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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

邑久光明園  橋本正樹さん(3)



抜け殻


私のてのひらに

こんなに軽く乗って

お前のいのちはどこへ行ったのであろう

そっと
寄生木やどりぎ
に尋ねてみても

知らないと云った

真白いお前の
亡骸なきがら

こんなに軽く

私の
てのひらに乗って

お前のいのちはどこへ行ったのであろう

かなしい ものの
運命さだめ

今日吹く野づらの風に

私が そっと山に尋ねてみても

お前のいのちはなかったのか












春の標識


いそ山の

いばらの刺から


岩の裂目の牡蠣がらの

貝から


くずおれたあし

こぼれた
とびの羽根など

そんな中から


しめやかな 春がやって来るのに

違いない


今日いちにち

砂山に隠れて

私は静かに前方を見る


ふしだらけの

明るい景色の中には

そそり立つような黒い
からす

脚が垂れさがり

聴き澄ます耳もとには

なんとも云えない

幽閉された 大きな力が

こみあげて来るようだ


それが人々の呼びあう

春と云うものであるかも

知れない


そう云えば

私の頬先にふれた

風のなかには

たら
の新しい芽刺が

あかるい光を保っている

春の季節はもう十分に

私のあしもとに拡がっているのだ


砂山に崩れてもくずれても溜る

白い貝殻族よ


明日はきっと柔かい春風が吹いて来て


わたしたちのたましいの一つ塚を

濡らすのに違いない




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邑久光明園  橋本正樹さん(2)


日附け

一坪の

花園の芝生を

蹴上げるように

山茶花の花びらが

こぼれ散っていたのは

昨日の夕暮であった


入水━━

そんな事件が

私達の園内をさわがしたのも

遠いことではない

一日違いの

昨日の出来ごとであった


それから

まだ何かがある

しん夜は


餅搗もちつく きね音で





賑わった











私は明るい樹のもとで


私は明るい樹の下で

お寺の屋根を

教会堂の十字架を

漁師町の屋根屋根を

見ながら

風に頬を
なげうたせ

ふるさとを想った


ゆうべは

潮騒の音に布団の重さを感じた


風は

私の頬を擲ってオリーヴの実が揺れる


わたしは

癩者がうたうとおい

古里の歌を

じっときいて

たっている


 


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邑久光明園  橋本正樹さん(1)

 



春は

抱擁される季節だ

美しい月があるからだ

夜々の庭木が濡れているからだ

一枚のタオルも濡れるからだ

浅い宵星

話しがある 

ロマンスがある

夜空がある

金星がある

浴槽がある

いのちがある 

いのちを燃やす

窓がある


春はやっぱりいい

抱擁される

季節だからだ

(1953)









二月尽


また来た道を

私は返えすのかも知れない

あたたかい日射が縁側に一ぱい

あたっていると

すわっている畳の上が

急に埃ぽくなって来た

そして 菜の花や菫が私の鼻の先を

通り過ぎでもしたかのように

やさしい追憶を投げかけて呉れる

癩園に朽果てた身垢のことは

そんな時

おくびにも出さないで

ほど遠い春来るの道程の愉しさが

またまた来た

此の道の 目印の中に

立っているような喜びを

私はひとり

草の根のように吸いあげる

(1953)



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邑久光明園  中村七鶯さん(6)

 

雨に陽に


春になって足の傷が治ったら

小鳥を飼うのだと云い

夏になって足の傷が治ったら

盆踊りに出るんだと云った


いつになったら

友の足がよくなるのだろうか


掛けてある松葉杖が

木枯に

かたことと

焦燥しているかの様になっていた










スプーンの中から


銀のスプーンの中には

醜い影が宿っている

私は思わず

誰だ! と叫ぶ

すると その顔は

少し醜くゆがんだように見えたが

まるで世を呪う悪魔のように嘲笑うのだ


とても大切に思っていた

銀のスプーンの中に

悪魔が宿っている

と思った私は

憤りのあまり

庭先を目がけて投げつけた

わたしはスプーンがチンチンと音をたてて

悪魔が現れ出るような気がしたが

スプーンは静かな朝の太陽の光をうけてただ

輝やいただけだった

食膳の前に

人形のように私だけが取残されていた




(中村七鶯さんの短歌)

目の見えぬ貴男の為に点字をば学ぶと汝はけなげにぞ言ふ


(中村七鶯さんの俳句)

ドナウ河の漣といふ曲涼し

仔犬遊ぶ良き芝生ありショパンの忌

とろとろと夏炉の燃ゆるシューマン忌



中村七鶯さんの略歴
1921年11月22日石川県に生まれる。1939年8月21日邑久光明園に入所。短歌・俳句もつくったが詩にいちばん力を入れていた。盲人会会長を長く務める。2002年3月20日死去。




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邑久光明園  中村七鶯さん(5)


盆踊り


癩者は白鳥になる夢をもっている

栗の
いがは手に触れがたいが

一皮はげば中から薄桃色の

美しい実がころげ出る

癩者の盆踊りを誰かが鬼が踊っていると

云った

外面すごく醜悪に見える病者にも

内面に美しい夢があり希望をもって生きている

苦しみも悲しみも打忘れ踊っている様は

灯を求めて飛び交う鳥に似ている

癩者は白鳥になる夢をもっている

踊っている鬼ではなく

あこがれに湖上を狂わんばかり

踊っている様だ









ランプの灯


盲になった私にも

色々な思い出があるのだから

夜になったら もう一度ランプの灯を

つけておくれよ

それは慾ばりでしょうか

ランプの灯には

妹が生れたよろこびの日の思い出がある

ランプの灯には

母を亡くした日の悲しい記憶がある

ランプの灯には

楽しく学校に通った少年の日の希望が残っている

私を慰さめて呉れるランプが

いつも郷愁の中にともっている

思い出がふかいランプの灯を

盲の私にもつけておくれよ



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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