あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

菊池恵楓園  山本吉徳さん(1)



日の光の入らぬ左眼の諦めがたく日の照る窓に寄りて試む




芒の穂も曼珠沙華の花も咲きたらむ歩みてみたし虫の鳴く野を





月の出を知らせる妻の声につれ仰げどわれの眼には入りこず





めしひたる吾をいざなひ歩みくるる腕より妻の温み伝はる





堕したる吾子は七つになるべしと妻と語らふ癩の病舎に





治癩薬ただのひとつも受けつけぬ崩えゆく吾が身を呆然と撫づ




病む吾とみまもる母の乗りたれば客車の扉に錠下ろされつ




わが育ちし村の人等のごとく崩えゆく吾を家を避けにき




療養所に行くわが自動車に縋りつき泣きくずれたる祖母よいま亡し




崩れゆく病の父を連れ母は四国巡礼に出でてゆきにき



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菊池恵楓園  入江章子さん(7)




わが内の声を写せといふ言葉あり乏しきわれを真夜になげかふ




澄み果てし空にむかひて歌うたふ処女の一群あり枯原のなか




ねむごろに見舞ひの言葉のべ草葉厚相は予算削減の事実にはふれず




病む父のことにて争ふ祖母と母をかなしみ記す姪の日記は




吾ら夫婦に子供のなきを姪ら問ふ一夜泊りてしたしみしとき




己れより出でし汝の病と嘆きゐし父の亡きことも今の救ひか




看護りあふといふ言葉美しければにくみあひまた苦しみて守り来りぬ




瓶にさす柳の枝の蓑虫の生きゐて或る夜蓑のまま這ふ




入江章子(吉村章子)さんの略歴
大正11年三重県上野市生まれ。昭和15年三重女子師範在学中に発病。長島愛生園に入園。「萩の花」に参加。戦争中は退所して軍需工場に動員。昭和20年再入所。昭和24年菊池恵楓園に転園。伊藤保、津田治子らと出会う。「檜の影」「アララギ」入会。昭和27年入江信と結婚。昭和33年吉村章子の名前で「未来」に入会。長い空白の後、入江章子名で「未来」再入会。「牙」に参加。昭和57年度「未来賞」受賞。
森岡康行は実弟。『菴羅樹』(昭和26年)『陸の中の島』(1956年)『海雪』(昭和35年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『青天』(昭和62年)『辰砂の壺』(平成11年)



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菊池恵楓園  入江章子さん(6)



病みしより名を変え素性を秘しきてかくしおおすか米寿の爺は




襖越しに死んでくれよと長兄の言いいし声の耳を離れず




小学校卒えしばかりに家出づるを隠れ見送りいしははそはの母




徴兵検査の前に戸籍を移したりみずからのため家族らのため




らい予防法の象徴たりしコンクリートの壁を壊すと鉄球打てり




叫びたき思いに堪えて口つぐむ帰還兵君の長き沈黙




ビルマ戦線より辛うじて生還せし兵のやがて自裁す十年を経て




骨になりても帰りたしとは思わねど死たる後は後のことにて




味噌汁に浮かす青葱刻むとき嗅覚薄るる君を哀しむ




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菊池恵楓園  入江章子さん(5)



みずからを死にそこないと思う日に隣の猫が覗きて行けり




髪白くなりし頭を包まむか帽子をもとむ余るいのちに




人よりも少しおくれてわが拾う骨が鳴るなり壺の中にて




キリシタンにあるもあらぬも天草の一揆は興るべくして興る




治療薬プロミンが世に出でしより法改正を待ちて四十年過ぐ





形骸化せしと謂えども法は法にてこの四十年われの四十年




老い迫るこの年ごろにようやくに解き放たるる囚人に似る




隔離さるるこの身がときに療園の秩序乱すと追放の罰




名のなくて花の絶えざる一揆の墓祖母は拝みき行きと帰りに




老母の背を擦るに背の骨の五番目あたり尖りて曲がる




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菊池恵楓園  入江章子さん(4)



アメリカの新薬プロミンを試むと若く気負いきかの日日の君




青芝のこの丘に来て鼻欠けの石人とわれ風に吹かるる




抱き起こす君の背中の薄くなり手応え軽し昨日より今日




じっとりと額に汗のにじみおりいのちの際のうつしみの汗




喉に詰まりし餅のとれて小康の芝精あわれその夜半に死




木の陰に憩えるごとく置かれいし自動車の中にて男自裁す




閃光のごとく浮かびて失せたりし短歌の初句の再びは来ず




土屋文明の短冊一葉歌びとの亡き幾人の手を経てここに




この夕べ巷の音にまじりゆく托鉢の鈴ひとつ澄みつつ




おさな子が夢より覚めて涙ぐむ小さき宇宙をいだきはじめり


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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