あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

大島青松園  塔和子さん


口紅のやや濃ゆ過ぎしと思ひつつときの間浮かぶ君の眼差し




でんでん虫が角長く出し憚るなき姿態を晒す八ツ手葉の上




四畳半に机を二つ並べ居り互ひに甘き夢を持ちつつ




陽盛りを車曳き居て噴く汗に吾が肉体の清きを信ずる




吾が留守の今宵を独り寝る
にシーツま白き蒲団のべおく

(塔和子さんの方が有名ですが、夫の赤沢正美さんも特に記憶にとどまっている歌人です)




美容師にカットされたる我の髪やや艶めきて床に散らばる




侵されて畸形に見ゆる鼻の先我の化粧は何の為にする




癩病みて島に来ているだけのこと縹渺として初夏の空澄む



以上で塔和子さんのご紹介を終わります。ハンセン病文学全集に載っている3分の2ほどを紹介させて頂きました。残りは、自分には理解できなかった箇所があり、割愛しました。塔和子さんの短歌はあまり掲載されておらず、大部分は詩です。

塔和子さんの詩は現代的と思いますが、技巧的な側面も目立つような気がします。代表的な詩はどれですかと聞かれると、すぐにこれだと言える詩が思い浮かばない。

自分にとっては、多くの癩詩人のうちの一人です。


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大島青松園  塔和子さん





手のひらをひらくとなんにもない

無いことは無限に所有する可能性をもつことだ

幸も

不幸もこの手がつかむ

いつも

無にしていよう

無にしている手の中へは宇宙の翼

もっとも大きな喜びが乗る

私は無から生まれた

だから無はふるさと

いつもはじまるところ

朝の光よ瞬間瞬間の生の切り口よ天に吊るした希いよ

私が

手のひらをいつまでも無にしているのは

あなた達のため

ああそして

私の手のひらは生きるよろこびでひとときふるえ

すべてを無にして

また差し出すのだ








記憶


呼びおこそうとすれば

いつでも新しく浮かび上がってくる記憶よ

鼻や目や手が覚えている

古い一枚の画を

再び描き出すのにはなんの苦労もいらない

人に記憶という

こんなすばらしいものを与え給うたものよ

私はその神聖な鏡を

日毎夜毎磨いてくもりないものにする

だからいつでも

目の前に起こっていることのように

鮮明に私の記憶は描き出される

そして

春の日溜まりに

思い出を飼いならしてうずくまっている老人のように

うっとりと

それを眺めて暮らす日の多いこの日頃を

ふっと

考える







触手


あの夜もしあなたが一錠の避妊薬を飲んでいたら

私は産まれなかった

この明るみにいるものは

あなたの受胎ののっぴきならない結果

母よ

あなたの夜の満干は

私の生のよろこび私の生の不安

受胎の前の混沌につるされて

ゆれる不安とよろこびは

巻付く高さをさがす朝顔のふるえる触手そっくり

あの夜もし

あなたの夫が不在だったら

私は産まれなかった

父の精液の中を浮遊して流れたであろう私が

いまここにいる

肉体として形になったばかりに

あなたを母と呼び父を父と呼ぶ

いじらしい関係ははじまって

皿に盛られた赤いトマトを美味しいと思い

服を着るとき似合うか似合わないかなど

気をもみ

ペンを持って考えにふける私

このすべてのありなれた日常が私で

手足や顔をさすってまぎれもない存在の実体に

改めて会う

そしていまは

遠いふるさと土にかえったあなた達に

まきつくすべのない片方の触手を伸ばすのです







夏の夕暮れ


私は

何回言ったことだろう

お母さん私はあなたを誰よりも好きよ

お父さんあなたを誰よりも尊敬しているわと

それは何回言ってもたりなかった

でも夫よ

大人になった私が

あなたを誰よりも好きというのは大へんなことだった

それは

あなた以外のすべての男性を外に置くことだったから

あなたを選んだとき

いくらかの人の安心といくらかの人の失望がつきささった

でもひとりを選んだよろこびが

どんなにたくさんの痛みにも堪えられるものだということを

知る日があった

いま

夏の夕暮れの庭に向かって

こんなにもおだやかに

互いに

互いの中に存在している私達

もう誰よりもあなたが好きなどと

むずがゆく

不遜な言葉は

いらなくなって



