告白
冬のある日 僕は久しぶりに不自由舎の友をたずねた
習慣は申し合わせよりも確実に
座る場所がきまって火鉢を囲んでいた
当てこみをねらってラジオは 李ラインの街頭討論をはじめた
━何という政府の無策だ
━おれたちはめしを食わねばならんのだぞ
どうしてくれるんだ
━あくまでも話し合いでいくべきである
━なまぬるいぞ 相手は機銃を持っているんだ
━何のための自衛隊だ
僕らもささやかな意見を交した
「機銃ときくと ぞーっとするね」
「米 日 韓のなれあいみたいだ」
「これじゃ 漁民もうかばれんなあ━」
「そのうしろで 再軍備ときやがる」
それみろ! 熱中した討論から抜け出てきた自衛隊機が
何回も僕らの会話を巻きあげていった
漁民の怒りの背後で拍手しにんまりほくそ笑んだ顔が操縦していた
退屈の灰をかぶっていた炭火がかーっとおきてきた
いきなり 一人が言った
「支那で二人の女をはずかしめたことが こんなになってみると 耐えられない気持ちになることがあるよ」
僕ら四人を同じ速さで貫いた
友はそれっきり黙った
僕は激しくゆさぶられながら 何かを言わなければと思った
「それ以上の ひどいことをやった人間が多くいるんだ 勲章のかわりに」
僕は本質的でないことを言ったことに後悔した
息子が二人いながら、二人とも病気になって・・・
兵役免除の手続きを療養所でした日
親父の手紙を読み返して 僕は涙を流した
軍人と正反対の位置でゴクツブシで生かされ
そして みんなと同じように信じていた
存分に ファシズムに染まる可能性があった
僕はいま光を拒んだ友の眼の暗い深さに
無償のまま這入ることは出来ない
涙腺をおかされていつも濡れている眼は
すばやくかすめるものを映すことはないが
むしろそれで 内部に向いたレンズは
内部の悔恨の油絵を鮮やかに映すのだろう
いつも膝の上に用意しておくタオルで友は眼をこすった
もう一人が語りはじめた
「中支だった 前の部隊が一部落の住民を皆殺しにしていた おれたちの部隊はそこに休憩した しばらくすると どこにかくれていたのか たしか 七つか八つぐらいの男の子が生きていて 道に横たわった死体を覗きはじめたんだよ」
第一機関銃撃てっ!
・・・・・・・・・
「おれは撃たなかった 撃てなかったね」
子供は 殺された親や兄弟たちを探した
一つ一つの死体を覗きこんで確かめた
撃てっ! 早く撃つのだ 撃てー!
・・・・・・・・・
「それでもおれは撃たなかった」
子供はようやく親を見つけた
引っぱる 動かぬ
人間は死ぬと重い
死体と死体にはさまっている
引っぱる 引っぱる 動かない
子供は狙われていることを知っている
みんな殺されたのだから
子供は 死んだ親の重さの中に自分をみた
撃つのだ 何をしとるか 命令だ!
「いまになっても 命令という言葉にどきっとするよ」
それは 血を吸い いのちが灼ける匂であった
「撃ったのか?」
「うん そのときほど おれはおれの眼を信じようと思ったことはなかった」
弾丸は正確に飛び
死体が少しずつ動いた
子供はこっちを向き ほんのしばらく睨んでいたが 逃げ出した
死体をよけて走るのがもどかしくてならない
「おれは 子供が走る速度に合わせて 一定の間隔をおいて撃った やがて道を曲ってかくれたよ」
角膜を覆ったすりガラスのような白い膜の厚みにあえぎ
僕は子供といっしょに逃げていた
━道を曲って━
まだ 遠いひびきではない
だまされやすい僕らを埋め
踏み固めた日は
侵略戦争で女をはずかしめた盲人の友よ
そして子供を 救った盲人の友よ
その時代に 僕らの肺には青空がなかったのだ
やすやすと応じた献血のからくりを
解く距離に
自分を映すひかりを持たなかったのだ
長く長く風の方向が狂った季節であった
もう 告白することはないか
忘れるためでも 気持ちを軽くする操作でもない
自らを告発することでなければ
あやまちは 犯した同じ土質で生きつづけるだろう
人間に叛かれて 関節をはずされるように
一つ一つを奪われて生き残り
きょうをらい園に生きる意味を
そのことに移さねばならぬ
支那は中国に変った
中国は近いが遠い
故郷にさえ自由でない僕ら
許可制で檜垣を出ると
海上自衛隊鹿屋飛行場の有刺線が皮膚を引き裂き
長い海岸線は太平洋のむこうに媚態をくねらせている
僕らにもわかる
海が山一つむこうの海岸に波打っていることを
この屋根の上の空が一つであることを
近いものは近くに 遠ければ近づく行為があり
こがらしに顔をむけると もう匂ってくるものがある
「きっとその子供は たくましい中国の青年になっているだろう」
僕は 三つに切ったバットをキセルにつめ
火をつけ 口にくわえさせた