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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

邑久光明園  千島染太郎さん(1)

 
「春水」の斬新なタッチに驚かされ、「老鷲の賦」で、30年後の現在の療養所の情景を描いた。まさにそんな鷲が、邑久光明園と長島愛生園の2つのハンセン病療養所がある長島の空高く舞っている。


春水


うすみどりの 野の涯より

うすみどりの 野の涯まで

うらうらと つらつらと

流れ来て 流れ去り

流れ来て 流れ去る

ももいろの

・・・明り



ささやくように 羞うように

かんばせに照り あしもとに輝き

ちらちらと ゆらゆらと

流れ来て 流れ去り

流れ来て 流れ去る

ももいろの

・・・ひかり



水のせおとは 貴女の声に似て

水のきららは 貴女の微笑みに似て

流れ来て 流れ去り

流れ来て 流れ去る

ももいろの

・・・かげり



見えながら 消えていく

消えながら 見えている

貴女の面影

貴女の笑窪



いくつもいくつも

うたかた生れて

流れ来て 流れ去り

流れ来て 流れ去る

ももいろの

・・・こころ



ほのぼのと水の匂いが

さらさらと水のいのちが

野の花を濡らし 私を濡らし



流れても流れても・・・

流れは果てぬ

春の野川の



・・・ 一すじの夢











老鷲の賦


ここ廃園の

白痴にも似た
静謐しじま

・・・赤錆びし檻の織りなす

虚しき影に絡まり

老鷲一羽

その傲岸な嘴に

霜を咥えて眠る

おおいなる翼に包みきれぬ

野生の哀愁が

茶褐色に流れ

磨り減れる強慾な蹴爪に

孤独の
宿命さだめを握りしめて眠る

万里の山獄を睥睨し

飛風天空を捲く

昔日の夢・・・

周囲の石壁に凍てて

ニヒリズムな

白樺色の光リ漂う

眠りつつ衰えゆく精気

身動きつつ滅びゆく生命いのち

朽ちる日の
木乃伊ミイラの祈りを遥か

枯園の
なげきを・・・

おもむろに眠る

貪婪と

蹂躙と

強奪と

驕暴と

専横と征服

とを失える

荒廃の王座に

片々と木の葉が散りかかる

鎖されし生涯を

崩れし餌箱の散乱を

腐臭に満ちた

日輪が巡り・・・

ここ廃園の

忘却にも似た
静謐しじま
に・・・

翼老いたる

鷲一羽

その傷痕の瞼に

永遠の憂愁を秘めて・・・

・・・眠る


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邑久光明園  堂崎しげるさん(4)

 

このまま

石のように

風雨や季節にも耐えることが出来たら、


私はやがて化石化し

鉱石のように地底に眠るのだ。


発掘されたら

いつでも

ピカピカ光りたい


そう思って懸命に

私は何物かを磨いている










新しい息吹


雪が真白に降り積った庭の

あの垣根のそばに

いま清楚な山茶花が咲き競うている


もうわたくしは

それを一目視ることもできないが


家郷の庭でのことが

こんなにわたしによくわかる


とおく記憶の底に沈んでいたものの

甦った清々しさ


不意に積雪をみた朝

既に死につつあったわたくしの一部分に

また新しい息吹がかかったよう



堂崎しげるさんの略歴
1923年福井県に生まれる。高等小学校卒業。1939年邑久光明園に入所。1942年軽快退所、1945年再入所。1952年より詩作を始める。詩人連盟「石器」会員。2002年10月14日死去。


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邑久光明園  堂崎しげるさん(3)


老年


━━夕方 夢中で仕事をしていると

すっかり日が暮れてしまって

おどろくことがある

三四日 あたたかさが続くと

春がきたと思い込んでしまう

そして(冬が逆戻ってきたような)寒さには

いつも魂消てしまうのだ


まだ識らないでいる

多くのことがらがあるので

ひとは懸命になって

それを解答しているうち

そのかずが増している


そうしてまったく

思いがけない

ある出来事に遭遇したり

無益の徒労を体験していく


だがやがてひとは

年経てきた年齢を

むしょうにいとおしんだり

自分自身をこのうえもなく

尊ぶようになる












雲と私


どこからともなく

西へながれ

東に去り

むらがりよってきていつとはなく

ちりぢりになって消え去っていく

雲はいまもそうして浮んできては

消えていく

それが同じではないが

そうではないとも想わず

季節ごとに空を飾った夥しいかずかずの

変化にとんだ雲が

人間とどんな関係があるかなどと

そんなことは考えてみるいとまがなかった

なぜか雲は空にぽっかり

浮んでさえおればよいのだと

そんなことも一度も想ってみなかった

いくあてのない旅を

雲はじぶんでもわからないうちに作られていて

風に追われるままそうやって

はしっていく

どんな未知の世界へでも

雲はゆうゆうととんでいけるのだろうか

じいっとみているうち

私に宿命と云うものがやっとわかるような

あるいは考えるなんて 存在ほどの意味を

持たないのかも知れない などと想いながら

あれほど淡くはかない雲の瞬間が

どんなに美しく

むねにやきついているか

それだけがいまやっと

私にわかったような気がする



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邑久光明園  堂崎しげるさん(2)


ひかりについて


死んだものに

微塵ほどの翳さえないと云えるのなら

きっと ひかりのせいだ


生れたばかりのものに

しつこく纏う翳があると云うのなら

それは ひかりのせいだ


いつか

闇に憤りの眼をみひらいていると

そっとひかりがしのびよってきて

闇は吸いとって呉れた

そのとき

あんまりまばゆくって

俺はすっかりあかるさにはじらっていた


今日ささやかなよろこびが

俺にあるのは

きっとひかりのせいだ









幸福

あなたはどこに

地上から

わたくしたちにはとどかぬ

そらの

星々のひかりのなかに


あなたはいくらみつめても

いつまでまっても

とおいそらの彼方にある


わたくしたちの

あこがれている

手にはとってみることも

ふれてみることさえ出来ない

ゆめのひかり


そう思っていたが

いま病んでいるわたくしのなかに

あなたはだんだん満ちてきて

もうわたくしは

あなたでいっぱいになる

わたくしのなかに

あなたが感じられれば

生のよろこびを

強く強く感じる


 


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邑久光明園  堂崎しげるさん(1)

 

私はそう想い度い
 

花にはとても 花のやさしさが有りますが

それは 花で有る以外のなにものでもありません

人間の存在価値 それも

その人がその人である以外の誰でもないのです


考えようによって

それはやがて人に不満の頭を擡げさせ

人を不幸に陥れる原因にならないことは有りません


それがみな懸命なことですから

それ自身はほんとうに尊いのです

どこでどのように過ごす身であれ

私は私を見喪い度くはない

花には花の美しい生命があることを

いつも私は想いたいのです









その哀しみ


雨が降ると

過去の哀しみがみな甦ってくる

雨が降りやむと

その哀しみをみな忘れかけてしまう


過去に哀しみがあっても

ひとにそれを告げてはならぬ

その哀しみを

自分だけが忘れてならぬ


ひとにはみんな過去に 哀しみはあっただろう

人は現在を どう想っているだろう

ひとは未来を どう想うだろう


哀しみに現在を

ひとは未来のために

強く生きるのだろう


ひとに哀しみを告げてどうなろう

自分だけが哀しみを忘れてなろうか


生きることのために

ひとはその哀しみをも愛するだろう

哀しみのために

なお生きねばならないひとがある


その哀しみを

雨が降るとわたしは想う



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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