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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

千曲川旅情の歌


10月14日 毎日新聞 (余禄)


「戌の満水」とは戌年の1742(寛保2)年、千曲川流域を襲った台風による大洪水をいう。流域で約2800人の死者を出した水害で、最悪の被害を出した佐久地方では慰霊の墓参の風習が今に残るという。

松代城の石垣まで水没したこの洪水では、千曲川の立ヶ花(現・長野県中野市)で水位が36尺(約10.9メートル)になった。今日では9.6メートルで氾濫危険水位となる立ヶ花観測所の水位だが、きのう未明には何と12.46メートルになったという。

1983年の台風の際の11.13メートルを大きく超える観測史上最高水位である。決壊したのは、この立ヶ花の約6キロ上流の長野市穂保の堤防だった。・・・



10月18日 毎日新聞 31面

台風19号で千曲川の堤防が決壊した長野市穂保を含む長沼地区一帯は江戸時代から繰り返し水害に襲われ、住民は過去の被害を代々語り継いできた。広範囲の浸水被害で地区内の家々が土砂にのまれたが、多くの住民は避難するなどして命を守った。

「みんなの無事を確認したよ」「先生と勉強したことが全部本当だったんだって実感した」
堤防が決壊した13日以降、長野市の市立小学校教諭の竹内優美さんのスマートフォンにはかつての教え子たちから無料通信アプリ「LINE(ライン)」でメッセージが次々と届いた。「みんな無事でよかった」。ほっと胸をなで下ろした。

竹内さんは3年半前まで長沼地区の長沼小学校で勤務していた。この地区は昔から水害に見舞われてきた。千曲川で史上最悪とされる「戌の満水」(1742年)では、長沼地区で168人が亡くなり、約300戸の家屋が流失した。善光寺地震(1847年)では、田んぼが水没して米がとれなくなった。

2014年度は6年生(21人)の担任だった。子どもたちに水害の歴史を知ってもらおうと劇をすることにした。台本を作るため、子どもたちは地区のお年寄りらに水害と闘って来た長沼の歴史を聞いた。竹内さんは歌を作詞作曲した。タイトルは「桜づつみ」。その頃、千曲川左岸の堤防を補強し、そこに桜を植える工事が進んでいた。

劇は現代を生きる彼らが過去の災害時にタイムスリップする物語。地域の住民を招いて上演した。劇の最後に「桜づつみ」を全員で歌った。


おじいさんに聞いたんだ
遠い日の話
何もかもが流された
悲しい時代のことを
自然の猛威に人は
なす術もなく 
でも立ち上がり
一歩ずつ歩んできた



長沼地区では代々こうした防災教育が受け継がれてきた。佐藤和良さん(70)は、小学生の時に社会科の見学で千曲川の土手沿いの古民家の壁に残る水害の痕跡を見学した。先生から「水害を受けた記憶を覚えておくように」と教えられたという。12日午後6時に避難勧告が出てすぐに妻と近くの小学校に避難した。

今回の決壊による浸水域は約9.5ヘクタールに及び、堤防の桜も一部がなぎ倒された。住宅の浸水被害は長沼地区を含む3地区で1874世帯(17日時点)。死者は2人だった。教え子の多くは避難生活を続ける。

当時の劇の台本の最後は「私たちの大切なふるさと、長沼が、これからもずーっと平和でありますように」との願いを込めて終わる。再び水害が繰り返されてしまったが、竹内さんは教え子からのこんなメッセージに一筋の光を見る。<まだ信じられないです。でも、この経験を生かして、私たちがちゃんと長沼を守っていきます>

「長沼は何度も立ち上がって乗り越えてきた。今回もきっと乗り越えていく」。竹内さんはそう願っている。



いつも応援している佐久長聖高校の駅伝。今年も元気に暮れの高校駅伝に出て来てほしい。


資料292 島崎藤村「千曲川旅情の歌」 

 

               

 