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大島青松園  塔和子さん


釣り糸

電光のように魚が食いつく

このときこそ糸の私はぴいんと張り

ひたすら魚の意のおもむくところを追究する

広い海の中で出会ったたった一匹の魚と

釣り糸の偶発的な出会い

どんなに多くの魚がいようとも

糸の先につながる魚と

魚につながる糸とただ一点にしぼられ

いま在ることを互いに知らしめられる

魚が深く入れば糸も深く入り

逃げようとすれば

するすると老獪に糸ものび

もはや逃れることも逃すことも出来ない

関係になってしまったひとつの課題

やがて互いに疲れきり追い切って

海の面にひき上げられ

糸と魚の共存ははずされる










闇の神聖の中できわだつ声

凄絶に遂げる生を謳歌するのか

無我夢中の世界にいて

産みおとした新しい生命の傍に

かたくなるのか

無慈悲な自然

あるいは優しい自然は

そうして生命を絶やすことをせず

死に絶えるものから生きかわるものをひき出す

おまえ達は

一年という周期に立ち会わされた

自然の食欲であり排泄である

悲哀か賛歌か

虫が鳴いている

人は鳴いているとしか表現できぬが

いのちの声がきこえてくる









言葉の核


美しいものを美しいと

暗いものを暗いというだけ

このたんじゅんなことを表すために

どれだけ労して言葉を選ぶことか

どうしてどんなふうにどんなにといつもくる問い

それはあらんかぎりの言葉を集めても

説明できないのに

いつでも不用意に全くかんたんに

明るいと美しいと暗いと言うのだ

そして私はそれらの言葉のそばでうずくまり

もやもやとした周辺を彷徨しどもり

あるいは肉付けを少ししたりする

けれどもやはりどう言えば

やんごとない人の裸を見るように

まばゆい言葉の核をつかむことができるのか

手にあまる宿題を課せられた生徒のように

すくわれがたいものを見る











詩集 手紙 雑誌 ハサミ ペン 辞典

ざっと見渡しただけでも

書きこみきれないほどのものを

このせまい机の上だけにでも置いていて

わたしはいまそれらと共に灯の下に在る

けれどもこの夜更け

灯を消したら

私の存在すら他からは見えない

闇は

この多くのものを

一度にその大きな倉の中におさめる

ああ自然が作る闇の倉にくらべたら

人はどんな大きな倉を作ってもかなわない

私達は灯をつけなければ

その闇の倉に貯蔵され

互いに互いを目でたしかめ合うことも出来ないで

ころがされ

闇が扉をひらいた朝はじめてすべては

生まれたときのように新鮮に

現れるのだ



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大島青松園  塔和子さん



金魚


与えられた金魚鉢の中で

与えられた餌をもらって

生きるための知恵も労働も

運命を切りひらくために必要なものは

すべて放棄した

牙も毒も持たずにいられるこのさびしさ


器の中のなまぬるい水につかってから

あまりにながいので

幸せがなになのか

自由がなになのか

健康がなになのか

もう麻痺してしまってわからない


 ふと

口ばしを鉢にぶつけて

生きていたと

鮮烈に五体をはしるものを知る

 金魚はときおり

 開けられた窓の向こうの空を見ながら

かすかな声が自分を呼ぶのを

きいたような気がして

ひくひくと

身をふるわせる









あなたは盛りの美にまよい

あれか

これかと

もたされた選ぶ自由の重たさと

選ぶことの恐ろしさにたじろぎながら

一本を選ぶ

私を選んでくれたあなたよ

あなたは私にどんな美を見つけて選んだのか

その美が

いつまで保たれると思って見たか

選ぶあなたは最も美しい私を選び

私は美の中に

終りのみにくさを抱き合わせて売りつける

私を抱きかかえているあなたよ

あなたの腕の中で

一瞬

一瞬

おとろえている私を

どのようにして

とどめることができるのか

かがやく花は

しのび寄ってくる暗い眠りを

おしころして

かすかにふるえている







食事


白いものがゆぶゆぶしている袋の先には

管がついていた

「それなにするもの」と私が聞くと

「食事」と看護婦は無表情に答えた

そして

病室をのぞくと

その管を

鼻に突込んでいた

