FC2ブログ

あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

邑久光明園  千島染太郎さん



妻の釦


ワンピースの飾り釦

一つ二つ三つ 三つの釦

七つの釦

水色の釦


杓子星よりも

愉しげに

パラソルの影に

日覆の下に

ちらちらと

輝く釦


(赤い表紙の手帖の中から裁縫箱の抽出の中から転がり出た日もあった)


小さな釦

薔薇の実のように

円らな珠の

白露の粒のような

柔かな肌をおもわせる

三つの釦

七つの釦

真夏

虹の色よりも

涼しげに

ハンカチフの影に

絵図扇の下に

きらきらと

犇めく




ワンピースの飾り釦

妻の釦



千島染太郎さんの略歴
1922年12月10日大阪府に生まれる。1940年10月25日光明園に入所。1944年頃から園内の卯の花俳句会に入り、浜中柑児に師事、その後「冬扇」に所属。深川正一郎の指導を受ける。1946年文芸会の発足とともに入会、詩作にも意欲を燃やす。1949年から自治会常勤役員として活動。会長6期、副会長1期を務める。自治会役職退職後、文芸活動に専念する。「石けりのうた」(全国民放各局放送)「山の子のうた」(中山晋平音楽賞受賞作)「ひとりぼっちの旅」(近畿放送ラジオ歌謡)「鰯雲の歌」(NHKラジオ歌謡)「街角の赤電話」(NHKラジオ歌謡 1961年放送)「おはじきの歌」(ニューモラルソング)「村民歌」(新潟県東蒲原郡上川村)。CD「ひとりぼっちの赤とんぼ」(2001)。2002年度松尾芭蕉祭入選<滋賀県>。2003年6月21日死去。