    千曲川旅情の歌      島 崎  藤 村


   一
小諸なる古城のほとり 
雲白く遊子
(いうし)悲しむ
緑なす繁蔞
(はこべ)は萌えず
若草も藉くによしなし
しろがねの衾
(ふすま)の岡邊
日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど
野に滿つる香
(かをり)も知らず
淺くのみ春は霞みて
麥の色わづかに靑し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ

暮れ行けば淺間も見えず
歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む 

   二
昨日またかくてありけり
今日もまたかくてありなむ
この命なにを齷齪
(あくせく)
明日をのみ思ひわづらふ

いくたびか榮枯の夢の
消え殘る谷に下りて
河波のいざよふ見れば
砂まじり水巻き歸る

嗚呼古城なにをか語り
岸の波なにをか答ふ
(いに)し世を靜かに思へ
百年
(もゝとせ)もきのふのごとし

千曲川柳霞みて
春淺く水流れたり
たゞひとり岩をめぐりて
この岸に愁
(うれひ)を繋(つな)



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秋の新聞週間



 新聞2紙を読むのに1時間ほどかかる。

よく1時間もかけるな・・・

そんな暇があるのか・・・

と思われるかも知れませんが、これは趣味のブログの「ネタ」が目的だから。


かなり以前は地元の山陽新聞だけを購読していたが、自分の考えとは違うことが多く、何か疑問に思っていた。


しかし、新聞を替えることはなかなか難しい。読みなれた新聞を替えることは家族の反対にも遭う。


今は朝日と毎日の2紙を取っている。どちらもリベラル系だが、来年の今頃は朝日だけにしていると思う。

毎日新聞の代わりに、東京新聞、沖縄タイムス、琉球新報のどれかのデジタル版を読もうと思う。多分東京新聞・・・。




晴天とら日和」というブログを知ったおかげで、それに出てくる政治ブログを読んでいるうちに、共感することが多く、いつのまにか、新聞記事と比較するようになった。


そして晴天とら日和のブログを読んでいるうちに派生的に、リベラル21、リテラ、阿修羅、週刊金曜日、澤藤統一郎の憲法日記、日刊ゲンダイ、ちきゅう座等を知り、それらも見るようになった。


ネットの政治ブログを見るようになってから、新聞記事はあまり信用できない、それだけを読んでいると知らん間に「誘導される」ということに気づいた。


新聞は「お高い(気位が高い)」から、つい、自分の信念が負けてしまう(新聞の方を信じてしまう)こともある。


新聞は2人の対照的な論客を出して両論併記したり、3人の識者を出して2対1にしたりする。見出しの書き方によってイメージが変わったり、韓国法相の記事をほとんど毎日のように書いて政権忖度をしたり、あれ?と思わせる人を登場させたりする。


新聞紙面は上層部30人ほどの円卓会議で紙面構成やどういう人物を配置するか、日々取り決めているのだろう。経営面の問題もあろうし、自民系、反自民系の力関係も紙面に反映するはず。


だから、新聞の政治経済記事はあまり信じていない。もちろん、産経、読売、日経は、はなから読む気がしない。


たまに銀行に行っても、地元の山陽新聞の他は読売か日経で、朝日新聞を置いている銀行は見たことがない。経団連だから・・・。


晴天とら日和、阿修羅、ちきゅう座等に出てくる記事を「9条護る1人1人の挑戦」に活用し、新聞2紙は「身辺」に活用し、それらがコラボしてくれて、政治のことが以前よりわかるようになった。


新聞1紙だけマンネリで読んでいたら、知らず知らずのうちに「誘導」され、頭の活性化にも役立たない。


インターネット記事だけなら、見方が一面的になると思う。


時間がかかるように思えても、半年ほど続けていると、最初の頃の半分以下の時間ですむようになる。


世の中の政治の動きを追っても1円にもならないが、自分の場合はネットの政治記事と新聞を、趣味のブログに活用することによって、「楽しめている」し、「社会への関心や興味の維持」に役立つし、ボケ防止にも役立つだろう。



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水と空気の問い


毎日新聞 10月14日 23面 川野里子(歌人)


