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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

カネミ油症事件  今年10月で52年



今日の毎日新聞11面に載っていた「カネミ油症事件」。

この記事を見てすぐ、15年ほど前の、この記事を思い出した。あまりに感動したので切り抜きして取って置いた。


2020-08-11 031 

カネミ油症患者 矢野トヨコさん

平穏な生活は、ポリ塩化ビフェニール(PCB)が混入したカネミ油を食べたことで一変した。40年以上前のこと。目やにや吹き出物がひどく、保険の外交員をやめた。

68年に政府からカネミ油症患者に認定。皮膚炎や乳がんなどに苦しみながら、認定を受けていない患者の発掘と救済に尽くした。

原因企業カネミ倉庫の前に座り込んで、患者への補償を訴えた。

北九州市の認定者検診の会場に乗り込んで、市幹部と直談判し、未認定患者でも検診を受けられる道を開いた。

「油症患者グループ」をつくり、夫の忠義さんと一緒に未認定患者を訪問して説得し、認定患者の数を増やしていった。

そんな運動に支援の輪が広がる。堀内隆治・元下関市立大学学長もその一人。「弁護士に頼らず動く自立の思想に感動した。夫婦の足になり、軽自動車で関門海峡を何度渡ったことか」

油症の主因は油中のダイオキシン類と政府も認めているが、かつては少数派だった。そんな中、独学で化学論文を読み、早くからダイオキシン説を主張。


文章教室に通って、原稿用紙2千枚に闘病や運動の体験をつづり、87年、なけなしの200万円で自費出版した。

10年以上たって坂口厚生労働相や環境団体の目にとまり、政治が動き出す。認定基準としてダイオキシン類の血液中濃度が加わった。だが、そのころ、がんが体をむしばんでいた。

闘う人生の原点は、若いころ前夫とともに働いた福岡県の炭鉱にある。経営者側による暴力支配に抵抗し、100日続いたストライキを労働組合の婦人部長として支えた。

ところが落盤事故で前夫を失い、子供4人と路頭に迷った。

それを救った前夫の元同僚の忠義さんと再婚。妻を支え続けた忠義さんは「僕はドン・キホーテを乗せて走るだけのロバ」と謙遜するが、見事な二人三脚だった。


やの・とよこ 10月18日死去(甲状腺がん)86歳




今読み直して感動を新たにした。


夫婦の足になって関門海峡を何度も渡った元下関市立大学学長の堀内隆治さん・・・

独学で化学論文を読み・・・

文章教室に通って、原稿用紙2千枚に闘病や運動の体験をつづり・・・

87年、なけなしの200万円で自費出版した・・・

10年以上たって坂口厚生労働省や環境団体の目にとまり・・・



落盤事故で前夫を失い、子供4人と路頭に迷った・・・

それを救った前夫の元同僚の忠義さんと再婚・・・

妻を支え続けた忠義さんは「僕はドン・キホーテを乗せて走るだけのロバ」と謙遜するが・・・

見事な二人三脚だった・・・




毎日新聞 8月11日 11面 一部抜粋


ポリ塩化ビフェニール(PCB)や猛毒のダイオキシン類が混入した食用油による国内最大の食品公害「カネミ油症」の発覚から今年10月で52年。2012年には被害者救済法が制定されたが、今なお認定のハードルは高く、患者の多くが取り残されている。


油症患者を診察してきた菊陽病院(熊本県)の藤野糺医師(精神神経科)は「時間の経過でPCDFが排出されたため血中濃度が下がった可能性があるほか、摂取量や排出機能に個人差がある。


血中濃度が低くても否定の根拠にはならない。現行の診断基準は厳しすぎるので、検証されるべきだ」と指摘する。


藤野医師は14年から長崎県五島市や北九州市、名古屋市などで次世代を含む未認定患者の健康調査を続けている。


幼少期に汚染油を食べた北九州市の女性患者は8回の妊娠で4回の流産や死産を経験。4人の子供は皮膚の色素沈着や倦怠感、頭痛など患者に多い症状があった。


また名古屋市の患者の子や孫には、永久歯の欠如や鼻血など出血が止まりにくい血小板無力症や、性器の先天異常があるといい「PCDFは母体から胎児への移行だけでなく、遺伝子を傷つけて子や孫に受け継がれている可能性がある」と見る。


水俣病の救済にも取り組んできた藤野医師は「水俣病では未認定者が残されているものの、約7万人が医療費などの救済を受けた。油症事件は汚染された地域の広がりを見ても、その比ではない。摂取した全ての人や次世代を調査し救済すべきだ」と強調する。


