FC2ブログ

あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

蜂数が満杯になっている2群

 
半径2キロエリアの蜜源は限られているから、10群以上になると、それぞれの群に分散され、蜜がたまるスピードは遅くなると想像していたが、逆に、蜜をためるスピードが速くなっている。


だから、当地での蜜源は10群は十分養えるということがわかった。


しかも蜂数が、どの群も多い。蜂数が多くなると、巣箱の外の壁面にたくさん出てくる。


1週間前に採蜜して1段をとり、1段を継箱した群が、1週間が過ぎたので、底板を掃除しようと開けたら、蜂が開閉扉付近にまぶれついて、早くも、掃除することが困難になるくらい蜂数が増えていた。


すでに2回の採蜜をしているので、これ以上の採蜜は考えられず、かといって、もう1箱補充して6段にすることはしたくない。


仕方がないのでこのまま、秋の彼岸が過ぎる頃まで2ヶ月間、見守るだけで、手の打ちようが思いつかない。



今までの例でいくと、蜜源が少なくなる7月、8月の2ヶ月間は一進一退を繰り返しながら、あまり巣が伸びないと思うので、今後はさほど伸びないと思うが、伸びてもどうすることもできない。


今後は未知との遭遇になるが、秋の彼岸以降に採蜜をしても、最下段には継箱できないと思うので、採蜜したところ(つまり最上段)に1箱を継箱するしかない。




5段の巣箱が「蜜でいっぱい」、「蜂でいっぱい」になったらどうなるのか。


7月10日に「夏分蜂」が1群であったが、今後は、「暑さ」、「スズメバチの来襲」、「越冬までの時間(日数)」を考えるとリスクが大きいので、もう夏分蜂はないだろう。


巣箱が蜂でいっぱいになると、底板は掃除がしづらいが、蜂数が多いと、掃除も自分たちでするので、さほど問題はない。


これ以上、蜂数を増やさない(女王バチが産卵を控える)ということでバランスを取るのか、あるいは、夏の時期は自然減少もあるかも知れない。


半径2キロエリアを生活圏として、すでに2000年以上、子孫を絶やさずに来た日本蜜蜂は、賢い生き物なので、無駄なことや無理はしないだろう。


毎日見回っているので、状況の微妙な変化もすぐわかる。


すでに5段の巣箱で、蜂数が満杯になっている2群は、今後の2か月、どういう動きを見せてくれるのだろう。



2030年 農業の旅→ranking



このページのトップへ

夏分蜂(孫分蜂)

 
029.jpg 033_20190712211154395.jpg

一昨日(7月10日)、午前9時10分頃、この群が夏分蜂(孫分蜂)をした。

農作業中、ミツバチの羽音が大きいなあと、巣箱のある方をみたら、夏分蜂が始まっていた。6月に2回採蜜をしたから、秋までもう大丈夫と思っていたが、その後も蜂数が増え続けて、5段の箱が蜂でいっぱいになったのだろう。


分蜂群は、この群がいつも蜂球になるすぐそばの木にとまらず、右の画像の高木のミツマタの箇所に止まった(家からデジカメを持参した午後にはすでにいなくなっていたので蜂球は写せなかった)。

6~7千匹の蜂球だと思うので、左の画像の元巣の蜂数は半減している。これで果たして夏越えができるだろうか。2日後の今日も、出入りは順調だったが。




昨日、この春に分蜂群が入居した同じ集落の人が「採蜜を手伝って」と言われるので、その人の友人を加えた3人で採蜜をした。


採蜜をしてもいいか相談された時に、今年入居した分蜂群だから、秋の彼岸が来るまで待った方がよいと話したが、すでに5段になっているし、蜂の出入りが大変多く、ここで6段にすることは、ぼくもしたことがないし、風で倒れる危険性もあるし、6段にするには、巣箱の頭上の木が邪魔をして太い枝を切る必要があったりして、採蜜をしても問題なかろうと判断したが、採蜜中に1つの巣が落下した。