台風が去った朝、これが本当に水と空気の仕業か、と驚く。瓦が飛び、塀が倒れ、公園の樹木がことごとく折れている。猛烈な雨と風、つまり液体と気体に襲われたのだ。

私たちの日常生活は目の前のコップ、窓の外のビル、自分の体、とみんな固体の姿を保っている。固体を信じ、固体から固体へと目を移すことによって生活は成り立っている。

しかしもしかするとそうした私たちの姿はかりそめのものかもしれない。

形代のごとく浮かべる自が影を見つめてゐたり秋の日の水に(伊藤一彦)

固体、液体、気体という物質の三態によって人間の歴史を眺める時、近代以降はいかにも固体優勢の時代であった。鉄道という鉄によって全国を繋ぎ、国土という土地を拡大し守るために戦い、コンクリートであらゆる場所を固めた。

しかし、振り返ってみると、近代以前は、海や川を使った水上交通が主要であり、天気予報がないから空模様をよく読んだ。つまり、液体と気体のゆらめきと不安定さに寄り添いながら生きていたのだ。

固体優勢の世界は、液体と気体の氾濫に弱い。気候変動などの環境問題は多く海と大気に関わる。国土などに関わりなく溢れ出ている。私たちは固体を中心にする思考に慣れ過ぎ、液体と気体を扱いかねているのだ。

あるいは人間の心にとっても固体優位の世界は硬すぎて辛くなっているのかもしれない。

逃げることがほとんど生きることなりき落ちて形のきれいな椿(山下翔)

液体のように流れ、あるいは気体のように気化して「逃げる」。そのようにして自分を守ることは一つの生き方だ。苦しい現実を背負う若者の一人として山下が見ているのは、固体と固体のすき間であり、そこをどのように変態して生き抜くかという切実な問いなのだ。美しい形を保つ椿が目に痛い。

