あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  福島まさ子さん(1)



癩の宣告うなずくわれに医師立ちて乳飲ませよと吾子見やりにき





わが乳首吸っては離す幼子もただならぬ気配感じたるらし




くすくすの鼻吸いやればふと笑みて乳首含みし吾子を忘れず




柔らかき舌に包みて乳首吸うこの子を連れて入り難き園




授乳すめば奪うがに夫吾子をとる幼児期の伝染率高しを言われ




義妹に負われて帰る幼子をただに見送るわれの術なさ




わが肩
に夫の手あたたかくおかれあれど地に沈むばかり吾子との別れ




漲りて痛む乳房を抱きつつ吾子いる彼方爪立ちて見き




帰途の車中泣き通しに泣きし吾子とかや義妹の文は今も泣かしむ



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栗生楽泉園  浅井哲也さん




歩行すでに困難となり来し吾が視力に覚えおくべし妻の面わを




顔面神経侵されし盲ひのわが笑ひ声のみにして表情ともなわず




知覚なき指よりもろく取れし爪掃きすてられぬ庭のたたきに




眼病む吾はいつしか日差しをば背にして坐る癖がつきたり




親が子を思ふ心を吾知らず子のなきままに癩に果つるか



浅井哲也さんの略歴
大正4年3月生まれ。昭和10年10月栗生楽泉園入園。昭和11年
浅井あいと結婚。昭和27年失明。『盲導鈴』(昭和32年)


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栗生楽泉園  浅井あい さん(8)



「浅井さんですね」と麻痺の手取り給う中村浩さんの甥という君




み病いに果つる際まで癩我らを忘れずに菓子を贈り給いき




潮汐会高原短歌会浅井あい様と書かれし宛名も終の思い出




七十歳の今の体力たのみつつ我が配る新婦人しんぶん六十部




署名とりに白杖つきつつ行く廊下小春日和の今日も暖か




消費税なくそうと署名用紙出すに皆待ちおりしごと書きくるる



浅井あいさんの略歴
1919年(大正8年)5月21日金沢の商家に生まれる。旧石川県立女子師範付属尋常高等小学校に在学していた14歳で発病。1935年草津湯之沢で点灸治療。患者が家族にいるというだけで嫁いだ姉が実家に戻されたため、自ら決断して1936年(昭和11年)9月5日栗生楽泉園に入園。同年12月14日浅井哲也と結婚。1949年(昭和24年)6月両眼失明。1960年短歌を「高原」に投稿。1951年「潮汐」に入会し、鹿児島寿蔵の選をうける。52年夫哲也も失明。53年点字舌読を始める。1967年1月新日本婦人の会草津シャクナゲ班結成に参加。1986年結婚50年。2005年8月3日逝去。『盲導鈴』(昭和32年)『陸の中の島』(1956年)『山霧』(昭和41年)『三つの門』(昭和45年)『白い視界』(1972年)『冬の花』(昭和53年)『五十年』(昭和62年)『凍雪』(昭和63年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『高原短歌会合同歌集』(平成4年)歌集とエッセイ『心ひたすら』(2002晧星社)


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チャーハン


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具材を小さ目に切り、野菜炒めを作り、火を止めてご飯を入れ、ほぐしながら点火し、ご飯と具材がなじんだら出来上がり。

ご飯を入れる代わりにパスタやソーメンもいい。



ピーマンの煮物

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ピーマンを半分に切って鍋に入れ、醤油、蜂蜜、酒、みりんで味付けし、少し水を入れ、煮立ったら弱火にして5分ほと煮て、水気が少なくなったら削り節を入れ、混ぜて出来上がり。




豆ご飯

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4合の白米を洗って炊飯器に入れ、塩をひとつまみ入れて混ぜ、エンドウ豆200gを入れ、炊き上がったら混ぜて出来上がり。

まだ、ほんのり桜色だが、明朝には赤飯色になる。




ポリポリキュウリ

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10月は野菜の端境期であり、冬野菜は11月に入らないと収穫が始まらない。だから10月はまだ春夏野菜を使う。

サトイモは半分以上、イノシシにやられ、出荷を優先したいので、あまり食べれない。
 
 


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栗生楽泉園  浅井あい さん(7)



遺族らの寄付金のみが収入の欄を占め居る我らの会計簿




整理する後より乱るる部屋の内われら生きているしるしと思う




皿小鉢湯に洗いおり麻痺しるきわが手に今もなし得るひとつ




二十五年に三度われらと移り住み今も咲きつぐ
石楠花しゃくなげ
三株




信じくるる友を恃みに己れのみ読み得る点字にて会計簿書き来し




らい病むと独りぎめして己が子を殺しし母が今の世にあり





重監房に虫けらの如く死にゆきき戦争の陰にらい病みし果に




重監房の跡に残れる土台にも積る落葉にも今日の日明るし




春の夜を短歌のテープ聴きて過ごす急須に入れし濃き茶を横に




新聞を受け取りながら君はわが胸の糸屑取りて下されぬ




外島の海に呑まれて伯父は果て逃れし君は五十年生きき
(大阪市西淀川区の海抜ゼロメートルの低湿地帯にあった外島保養院(邑久光明園の前身)は、昭和9年9月21日の室戸台風の直撃で壊滅し、入所者の約3割にあたる173人が犠牲となり、職員とその家族14人、工事関係者9人も亡くなった)




核廃絶願いつつ「しんぶん」を配りきぬいたく小さき仕事なりしかど




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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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