さようなら
━━失格者のノート
━━空をいただいた山なみ 笹舟にメルヘンをながした小川 土橋 校庭の大欅 机のらくがき わたしのいのちとともにあるふるさとのすべてに
母にさえ ひとりこころに言わなければならなかった
「さようなら」!
あなたを そしてわたしを 生かしてくれたひと言
━━あのとき
あなたに 祈るように言った
「さようなら」!
「さようなら!」
行くことも
会うことも
あしたも
わたしに ただひとつのこされたことば
「さようなら!」
わたしの
生きるしるし━━。
切断した左足の葬いの日に
ひとすじのけむりになり
日かげに透き
そらにとけていった
わたしの片足
やがて 日かげのなか
ふるさとにつらなる空のなかから
すきとおるあおさと
あふれるひかりをあつめ
わたしのなかにかえってきた
しきりに ふるさとに近づくおもい
わたしのなかに
そらのあおさがあふれ
ひかげのあたたかさがみち
ふるさとは ひろがり ひろがる。
日記
━━1947年最終の記
━━1947年最終の記
しびれ くずれた わたしのししむらに あと数分で 又年輪がくい入ろうとしている おいつめられた わたしのこころを過去へ 必然へ 容赦なくきざんでゆく 振子のおと
━━きずついた童心をいだき 鉄の車に身をゆだねた・・・ あれから まる十一年 うしなった知覚 切れた指 くずれていく人のかたち ひとびとのことばが 音になって過ぎ わたしは いつのまにか ことばをうしなっていった・・・
ふるさと━━ それは ゆめにのみおとずれ 次第にふかく はっきりと わたしのなかにはきざまれてゆくものの うつつには あの星座より遠く
━━この夜半を ひとり聴入るふりこのおとに
ひしひしと 胸奥ふかく沁みこんでくることば
南のふるさとの島へ帰った友が わたしの手をみながら たわむれに言った
「こりゃー君 にんげんの手じゃないよ━━ハハハハハ・・・」
手だけではない もう手だけではないのだ いま居たら言ってくれるかもしれない いや わたしは言ってほしい
「いったい 君は にんげんか!━━」と。