台風はまたやって来る。水と空気からの激しい詰問のように。



不思議な、味のある文章だった。

固体、液体、気体という物質の三態・・・

近代以前は、海や川を使った水上交通が主要であり・・・

液体のように流れ、あるいは気体のように気化して「逃げる」・・・


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書かずにはおられない


こんなにとんとん拍子で進むとは、思いもしなかった。

最初の電話は10月に入ってからだったのに。

なのに、遅くとも来月頭頃までに移り住むと言われる。

そんなにフットワークが軽いのか・・・

まだ見ぬあなたは・・・


数日前に購入したという中古自動車で関東から・・・

まだ25歳のあなたが、婚約者といっしょに・・・


信じられない。

私の後を引き継いでくれる「農業後継者」として。


電話があった時、まず市へ電話して、農業補助金について聞いてみて下さいと話した。

確か、1ヵ月15万円、1年間に180万、7年もらえるはずだからと・・・

その晩に電話があり、補助金はもらえないと話された。

現在の補助金は、産地でも農業後継者がおらず、その産地を維持するために、外部から農業後継者を募集し、産地の農業を維持していくための補助金になっているらしい。

現実には、補助金をもらって就農してもなかなか続かず、途中でやめると補助金の返納を迫られるという。

これでは学校教育の奨学金と同じで、奨学金破産も考えられる。仮に3年間もらって止めると540万円もの負債を抱えることになる。


補助金は無理だとすぐに悟ったらしいが、25歳の彼はそれであきらめることはなかったようだ。

しかし、次にも大きなハードルの「住み家」という難問があった。瀬戸内市の空き家住宅情報を調べ、市の担当に電話してみることを勧めた。

その晩すぐに、1ヵ月家賃が4万円の物件を見つけ、ここはどうかと聞かれたので、我が家からは10分ほどだが、明日その物件を見て来るからと電話を切った。

賃貸物件の具体的状況を話しているうちに、ちょっと難しいと判断したらしく、今度は行政ではなく、民間の不動産屋で探してみますという返事だった。

翌日の晩にまた電話があり、1ヵ月3万円余りの物件を「これに決めました」と電話してこられた。

このスピード感は何だ・・・

ぼくの25歳と言えば、大阪で失業中で、夢遊病者のような日々だったが・・・


最初の電話から1ヵ月も経ない内に移住して来られるという・・・



ブログ内の農業後継者募集の記事を見て、これまでに20人ほどの問い合わせがあり、そのうちの10人ほどは実際に見学に来られたが、それ以上の進展はなかった。

しかし今回は立て続けに問い合わせがあり、もう一人の方は9月上旬に来られて田んぼ見学をして帰られた。ただ、その後の進展が少し止っていた。「住む家の問題」もあった。


ブログで農業後継者募集を始めた4年前、集落内で1軒の家を借りていた。家賃も安かったので、後継者が決まったら住んでもらおうと思い、農業仲間に見てもらったら、「まるで木賃宿」と言われ、後継者も1年内に決まらず、結局1年間だけでお返しすることにした。

1ヵ月の家賃はいかに安くても、年間にすればかなり高くなり、後継者が決まらないのに、家賃だけを払い続けることはできなかった。




今回の出会いが、お互いにいい出会いであったかどうかは、数年が過ぎ去って見ないとわからない。

当方の田んぼの近くに3反ほどを借り、当方の田んぼも1反余りを使ってもらい、独立採算制でして頂く。ぼくの技術力は乏しいが、初歩的なことは伝えれる。

借地はもちろん無料であるが、3つの機械だけは買ってもらおうと思う。そして3年以内に「当地での農業の継続は難しい」と当人が思われたら、8掛けで買い取りをさせて頂く予定である。
以下の3つの農具は2人で共有するのはかなり不便だから。
草刈機・・・約5万円
エンジンポンプ・・・約5万円
管理機(ミニトラクタ)・・・10~15万円

他の農具は鍬や鎌や収穫ハサミ等でいずれも金額的には大きくない。乗用トラクタは一緒に使おうと思う。


農業は頭で想像したりイメージすることと、実際に田んぼで身体を動かすことの間には、かなりのギャップがあると思う。

フットワークが軽く見えても、人生をかけて転身して来られるだろう。でもあなたは若い。仮に意に沿わなくても、次のステップにこの経験は必ず生きる。

私は66歳。末尾に6がつく年回りだから、自分にとっても大きな転機の年になると予感している。それが将来、あなたとの出会いがそれだったと言えるようにしたい。
 


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折々のことば


折々のことば 鷲田清一 朝日新聞10月14日

努力とは息をするように続けられること、無理をしないこと。息をすることです。
将棋棋士・永瀬拓矢

努力というとつい我慢や根性を連想するが、人の実力というものは「長いスパン」で見なければならないと若手の永瀬二冠(叡王・王座)は言う。短期的な成果を期待され、無理して踏ん張らないといけない時もあるが、本当のゴールはうんと先にあって、大事なのは継続だと。なんとありがたい励まし。


息をするように続けられること、無理をしないこと。・・・ぼくのブログはすでにそうなっているが、今年に入ってから加えた5つ目の「400字のつぶやき(身辺)」に手こずることがある。他の4つの更新は約1時間で終るが、5つ目に時間がかかる。しかし、さほど無理はしていないし(それでも体調が何度か崩れかかった)、そのための努力もあまりしていないので、「息をするように」簡単ではないが、多分続けれるだろう。




今日の朝日新聞の社説は「教員間の暴力(子供に顔向けできるか)」だった。
この事件は、この国のすさまじい「劣化」をかいま見た思いだった。それとも、たまたま表面化しただけで、日常的に行われているのだろうか。子供のイジメみたいに・・・。


加害側の4人(30~40代の男女の教員)は学校運営で中心的な立場にあり、発言力が強かったという。ものを言いにくい雰囲気の中で、経験の浅い若手への暴行が放置されてきたのではないか。問題の背景と構造に迫り、再発防止策づくりにつなげる検証が求められる。

・・・この現実は、「子供のイジメ問題」と同根であり、単に表面化していないだけで、多くの公立小中学校で日常的に起きている事態ではないか。

この国の政治の中枢がしていることと同じような、すさまじい、世の中の劣化を感じた。



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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