入所者の選挙で選ばれる自治会長を6期も務めた千島染太郎さん。人望と世俗の才と文才を合わせ持つ、才能豊かな人だったのだろう。



2030年 農業の旅→ranking


このページのトップへ

邑久光明園  千島染太郎さん


6月28日に更新した千島染太郎さんの続きです。



七月の松

なにものかの訪ずれを

期待している 青いてのひら

七月の松よ


その逞しい 胸のあたりには

いつも こがねいろの

情念と快活が宿っている

七月の松よ


むかし

ギリシャの神神が

そうであったように

そのすこやかな脚を

その満ちたりた腰を

その若若しい腕を

あますところなく

天空に捧げて 立ち競う

七月の松よ


遥かなる月日を超えて

重重しい試練を越えて

高らかに

大地の歌を 歌い続ける

不断の青春

不屈の生命

七月の松よ


静かに

蝉の想いを 慕いよせ

柔かく

蝶の乱舞を 見守る

愛を 堪えて

風に 燃え上がる

七月の松よ


湖の底から

銀河の果から

湧いて出てくる

真実よりも深い哀しみを

ひそかに

希望している 青いてのひら

ああ

七月の松よ










血統の終止符



呪われた宿命を計算する

壁時計のアラビヤ数字

古い日の性欲を眠らす強烈なモルヒネ

原子林のように暗い脳裡に

血統の
終止符ピリオドを点じた

不透明な諦らめの
歔欷すすりなく肉体の

窓からこぼれ

やがて

アダムとイヴの幻に似た父母の裸像と

医師の掌に躍るニヒルなメスの本能と

看護婦の瞳の中に氷結した白い羞恥が

生殖器を軸にしてゆるやかに回転する

進化論のロジックに宿るかの憂鬱のように

青白い手術灯の
光線ひかりにぬれて

私は静かに

瞼を閉じた

麗わしい人類の進化と

きよめられた地上の幸福しあわせ

そして

孤独の私に残された

季節のない生涯を祈るために・・・



療養所において結婚するためにはワゼクトミー(断種手術)が義務付けられ、その手術台の上の千島染太郎さんの感慨と情景をうたった詩と思う。

春水や老鷲の賦もそうだったが、「千島染太郎の世界」は僕にはちょっとわかりづらい。しかし不思議な魅力があって記憶に残る。



2030年 農業の旅→ranking


このページのトップへ

邑久光明園  信原翠陽さん



消しゴムで消しては書きし子の賀状稚き文字のいぢらしくして




日溜りの芝生のぬくみ伝はらぬ吾が掌に静かな怒り




鉛筆の芯のとがりを唇に残る知覚で検べつつ書く




冬枯れの丘に白けし陽をふめば骨鳴るごとし草ぐきの音




日本語は未熟なれどもみおしえを説く牧師の眼は濡れてゐるらし



信原翠陽さんの略歴
1954年頃、邑久光明園に在籍していた。入所前より詩作を趣味とし、地方の校歌の作詞に応募、入選の経歴を持つ。入所後は盲人会役員を務めた。詩のほかに短歌・エッセイなども発表。生没年、入園年は不詳である。


2030年 農業の旅→ranking


このページのトップへ

邑久光明園  信原翠陽さん


6月30日に更新した信原翠陽さんの続きです。


青みかん


あんまり晴れた朝なので

青みかんを買った

てのひらに載せると

清潔な朝の冷たさが

病んで久しい体に伝わる

未熟な固さからくる悦びに

爪を立てると

高い香りが四方に散り

胸に沁みれば

離れ住む子が瞼に来る

青みかんの青さには

フレッシュな息吹がある

生き抜くことの苦しさに

疲れたとき

私を新らしくしておくれでないか 










ポケット 

たんまり儲けたポケットの奴め

青い菜っ葉服の腹を

思いきり大きくふくらませてはいるが

上着の内隠はハニカミ屋で

花模様の有る角封筒を

そっと忍ばせていたりする

胸に有るポケットは用心深く

常に物盗りのたぐいを警戒し

口元には蓋をして

更にボタンのかんぬきをかける

ポケットは倹約家だ

貴重品で無くとも例えばそれは

紙クズの様なものでも

後生大事に仕舞っているが

決して取込み主義の強欲では無く

雪でも降りそうな寒い晩には

近くの縄ノレンをくぐって

躰の芯まで暖まる熱いものを

ポケット、マネーで奢って呉れるし

悲しみ多き人の世を

考えあぐねて歩く時は

何時でも両手を突っ込ませる用意もある

然し忘れっぽい事は有名で

預けた物を請求すると

あわててポケットの底から探り出し

口をへの字にして笑っている

ポケット全く憎めない奴さ




2030年 農業の旅→ranking


このページのトップへ

邑久光明園  鹿島太郎さん


6月27日に更新した鹿島太郎さんの続きです。







逃げ場もない連続大空襲で

さすがの大都会も

一日にして灰塵に帰してしまった


驟雨の過ぎ去った夜

大阪城の上にきれいな虹がかかった

私と妻子は抱きあって黙って見ていた

何もかも焼けてしまったのだ

しかしもう一つ最も恐ろしいものが

残っていた

ああ 私は家と一緒に

何故焼けてしまわなかったのであろう


「あなたこれからどうするつもり」

妻の悲しげな問いに答える力もなく

黙って妻子と別れてしまった

妻は私の病気を知っていたから

私の心の底を見抜いている筈だ


こうして十年も消息を絶ってしまうと

さまざまな不安や苦悩が襲ってくる

蠅を払いのけるように

もがいているのだ私はいつも











崖上の石蕗


汐風のはげしい崖上に

石蕗の花が数本低く咲いている


岬の岩の上に憩いつつ

崖下の潮騒に小石を抛げた

その一つ一つの水の輪に

私のもの憂い思念を乗せて

消え失せてしまった


ふと仰向いた空洞な瞳に

蒼空が透いて見える

鏡のような空の蒼さが私の顔に

思いなしか滲んでいた


崖上の石蕗の花は

揺れ乍ら私に微笑を向けて

哀愁にやつれた私の顔に

美しい愛情の

パフをたたく




2030年 農業の旅→ranking


このページのトップへ

FC2Ad

プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在65才、農業歴29年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最新記事

最新コメント

カテゴリ

カウンター

QRコード

QR

検索フォーム

月別アーカイブ