説明して使用しているのを見守ってもいいが、ここは2人で草刈をしながら、互いの使い方を確認する方がいいのではないかと感じた。


ミニトラクタ(管理機)はすでに30年近く使ってきたので、新しいのを買い替えてもいいと思っていたので、この機会に購入した。


2月末までの農閑期に、草刈機、ミニトラクタ、乗用トラクタの3つだけは使いこなせるようにしてもらう必要がある。農閑期のポイントはこれ。


午前中は霜が降りて農作業はしづらいし、借家から通いで8分ほどかかるので、当面は午後から3時間余りの作業をしてもらう。


農閑期の農作業も、列挙すればいろいろある。

土手草を結束して田んぼにおろす(来春のナンキン等の敷き藁に活用)

山(巣箱置場)の草刈り(10アール余り)

クン炭(焼すくも)作り

田んぼに隣接した細い水路の泥上げ(計400メートル)

週に1~2回、無料の堆肥をもらいに行って、田んぼの側に積んでおく


体や心をできるだけ早く、農業をする態勢にしてもらう。当面はぼくも一緒にする必要があるので、午後から他のことはできない。


ぼくが必死にならないと相手に伝わらない。5月20日の「後継者の初出荷」をめざして。


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34歳女性首相誕生 フィンランドの事情


朝日新聞12月13日29面

北欧フィンランドで、同国史上最年少34歳の女性首相が誕生した。世界の現職の指導者としても最年少で、その若さに注目が集まる。なぜ、フィンランドで若いリーダーが生まれたのか。


27歳で市議会議長

サンナ・マリン首相は、27歳で市議会議長を務め、2015年に30歳で国会第1党の社会民主党の国会議員になった。交通・通信相を経て、今月、首相に選ばれた。最王手ヘルシンギン・サノマット紙にこう語った。「メディアは年齢や性別、生い立ちを伝えたがるが、それは二次的なこと。大事なのは政治家として何をするかです」

確かに、マリン氏がずば抜けて若くしてキャリアをつかんだわけではない。同党が連立を組む4党の党首も全員女性で、うち3人が35歳以下。過去には36歳の男性首相もいた。


政党青年部が育成

なぜ若い政治家が活躍しているのか。現地の報道は、政党の青年部の役割が大きいと伝えている。投票権を持つ18歳を前に、15歳から支持する政党の選挙運動に加わり、勉強会や討論会に参加できる。マリン氏も20歳のころから活動し、青年部が若くて経験豊富な政治家を育てる場になっている。被選挙権も18歳からで、高校や大学に通いながら地方議員に立候補する人もいる。

駐日フィンランド大使館などによると、学校では政治意識を高めるための「主権者教育」も盛んだ。例えば、小中、高校では実際の国政選挙と同じ候補者に票を投じる模擬投票が行われ、その結果に各党がコメントを出すという。

マリン氏は、女性のパートナーを持つ母親の下、貧しい家庭で育った。大学に進学できたのは環境に左右されず、学ぶ機会が保障されているからだ。現地では大学までの学費が無料で、教材や文具も無償で提供される。

女性議員も多い。国会は200議席のうち、92人が女性。マリン氏が率いる新内閣は、閣僚19人のうち女性が12人を占める。

もうすぐ2歳になる娘を持つマリン氏は、国会議員を務めながら産休・育休を取得した。子育てと首相の仕事の両立について、地元紙で「首相になる時、夫からSNSで『すべての家事はすでに私とあなたのお母さんとで分担した』というメッセージが届き安心した」と明かしている。

フィンランドの大学で学んだ同国駐日大使館の堀内都喜子さん(45)は、00年にタルヤ・ハロネン氏が同国初の女性大統領になったことも若い世代を後押ししたとみて、「マリン氏に対するフィンランドの若い世代の受け止めは冷静」と話す。


日本は50年以上遅れている。この遅れは決して取り戻せず、もっと開きが大きくなるだろう。戦前と戦後は終戦日をはさんで1日経過しただけであり、内情は戦前と戦後は連続しており、為政者の顔ぶれも変っていない。12月31日が、年が変わって1月1日になった違い程度である。

