あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

沖縄愛楽園  平山壮一さん



真心に看取りてくれし看護婦は免許なきゆえに解任されぬ




吾がいのち洗わる如し癩園を出で来て那覇にバスを待つ時




みにくくなりし子の現身を知らずして逝きにし母は仕合わせならんか




職員対入園者の激論を録音に聞きつつ老人がおろおろといる




胸の中に煮えたぎるなり吾が怒り瀬長追放の弁務官布令



平山壮一さんの略歴
沖縄愛楽園『蘇鉄の実』(1965年)


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沖縄愛楽園  南 真砂子さん




癒ゆる日に履かむと云いし短靴も納められたり君の柩に




「下車してはならぬ」条件にH氏病児等の見学旅行はついに許可されし




母となるを許されぬうつそ身をうべなひて醜き病の吾は
(うべなひては、肯定する、うなずくという意味)




吹く風にしきりに鳴れる盲導鈴の寂けき音に秋も更けゆく




木麻黄の秀の上の淡き暁の月炊事部員集合の鐘を吾が打つ




炊事夫におし唖者も交りて賑へる昼ひとときの仕事たのしも




掬ひたる砂利を掌に朝明けの静けき浜を歩みかへしぬ



南 真砂子さんの略歴
沖縄愛楽園。『陸の中の島』(1956年)『蘇鉄の実』(1965年)



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沖縄愛楽園  平良栄輝さん



めしい我が使い古せし竹杖を菊のささえに君が使いぬ




ベトナムに危機迫りしか夕闇の空に激しく飛行機のとぶ




暫くの命と思いて始めたる聖書を読むも二十年経ぬ




近づきがたく思い居りたるシスターも逢う度ごとに親しみの湧く




階段を盲杖でさぐり登り来て奥の慰霊塔に君とぬかずく



平良栄輝さんの略歴
『蘇鉄の実』(1965年)



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沖縄愛楽園  翁長 求さん



拇指にのみ残る知覚に伝い来る地のぬくもりは吾驚かす




鉢植の柘榴ざくろ円い実をつけて少女のごとき輝きもてり




注射器を逆流する血潮真紅なり遠からず吾に癒ゆる日のあり




残る五指を大事に守る明け暮れをも病魔はのびて知覚薄らぐ




屋我地浦に秋立つ早し望郷の思い日毎に深まりゆくも



翁長 求さんの略歴
沖縄愛楽園。『蘇鉄の実』(1965年)




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沖縄愛楽園  春山行夫さん



私達は生きてゐるのだ納得のゆくまで話さうアメリカ軍に




住民の生の立証を米軍は共産分子の煽動といふ




伊佐浜や伊江島の軍用地問題で沖縄人も強くなりたり




眼光の鋭き鶏がやわらかき卵を産みて食べけり今日も




秋にならば水門に一日を遊ばむと思ひゐたりし秋は来にけり




鶏を飼いそめし日より仮名文字に妻が記せる卵の日記




オフ・リミッツの柵へ入りて屑鉄を拾いし女射殺されたり




癩癒えて明日帰りゆく正男君と写真撮る丘に百合そよぎおり




喘ぎ喘ぎ段畑へ水を運ぶ吾に米軍演習が雷鳴に聞ゆ




麦の穂のはらむも胡麻の花咲くも療園にいて八年も見ず




新聞紙に硬貨丸めて手の悪き病友ら午後より髪刈りに行く



春山行夫さんの略歴
大正11年生まれ。昭和13年沖縄愛楽園入園。「アララギ」「樹木」所属。昭和46年没。『陸の中の島』(1956年)『蘇鉄の実』(1965年)『地の上』(1980年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在65才、農業歴29年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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