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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

今日のクイーン


https://www.youtube.com/watch?v=fxQHi1QXboo&index=82&list=PLeoBVKHKNsGriWnBb7u2FrwRC-izVytZg

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誰かの妄想・はてなブログ版

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長島愛生園  小泉雅二さん(14)


代筆

十年
以前まえには

十人の代筆をしました


五年以前には

五人の代筆をしました


三年以前には

三人の代筆をしました

『らいはなおる時代になりました

らい院ではお医者さまが退屈をし

お医者さまがいらなくなりました

社会復帰者は数を増し

日本のらい政策は終わりました

だから 国立らい院に

眼科医もおりません

眼科のお医者さまは

二週間に一度 らい院にやってきて

一日百五十人の患者を診察しておられます


らい政策の終ったらい院で

ぼくはだんだん光を失っております』


今 ぼくが

息づまる思いの 沈黙の

吐出すへどの代筆をしてもらっています




小泉雅二さんの略歴
1933年3月5日広島県に生まれる。1948年7月9日、工業高校を中退して長島愛生園に入所。1955年より詩作を始め、詩誌「杭」をつくる。その後、長島詩話会、「青い実」、「乾漠」などに参加。1958年には「裸形の会」
を結成、詩誌「裸形」を創刊。1964年「らい詩人集団」の結成に参加。1967年失明。1969年慢性腎炎、尿毒症にて死去。詩集『枯葉の童話』(1959 長島詩話会)、『白い内部で』(1962 裸形の会)、『小泉雅二詩集』(1971 現代詩工房)。


随分、年齢の開きがあるように感じたが、小泉雅二さんはぼくと20才しか違わず、健在なら今85才。

万博の1年前の1969年に36才で亡くなられている。

「夏子」や「志保子」の登場する詩が特に印象に残った。

ただ、ちょっと理解できない表現も多く、詩集「枯葉の童話」の多くは割愛した。


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長島愛生園  小泉雅二さん(13)


野菊


岩間に咲いて

忘れられ

あなたは素朴な愛の裸像を

嘆かずにいられるのでしょうか


私の心

私のベッド


岸壁

あなたは風波に・・・

鑿の深さに歯形を残して耐えている

・・・けれど

・・・やがて

私の鼓膜に

崩れているのはなんでしょう

すべては自然のままに

それが空の深さであり

祈りであり

世界の掟だと主張するのでしょうか


━━そのころ

私は日溜りを求めて歩き

そうしなければいられない

感傷を

どこかで殴りつけながら

泣きたいときには泣けばよいのだ と

女々しくなっていた


野菊の

小さな生命力

私の

岸壁のもろさ

白い蝶の

思考の果は・・・


あなたは

そんな私を知り

私の傷の癒し方をしっているというのでしょうか

ほんとうはなにもしりはしない癖に


白い蝶

海脈を縫って慾っするものは

孤独な影

野菊もなく

空を支える鉄柱もない

あなたも私とおなじ思索をしている


岸壁

私のベッド

私の涙は

野菊のようなあなたの裸像を

完璧に削り上げようと

白い蝶に見入って頬笑むけれど

そのことを誰もしりはしない




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長島愛生園  小泉雅二さん(12)



野兎



雪の真白な日が

心に積る

家に足跡は延びず

この寒い涙が

愛であろうか・・・と

あの人はひょっこり

酒臭い熱さで

私の雪をとかしてしまう


たしかに

たしかに私は

一匹の野兎

あの人が獲物であるはずはなく

私が猟人であるはずもない


鋭い銃口は火を吹き

私ははねて

朱に染った

あの人はにこりともしないで

私を腰に吊るした


百舌が鳴いて飛び立つ

男はちらと私を見ただけで

広い頑丈な肩をゆすり

腰で血だらけの野兎を踊らせて

行きすぎていった









五月空


もつれる蝶の

青空に浸って寝転ぶぼくのそばで

健康な笑みの少女の顔に

あやめが乱れ咲いている

あまりにも明るく 手折りたくはない


━━少年の日のぼくが

赤土の道を転げるように走り

それから

息を詰めて話しながら少女にキャラメルをやる

少女はキャラキャラとあどけなく

花びらを空にふりまいて

  ぼくは後を追っていた


遠く 深く白いふたつよ


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ブリとダイコンの煮物


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乱切りしたダイコンを鍋に入れ、水とダシの素を入れ、醤油(今日は味噌味にするので少量)、砂糖、酒、みりんを入れ、煮立ったら弱火にして5分煮て、15秒湯通ししたブリのアラを置き、落し蓋をして10分ほど煮て、味噌を溶き入れ、ユズ1個の皮をすりおろして出来上がり。


リメイクしてカレー

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 IMG_8647_20190119184801faa.jpg IMG_8652_20190119184803ac5.jpg

昨日の肉ジャガの残りは別の鍋に移し、1カップの水を入れ、ルーを1個入れ、煮立ったら弱火にして5分ほど煮て出来上がり。    
 


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今日のクイーン

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営業せきやんの憂鬱

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長島愛生園  小泉雅二さん(11)


わらう


指のない手をわらう


知覚マヒの

変形の

食器をたしかめる爪の音


盲の新米はどうして転ぶのだろう


コップが落ちてこわれる

わらうと芝居じみて


真面目になる

なおわらえてくる

めくらのちどり足を

わらう


恥じらいにつきあたり

はねかえって

両眼をつきさす


わらい


指のない手をあわれみ 眼球に恋をする


ぼくをわらう


日々人々はわらいの葬儀をしている









めくら犬


部屋の中では四つん這いである


失った指や

歪んだ指があるので

握りこぶしの四つん這いである


ぼくは唇でまさぐり

コップをさぐりあててお茶を飲む

食器をさぐりあてて飯をくう


犬よりも劣って下品な食事をとる


ぼくの二本の手は

昆虫の触覚をうらやましく思っている



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長島愛生園  小泉雅二さん(10)



失明



眼圧六十六の痛みが

鉄筋コンクリートに額をぶっつけさせて

ぼくの大切な眼球をうち砕いてしまった

眼から ひとすじ

赤い血が頬をつたい

ぼくには見えない赤い血が頬をつたい流れていました


国立療養所の

眼科診察室には

お医者さまが不在で

らい菌培養に成功の知らせが

どこか遠い国の出来ごとのようにつたえられておりました









生きていること


生きていることが虚しくなります


生きていることは汚れることです


生きていることは惨めに思えることです


生きていることは

道に迷って

崖から落ちることです


生きていることはなかなか死ねないことです









嘘つき


絶叫したい心をわらう自分がおります

泣きたくもないのに

痛む眼球からこぼれる涙を

芝居じみていると思うことがあります


そうして 一日がずいぶん退屈で

死にたいと思う自分を

嘘つきだと思う自分がおります



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在65才、農業歴29年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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