大きな判断ミスだった。集落の人には申し訳なかった。とっさの判断で、最下段に継箱をすることは止め、採った最上段に継箱をした。これ以上巣箱を動かさない方がいいと思ったから。それでもすぐに、最下段の開閉扉のある巣門から蜜が流れ出したので、この群はもう駄目だろうと観念した。


ところが今日、この群を外から確認したら、まだミツバチがかなり出入りしていて、昨日は流れていた蜜も蜂が吸ったのか、きれいな巣門になっていた。あれ、大丈夫だったのか?と思ったが、明日3人で巣箱を持ち上げて、中がどうなっているか確認し、状況がよくなければ、この巣のキープをあきらめて、残りの全部を採蜜するように進言するつもり。




この2人に手伝ってもらって、昨日は山の自分の群も採蜜をした。この群も6月に採蜜をしているので2回目である。


今年は蜜蜂の動きが活発である。5月20日前後に入った2群はまだ3箱(3段)のままだが、出入りは活発なので、夏越えできそうな気がする。


今年入居(または捕獲)した群のうち、すでに2群が5段になっているが、集落の人の今日の採蜜結果をみて、仮に巣が底板にとどくほど伸びても、この状態で9月20日頃まで待とうと思った。6段にはしない。


なお、10日ほど前に元巣3群のうちの1群が逃去した。中を確認したら、スムシがまん延したことによる逃去だった。それでもまだ10群をキープできている。



2030年 農業の旅→ranking



このページのトップへ

ヤギがいた頃



ヤギが生きていたら・・・今のような生活にはならなかっただろう


ただ、なんとなく飼いたくなって・・・日本農業新聞でヤギがブームの頃だった。


ブログのネタにという安易な考えで


しかし、こんなに振り回されるとは思わなかった。


56歳から6年間、62歳まで。


オスの銀ちゃんは4年4ヶ月、メスのラムちゃんは6年だった。


かなり費用もかかったし、かなり時間もとられた。ペットを飼うということはそういうことだった。


亡くなった時は悲しかったが、2頭ともいなくなって、しばらくすると、ある種の解放感も感じた。とてもかわいい家畜だったが、意識下で大きな負担になっていたことに、亡くなってから気付いた。


銀ちゃんとラムちゃんは50代後半のぼくを振り回して支配した。でも、亡くなった時の銀ちゃんの目(顔)がほほえんでいたので、その頃の全てがいい思い出となって残った。


大きな癒しにもなっていた。ヤギがこれほど賢い動物だとは知らなかった。


だからもう、ペットは永遠に飼わない。


ヤギが待っているから、田んぼに早く行こうという日々が、結果的に6年続いた。それが途切れたから、他のことに時間を費やす余裕ができた。


ヤギには感謝の言葉しかないが、生存中は、自分の人生も動けなかった。


飛躍できなかった農業だったが、ヤギはぼくの農業史の一時期をいろどってくれた。




ヤギとミツバチがともにいた時代もあったが、その頃のミツバチは、ぼくの経験不足でなかなか夏が越せなかった。秋が来た頃には毎年のように消滅していた。


だから今の11群は奇蹟のようである。ミツバチにはヤギとはまた違った癒しがある。


どういう違いかは、自分の中でまだ「おぼろげ」で、言葉であらわせない。


ただ、ヤギと同様に、ミツバチが待っているから田んぼに早く行こうという日々になっている。



2030年 農業の旅→ranking




このページのトップへ

蜜をしぼった


雨が期待したほどには降らなかった。降らないより「まし」な程度だった。 

それでも小雨が降ったり止んだりだったので、3日前に採蜜した蜜をしぼった。


IMG_1598.jpg IMG_1604_20190528202424ca2.jpg IMG_1603_20190528202423048.jpg

百均で買った8リットルのバケツを6個置き、同じく百均で買ったザルをのせ、ネットで買った「オーガンジー」という蜜をたらすポリエステル100%の生地を置き、その上にナイフで切った蜜蓋を置き、蓋をナイフで切って蜜をたらす。1時間ほどかかった。時々、ナイフや箸、フォーク等で天地返しをしながら3日ほどかけてバケツにたらし、タッパに入れて冷凍保存をする。しぼりかすは「ミツバチの給餌」に使ったり、冬の「ダイコン漬け」に使っている。


