憂愁の影
私の心の片隅から降り出した雨が果てしなく広がってゆきます
憂愁が鉛の重さでのしかかるのです
虐げられた悲惨な生活を閉じたものの激しい憤怒の怨霊が
青白い天井にしがみついています
空腹な悪魔が浄土の美名で誘惑するのです
恐しく灰色な時間です
S0Sを発信しても 誰も受信してはくれません
救助に価するもののみが受信されるのです
そのような日には
忘却の河に追憶の花弁を拾いにゆくのです
(1953・6)
ピエロの歌
道化た仕種で 今日も漸く幕が下ろされました 恐しく長い時間です
こんな処で まともに前途を考えていたのでは自殺があるばかりです
時折訪れるものは
ワンダフル! を連発しパラダイスの印を押して帰ってゆきますが
再び訪れるものは稀です
人間は他の不幸を察する能力を持たない最も愚鈍な動物のようです
或は知らぬ振りをする最も冷血な動物かも分りません
それとも 四囲が黒い壁に囲まれて陽光も届かないので
暗中で七色の幻覚に陶酔っているのかもしれません
眼が馴れれば直ぐにお分りになる筈です
私は平静を偽装うピエロです
今日も一日悲哀をじっと噛みしめて踊り疲れました
やがて 私の上に死の幕が静かに下される時
冷酷な人間共は窃かに乾杯するでしょう
その日まで
私はピエロの歌を唄い続けるのです
それは私に与えられた唯一のレジスタンスでもあります
(1956・5)
山本巌(桜井学)さんの略歴
1926年11月3日愛媛県に生まれる。1942年7月広島逓信講習所を卒業し、下関電信局に勤務。1944年5月海軍飛行予科練習生として入隊。1950年8月大島青松園に入所。1988年頃から「青松」に川柳を発表。全身の衰えにより長文を書くのがむずかしくなり、唯一川柳に熱を入れていた。川柳句集『試歩の道』(桜井学著 1990 私家版)、『冬の月』(桜井学著 1993 私家版)。