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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

菊池恵楓園  水原 隆さん(2)



秋雨にこもりて一日暮れにけり母のたよりの今日も来たらず







ついにかも母に逢ふべき時なくに我が眼の病極まらむとす




朝朝はつとめて床を上げにけり病に勝ちて生きなむ我は





死にゆきて来む世は知らずうつそ身の生くべき道は歌にしありけり





すこやけき人は踊らむこの夜らのあまねき月の光めでつつ




盆踊りゆ夜更けて帰る若者か吾が井戸の水飲みてい行くは




音聞きてのみ詠みし吾が歌しみじみと読みかへしつつ涙いでたり




たまに来し女の友ゆ首にさぐる十字架の紐をなひて貰ひぬ




老いらくの母を思へばいま一度うつそ身の病癒えたかりけり




臨終の吾を取りまく人中に母もいませりきぞの夜の夢



2030年 農業の旅→ranking 
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菊池恵楓園  水原 隆さん(1)



雨のまま夜となる窓の花明り庭の桜は今盛りなり




かやつりて灯影小暗き部屋隅の障子ほのぼの月明りすも




月は今登るとすらし遠山の山のふくらみさやに見え来も




臥りつつ見ればさびしも枕辺の十字架の像に埃して居り




外つ国の若き尼僧が語りますやまと言葉のしたしきろかも




塀外の石ころ道を此の夜ふけ馬車はわだちの音立てて行く




歌を作り心和みし此の頃や我に生きたる験ありけり




電燈の紐を伸ばして春の夜を読書にふける友のありけり




ふくろふの鳴く声真似て裏道を子等帰るなり夜学果てけむ




野を広み子等が遊びし草の中にぬぎ忘れたる小さき下駄かも



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菊池恵楓園  野添美登志さん



ところも名も秘めて果つるを希ひたりき遍路となり巷に物を乞ひつつ





あはれみて吾れを泊めたる親が子と諍ふをききて一夜やどりき






薬瓶の名札もいたく古りにつつ友の枕辺に幾つならべり




金にかかはる便りは寂し兄は歌をブルジョア―の文学と言ふ




うとましき体の臭ひの部屋ごもる床に樟脳は白く撒かれぬ




吾ありて嫁ぐ日もなく妹が身をしひたげてゐる便り手にあり




いのち死して吾に果すべきことと思ふ解剖承諾書に吾が名をしるす




なげうちしものの破片をひろいをりひとりとなりし部屋の畳に




感じやすくなりにし眼いたはりて幾度か眼鏡の色をかへにき




睡蓮の花弁とづる寂かさよ死ぬと言ふことを率直に思ふ




遠き国にゆくがに思ふ不自由舎に移りゆく日の荷を作りつつ




熱のなき二時間ばかりが稀れにありてその一日がいたく和まし





野添美登志(野添美敏)さんの略歴
明治38年熊本県葦北郡の中農の家に生まれ、10歳で発病、17歳で四国巡礼のあと大正13年九州療養所に入所。
石川孝と交わり「アララギ」に入会。土屋文明に師事。石川孝がアララギ入会を希望したが会費が払えないのをなげいた時、野添が土屋文明に、一人分の会費で二人の歌を投稿する許可を得たエピソードを加藤七三が「アララギ」25周年号に紹介している。昭和14年4月23日没。享年35。『檜の影』第二集(昭和4年)『九州療養所アララギ故人歌集』(昭和15年)『菴羅樹』(昭和26年)『三つの門』(昭和45年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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菊池恵楓園  新開玉水さん(2)

 

弟が十三年振りに逢ひに来る病む身見するをすまなく思ふ




聖書読むは死に行く身の準備かと友らはこともなげに言ふかも





つぶれむとして残りをる我の眼に朝の冷たき光さしこむ




このままに病み臥る日の長引けば心疲れて立つ日のなからむ




あこがれの大東京の書籍町神田の町を歩きたかりき




ゐざりつつ厠へゆけば尻痛し外は霰の静かに降れり




眼帯をかけるも忘れしばらくは視力なき眼に室見てゐたり




暑ければ先生に言はず目に巻きし繃帯解きて安らひにけり




注射器の中にかたまる大楓子油霜しるき朝を身に射しにけり




今朝早く掃きたる道に落葉散りて我を背負へる友が踏みゆく




新開玉水さんの略歴
明治40年、熊本県玉名郡に生まれる。幼くして発病。回春病院に入院。ハンナ・リデルの感化でキリスト教に入信。失明。昭和11年8月九州療養所に入所。昭和9年アララギ会員。結城哀草果に師事。享年31。『菴羅樹』(昭和26年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


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菊池恵楓園  新開玉水さん(1)



正月を前にせはしき母をおもへど帰りがたかる我病ひかも






眼の見えぬ我に向ひて電灯を消すよと言ひて友はいねけり




桃の節句今日も工場に糸つむぐ妹思へば病む身嘆かゆ




病む友の弱れるさまに我の眼の痛み去りしは語るをさけし




部屋隅につき当り落ちしかがんぽが動くを聞きぬ目見えぬ我は




事なげに醜くくなるを語りゐしことの淋しさ病重りて




土踏みてあゆみたきかも三年半はかずにおける靴のあるなり




父逝きて三年も経ぬに母そはも吾に知らさず逝きて居たりし




伊藤保が松葉杖つきたづね来て菜畑檜山のありさま教ふ




病める身を死にての後の解剖にのぞまれしかばうなづきにけり




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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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