千葉県の認定患者の男性(58)は「カネミ油症は終わっていない。あらゆる化学物質があふれる今、真剣に向き合わなければ、同様の食中毒公害が起きかねない」と訴えた。



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9回出撃して9回生還した特攻隊員


2020-08-10 017
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佐々木友次さんは「体当たりしてこい」という命令に従わず、9回出撃してその都度生還しました。


なぜ、同調圧力に屈しなかったの。問いかける僕に佐々木さんは「飛行機に乗ったら何もかも忘れる」「練習したら鳥の羽みたいに自由に動く」と話してくれた。


「空を飛ぶ喜びを手放したくなかった」という強い思いが伝わってきました。


「これが好きだ」という根源的な感情へのこだわり。


それこそが、個人が同調圧力と戦い、生き延びる拠点になると思います。






同調圧力は、そういうことに「反対する気持ち」を持たない人には、何も感じないことだし、そもそも、同調圧力があることなど意識上にあがらない。

世の中には、常に強い流れの方につく人が一定数いて、そういう人は同調圧力自体を感じない。

学校や職場では、声が大きかったり、人をまとめたりすることが上手な人だったり、言い争う人や、腕力に強い人の考えに取り込まれることが多い。





職場ではそもそも、同調圧力という前に、物事が上司によってきめられてしまうことが多いので、組織に属していればそれに従わざるを得ない。

学校、職場、同好会、親睦会、地域のコミュニティ等、同調圧力を感じるとすれば、それぞれの組織によって「現れる形」は異なるだろう。





もし同調圧力を感じたなら、

真面目にとらえ過ぎずに、従ったり従わなかったり、臨機応変にする

はなから同調しない。言われたら言い返す

言われたら、ああそうですかと、表むきはわびる

そういうことにあまりとらわれない、自分の楽しみを持って忘れる

前川さんが言っていた面従腹背を見習う

現役世代は難しいが、還暦が過ぎる頃にはいつのまにか、同調圧力を感じても同調しない自分になっている。




8月10日 朝日新聞 18面 「文化の扉」

「特攻」生んだ思想とは

生還を期せず、飛行機や魚雷に乗って敵に体当たり攻撃する「特攻」。なぜ太平洋戦争末期の日本軍だけが、この特異な戦法を組織的に行ったのか。推進者さえまっとうな作戦と考えていなかった特攻の、思想的な背景を探った。


同調圧力 昔も今も 作家・演出家 鴻上尚史さん


特攻には、開始前から有効性を疑問視する声がありました。

それでも「日本を守るには特攻しかない」という空気ができると、強烈な同調圧力が生じ、逆らうと猛烈な叱責やいじめを受けた。

非常事態宣言や自粛がコロナ禍にどこまで有効か分からないのに、営業を続ける店がSNSでバッシングされるのと同じ。

日本型組織や社会は、昔も今も「構成員一人一人の命や生きがい、幸せを消費して存続する」という狂暴な面があります。

僕が『不死身の特攻兵』という本で取り上げた佐々木友次さんは「体当たりしてこい」という命令に従わず、9回出撃してその都度生還しました。

なぜ、同調圧力に屈しなかったのか。

問いかける僕に佐々木さんは「飛行機に乗ったら何もかも忘れる」「練習したら鳥の羽みたいに自由に動く」と話してくれた。

「空を飛ぶ喜びを手放したくなかった」という強い思いが伝わってきました。

「これが好きだ」という根源的な感情へのこだわり。

それこそが、個人が世間の同調圧力と戦い、生き延びる拠点になると思います。





「これが好きだ」だけでなく「自分はこう考える」でもいいし「自分はこうしたい」「このやり方を続けたい」「この方が将来的には正しい」など、強い自我があれば、安易に「同調圧力」に屈せず、必ずや、創意工夫する「対案」が頭に浮かんでくる。