今の政府と同じようなやり方で、戦前から戦中の公文書は、戦後すぐに大半が焼き捨てられた。



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十九才の春


後継者の連れ合いを見て、この詩を思い出した。

 
十九才の春


あなた待つ 北国の

雪の香りに 誘われて

私は今 この大地

  青春の思い出を

  鍬をうつ

  あなたと二人でつくろうと

  十九才の春

  私は百姓になりました



雪溶けの せせらぎを

渡るあなたの 足元に

いじらしい ふきのとう

  青春の思い出を

  種をまく

  あなたと二人でつくろうと

  十九才の春

  私は百姓になりました



ひびわれた あなたの手

何気なくそっと

つつんであげたいわ

今日からは 私も一緒

ちょっぴりと はずかしい

かあさんの モンペをつけて

顔を見合わせ 笑ったわ

  青春の思い出を

  北国の

  大地に二人で描こうと

  十九才の春

  私は百姓になりました



1992年2月10日発行の「百姓天国第三集」に載っていた麻野吉男さんの詩(歌)です。



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就農セミナーの説明を聞きに行った


昨日は「社会人就農セミナー」について、行政の説明を聞かせてもらいに、後継者夫婦と出かけた。

めざす方向が少し違っていたこと

ハウス作物が中心のようであったこと

初期投資の大きな農業形態は避けたいこと

学びたい項目が少ないように思ったこと

等を感じた。



本人は他に、有機農業農家で研修も受けたいような意向だったが、今日また、喫茶店で3時間ほど話し合った。「学んでからより、先にスタートをかけよう」と。

3月頃から準備を始め、4月10日、桜が満開になったころに種蒔きをスタートし、コマツナ、チンゲンサイ、レタス類、サラダハクサイ、春ダイコンを5月下旬から出荷できるように、話を煮つめた。


当人夫婦は、昨日の説明を聞き「行政の補助金は受けない」という方向で気持ちを固めてくれたと思う。


ここが固まれば、より自由な農業が展開できるだろう。




とにかくスタートして、2ヶ月後の5月下旬から収入につなげるということを話し合った。

6月に入ったらインゲンやズッキーニの収穫が始まり、6月中旬にはジャガイモの収穫が始まり、20日頃からピーマンやナスの収穫が始まるように進めたい。


学んでからではなく、作りながら学んでいき(覚えていき)、それをすぐに収入につなげることが農業の現場では大切である。できるだけ早く「販売」にこぎつけ、販売までにどういう手数が必要か体感してほしいと思う。



12月11日朝日新聞 折々のことば 鷲田清一

自分にあるのが強さなのか弱さなのか、怖れなのか勇気なのかは、他者を通してでしかわからない。
(リチャード・T・モリス)

熊がよじ登っていた木ごと川に落ちる。そんな熊を見て、蛙や亀やビーバーらが集まってくる。みなで急流を何とか乗り切り、滝も数珠つなぎになって無事落下。別々に生きてきた動物たちがそれぞれに自分にあるもの、ないものを知る旅となった。
絵本『かわにくまがおっこちた』の「あとがき」から。


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後継者 途中経過

 
末尾に6がつく年齢の年は、自分にとって、記憶に残る出来事があった。今年はその6がダブルでつく数字の年だから、何らかの変化があると、前年頃から思っていた。

10月に問い合わせがあった後継者の人との出会いもその一つかも知れない。

別にこちらがその人を望んだわけではない。

先方が積極的だった。借家を自分で見つけたという電話もあった。

そこまでされるなら、ありがたく受入れさせて頂く。

埼玉を前日の夜7時に出て、軽自動車に荷物を全部積み、2人(夫婦)で、12月1日の午後5時に借家に到着した。大家さんと2人で迎えた。


顔も知らない。

経歴も知らない。

まあ、そんなものを聞いても、農業にはほとんど関係がない。

ただ、現在は埼玉県に住んでいて、25歳だということだけは電話で確認した。出身は宮崎県らしい。


若いのに、農業を志す・・・

ちょっとすごいな・・・

ただ、農業を志した理由など聞こうと思わなかった。

経歴、職歴などの諸々のことは、農業という現場に立ったらどうでもよい。

今後どうしていくか、だけがポイント。



今まで10人以上の問い合わせがあり、訪問者も10人近くになるが、たいていは見学や話をして終わっていた。今度の人のように一歩前に踏み込んで来た人は少なく、住む家がないと言ったら、自分で借家情報を調べて決めたという「その一歩」が「本気なのかな」という気持ちを自分に湧かせた。


それでも、どんな農業をしたいのか、どんな農業形態を希望しているのかもよく知らない。ただ、ぼくのブログを多少は読んでから「後継者募集」に、問い合わせをしてきたのだろう。


来られることが決まってから、農業仲間にも相談した。そうしたら「後継者募集」ということは田んぼも農具も全部を「委譲する」ことと違う・・・と言われて、多くの人はそういうふうに捉えるかも知れないと、ちょっと頭をよぎった。


ぼくはすぐにすぐ「全部を委譲」というふうには考えていなかった。「新規就農者募集」の方が言葉としては適切だったかも知れない。



それはともかく、当方の田んぼの近くに、30アール余りの条件のよい田んぼをすぐに借りることができた(ずっとイメージしていた)し、土地の利用券設定もすることができる。


野菜の作り方を説明しながら、初年度から「売上と経費」を独立して進めて頂こうと思う。


始めるにあたって、瀬戸内市役所に多少の補助金でももらえないか問い合わせてみた。その電話で、農業改良普及センターを紹介され、担当の方から「社会人就農研修」があることを知った。来年4月からの1年で、充実したカリキュラムであるらしい。費用もほとんどかからない。


その研修を優先してもらい、あいた時間で、並行してこっちの田んぼも作ってもらおうと思う。借家から、当方の田んぼまで8分、研修先は13分ほどである


この研修を受け「地域のにない手農家」として書類審査が通れば、新たな補助金が受けれるかも知れない。

今、ここまで経過した。


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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