 口から食べることのできない人

 それはぶかっこうだ

 病人が動くと

 胃袋のようなその袋も

 かすかに動いた

 それはなぜかユーモラスだ

白いものがすこしずつへってゆく

命のひきのばされる光のように


冬の残照が

かすかにほてって

この

厳粛で神聖な食事は

静かに

はこばれている









この味のない私の生に

ただひとつ

味付けするものがある

それは欲望だ

欲で体がふくらむとき

私は生き生きする

深い井戸から汲み上げる欲なら

どんな欲でもいい

 食欲 物欲 性欲 

 知識欲 創作欲 名誉欲

欲よ

私はお前をこんなに好きだ

お前がないところには

実がない味がない私がいない

お前でいっぱいになった脳髄で

存在の深奥から

光る言葉をかくとくしたら

これほどの満足はないだろう

私の欲よ

 私をいろどれ

 どんな暗いところにいても

 ただひとつ

 もえる炎はお前

欲で活気のみなぎる頭

欲で華麗な心を身の内にもって

その先に

コップ一杯ほどの

希望を見つめて歩いていられるなら

私は

どこまで歩いて行ってもいい




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大島青松園  塔和子さん




人が死んだら

なぜと問うのに

生きていることを

なぜ生きているのかと問わないのだろう

人が泣いたら

なぜと問うのに

笑ったら

なぜ笑ったことを問わないのだろう

生よりも不幸な死はあるか

死よりも不幸な生はあるか

泣くよりもつらい

笑いはないか

そんな笑いよりも楽な涙はないか

人が問うのは

平均的なことがらを越え得ない

人が見過ごすのは

見なれた風景にあてはまるとき

裏返しになった一枚の画は

いつまでも

裏返しになったまま

誰も気付かずに通り過ぎる

そして

人はいつも

傍らに

気付かずに通り過ぎた

何枚かの画をもっていて

埋葬をすませた後などに

ふっと

気付いて

取り出して見たりする







生鮮食料品


剽軽な蛙から蛇

獰猛な鰐

執念のとかげまで

首を切られ

贓物を抜かれ

くるりと皮をはがれた姿のまま

なおその肉をくねらせながら

生鮮食料品として竿につり下げられている

熱帯の街の露店


時が停止したように

皮をはがれつづける爬虫類の

原始の世界への異様な昂奮の中で

あの沼の思い出のつまった目も

密林の焼けつく陽も

彼等の中の遠い王国

それは

首のない爬虫類にはもうない

吊り下げられた

何本かの

白い肉の間から

買物籠を下げた

女のブラウスが

あざやかな原色を

ちらつかせているだけだ








今はまだ

もうすこし年がいったら

この未完の物体が仕上がるのかも知れない

あるいは

夕焼の中の芦原のようになるのかもしれない

仕上がってほっとしたいとも思うし

ひっそりと枯れていたいとも希う

またしばらくは

静かにほほ笑んでいるような

薔薇色の夕焼雲のように在りたい

ああ

それから

安らかに眠りたい


もう少し年がいったら

そして今はまだ

なまぐさいものが好きだ

欲望や希望にゆれる波でおぼれそうな海

自らを引き裂きひきさき糧とする日常

愛や裏切りや

自負や喪失を重く沈めて

発酵している

この狂気のような現実が

なぜともなく好きなのだ







見なかったものは


蕾をもった不安だ

いまに盛りへと急ぐから

花が咲いた不安だ

いまに散るから

その人を知った不安だ

いまに慕わしさから逃れられなくなるから

出合った不安だ

いまに別れが来るから

形が出来上がった不安だ

ビーナスの像も

安ものの花瓶もこわれるから

生命も出合いも形も

もともと無かったのだから

無の深さが口をあいてのみこむ

私が見

私が慈んだものは

私ひとりで見なければいけない

私ひとりで堪えなければいけない

無にかえるときの不安を

桜並木の春の道

でも

私の見なかった多くの花々については

私は咲いたことも知らず

散ったことも知らず

それらの花は

不安もしあわせも

私の手に

持たせてはくれなかった


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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