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時間割のような日々



 一時下火だったコロナがまた増え始めたので、人と会うことを少なくしている。


時々会っていた人と会わなくなることは「疎遠」の原因になる。


しかし、コロナのことを考えると、やはり今は止めておこうと思う。


年齢も若くないし、若い頃のタバコの吸いすぎで肺に弱点があるので、万が一感染したら命に係わる。コロナごときで死ねない。



毎日が、時間割をこなすような日々になっているが、ここからはみ出す勇気はない。


農業に関しては10年後もできる「作付け量」を意識しながらしている。


イノシシやシカが出なかったら、もっと手間や時間を短縮できるが、減ることはなく増え続けている。


ただ、田んぼ全体の40アール余りを囲んでいるのとは別に、この春から20アールだけをもっと手堅く囲むことにした。


セキュリティを狭くすると、それだけ防御しやすくなるし、時間や手間も半分ですむ。これで気分的にも随分と楽になった。


10アールは草刈り場にして、草がかなり伸びてから敷き藁として使う。他の10アールほどは果樹を植えている。


30年前には、どんな農業になるか展望もできず、イメージもできなかった。そして案の定、あまり進歩もなく、大きな変化もなく、30年後を迎えた。


しかし、農業が嫌いになったわけではなく、今も楽しく続けれている。


農業を始めた頃には、イノシシやシカが出るなど、想像もしなかったが、17年後に初めて被害が出始めた。しかし17年という蓄積があったから、くじけずにその後も続けれた。


同じく17年後から始めたのがブログだった。イノシシが初めて当地に出現した1ヵ月ほど前である。



農業では大きな展開はできなかったが、ブログで、その後の人生に大きな展開があったと思う。


別にブログが人生を変えたというのではなく、ブログのネタのためにジャンルが増えていき、その一つ一つが、癒し(ハンセン病文学)や学び(護憲)や息抜き(BTS)や思考(身辺)に連なって、日々の充実になっている。


そして、コロナによる行動制限にも、あまり影響を受けていない。



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ロストジェネレーション・コロナジェネレーション



バブル崩壊後の10年間に社会に出た若者はロストジェネレーション(就職難民)と呼ばれるようになった。


年初めから発生したコロナがいつ終息するのか、しないのかわからないが、これから先10年間に社会に出る若者は(コロナ難民)と呼ばれるようになるのかも知れない。


コロナ難民の特徴は「人間疎外難民」とか「人間接触難民」だろう。


この世代は、人との親密な人間関係が作れないということに最大の特徴がある。


人と触れ合うような接触を避けるようにと指導されているから。


これから自分の人間性を形作っていくという10代で、こんな悲劇に遭遇してしまった。


これは当人にも、親にも大きなストレスになってしまう。


これをチャンスととらえたり、いい方に解釈することなど、とても考えられない。


人と触れ合うことが少なくなれば、ぶつかることも助け合うこともできない。そして十代の頃は特にそれが大切な年齢で、その年齢を過ぎて社会人になると、純粋な人間関係が作りづらくなるように思う。


まさに「人間関係が失われた世代」と、後の時代に定義づけられるだろう。




いわゆる青春時代に縁があった人と、今は誰ともつきあっていない。そして、一人一人の消息も全く知らない。彼らがどういう人生を歩んだかもわからない。今になっては、会わない方がいいと自分は考える。思い出だけを胸にあたためておればそれで十分だ。


しかし、その10代~20代初めの頃の人間関係が、その後の人生に大きな影響を与えたと思う。



コロナ禍が原因で、青春時代に人との触れ合いを制限しなければならないなら、一生の大きな損失になるだろうし、そのストレスによって精神の病を受けてしまう人もいるだろう。



青春期が戦争だった世代


就職時期が就職難だった世代


青春期がコロナ禍によって人との接触を断たれた世代



しかしこれは、考えてみれば3つとも「政治の成れの果て」ではないか。


韓国も台湾も、コロナによって青春の人間関係を奪われてはいない。


韓国も台湾も政治の力によって、コロナを制御し始めている。


ひるがえって、この日本はどうだ




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韓国と台湾



韓国の面積は日本の約4分の1で、人口は約5200万人。

台湾の面積は九州の面積と同じくらいで、人口は2360万人。



韓国併合は1910年

台湾接収は1895年



今、韓国とは険悪な雰囲気だが、それは現在の政権が原因であり、マスコミも追随。

台湾とは良好だが、それは相手が一枚上の「戦略的親日」。



どちらも民主主義の度合いに関して、日本をはるかに凌駕している。

コロナ対応に関しても、両国は世界の模範であり、日本は世界から嘲笑。



韓国と台湾はコロナを制して、来年には経済を再び上昇させるだろう。



韓国と台湾の「進んだ民主主義」を見習う必要があるが、日本のマスコミは、特に韓国の進歩的政策を記事にすることは少なく、記事にするのは韓国法相の問題だったり、徴用工の問題であり、韓国を悪者扱い。前者は三権分立がきちんと成り立っており、後者は韓国の言い分が正しい。



中国に対しては、日本は経済でお世話になっており、頭があがらない。表向きは香港問題に関して中国の対応を批判しているが。



韓国や台湾のレベルの高い民主主義がもし日本にあったなら、コロナ対応も違ったものになっていた。



今からでも遅くない。韓国や台湾にコロナ対応の「援助」をお願いするべきだ。



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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