これは3つの元巣のうちの1つだが、残り2つの元巣は今朝、底板を掃除するために開けたら、巣くずがかなり落ちており、どちらも3段め(上から下に)までしか巣が伸びていなかった。


しかし3群とも貯蜜に関係なく、5回の分蜂をしたと思う。


分蜂の前には、女王蜂の産卵がすさまじく、一気に蜂数を増やす。4~6千匹の蜂が1日置き、もしくは連日に5回分蜂すると、1つの元巣から2万5千匹ほどが飛び立っていく。


元巣2群の貯蜜が少なかったのは、昨夏、相当量の「巣の落下」があったからで、落下にもかかわらず、なんとか持ち直し、生き延び、越冬して分蜂してくれたことは、大変ありがたいことだった。


落下した巣は、最下段(継ぎ箱の半分の高さで7センチ)の開閉扉を開けて引きずり出し、容器に入れて元巣の前に置き、夜間は物置にしまって早朝にまた出してを繰り返したら、4日ほどで大半の蜜を巣に持ち帰った。大スズメバチがまだ少ない時期(7月末頃)だからよかった。




2030年 農業の旅→ranking



このページのトップへ

ミツバチの見回り


土曜、日曜のない生活を長くしてきたが、それが苦にならなかったのは、農業に「遊び」の要素が多いからだろう。


単一作物ではなく、少量多種類を作るという農業形態も「遊び」の要素が多い。


ニワトリやミツバチも気持ちを和ませてくれる。


だから、田んぼと家の単純な往復の日々でも、毎朝、田んぼに行くのが楽しい。


野菜を見回り、ニワトリに餌をやり、ミツバチの様子を見回る。



自然界においては、ミツバチは分蜂しても25%しか翌春を迎えることができないのではなかろうか。だから4回分蜂すると1群だけは残って、それを繰り返しながら数千年の歴史を刻んできたのだろう。


ミツバチを飼う人がこんなに増えたのは、ひとえに「ネットの普及」の影響だろう。誰でも簡単にミツバチ(日本ミツバチ)が飼えるということがわかった。


自然界では25%しか生き残れなくても、人の手が加わることによって、50~70%に生存率がアップすると、「過密」のような状態にもなる。


ある一種が増えすぎると、自然界ではバランス機能が働いて、たとえばミツバチを餌にする大スズメバチ等が増えるだろう。


現在11群いるが、ぼくの手が加わる(定期的な掃除や、スペースを広くする継ぎ箱、大スズメバチの撃退、蜘蛛の巣払い等)ことによって、70%の8群前後は翌春を迎えることが出来るだろう。


そうなったら、自分の所ではこれ以上は増やせない。2キロ以上の遠方にピューンと一団で飛んでいってくれたらいいが、今まで見て来て、そういう移動の仕方はなくて、ゆっくりゆっくり円を描くような形で移動していくので、遠方へ行ったとは、とても思えない。


ただ、そうやって去って行った分蜂群は、人の手が加わらない限り、25%ほどしか残らないと思うから、当地周辺で蜜蜂密度が高くなるという心配は、さほど気に病む必要はないかも知れない。



11群もいると、見回りは本当に楽しいので、農作業の時間を侵食している。


いろんな人の援助があって、理系センスゼロの自分が、文系センスだけで飼うことができている。


あなどるなかれ・・・。農業も、ニワトリも、ミツバチも、亡くなったヤギにおいても、文系センスなしでは、うまくいかないだろう。




こんなにミツバチが増えて(増やして)、来春はどうしようと考え続けているが、杞憂に終ってくれるかもしれない。

自然界はある一つの種をその地域の限度以上には増やさない力が働くのではないだろうか。




2030年 農業の旅→ranking






このページのトップへ

プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最新記事

最新コメント

カテゴリ

カウンター

QRコード

QR

検索フォーム

月別アーカイブ